魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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ANSUR6戦天使リアンシェルト~Snow thaw~
前書き
氷零の鏡リアンシェルト戦イメージBGM
ACE COMBAT 6解放への戦火「CHANDELIER」
†††Sideルシリオン†††
VS・―・―・―・―・―・―・―・―・
其は己の最期を願う者リアンシェルト
・―・―・―・―・―・―・―・―・VS
「「ユニゾン・イン!」」
とうとうこの日が来た、ガーデンベルグへ至る道を唯一知るリアンシェルトを救う日が。俺はアイリとユニゾンを果たし、『アイリ。始めから全開で行くぞ』と気を引き締める。
『ヤヴォール! 深層同調を開始。神々の宝庫より魔力結晶を起動、魔力炉と融合開始・・・、完了。マイスターのリミッターを第二級まで解放。マイスター』
アイリが俺の命と体を支える大事な柱として頑張ってくれるから、俺も無茶を通すことが出来る。だから「第二級粛清執行権限、解凍」と、51%~75%の魔力を制限するリミッターを解除。発動するのは何百年ぶりだろうか。
――高貴なる堕天翼――
こちらが臨戦態勢に入ると、リアンシェルトも背中より20枚の羽を放射状に展開し、魔力量をぐんぐんと上げ始めた。あぁくそ。俺の魔力量と神秘を一瞬で追い抜いて行きやがった。
「(それでも!)我が手に携えしは確かなる幻想。目醒めよ、我が 心なる世界が一つ。其は美しき黄金に輝きたる館。五百四十の扉、槍の壁、楯の屋根、鎧に覆われた長椅子、彷徨いたるは狼に鷲」
「その詠唱は・・・。なるほど、1対1では敵わないなら、軍勢を以って私を押し潰そうと言うのですね。ですが、私を追い詰められるほどの英雄は残っていますか?」
残っていようがいまいがリアンシェルトに対抗するにはこれしかない。今日この日、リアンシェルトとの闘いのために取っておいた“ジュエルシード”などのロストロギアや、トリシュのスキルで貰った魔力、なのは達の協力の元に彼女たちから吸収した魔力を結晶化させた物を解放するつもりだ。
「館に住まうは我が 心に在りし神秘の幾多の主。今高らかに告げる。いざ開かれよ、ヴォルグリンド。契約の下、拒みし者を蹂躙せよ、罪ある者を断罪せよ、助け求める者を救済せよ。いざ出でよ英雄の軍勢」
遥か空にアースガルド魔法陣を展開。空に向かって突き上げた“エヴェストルム”の先端より放たれる光が魔法陣に当たると、魔法陣を中心に全長数kmの巨大な門扉が描かれる。アレがヴォルグリンド、“ヴァルハラ”の正門だ。
「英雄の居館・・・開錠」
鍵を開けるように“エヴェストルム”を捻る。音も無くヴォルグリンドが開いていき、膨大な光が溢れ出す。その光はシャワーのように俺たちに降り注いで、視界がサファイアブルーの光に満ちた。
(今の俺がヴァルハラを維持できるのは精々数分。その間に決める!)
視界が晴れた時、そこはもう俺の世界、創世結界・“英雄の居館ヴァルハラ”。13万平方kmの巨大な一室。英雄全軍を召喚してもまだ余裕があるこの広い世界で、リアンシェルトを迎え撃つ。
――瞬神の飛翔――
12枚の剣翼と10枚の菱翼を展開。そして、その22枚の蒼翼を背部より切り離し、遠隔操作飛行砲台「コード・ミカエル!」として利用する。
「さらに!」
――瞬神の飛翔――
「ヘルモーズの同時二重発動・・・!?」
驚きに目を見張るリアンシェルト。空戦形態ヘルモーズの発動中にさらにヘルモーズを発動するなんて、長年存在している俺としても初めての試みだ。俺は『アイリ! ミカエルの操作を任せる!』と頼み、俺は他の魔術のコントロールに注力する。
「さあ! 行こうか!」
「了解です、父上。ヴァルキリー第2隊アルヴィト隊隊長クルックス・アルヴィト・ヴァルキュリア、いざ参る」
ライオンのたてがみのように逆立っているココアブラウンの髪。切れ長のダークブルーの瞳。黒のハイネックタンクトップ・レザーパンツ・白のロングコート姿。そして右手には槍型神器・“戊ノ鑓”を携えた、土石系最強のクルックス。
「よーっし! 決着つけたろうじゃない、リアンシェルト! ヴァルキリー第3隊ヒルド隊長ティーナ・ヒルド・ヴァルキュリア、行くよ!」
足元まで伸びるスカーレット色の髪、アクアブルーの鋭い瞳。前後燕尾な赤色がかったセーラー服。上から制服の黒のロングコート。彼女独自の黒のハーフズボン姿。炎熱系最強のティーナ。
「氷雪系の最強機として、あなたを止めるよ。ヴァルキリー第4隊ラーズグリーズ隊長、氷月・ラーズグリーズ・ヴァルキュリア、行く」
前髪を分けて額を少し出したマドンナブルーのショートヘア、ホライズンブルーの瞳は少し釣り目。制服の長衣は白。上から制服である青いロングコート姿。そして釵型神器・“災牙コキュートス”を両手に持つ氷雪系最強の氷月。
「僕らが必ず止めるよ。操られて、父さんを殺そうとするなんて悲しい事が起きないように。・・・ヴァルキリー第5隊ヘルフィヨトル隊長レンマーツォ、行くよ!」
