ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第59話 エル=ファシル星域会戦 その3
前書き
戦車(主にRAMⅡとM10RBFM)に乗ったり、女の子になったライスシャワーにうっとりして
擦れた転生同盟軍人の話がなかなか進まなかったことをお詫び申し上げます。
次回はたぶん二週間ぐらいかかりそうです。
宇宙歴七八九年 四月二一日 一三〇〇時 エル=ファシル星域エル=ファシル星系
完勝、だった。他に表す言葉がないというくらいの完勝だった。
反転攻勢を開始した〇七〇八時からものの三〇分も経たずに、敵前衛部隊は第四四高速機動集団の突撃によって戦線崩壊。崩壊直前に帝国軍の戦艦が一隻撃沈しているので、恐らくは指揮官の戦死によるものだろう。
しかし前衛部隊は逃げ散ると思いきや、ここから一〇〇隻単位の小集団に分かれて抵抗を続ける。本来なら前方なり上下方向に自主的に逃走を図ろうとするのだろうが、前にはほとんど損失の無い第四四高速機動集団が、上下には爺様に引きずり出された中央部隊の集団とそれを抑え込む独立部隊の射線が待ち構えていた。結果、彼らが欲する戦闘可能空間も逃走ルートもすべてが『味方』にふさがれ、第四四高速機動集団の集中砲火の最優先標的となって、絶望的な抵抗の後に消滅していった。
一方で帝国軍中央部隊と後衛部隊は、急激な戦況の変化についていくことができないまま、各個小隊ないし単艦での防御に追い込まれる。そのおかげで独立部隊の逆進撃を許し、その切先が後衛部隊の最後列に達した〇九二五時、各独立部隊は戦艦エル・トレメンドの進撃想定軸に向かって転換九〇度回頭した。
主砲が艦首に装備されている以上、艦首を敵に向けることで最大の火力を叩きつけることは常識で、この時すべての独立部隊艦艇の主砲が帝国艦隊を指向しており、当然躊躇なく砲門を開いた。後で集計したところによれば砲門稼働率は七七パーセントに達し、合計一万二〇〇〇本のエネルギービームが全周方向から叩きつけられた。
逃げようにも後方を遮断され、前方からは三本の円錐陣が傲然と突っ込んでくる。部隊を見捨て単独行で包囲網から抜け出そうとする艦は、優先的に独立部隊の集中砲火の的になった。それでも何とか逃げ延びようと、外周の味方の損害を無視し包囲網内部で反転した帝国艦約一〇〇〇隻は、第四四高速機動集団とは反対方向へと突き進む。そこには各独立部隊の先頭集団が待ち構えていたが、敢えて爺様は包囲網を解くように指示を下す。
開いた穴はそれほど大きくはないが、抵抗のない空間に向かって帝国艦隊は我先へと無秩序に殺到し……十分に照準を合わせていた独立部隊の十字砲火によって宇宙から消滅することになる。後背を第四四高速機動集団の突撃砲火が、前方を独立部隊の十字砲火が、それぞれ待ち構えていることを知った帝国艦隊は、脱出に成功したほんの一〇数隻を除き、破壊された戦友の亡骸に囲まれながら降伏を選択した。
そして生き残ったほんの一〇数隻も、ひたすらアスターテ星域へとつながる最も近い跳躍宙点を目指して突き進み……待ち構えていた第八七〇九哨戒隊の集中砲火によって全て破壊された。その報告が戦艦アラミノスのイェレ=フィンク艦長よりもたらされ、それをもって爺様はエル=ファシル攻略作戦の第一段階終了を宣言した。
戦闘参加した同盟軍の兵力五二万四三〇〇名、同戦闘参加艦艇四四〇六隻。うち戦死者は二万二五〇〇名余、喪失戦闘艦艇三一八隻。一方で帝国軍は未だモンティージャ中佐達が集計している最中であるが、戦闘参加艦艇三三〇〇隻余のうち、降伏した残存艦艇が三九七隻。逃走した艦艇がほぼないことを考えれば、喪失率八八パーセント。そこから推定される戦死者数は三五万五五〇〇名余。第六次イゼルローン攻略戦で帝国軍が被った損害とほぼ同数になる。
勝利、それも完勝したというのに、俺は素直には喜べない。味方に被害が出ることはわかっていたが、マーロヴィアの草刈りの時とは文字通り桁が四つも違うのは尋常でなく胃を痛める。それに三五万以上の帝国軍の戦死者。単純にあの『ヴェルダンの戦い』がたった四時間で繰り広げられたのだ。一二〇〇時、ほぼ勝敗が決している状況下で配布された戦闘糧食に、俺はまだ手を付けることができないでいる。
そんな中でも、攻略作戦は次の段階へと進む。
