ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第60話 エル=ファシル星域会戦 その4
前書き
筆が進まなかった理由は、だいたいライスシャワーとミホノブルボンのせいです。
冗談はともかく、時間と気力のリソースが足りないので、なかなか進みません。
好きなウマ娘は、サクラスターオーとメリーナイスです。
出ていない? ははははは、そんなご冗談を。
宇宙歴七八九年 四月二三日 エル=ファシル星域エル=ファシル星系
惑星エル=ファシルに対する地上攻略戦が開始された。
この世界が星間国家である以上、遠征軍は宇宙を渡ってやってくる。ゆえに『海岸線上陸』ならぬ『軌道降下』が最初に行われる。宇宙母艦をベースに改造された降下母艦には、対地攻撃用強襲艇・突入装甲降下艇・輸送艇・軌道展開型大気圏内戦闘機・無人自走軌道監視衛星が、地上戦兵器や兵員と共に搭載されている。
すでに展開済の無人軌道監視衛星から送られてきたデータと、帝国軍侵攻以前の地上データは突き合せられ、帝国側の陣地形成状況はある程度把握されている。最優先確認目標は対軌道防御基地。ここは宇宙空間上から対地ミサイルで潰さない限り兵士や兵器を満載した降下艇や輸送艇は地上に降りる前に軌道上で塵になってしまうのだが、これに関してはディディエ少将が爺様に上申したように現時点では確認されていない。
さらに本来なら軌道上に展開し宇宙艦船の侵入を阻止する防衛衛星が展開しているはずだが、帝国軍はそれを配備していなかった。前線占領地とは思えないほどに無防備としか言いようがない。理由はともかく同盟軍にとっては幸運なことで、攻略作戦は次の段階へと進む。
衛星軌道管制センター。一〇ヶ月前には『エル=ファシル宇宙港航法管制センター』と呼ばれていたもので、現時点では逃げ遅れた帝国軍輸送艦が数隻周辺に投錨されているだけである。ここを占拠することで衛星軌道上からの地上展開に飛躍的な効率アップが望めるし、もし帝国軍が残っていれば逆に地上展開を妨害される恐れもある。
今後の作戦の都合上ここは『なるべく傷つけずに』占拠したい。つまりは白兵戦部隊による強襲である。ちなみにケリムで味わったブラックバートの置き土産のようなことは、陸戦部隊にとってみれば常識らしく、数度の降伏勧告後、降下母艦に搭載された僅かな対艦装備である中性子ミサイルで輸送艦を吹き飛ばしてしまった。その後、強襲揚陸艦により管制センターに突入。センター内は無人で機器もほとんど手つかずのまま残されており、同センターの占拠に陸戦部隊はあっさりと成功。
ここで地上戦部隊司令部は管制センター内部に通信管制大隊の一部を展開させ、機器の再利用や損害状況の把握に努める。俺もジャワフ少佐と共に管制センター内部に入るが、これは地上戦部隊司令部の宇宙戦部隊に対する仕事してますよアピールと、管制システムの復旧に宇宙戦部隊から人員を派遣して欲しいという、本来の連絡士官業務を果たしてほしいというおねだりの合わせ技だ。
そんなことはお安い御用なので、早速自走端末を展開して旗艦『エル・トレメンド』に超光速通信回線を開き、モンティージャ中佐におねだりをする。あっさりと地上戦部隊が管制センターを占拠したことに爺様達は驚きそして呆れたが、直属戦隊に所属する戦艦数隻から通信オペレーターを供出させ、一時的に通信管制大隊指揮下へ転属させることを約束してくれた。
その報告を俺は地上戦部隊司令部にすると、司令部の面々は「おぉ~」と何故か感動してくれた。管制センターに残って戦艦のオペレーター達と機能復旧に努めることになる年配の大尉にこっそり理由を聞くと、「大抵の宇宙戦部隊司令部は管制センターそのものを奪いに来ますよ。なのに作戦期間中だけでも我々に預けてくれるんですから、ビュコック司令官は戦の道理というかご配慮ができる方とわかるんですよ」と教えてくれた。これが軍内セクション対立というのか、聞くだけで実に面倒な話だ。