まだあどけない少年で、チョコレートブラウンのショートヘア、少女のようにマルっとしているシルバーグレーの瞳。白の長衣に黒のハーフパンツ姿。両腕に装着した籠手と同化しているクロスボウ型神器・“冥弓シルカルデ”に魔力矢を自動装填する、狙撃系最強のレンマーツォ。
「リアンシェルト。お父様に弓引くなど言語道断! 操られたというのなら、拳でその目を覚まさせてあげる! ヴァルキリー第7隊ランドグリーズ隊隊長プリメーラ! 参ります!」
金の長髪を赤いリボンで結ってハーフアップにし、角度によって色の変わる瞳を持つ。同盟軍の制服とも言えるハイネック・前後の裾が燕尾の黒い(色は個人で違う)長衣、ロングコートを着て、彼女独自の黒のハーフパンツ姿。雷撃系最強のプリメーラ。
「見たところ魔力量が凄まじいですね。とはいえ、各隊長が集まった上、父上も一緒なのであれば勝てる戦です。気合を入れましょう。ヴァルキリー第8隊ゲイルスケルグ隊隊長クリスト、出撃する」
ポニーテールにしたガーネットの長髪、切れ長なブラウンの瞳。白の長衣にスラックス姿。両腕にバックラーと剣の付いた籠手――ランタン・シールド型の神器・“アヴァリティア”を装着した、闇黒系最強にして最硬の防性術式を有するクリスト。
第一陣は“ヴァルキリー”の隊長陣との共闘だ。これでリアンシェルトの魔力を少しでも削る。どれだけ膨大な魔力があろうとも無尽蔵じゃない。あの子にドーピングのような回復する術が無い以上は必ず限界があるはずだ。
「確かにこれは私もさすがに骨が折れそうです。ただ、アンスールを召喚しなかったことだけは後悔させましょう、神器王!」
――天壌に靡くは輝ける氷幕――
無数の氷で出来た薔薇の花弁が幾枚ものカーテン状として展開され、俺たちとリアンシェルトを隔てた。下手に時間を与えて創世結界を発動されでもしたら厄介だ。
「エンゲージ!」
「「「「「「「了解!」」」」」」
俺がカーテンを越えるために宙へ上がると、アイリが操作してくれているミカエルも追従。
「護衛はお任せを! 」
「私たちが父上を護りますゆえ」
氷結系の頂点にして対氷雪系でもある氷月、それにクリストが俺に付いてくれた。おそらくとしか言えないが、リアンシェルトの攻撃の大半を防いでくれるだろう。
「ティーナ!」
――捻じ伏せる破壊角――
「ういす!!」
――火葬砲拳――
両籠手の“シルカルデ”より魔力矢を連射し、カーテンに射ち込んだ鏃を爆破したレンマーツォ。その爆発によってカーテンに穴が開き、そこに通すように炎を纏わせた拳を突き出して火炎砲を放ったティーナ。ティーナの火炎砲がリアンシェルトを直接狙う。
「っ! くっ・・・!」
迫る火炎砲に対して防御ではなく回避行動を取ったリアンシェルト。そこにレンマーツォの鏃弾幕。リアンシェルトはさらに回避行動を取ったが・・・
――疾閃雷翔駆――
プリムが目にも映らない超高速移動で接近していた。雷撃を纏った右脚による薙ぎ払うような蹴り技、「蹴破斬雷舞!」を、リアンシェルトは「クリュスタッロス・アントス!」と雪の結晶の形をしたシールドで防御。しかしプリメーラが振り払った脚の軌道に沿って雷撃が残り、雷鳴と同時に炸裂してシールドを破砕。
「きゃぅぅ・・・!」
放電する衝撃波にリアンシェルトが体勢を崩し、そんなあの子の背後にクルックスが回り込んだ。
「晶槍・穿突!」
“戊ノ鑓”を床に突き刺し、リアンシェルトの周囲の床から水晶の六角錘柱を8本と突き出させ、あの子を穿とうと迫る。
「ぅく、この程度で・・・! 氷刃舞う砕嵐!」
リアンシェルトの足元より無数の氷の花弁が舞い上がり、その攻撃によって水晶柱が一斉に砕かれる。
「アイリ! ミカエル用意!」
『ヤヴォール!』
――崇め讃えよ汝の其の御名を――
アイリが操作する蒼翼22枚と、俺の背中に展開されている蒼翼22枚を切り離し、計44枚の蒼翼の先端を花弁に覆われたリアンシェルトへと向けた。
――召喚・雪皇鯨――
「お父さん!」「父上!」
氷月とクリストに呼ばれると同時、氷で出来た全長500mサイズの鯨が9頭と出現した。5頭が地上に向かって突進し始め、残り4頭がこちらへ向かって大口を開けて突っ込んで来た。
「お父さんは攻撃に専念を!」
「ここは私と氷月で止めましょう!」
「任せた! アイリ!」
『ヤー! ジャッジメント!』
最初にアイリの蒼翼から22発の砲撃が発射される。アイリのミカエルは、花弁が薄くなってその体を視認できるようになり始めたリアンシェルトへ真っ直ぐ進む。
――天花護盾――
最初の22発はシールドに防がれたが、破砕音と共に氷の破片を散らせた。シールドが薄くなったのを見計らって俺は別角度から「ジャッジメント!」と号令をかけ、ミカエル22発を発射。
「ハガルイズ!」
――拒絶し反射するのは煌く鏡面――
その掛け声に呼び出されたのは、円鏡型の神器・“零鏡ハガルイズ”。鏡面からスノーホワイトに輝く円形の魔力バリアが発生し、俺のミカエルを全て反射して防いだ。無差別に跳ね返された砲撃は掠ることなく遠方へと消え去った。
「『まだまだ!』」
俺に迫る鯨の迎撃を氷月とクリストに任せ、アイリと2人で蒼翼を操作。シールドやリフレクターで防がれない位置を模索しつつリアンシェルトへ砲撃を連射した。
(最後の切り札を切る前に、少しでも多く・・・!)