「艦隊決戦の完勝、実にお見事でした。降下陸戦に関して、閣下の名誉を一片たりとも傷つけぬよう陸戦部隊指揮官として全力を尽くすことをお約束いたします」
武骨な、まさに歴戦のレンジャーという表現以外にしようのないディディエ少将の、宙陸の所属を超えた賞賛と自らの能力に自信を持っている言葉遣いに、応対した爺様も悪い気をしなかったようで……
「もし対地攻撃の援護が必要なら可能な限り融通するが、何かあるかね、ディディエ少将」
「既に降下母艦と無人偵察衛星でおおよその地表状況は把握しております。今のところ、宇宙艦隊に攻撃お願いするような対空・対軌道攻撃施設は確認されておりません。まず連絡将校一人で十分かと」
ディディエ少将の返答に、爺様は一度ぐるりと司令部の要員を見回すと、咳払いをして言った。
「小生意気な孺子でもいいかね?」
「作戦会議で啖呵切った若い少佐殿ですな。よろしいので?」
「何事も勉強じゃからな。陸戦の何たるかをじっくり見分させてやってくれんかの」
「っははははは。了解しました。降下母艦アルジュナで、少佐をお待ちしております。では」
戦闘に出る前というのに、まったくの余裕の表情を浮かべ大声で笑うディディエ少将の敬礼姿が画面から消えると、爺様は俺に向かって言った。
「そういうわけじゃ。戦後処理で貴官が担当する仕事はそれほど多くない。ファイフェルに任せて、地上で羽を伸ばしてくるといいぞ」
「羽を伸ばすと言われましても、地上戦はこれから行われるものと考えますが?」
「一番面倒なのは地上戦終了後の後始末じゃ。マーロヴィアの時に冴えを見せた、民政への引継ぎ準備は全て貴官に任せる」
それはあまりにも仕事量が多すぎないか。俺は思わず助けを求め、司令部の面々に視線を向けるとみな肩を竦めて苦笑いだ。同志愛の欠片もない。それでも今後のこともある、精いっぱい抵抗しなければ。
「戦後処理指導となりますと、やはり地位・権限が高いものが行うべきではないでしょうか?」
「わたしは戦力の再編成と星系宙域掌握で本当は手が足りないくらいなんだ。申し訳ないな、少佐」
「惑星地上の情報について、小官は作戦情報以外何も知りません」
「心配しなくていいよ、少佐。君の端末にできうる限りの情報を送る。それに特別に情報部が持つ自走式中型三次元端末を貸し出すから、それを使って地上で頑張ってくれ」
「……恐らく残留資産集計もあるかと」
「空間戦闘終了後、一番忙しい部署は補給部だと君は知らないのか? 地上戦が終わり次第、手を貸してやる。だから今は君が一人で行きたまえ」
「……」
「小官は司令官閣下の副官ですから流石にお手伝いはできません」
「あの……」
「地上戦に司令部従卒を連れていくつもりはないよ。ここで司令部のオジサン達の面倒を見てあげてくれ」
付いてきそうなブライトウェル嬢に、司令部に対する皮肉を交えて応じると、俺は溜息をついた。地上軍将兵に対し俺は特に複雑な感情は抱いていないが、爺様が与えてきた任務は連絡将校の職権を些か超えている。せめて後方を担当できる人間が最低でも数名必要だ。
「期限は、どのくらいでしょうか?」
「まずありえないことと思うが、帝国艦隊がエル=ファシル星系に再侵略を試みることがあれば、すぐに呼び戻す。それまでは作戦第三段階終了までとする。まず一箇月じゃな」
艦隊戦闘が星系に進入してから約四〇時間。戦闘時間だけで言えば僅か一〇時間。それに比べればなんと長いことか。だたし俺が戦略研究科出身でキャリアとして艦隊司令官を目指す以上、陸戦を現場で学べる機会は恐らくもうないと考えれば、これも爺様の親心なのだろう。
「微力を尽くします。ただし、民生の引継ぎ準備と言いましても、その職権区分を地上軍側とする必要があります。本来は全戦闘終了後にするものですので、その前の調査ということでよろしいでしょうか?」
「よろしい。貴官としての最善を尽くしたまえ」
爺様の承認に俺は敬礼で応えると、早速モンティージャ中佐が俺を艦内にある情報解析室に連れていき、そこで自走式の分析端末を譲り受けた。ヤマトのアナライザーのようなコメディ基調の次走マシンを期待していたが、言ってみれば移動する中型トランク以外のなにものでもなかった。ただし性能は将兵に基準配備される携帯端末など足元にも及ばない。
「これが一個あれば野戦司令部ができるんじゃないんですか?」