一方で、モンティージャ中佐からも注文があり、自走端末を遠隔操作するので三時間ほどそこにいてほしいという話だった。詳しい内容は教えてくれなかったが、恐らくは自走端末を介して帝国側が残した管制センターの情報を抜き取ろうということだろう。管制センター内なら動き回っていいとのことなので、俺はお目付け役のジャワフ少佐と一緒に、行く当てもなくあちこちを見て回った。
「しかし、ヤン=ウェンリーという男は恐ろしいですな」
周囲に誰もいないことを確認したジャワフ少佐は、俺にそう小声で囁いた。俺が無言で視線を送って続きを促すと、太い唇がゆっくりと活動する。
「民間人三〇〇万人の脱出を成功させたことは勿論、陸戦部隊・治安警察・行政府の所属を超えて脱出の指揮を執ったことです。その力量は二二歳の中尉とは到底思えません」
「士官学校でもなかなかつかみどころのない後輩でしたよ」
おそらくはその三者の責任回避も含んだ宇宙戦部隊への脱出計画委託をヤンが一身に背負わされた結果と推測できるが、それを言うことなく当たり障りのないことを応えると、ジャワフ少佐も大きな肩を竦め、いつの間に見つけたのか、小さく折り畳まれた紙のメモを差し出した。俺がそれを開いて口に出して読んでみる。
「『もしこれを同盟人が見つけたら、ハイネセンポリスの家族の下に届けてほしい。ヤンとかいう軍の若造が、俺達を指揮してハイネンセンへ脱出させると言ってるが到底無理だ。帝国軍に囲まれ、リンチの野郎は俺達を見捨てて逃げた。軍は自分達のことしか考えない奴ばかり。俺は宇宙の塵になっているだろう。だから代わりに軍に向かって声を上げてくれ。家族のみんなを愛している。父さん、母さん、すまない。早いうちに戻ってジュリーと結婚するつもりだったが、かないそうにない。ジュリーによろしく伝えてくれ。エル=ファシル宇宙港管制センター 第二管制区次席オペレーター ヴィリアム=エルヴェスタム上級管制士』」
あ、これは見つかったら相当ヤバい『黒歴史』だと即座に判断し、俺は即座にジャケットの内ポケットにしまい込んだ。作戦終了後にエルヴェスタム氏にこっそり連絡し、とりあえずは二人しか知らない旨を伝えなくてはならない。俺の一連の行動にジャワフ少佐も口を押えて笑いを堪えつつ、自分も勿論黙っていると手振りで応えてくれた。
「針の筵だったでしょうな。二二歳、しかも実戦経験の殆どない中尉についていける人間などそうそうおらんでしょう」
「でしょうねぇ」
「英雄的な働きですが、自ら報道には出ない姿勢に好感が持てますな。一度の成功を誇張し、会う度に勲章を見せびらかす輩が多い中では貴重な存在ですよ」
「そういうお知り合いが?」
「陸戦部隊にも山ほど居りますよ。討ち取った装甲擲弾兵のマスクを自宅の壁に貼り付けているような低次元の、悪趣味な奴らがね」
それは先日リューネブルクを批判した口調よりもさらにキツイものだった。それがジャワフ少佐の本心かどうかはわからないが、少なくとも宇宙戦部隊から派遣された暇な連絡士官と三時間のお散歩に付き合ってくれるくらいの器量はあると分かっただけでも良しとしたい。
果たして二時間三〇分後。モンティージャ中佐から情報収集終了の連絡を受け、改めて俺とジャワフ少佐は管制センター内に臨時開設された地上戦司令部の隅に移動し、作戦の進行状況を耳に挟みつつ、エル=ファシルに残された旧行政府・旧軍・民間の資産データを自走端末から吸い出していく。
今のところエル=ファシルの中央都市より二〇〇〇キロほど離れた荒野に前進司令部を建設するという方針で、その周囲の上空・軌道の制宙権を確保するよう対地攻撃用強襲艇や軌道展開型大気圏内戦闘機が次々と降下母艦から発進している。帝国側の防御設備が各都市の内部にどうやら設営されているようで、俺が考えるにかなり面倒なことになりそうだった。