リアンシェルトを削ってみせる。そして必ず勝つ。その果てに待つのは、最後の“エグリゴリ”・ガーデンベルグの居場所。そして、4thテスタメント・ルシリオンの終末への道だ。
「この程度で、私を抑えきれると思わないでください・・・!」
――真技――
「無間景氷河界」
リアンシェルトの旧真技が発動され、あの子を中心に広がる超広域凍結術式が“ヴァルハラ”の床を一瞬にして氷漬けにしつつ、無数の氷の剣山を生み出していく。俺たちはそれぞれの回避機動で突き上げられてくる氷山を躱し、姿を見失ったリアンシェルトを探す。
「父上!」
「合流する!」
俺の護衛に付いてくれている氷月とクリストが、何よりも先に俺の側に戻って来てくれた。子ども達が相手にしていた氷鯨9頭も、氷山によって砕かれてその一部と化している。しかしそれで終わりというわけじゃない。500mの巨体を誇る氷鯨の表面よりさらに細長い氷針が無数に生やされていく。
「クリスト、お父さんの防御を!」
「承知している! 父上、その場から動かぬようお願いします!」
――アシエ・キャラパス――
両腕の“アヴァリティア”の円盾部より影の渦が生まれる。弾くでも逸らすでもなく、削り取って攻撃を無力化させるシールドだ。純粋魔力攻撃すら粉砕できるんだ、氷などさらに容易く破砕できる。ま、氷針の軌道はランダムらしく、俺たちに直撃するようなものはなかった。
「対氷雪系機としての真価を、今こそ!」
――砕氷牙――
氷月は氷針の中を急降下し、逆手に持った“コキュートス”に対氷雪系術式の魔力を付加して、「砕けろ!」と氷鯨の1つに突き立てた。あの子の術式が機能し、氷で繋がっている9頭の氷鯨と無数の氷針が砕け散った。ただ、床を覆っている氷や無数の剣山は真技の効果であるため、氷月の通常術式の神秘では勝てなかったことで砕けなかった。
「やっぱり真技じゃないとダメか、残念」
「十分、十分! ステア様直伝のぉぉぉ・・・この一撃!」
剣山の所為でリアンシェルトの姿は視認できないが、ティーナはお構いなしに真技を発動させるようだ。一気に膨れ上がる魔力と神秘だったが、あの子が真技を発動する前にパァン!と手を叩く音が響いた。
――其は散り様は儚く美しく――
それを合図としたかのように無数の剣山が一斉に崩落を始めた。先端より大小さまざまな氷の破片――花弁となっていく。これは「まずい・・・!」状況だということはすぐに察せられた。リアンシェルトの戦い方を知っている我が子たちもすぐに行動に入った。
「氷花を焼き飛ばす! 巻き込まれないように注意!」
ティーナは全身から放出していた炎を空へと向かって伸ばし、長大な火柱とした。
――万華運ぶ惨酷の氷流禍――
対する無数の花弁は4頭の龍と化し、俺たちに向かって突撃してきた。触れれば最後、凍結+斬撃効果でバラバラに刻まれながら凍結される。真技時よりは神秘は落ちているが、どちらにしろ強力な攻撃だ。
「吹っっっ飛べぇぇぇぇぇぇーーーーー!!」
――真技・大火葬殲滅爆火――
火柱より周囲に撒き散らされ始める何百発という火球が一斉に炸裂し、龍にならなかった他の氷の花弁を飲み込んでいく。だが、4頭の氷龍は爆発効果範囲から逃れるように空を翔け、なおも俺に向かって来るため、「『ジャッジメント!』」と蒼翼44枚より砲撃を発射。着弾によって鼻っ面を砕いてやるが、再生が速すぎてあまり効果が無いように思える。
『お父様は回避に専念を! 私たちの勝利条件はお父様がご無事であり、そしてリアンシェルトを停止させること!』
『氷月、クリスト。お前たちの機動力ではかえって父上のお邪魔になる。お前たちもリアンシェルトの捜索に移れ。プリメーラ、お前が援護に入れ。この中で父上に付いて行けるのは唯一お前だ』
プリムとクルックスの指示には俺も何も言うことは無いため、『頼む』と念話で告げた。クルックス、レンマーツォ、氷月、クリストが、姿の見えないリアンシェルトを捜索するために四方に散開、ティーナも真技を解除すると「アイツはどこだ!」と駆け出し、プリムが俺の援護をするために空に上がってきた。
――天墜翔雷拳――
その途中で拳状の雷撃を放ち、氷龍の胴体部分を粉砕。しかし、分断された方もまた龍と化して計8頭となった。それで合流したプリムが「申し訳ありません」と謝ったが、「俺が先にやっていたかもしれない。気にするな」とフォローする。
『こちらクルックス! リアンシェルトを発見! 交戦に入る!』
『氷月、合流! 2対1で追い詰める!』
――砂槍・一閃――
――針通勁――
――雪人降臨祭――
クルックスに続いて氷月もリアンシェルトと接敵したようで、3人の魔力と神秘が急激に爆ぜた。それはここから1㎞ほど離れた場所からで、その上空に巨大な雪だるまが無数に生成され、一気に落下を開始。圧倒的質量による圧殺攻撃だ。
――火葬爆砲――
――捻じ伏せる破壊角――
――ヴォラール・ショーヴル・スリ――
雪だるま群を最初に迎撃するのは、ティーナの放った火炎砲弾。最初は手の平サイズの火球だが、任意で炸裂させることが出来る。今回は直径100mの大炎球となり、落下してくる雪だるま群を飲み込んだ。完全に焼却されなかった雪だるま群を次に迎撃するのは、高速連射される何十発と言う鏃。着弾と同時に鏃が破裂し、雪だるま群をさらに細かく破砕する。最後はクリストの影コウモリの群れ。純粋魔力攻撃はもちろん、魔力で作られた物質などを喰い、術者であるクリストに供給できる効果を持つ術式だ。
『マイスター! ヴァルハラの展開限界まで30秒!』
『維持を!』
『ヤヴォール! 神々の宝庫から魔力結晶を選択・・・魔力炉と連結! 供給開始!』
砲撃44発を放ち続けながらの回避を行う中、“ヴァルハラ”を維持するためのドーピング用の魔力結晶を消費させる。体内に漲っていく新しい魔力を用いて“ヴァルハラ”の展開時間を引き延ばしたことで、リアンシェルトとまともに戦い続けることが出来る。
――氷刃舞う砕嵐――
『マイスター!』「お父様!」
「ああ!」
8頭の氷龍が一斉に小さな氷の薔薇の花弁に分散して、雪崩のようにブワッと襲い掛かってきた。さすがに速度は落ちたが、高さも幅も数㎞はある。両端が俺たちの背後に回り込むように走り、包囲しようとしてきている。