膨大なデータ保存量、短距離超光速通信設備、確率的な解析能力、無人機等への情報アクセス権、自走可能で蛮人の乱用に耐えられる堅牢性。使う人間次第だろうが、まさに参謀イラズだ。譲り受けた時、思わず出た俺の嘆息に、モンティージャ中佐は皮肉っぽい顔をして肩を竦めて言った。
「こいつに使われるか、それともこいつを使いこなすか。それが情報参謀の適正区分、という奴だね」
「なるほど」
「それとこれが敵の手に渡るような場合には速やかに自爆するようになってる。どんな時も五〇〇メートル以上離れたところに置かないでくれよ。いいお値段するからね」
「五〇〇メートル、ですか?」
「基本的に、コイツは君の『ストーカー』だ。特殊なモード設定をしない限り、一〇メートル以内をついて回る」
「……美女のアンドロイドとか、外見の変更を検討されたことは?」
「……多少型落ちするが、こいつの民生品バージョンもないわけじゃない。だがお値段は巡航艦一隻分じゃ足りないな。そんな貴重品をわざわざ『二足歩行』にする必要はなかろう?」
巡航艦一隻で何人の愛人を抱えることができるか。まぁアホな真似はしないでおこうと俺は腹の中にしまい込んで、中佐から分析端末を受け取った。その上で使用方法の簡単なレクチャーを受け自室で簡単に生活用品を纏めて、戦艦エル・トレメンドのシャトルハッチに向かう。確かに中佐の言う通り俺の後ろを自走端末は犬のように付いてくる。司令部からの見送りはいないが、ハッチではブライトウェル嬢が待っていた。
「連れてはいかないぞ、ブライトウェル兵長」
「承知しております。今の小官ではどう考えても、自走端末より役に立ちそうにないので」
これを、とブライトウェル嬢は俺の手を握ると、右手に小さな容器を握らせた。見ればロザラム・ウィスキーの小瓶だった。ブライトウェル嬢は一五歳、当然酒が酒保で手に入れられる歳ではないが……
「父の因縁です。出征の時はどうやら母が預けていたようです。生きて帰って飲む用だと……きっと一〇個月前は、単身赴任だったので忘れていたんだと思います」
「そういえば、リンチ閣下はあまりお酒を飲まない人だった」
ケリムでも酒ではなくあの糞忌々しいアーモンドチョコレートを手放さなかった。リンチと言えば酒浸りなイメージしかなかったが、それは捕虜生活の中で虚無と悪意と悲観に溺れた結果なのかもしれない。
「俺は酒好きだから飲んでしまうかもなぁ」
「度数が強いので一気呑みは止した方がいいでしょう」
つい数時間前の因縁を持ち出すブライトウェル嬢に、俺は何も言わず軽く拳骨を握って彼女の頭を叩くと、そのまま背を向けてシャトルに乗り込むのだった。
◆
到着した降下母艦アルジュナのシャトルハッチには、地上軍の将校たちが待ち構えていた。上は少将から下は中尉まで。二つの師団司令部が勢揃いと言ったところ。中には直接の面識はなかったが俺の同期がいたようで、「まさか学年首席とこんな場所でお会いできるとは思ってもみませんでしたよ」と変な感心をされてしまったものだ。
連絡士官となれば、地上戦部隊司令部にいて常に宇宙艦隊との連絡を取り合いつつ、地上戦の状況を攻略部隊司令部に報告し続けるのが仕事だ。攻略部隊司令官はビュコックの爺様であり、地上戦部隊の先任指揮官のディディエ少将はその指揮下で地上戦を統括する以上、当然作戦進行状況の報告は爺様に対して行われる。すなわち今回の任務は正常な作戦指揮が行われているか、正しい報告が行われているかどうかの『お目付け役』に近い。
明らかに識見外の人間の闖入、しかも司令部内では針の筵の中になることを爺様もわかっているだけに、俺に対して別任務である『戦後処理事前調査』を加えた。陸戦の戦闘指揮に口をはさむ必要などないほど忙しくさせてしまえば、地上戦部隊側の俺に対する隔意もそれほど大きくなることはないだろうという心遣いかもしれない。ありがたいとは思うが、自走端末が必要なほど忙しくなる仕事を与えるのはどうなんだろう。
そして早速とはいえ、降下母艦アルジュナで俺には地上戦部隊側の連絡士官と『共同生活』することになる。いわゆる『お目付け役のお目付け役』で、あちら側も連絡士官業務は兼任。所属は第三二装甲機動歩兵師団で、地上戦司令部内統括予備参謀。いわゆる師団より派遣された無任所司令部要員で、前線で所属を跨ぐような戦闘部隊が必要とされた時、応急的に指揮する為前線派遣される経験と識見と調整能力に富んだ中・下級指揮官、なのだが……