「予想通り都市型戦闘師団の主戦場となりますが、ジャワフ少佐から見てもこの状況は厳しいですか」
作戦司令部にあって軍事作戦の立案をやっている俺がする質問ではないように思えるが、地上での作戦は、地上戦部隊司令部が担当しているので、俺の責任範囲外だ。ジャワフ少佐も統括予備参謀である以上本来であればもっと主体的に軍事作戦に関わるべきなのだが、連絡士官業務に専念せよと指示でも出ているのか、管制センターに設置された仮設メインスクリーンを見つめながら、暢気に珈琲を飲んでいる。はっきり暇なので、俺は質問したわけだが、ジャワフ少佐は小さく肩を竦めると、忙しそうに指示を出している同僚達を尻目に俺に囁くように言った。
「実際に都市内で戦闘になってしまえば厳しいですが、敵の地上戦部隊指揮官は間抜けのようで無力化自体は楽勝でしょう」
「楽勝?」
「惑星エル=ファシルには、人口一〇万人以上抱えていた都市は三つ」
ジャワフ少佐は、俺の自走分析端末を指差す。機能としてつけられている小型の三次元投影機を動かせということだろう。俺はその通り端末の上に惑星エル=ファシルのメルカトル図を浮かべると、ジャワフ少佐は、その三つの都市の色を赤く変える。
「理由はわかりませんが無人偵察によると、その三つの都市に戦力を分散配置しております。それぞれの都市にだいたい一個師団程度。あと、第二大陸の中核都市にも二個大隊程度」
「各個撃破が可能、ということですか?」
「この宇宙港のある中央都市に、絨毯爆撃を喰らわせた上で包囲網を形成。都市外縁に対地・対空・対地下センサーを張り巡らしたうえで、強力な電磁妨害を行います。後は空中騎兵と装甲戦闘車の二個大隊を張り付けて『試合終了』です」
「あまり都市機能を破壊するのは、民政復興において好ましくはないのですが、仰る通りですね」
「本来なら森とか深海とか、地形的に防御が容易で隠蔽しやすい環境に中核司令部を置きます。四ヶ月もあったのですから、普通なら地上測量により要衝を確認し、必要とされる防備基地を構築し、二重三重の連絡線を構築するべきなのですがそれが全くない。まるでピクニックに来たら山賊に襲われて、それぞれ別のコテージに立て籠ってる学生集団のようなものですよ」
そう。それは艦隊戦が始まってからなんとなく感じていた違和感。命懸けの侵攻作戦でありながらも、どこか緊張感の欠ける戦場の雰囲気。敵の指揮官か、それとも敵の質か。味方に比してあまりにも劣る任務遂行能力。
「敵の指揮官は軍事の素人と考えてもいいかもしれない、と?」
「ボロディン少佐は宇宙戦闘がご専門でしょう。先の艦隊決戦を振り返っていかがです?」
「上級指揮官クラスは確かに問題があると思いましたね。だた……中級指揮官クラス、あるいはその下のレベルではさほど差がないと感じました」
少なくとも艦隊決戦が始まった段階での、前衛艦隊の動きは戦理に則っていた。まともに消耗戦となればこちらも統一運動訓練の不足している臨時編成の艦隊だ。被害もこの程度では済まなかっただろう。簡単にそのあたりを説明すると、ジャワフ少佐の顔から暢気さが消え、右眉だけ僅かにスッと引き攣りあがった。左眉が連動しないあたり、この人も参謀特有の顔面操作法を覚えているのかもしれない。
「……傾聴に値するご意見ですな」
「陸戦と宇宙戦では、所属も常識も次元も異なりますが参考になりますか?」
「勿論です。ディディエ少将閣下に意見具申すべき内容ですよ」