「少し失礼します、お父様!」
「おっと」
プリムが俺を横抱きに抱えると「酔わないようには気を付けます」と言って、宙を蹴った。一瞬で景色が流れ、俺たちはシャンデリアがずらりと並ぶ天井付近まで上昇した。遥か眼下には、こちらへ方向転換しようとしている花弁の絨毯。
「お父様。シャンデリアを落としても?」
「あ、ああ、問題ない。窓からの光量でも十分なはずだ」
「ありがとうございます」
――紫電轟鞭天――
プリムの右手に長さ1mほどの雷撃の鞭が生成された。一振り、二振り、三振りと鞭を振るって長さを伸長させてから、空間を薙ぎ払うように鞭を振るった。長さが数百mとなった鞭はシャンデリアを吊るす極太の鎖を断ち切り、40基のシャンデリアを落下させた。
『リアンシェルトの場所を教えて』
『えっと、ここ!』
――火葬円壁――
ある地点にて発生する炎の円い城塞。確かにそこから様々な魔術が方々に流れていく。
「『了解。巻き込まれないよう注意を』お父様、少し離れます」
シャンデリアと花弁の絨毯が衝突し、シャンデリアから強烈な放電が発生。俺の「ああ。遠慮なくやれ。クルックス達は俺が退避させる」という返事を聞くと同時に宙を蹴って急降下したプリムは、シャンデリアの1基に蹴りを打ち込み、「通天晃雷落!」を発動させた。本来は雷雲を利用して放つ空対地雷撃砲だが、シャンデリアを機能させている雷撃系魔力を利用しての一撃だ。
「召喚解除!」
リアンシェルトと炎の城壁の内側で戦っていたクルックス達の召喚をいったん解除。リアンシェルトも突然あの子たちが消失したことに一瞬だけだろうが驚き、動きを止めるだろう。そこに頭上からの超高速の雷撃砲だ。避け切れまい。強烈な稲光と轟音が“ヴァルハラ”内に広がる。
「再召喚!」
クルックス達を改めて召喚し、『リアンシェルトは?』と確認させる。シャンデリアと激突した花弁はすべて、コントロールを失ったかのようにパラパラと床に向かって舞い降っている。俺はその花弁を注視する。リアンシェルトが健在で、何かを仕出かすようならまず、その花弁の操作から入るだろうからだ。
『マイスター、なんか変な音がする』
『音・・・?』
ピキピキという音が確かにした、しかも頭上から。さらにヒヤリとした空気が俺を撫でた。俺は宙を蹴り急降下しつつ、「アイリ!」と一緒に周囲に待機させていた蒼翼を操作し、全砲門を天井へ向けさせた。そして天井を確認しないまま「『ジャッジメント!』」の号令の下に44発の砲撃を斉射。
『お父様!?』
『おそらくだが、リアンシェルトに回り込まれた!』
『すぐ向かいます!』
推測を確かなものにするために降下しながら振り向こうとしたが、すぐ後ろから「逃がしません」というリアンシェルトの声が聞こえてきた。
『全力防御! 多層甲冑を発動!』
アイリが即座に俺の有する防性術式2位、ゴスペルを発動してくれた。何重もの不可視の対物対魔力障壁で全身を包む術式で、戦闘において展開できる防御としてはこれが最高だ。しかし、「ぅぐ!」その代償も大きい。
「ゴスペルと私の凍結、どちらが上でしょうか? 試してみましょう」
――この手で触れたものは等しく眠りへ――
視界の端に捉えたのは、リアンシェルトが俺に両手を伸ばして抱きしめようとしている様だった。対処したいが、バカみたいに魔力を消費してしまうゴスペルの発動によって、いつもの記憶消失時における胸痛と頭痛に襲われてしまい、一拍遅れてしまう。そうこうしている内にリアンシェルトが俺の背に腕を回し、俺の凍結を開始した。
『マイスター!』
『ゴスペルを信じろ!』
俺を覆っている魔力甲冑の表面を凍結していくリアンシェルトの術式。その間になんとか回復し、反撃を行わなければ。と、考えていたところに「何をしている!!」と怒声を上げて突っ込んで来たのはプリムで、リアンシェルトの後頭部を右手で鷲掴みにして、右腕からバチバチと放電させる。
『目を瞑れ、アイリ!』
――掌掴雷凄劾――
目を閉じた直後に黄金色の雷撃がプリムの手から放たれた。ゴスペルを発動していて良かったな。零距離攻撃であるためその一撃は強烈で、さすがのリアンシェルトも無事では済むまい。俺の背中に回されていたリアンシェルトの腕が離れ、氷漬けにされた俺は重力に従って落下し始める。
「私が氷を砕く!」
――砕氷牙――
地表から飛び上がってきた氷月が、俺とすれ違いざまに“コキュートス”による対氷雪の一撃を入れ、俺を閉じ込めていた氷塊を砕き、同じく上がってきたティーナが「私があっためる!」と抱き止めてくれた。たった今解除したゴスペルのおかげで体は冷えていないんだが、とりあえず受け入れよう。あと、頬に頬擦りするな、熱いだろ。
「地も空もリアンシェルトのステージかぁ。父さん、どうする?」
「私が防御を貫いたら、父さん、私もろとも撃って」
プリムの零距離雷撃を受けながらも健在なリアンシェルトを見て、氷月がそう提案した。“ヴァルハラ”を展開中であれば、“エインヘリヤル”の召喚、召喚解除はそう時間を掛けずに出来る。ただし、召喚解除ではなく破壊されて消失した場合、“ヴァルハラ”を一度解除してからでないと再召喚できない。つまり氷月の提案通りにした場合、氷月を戦力として当てに出来なくなるというわけだ。
「却下だ。お前の対氷雪は頼りになる。ここで消費は出来ない」
「だけど・・・」
――晶槍・穿突――
勢いよく突き上がってきたルビーの尖塔が、プリムに足止めを食らっていたリアンシェルトに直撃し、あの子は体右側面からシャンデリア、そして天井に激突したのが見えた。僅かな静寂の後、天井を穿っていた尖塔が先端から崩落し始め・・・
――蒼天に座して曇る氷精四冠――
天井付近に直径数㎞のニヴルヘイム魔法陣が4枚と展開され、下面から吹雪が発生した。視界は即座に真っ白な雪に覆われ、その暴風によって俺たちはその場に留まることすら出来ずに吹き飛ばされてしまう。
『氷月は魔法陣の破壊を。ティーナはその直掩だ。クルックス、レンマーツォ、クリストは吹雪から脱出後、氷月とティーナの援護。プリムは引き続き俺の直掩に入ってくれ』
『『『『『『了解!』』』』』』