「まずまともな戦闘状況なら、私など無駄飯喰らいというわけです。気楽なものですよ」
分厚い肩を竦めて自嘲するのは、三二歳という年齢の割に老けて見えるダニエル=サントス=ジャワフ少佐だった。原作ではヤンが同盟政府に拘束された時、まんまとシェーンコップとアッテンボローに逃げられたわけだが、話してみれば無能とは程遠い人物だと分かる。そりゃあ帝国軍の監視下で弱体化した都市型戦闘『中隊』二個と、白兵戦特化の薔薇の騎士『連隊』では質でも数でも勝負にはならないのは、自明の理だ。
降下母艦の中で忙しく出撃準備に勤しむ将兵を他所に、今のところは暇な部署な俺とジャワフ少佐はのんびりと士官食堂の隅っこでお茶を飲んでいたが、やはりこの世界に来た以上、陸戦の専門家には聞いてみたい質問があった。
「薔薇の騎士連隊、ですか? ほう、やはり宇宙戦部隊でも彼らの評判は高いのですな」
大柄ゆえに握る紙コップがお猪口にも見えるジャワフ少佐は、中に入っている温くなったコーヒーの半分を喉に流し込むと、なにかを思い出すかのように数秒躊躇ったのち、俺に応えた。
「高火力高機動軽装で都市型戦闘を主体とする小官とは違い、彼らは白兵戦。戦闘装甲服を着てトマホークを振るうのが仕事です。たしか編成は七四六年。帝国からの亡命者の子弟で編成された部隊で、類まれな白兵戦能力を有しております。ですがボロディン少佐が知りたいのはそう言うことではないのでしょうな」
「ええ、まぁ」
「一言でいえば『いけ好かない気障な同盟軍人モドキ』です」
「……おぉ」
左眉だけ小さく動かしたジャワフ少佐の、太い唇から発せられた短い評価というより悪口は、原作を知る俺としては強烈なものだった。どうしたってヤン一党。薔薇の騎士連隊のカッコよさ・気風に贔屓になりがちな視点ではなく、その正反対からの見方には驚かされる。だがその舌鋒の鋭さに比して、ジャワフ少佐の顔は憎悪というよりは敬して遠するといった感じだった。
「人は産まれを選べませんからな。問題はその産まれを我々も彼らもお互いに気にしすぎる点でしょう。ただ孤立しやすい土壌ゆえに、花はしょっちゅう色が変わる」
「……気障、というのは?」
「誰が付けたか考えたか小官はわかりませんが、『薔薇の騎士』。名は体を現す、というのでしょうな。自分達は『騎士』であり『軍人』ではない。そういう気風が充満しています。今の副連隊長リューネブルク中佐が特にそうです」
「お知り合いで?」
「白兵戦戦技大会で会ったことがあります。一度対しましたが、二〇秒で気絶しました。勿論小官が、ですが」
「……」
「その強さこそが彼らの心の支えでもあるのでしょう。一人の武人としては尊敬できますが、敗者に対する配慮、規則と友軍に対する信頼の欠如、有能無能以前の国家と国民に対する意識、そういう面では彼らは同盟軍人ではない。小官はそう思います」
おそらくはこれこそが薔薇の騎士連隊の苦悩の根源かもしれない。苦難の末帝国から亡命してきて、新天地では冷たい視線にさらされ、すっかり擦り切れて大人になった。ジャワフ少佐はそういう背景も理解しているし、隊の創設意義がプロバカンダであることも理解し、単純に亡命者だからと言って嫌っているわけでもない。恐らくは相当『まとも』な部類の軍人だ。そういったまともな軍人にすら敬遠されるゆえに、歴代の連隊長の半数が見知らぬ故国へと向かわせた。シェーンコップの言い草ではないが、あわれなものだと思う。
俺がぼんやりとそう考えていると、ドタドタと士官食堂を駆け出していく陸戦士官たちをよそに、ジャワフ少佐が悪戯そうな視線を交えて、俺に言った。
「もしかしてボロディン少佐は陸戦の、白兵戦訓練はお好きですかな。幸いこんなですから、ジムに空きが出来そうですが」
「陸戦の専門家を前に、白兵戦が得意ですなどとは口が裂けても言えませんよ」
「少佐は学年首席と伺っておりますが?」
「陸戦はあくまで机上です」
「では机上から実践へのステップアップはいかがですかな? 例の事前調査の件、小官もお手伝いいたします」
なんだよコイツ、色違いのパトリチェフかよ、と思いながら俺は少佐のお誘いをどう断ろうかと必死に頭を巡らせるのだった。
後書き
2021.01.18 更新
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