そういうとジャワフ少佐は、管制センターの最も忙しそうな一角にスタスタと近づき、何人かと話した後で俺に向かって手招きした。階級はともかく戦歴を考えれば彼の方が先任なので、俺はそれに応じて近づいていくとモーゼの海割れよろしく陸戦参謀達が左右に分かれ……布張りのコンバットチェアにどっかりと腰を下ろすディディエ少将までの道ができた。
「ボロディン少佐。ジャワフから話は聞いた」
ジャケットの上からでもわかる少将の太い左腕が、ギシギシと肘掛けに悲鳴を挙げさせている。ひ弱な宇宙軍士官など葦を刈り取るように吹っ飛ばせそうなエネルギーが、御年五五歳と聞く少将の体格から溢れている。
「どうやら骨のある敵がいるということだが、兵力配置・防備計画いずれを見ても素人そのものだ。その理由を貴官は説明できるか?」
儀礼など面倒だというより、効率を重視する性格なのか。脳筋では少将は務まらないのはわかるが、意外にもせっかちな人なのかもしれない。爺様と異属同類な気配がするので、俺も殴られる前にさっさと応えることにした。
「上級指揮官と中級・下級指揮官では、指揮権限範囲が異なります」
「で?」
「エル=ファシルが攻略された際、住民は限られた動産のみ抱えて脱出いたしました。クレジット化された現金や持ち運びの容易な貴金属はともかく、社会インフラ・工業生産プラント・各種資源は残されたままです」
「屍肉漁りか?」
「エル=ファシル星域はイゼルローンから空間距離があり、将来的に恒久基地を建設する条件が整っていても同盟の勢力圏があまりにも近すぎます。望外の戦果に対し、将来戦略の準備が整っていなかった。そこにインフラがある程度と整っている都市があり、資源が残されているとしたらまずは回収を試みるでしょう」
「……で?」
「上級指揮官が貴族階級のそれもあまり軍事に関わってこなかった人間であることが想定されます。彼らの実戦指揮能力は職業軍人のそれよりも低い。前線である程度の規模の軍事組織を運用する為には、『助言顧問』か『考えて動く手足』が必要です」
「頭と体は別だと」
「……はい」
少将の比喩表現にいささか問題があるとはいえ、理解はしてくれている返答だった。助言顧問の存在はカストロプ侯爵領侵攻時の双璧がそうだったし、帝国軍の至る所で中堅に平民や下級貴族出身の有能な職業軍人が、そうでない上官を支えていた。
制宙権が失われ、大気圏内制空権も失われつつあるのに、降伏もせずかと言って積極的あるいは冒険的な攻勢を行わないのは、権限の範囲で最善を尽くそうとする表れとみていいだろう。もっとも帝国軍の増援が来るまで戦線を維持することしか、彼らには選択肢がないのだが。
「作戦司令部の意向としては、インフラ設備の破壊は極力少ない方が望ましいか?」
しばらく沈黙してからの少将の発言は、周囲にいる陸戦幕僚達の意表を突いたようで、自然とその視線は俺に集中する。これが中性子ビームなら、俺は瞬時に宇宙の塵になるくらいに。だが司令部より民生引継ぎの情報収集も任務としている俺としては、なるべく破壊せずにいてもらえれば積算業務も、後々の復興経費も浮くのでありがたい話だ。
「もし可能であれば、そうしていただけるとのちのち色々と助かります」
「貴官は帝国語が達者か?」
「……日常会話程度は」
「フェザーン駐在武官経験者が何を言うか。ジャワフから聞いているだろうが、我々の作戦の基本は都市ごとの各個撃破だ。だが防備を固めた敵をすり潰すより、引きずり出して処理する方が、手間がかからず楽だ。そこで宇宙艦隊に協力を求めたい」
一体どういうことか。訳が分からないが、どうやら俺が陸戦の分野でも扱き使われるといいうのは間違いなさそうで、思わず振り向いた先にいるジャワフ少佐を見ると、おどけた表情で大きな肩をこれでもかといわんばかりに竦めているのだった。
後書き
2021.06.11 更新
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