念話でそう指示を出した俺は、いったん剣翼12枚のみを背中に戻す。この吹雪の中を突破するには最低でも必要なものだ。
『アイリ。魔力結晶の連結を。想定以上にヴァルハラの消費魔力が大きい』
『ヤヴォール!』
別の契約を執行している、また別の界律の守護神の影響が出ているのか、俺という存在を確固なものにしている魔力がどんどん失っていく。リアンシェルトのトドメ用に魔力を温存しておきたいがための戦力増強、“ヴァルハラ”だったが、あの子が割と粘ってくれている所為で短期決戦も諦めるほかない。
『お父様。先に吹雪の効果範囲より離脱しました。リアンシェルトはティーナと氷月と交戦中なので、脱出時の奇襲の心配はありません』
『判った。砲撃を放つから、それで俺の居場所を探ってくれ。・・・アイリ』
『ヤー!・・・ジャッジメント!』
剣翼1枚より放たれた砲撃は吹雪を中を突き進んでいき、そして『確認しました。同じ方角に居てよかったです』と、プリムから知らせが入った。確かにそれは運が良かったな。安心して俺は吹雪の中を突き進んでいく中、プリムからクルックス達も交戦を開始したことを伝えてくれた。
『もうか? 早いな』
『クルックスの尖塔に乗って、3人とも脱出してきましたね。3人が固まっていたからこそ速さですよ』
『なるほど。鉱石だから吹雪の風圧で曲がることがないからだな。・・・すまん、プリム。もう1発砲撃を放つ。方角を確認してくれ』
『了解です。・・・どうぞ』
アイリにもう一度砲撃を撃ってもらうと、プリムから『先ほどより40度ほどズレていますが、そのまま直進でも問題ありません』との返答が。やはり視界が悪い中で猛吹雪の中となれば、まっすぐ進んでいる気でも方角がズレていくのだろう。だが、直進OKということならこのまま突き進むのみ。
――猛威振るう雪墜打――
「っ!?」
『なんか来る!』
『お父様!? これ、なだ――』
上空からの強烈な神秘と魔力反応を感じ取り、プリムとの念話がブツッと切れたかと思えば、俺の行く手を塞ぐように圧倒的質量の雪崩が落ちてきた。突っ込んでいれば押し潰され、それで終わっていたな。
『吹雪の勢いが弱くなってく・・・?』
――私の両手は、大切な存在達の血に塗れて――
「氷月が魔法陣を破壊してくれたのか・・・?」
――かつて抱いた想いは今、私の存在を大きく軋ませる――
天井を仰いで見てみれば、薄っすらとだがリアンシェルトの魔力光であるスノーホワイト色の魔法陣が輝いているのが判る。そして、「雪の壁でぐるっと包囲されたな」ということも判明。弱まりつつあるが吹雪はなおも続いている中で、その威容を見せつけてくる雪の壁の包囲網。
――この身には、もう貴方への想いはあってはいけない――
「とりあえず、突破か上からの脱出になるわけだが・・・」
――そんな私に許されるのは、その存在達を傷つけた罪に苛まれ、己を罰する時間のみ――
『魔力を無駄に使わないなら上からだよね。ま、なんらかのトラップとかありそうだけど』
――あれから幾星霜。己を許せずにいられない私は、苦しさから逃れたくて心が凍てつくことを願う――
「プリム達が何とかしてくれるのを待つのも手だが・・・」
雪壁にはジャミング効果があるようで、念話が繋がらない。雪崩を発生させる術式、キオノスティヴァス・スフィリを受けたことが無いから初めて知った。リアンシェルトのオリジナル術式だからな~。
――だけど懸命に消し失わせようとした想いへの未練に泣き、いつか貴方の手で滅ぼされる日を待ち望み続けながら涙する――
『あ、待って、マイスター。ヴァルハラの維持限界が近い。魔力結晶を魔力炉に連結させるね』
「ああ。頼む」
周囲を警戒しながらアイリの仕事が終わるのを待っていると、「なぜ、短期決戦を行わなかったのですか?」と、目の前の雪壁から「リアンシェルト・・・!」の声がした。ハッとした時には、リアンシェルトの顔だけの巨大な雪像が雪壁に4つと盛り上がって現れた。
『こわっ! 不気味!』
「どうしてヴァルハラなんて、無駄に魔力を消費するような策を選んだのですか?」
「戦闘開始直後に、真技の連撃を発動すれば・・・」
「ヴァルハラを維持するための魔力より安く済んだはず」
「戦力増強? 安易なその考え・・・が、戦闘時間を・・・引き伸ばし・・・あなたを・・・私を・・・苦しめる・・・」
最後の声は苦しそうなもので、思わず「リアンシェルト・・・?」を慮った。リアンシェルトの雪像に大きな亀裂が入り、崩落を始めた。
――この庭園に咲き誇る薔薇と共に散り逝くその時を、いつか必ず迎えられますように――
「・・・もう・・・ダメ・・・抑え・・・きれ・・・ない・・・」
――真技――
雪像どころか雪壁までが崩落を始め、その中から自分の体を抱いて必死に何かを堪えようとしているリアンシェルトの姿が見えた。あの子の全身から魔力が溢れ出している。抑えようとしていながらのあの量だと、暴発する臨界点はもう近いはず。
「・・・おね・・・い・・・アイ・・・おと・・・まも・・・って・・・」
――創世結界・極寒薔薇園――
世界が変わり始める。真っ白な満月が浮かぶ夜天。そして地平線の彼方まで続く、無限とも言える数の氷の薔薇の園。雲は無いがさんさんと雪が降っている世界。リアンシェルトの創世結界。だが、問題はそこじゃない。
「くぅぅあああああああああああああ!」
俺の精神世界、“魔力炉”と繋がっている“ヴァルハラ”が侵食されていくことで、強烈な胸痛が生まれた。
†††Sideルシリオン⇒アイリ†††
『マイスター!』
リアンシェルトの創世角界の術式が、“ヴァルハラ”の術式や“魔力炉”を侵食してく。だから『ヴァルハラを緊急解除!』を実行。プリム達が居なくなっちゃうけど、マイスターの“魔力炉”が壊される問題に比べたら些細なことだよね。
『ブレイザブリクから魔力結晶を――ええい! いろいろと面倒だから、一気にドーン!』
ユニゾンしてマイスターの内に居るアイリだけど、マイスターの体が今どうなってるのかは手に取るように判る。体を構築されてる魔力にも影響が出ていて、所々が崩れてるっぽい。とにかく魔力結晶で体の再生を最優先。
(意識が戻らない、思ったよりダメージが大きい! リアンシェルトの創世結界の術式、対創世結界が含まれてる!)
普通の創世結界同士の激突でなら、術者へのダメージなんてものはない。だけど、複製スキルを活用するためだけに創られたマイスターの創世結界は特別で、“魔力炉”と直で繋がってる所為で創世結界が侵食されると術者のマイスターにダメージが行く。マイスターが人間だった頃も“界律の守護神”の今も、マイスターの創世結界にダメージを入れることが出来る存在はいなかった。だから・・・油断した。
(マイスター、ちょっと体の支配権を借りるね!)
リアンシェルトは氷で出来た薔薇の庭園で、苦しそうに蹲ってる。でも暴走してるっぽい魔力放出は収まる気配も無く、あの人の周囲の空気を凍結させて氷の破片を生み出し続けてる。それはこっちにも流れてきてるし、ここに居たらマイスターが氷漬けになっちゃう。そういうわけで、マイスターの体を使ってこの場から離れる。
(どうしよう、リアンシェルトの結界じゃ逃げ場がないよ・・・)
アイリが担当してた蒼翼22枚と、マイスターの菱翼10枚も破棄。剣翼12枚を使って空を翔ける。地平線の彼方まで咲き誇ってる氷の薔薇は無数にあって、その1輪1輪、花弁1枚1枚が必殺の威力を誇る魔術だ。マイスターが目を覚ますまではアイリが護らないと。
(たとえ、この命に代えることになっても・・・)
出来るだけ遠く、端なんてものは無いだろうけど結界の奥へと向かった。でも、やっぱり隠れる場所なんてものは無くて、ベルカ魔法陣の足場を展開するフローターフィールドを発動して、そこにマイスターを横たえさせる。もちろんユニゾンは解除せずに。いつリアンシェルトが襲い掛かってくるか判らないからね。
(マイスター・・・)
マイスターの内で両膝を抱える三角座りをして、アイリは周囲に気を張りながらマイスターの回復を待つ。その間、リアンシェルトが創世結界を暴走展開させる直前に何を言おうとしてたのかを考えた。リアンシェルトは、マイスターが真技を速攻で使っていればよかった、とか、それをしなかったからマイスターやリアンシェルト自身を苦しめた、とか、悲しそうに言ってた。
(マイスターを殺そうとしてる奴が言うセリフじゃないよね・・・)
そして、途切れ途切れの最後の言葉の中には、アイリの名前が呼ばれたような気がした。リアンシェルトは何を伝えたかったんだろう。“エグリゴリ”にしてはおかしな言動が多いんだよね。まるで、マイスターを殺したくないような・・・。
――ズィーベン。あなたは・・・――
『え・・・?』
――この私を斃すための力・・・あの人に与える剣として生み出したの――
脳裏にフッと現れた声。なんか、アイリの昔の記憶データのフラッシュバックっぽい。どうしてか判らないけど、気の所為じゃなくてフラッシュバックだって一瞬でそう思い至った。直感だけど、このフラッシュバックは大事なことだってことを理解したアイリは、必死に記憶を探り始める。アイリのことを、ズィーベン、って呼ぶってことはイリュリア時代の記憶だ。
(思い出せ。たぶん、思い出さないといけない記憶なんだ・・・!)
――さすがは最終機。いい数値をたたき出してくれる――
――1つ上の炎熱の試作機はどうも使えんからな――
――6番機でしたっけ? 廃棄ですかね?――
――戦場で使って、限界までデータを搾り取った後に廃棄すればいい――
――ですね。次代の炎熱の融合騎のための肥やしになってもらいましょう――
ノイズ交じりの記憶映像が脳裏を過る。氷結の融合騎の試作機として開発されたアイリは、イリュリアの開発局でいろんな事をされたり、させられた。だけど、それがアイリの役目で、そうするように造られたんだってことは理解してたから、別にどうでもよかった。
(違う。もっと昔、過去だ)
いよいよ苦しくなってきたけど、アイリにとって原初の記憶、つまり開発されて人格データを入力されるまでの間、まだ何も知らない赤ちゃんの頃の記憶を探る。だけど、ノイズが酷くてハッキリと見ることが出来ない。でも、消失はしてないはず。だってアイリは、人間じゃないもん。
(記憶データ修復開始)
――美麗散華――
『ああもう! 来た・・・!』
ノイズを取り払う処置を開始し始めたところで、地表の方からシャァーン!と綺麗な破砕音が聞こえた。マイスターの体を操って下を見れば、薔薇の花弁が無数に宙を舞って、竜巻のようになってこっちに向かって来た。だから、『マイスター、早く起きて!』って叫びながら、マイスターの体を飛ばして回避機動に入らせる。
『リアンシェルト!』
アイツも空を飛んで、竜巻と一緒に向かって来る。前髪に隠れてよく表情が見えないけど、唇を強く噛んで何かに耐えてるような口だけは見える。
――氷刃舞う砕嵐――
(包囲される・・・!)
マイスターの逃げ道を通せんぼするように花弁のカーテンが完成されてく。反撃はマイスターが起きないと出来ない。だからと言って、何もしないわけにはいかない。マイスターとのユニゾン時に扱える仮初の神秘じゃ焼け石に水だろうけど・・・。
――コード・シャルギエル――
氷槍20本を展開して、行く手に向かって『ジャッジメント!』の号令の下に射出。解り切ってたけどアイリの氷槍は、リアンシェルトの花弁カーテンを穿つことなく弾かれ、粉々に砕かれた。うん、迎撃は無理だね。
『(なら・・・ごめん、マイスター)ユニゾン・アウト!』
融合騎側からの緊急融合解除でアイリはマイスターの胸から飛び出して、本来の30㎝くらいの姿から大人形態、「ヴァクストゥームフォルム!」で、160㎝の姿に変身。そして、自由落下を始めるマイスターをお姫様抱っこで受け止める。
「コード・アンピエル!」
アイリ製の氷の菱翼8枚を背中に展開してから宙を蹴る。急加速で一気に高度を上げて、花弁の包囲から脱出を試みる。
――蒼天に座して射る氷王八冠――
「アレは・・・!」
空に描かれた大きな8枚の魔法陣が発光を開始。世界丸ごと1つ覆えるほどの超巨大魔法陣12枚を展開する防性結界の氷神十二冠、吹雪や雪崩を発生させる魔法陣4枚を展開する氷精四冠に続く、空対空地多弾連続凍結砲撃を放つ大魔法陣8枚を展開する氷王八冠だ。
(マイスターを殺す気が無い!? 違った! 殺しに来てるやっぱり!)
――星を墜とす――
ひときわ強い一瞬だけの発光と同時に発射される、凍結効果のある砲撃。それが雨のように降ってきた。万が一に備えてマイスターを下にして、背中を盾とする形で飛び回って回避を続ける。だけど、「しま・・・っ!」避けることに専念しすぎて、「リアンシェルト!」の近くに来てた。
(え、泣いてる・・・!?)
虚ろな目をしてるリアンシェルトは泣いてた。そんなアイツの白く綺麗な右手がアイリに伸ばされるけど、首を大きく逸らすことで紙一重で回避できた。
「おと・・・う・・・さま・・・」
「今・・・?」
すれ違いざまにリアンシェルトは確かに、お父様、って口にした。マイスターを救うような言動、自分の魔力を抑えつける様子、そして“エグリゴリ”じゃなくて“ヴァルキリー”だった頃のマイスターの呼び方。もしかしての疑念は、まさかの確信に変わってく。
「リアンシェルト・・・、ひょっとして、洗脳解けてる?」
ううん、それなら今こうして戦闘になるわけない。でも、それだけであり得ないって断じるには無視できない選択肢だよね。いや、待って。最初のフラッシュバックの声って、リアンシェルトのものっぽかった。
――あなたは、この私を斃すための力・・・あの人に与える剣として生み出したの――
『あった・・・!』
本音を言えばちょっと不安だったけど、ちゃんと残ってくれてたアイリの中で最も古い記憶データに行きついた。さっきのフラッシュバック、この最古のデータから流れたものだ。ノイズは酷いけど、なんとかすぐに見られそう。
――彼女がそうなの?――
――はい。リアンシェルト様。7機の内の最終機、氷結の融合騎。開発コード、白雪の氷精。ヌンマー・ヌル・ヌル・ヌル・ズィーベンです。リアンシェルト様のおかげで、完成度は高いですよ――
まだ自我というものを確立してない、生体ポットの中で漂ってた頃のものだね。アイリの開発責任者が、すぅっと音もなく現れたリアンシェルトに伝えた。小難しい話を一通り済ませた後、ポットのアイリとリアンシェルトだけになった。アイツはポットに寄り添って、コツンと額を当ててきた。
――今から言うことは、私たちエグリゴリの真実に繋がる情報だから、このデータは私と交戦する時までは時限封鎖しておく――
(時限封鎖って、全然機能してないんだけど!? かなり苦労して探し出したよ!)
――ズィーベン。もう1人の私。この世界で唯一、私の術式を完全無力化できる存在。あなたは、私を斃すための力・・・あの人に与える剣として生み出したの。この仕様はイリュリアの技術者には知らせていない、私がこっそり付け加えた。
あなたの真の役目は、お父様、ルシリオン・セインテスト・アースガルドの融合騎として、私との戦闘で彼をサポートすること。ヴァナヘイムの手によって追加された私の自己強化プログラムは、もう私のコントロールを受け付けずに勝手に機能し続けている。お父様お一人ではもう、私には勝てない――
(それなら、さっさとアイリをマイスターに預けて、真っ先に倒されに来たらよかったのに。そうすれば、マイスターがこんなに苦しむことはなかった・・・!)
――だから、あなたにお願いする。いつかの未来で、お父様と一緒にあなたが現れ、私を破壊してくれるのを。ズィーベン。・・・イリュリアの融合騎ではなく、創造主を支える新たにして最後の戦天使ヴァルキリー、ノイエーラ・スルーズル・ヴァルキュリア。それがあなたの、真の開発コード――
(アイリが・・・戦天使? ノイエーラ・スルーズル・ヴァルキュリア?)
アイリの正体に加えてアイリがマイスターとの相性が良い理由も判った。最初っからマイスターのための融合騎として開発されたんだから、アギトお姉ちゃんよりシンクロ率が高くて当たり前。
――まぁ、お父様はきっと、あなたに新しい名前を送るだろうから、コードネームのことは気にせずに頂いた名前を大切にしてちょうだい。・・・他にもいろいろと伝えておきたいけど、堕天使の私に自分の気持ちを残す資格はない。・・・さて、ズィーベン。最後に伝えることがある。対リアンシェルトプログラムの起動方法。ただ、口にして、開発コードを。それであなたは・・・変わる。それじゃあ、また未來で。さようなら――
それが、アイリに残されてた最初の記憶データだった。リアンシェルトはその当時から洗脳が解けてたんだ。他にも気になることはたくさんあるけど、今はアイツの願いを果たすだけだ。
「ノイエーラ・スルーズル・ヴァルキュリア!」
≪起動キーを確認。氷天墜としを起動、アップロードを開始≫
リアンシェルトの声でそんなアナウンスが脳内に流れると、ドクンとリンカーコアが跳ねた。リンカーコアが暴れまわる感覚に、回避機動がガクッと崩れた。迫りくる薔薇の花弁の塊と、リアンシェルト自身からの襲撃を安全に回避できないレベルのやらかし。
(ダメ、やられる・・・!)
ギュッと目を瞑りたい衝動に駆られるけど、最後までマイスターだけでも守れるように目をグッと開けて、迫るリアンシェルトが伸ばしてくる冷気を放つ右手を見つめる。
「ありがとう、アイリ。俺はもう、大丈夫だ」
――圧戒――
意識を取り戻した『マイスター!』が発動したのは、妹のシエルさんの重力操作魔術。ギンッ!と鈍い音がしたかと思えば、薔薇の花弁が一斉に墜落して、リアンシェルトも「ぐぅぅ・・・!」呻き声を上げながら落下していった。
「アイリが俺を護ってくれていたおかげで、リアンシェルトに殺されずに済んだ。しっかり休ませてくれたおかげで、シエルの重力操作を発動することが出来たよ。ありがとう」
「マイスター! あのね、リアンシェルトがね!」
「話は後だ、アイリ。もう一度ユニゾンして、一気に叩くぞ!」
「え、あ・・・うん・・・ヤヴォール」
「「ユニゾン・イン!」」
ユニゾンを果たすと、マイスターが『アイリ、魔術師化しているのか・・・?』って聞いてきた。まぁ、すぐに気付くよね、ユニゾンして一体化してるんだし。
『マイスター、あのね。マイスターが気を失ってる間にね、アイリ、思い出したんだ』
「ああああああああああああああああ!!」
リアンシェルトの苦痛に満ちた絶叫が創世結界内に響くと、なおも空に展開されてる魔法陣8枚から凍結砲が降ってくる。マイスターは空戦形態の「コード・ヘルモーズ!」を発動して、剣翼12枚、菱翼10を再展開。
(リアンシェルト・・・苦しいんだね)
アイツの真実を知った今、その悲鳴はあまりにも辛くて、悲しくて・・・。“エグリゴリ”は洗脳が解けてないように演技して、あくまで敵としてマイスターに殺されることを選んだ。でも、それはそれでマイスターを苦しめる。
(だからって、アイリがリアンシェルト達の覚悟をふいにしていいの?)
教えたら教えたでマイスターはさらに苦しむ・・・と、自分に言い聞かせるしかない。だから、“エグリゴリ”の真実については話すことなく、『アイリ、特別な融合騎だったってことを、ね!』って、あとでツッコまれそうなことだけを伝えることにした。
『それが魔術師化の理由か? あとで教えてくれ』
『うん。・・・じゃあ、早速!』
氷天墜としっていうプログラムがアップデートされたと同時に、アイリの術式一覧に追加された魔術をスタンバイ。
『創世反転結界!』
リアンシェルトの対極寒薔薇園に特化した破壊術式を発動すると、その効果はすぐに発揮された。夜天に無数のヒビが入って、崩落を始まった。結界内に展開されてた魔法陣8枚も一緒に崩壊。それでようやくアイリ達はベルカの大地に戻ってきた。その様にマイスターは「うそだろ・・・!」って心底驚いてるね。んで、リアンシェルトは動きを止めてた。
『マイスター! アイリが、リアンシェルトの術式をすべて潰すから、マイスターは攻撃だけに専念してね!』
『あ、ああ! 任せたぞ! 我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想!』
“ヴァルハラ”はしばらく使い物にならないと思うけど、創世結界・“神々の宝庫ブレイザブリク”は起動してくれた。そんな“ブレイザブリク”より取り出したのは、“煉星剣レーヴァテイン”。炎帝セシリスさんの神器。それと、セシリスさんの炎熱術式と、シエルさんの重力術式。ともにリアンシェルトに殺害された人だ。
「召喚・雪皇鯨!」
リアンシェルトが術式名を叫んだ。暴走状態が収まって、自我を取り戻したのかも。
『アイリ!』
『ヤヴォール! 氷神裁く絶対なる術法!』
突っ込んで来る10mサイズの氷の鯨の群れに向かって、アイリの魔力で作られた魔力波を放射。それで鯨の群れは、かき氷みたいに粉々になってく。その様子にマイスターは『すさまじいな』って苦笑い。
『マイスター。リアンシェルト、苦しませないで逝かせてあげて』
『ん?・・・ああ、当たり前だ。・・・さぁ、行こう、アイリ、シエル、セシリス!』
『ヤー!』
――うんっ!――
――ええ!――
――美麗散華――
無数の氷の花弁が竜巻砲撃となって突っ込んで来るけど、『そのまま突っ込んで!』ってマイスターに伝えた。マイスターはアイリを信頼してくれて、何も言わずに真っ向から突撃してくれた。砲撃の先端部がマイスターの目前、1m圏内に入ると同時に無力なただの氷の破片に変わってく。
――反重力――
「しまっ・・・!」
――重力監獄――
リアンシェルトの体がフワリと浮いて、すぐにその場の空間に固定された。360度からの重力による檻だ。すぐには突破できない。
「これで、終わりだ!」
――天壌滅する原初の劫火―
“レーヴァテイン”の剣身に生まれる莫大な炎は、本来なら砲撃として発射されるけど、マイスターは“レーヴァテイン”に纏わせたまま振りかぶった。対するリアンシェルトは、重力で指一本動かすのも辛いだろうに、左手の平をマイスターに向かって突き出した。
「まだ、終わりでは・・・ありません・・・よ! 我が氷雪に炎熱に届かない!」
(そうだよね、最後まで敵として、だよね)
炎熱術式の完全無効化って言うリアンシェルトの術式は、アイリの術式で効果を発揮できない。そして“レーヴァテイン”は、アイリの術式で一切の防性術式も発動できなかったリアンシェルトの胸を貫いた。
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