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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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G編
  第74話:それは小さな亀裂

 
前書き
どうも、黒井です。

今回で廃病院での話は終わりです。色々と謎を残しつつ、でも少しずつ明らかになりながら物語が進みます。 

 
 二課の仮設本部である潜水艦の甲板上。そこで颯人と透は、マリアとソーサラーと対峙していた。

 ウェル博士の言葉によると、マリアはリンカーネーションによって新たに蘇ったフィーネだと言う。
 しかし颯人は、その言葉に対し違和感を感じていた。

 以前、リディアンで敵対した時にフィーネは己が愛するエンキと言う人物に対して並々ならぬ執着を見せていた。月の破壊までをも画策し、その為の兵器すら完成させたのだから相当だ。

 そのフィーネが、月の破壊と関係なさそうな世界征服宣言などするだろうか? しかもその為に、あのエイリアンの様な動く完全聖遺物を必要としている。とても同一人物のやっている事とは思えなかった。

 …………確かめる必要がある。

「なぁ、アンタ……本当にフィーネなのか?」
「それはどういう意味かしら?」
「そのまんまの意味だよ。幾らなんでも復活が早すぎだ。信じろって方が無理がある。アンタがフィーネだっていう証拠を見せて欲しいねぇ?」

 颯人がそう訊ねると、マリアは僅かに視線を泳がせた。
 その反応だけで十分だった。彼が睨んだ通り、マリアはフィーネではない。どう言う意図があってかは知らないが、彼女は新たなフィーネを騙っている。
 これは恐らくウェル博士の知らない事だろう。何故なら彼がマリアをフィーネであると偽る事で得られるメリットが存在しない。組織の旗頭として象徴としてその存在を誇示するだけならともかく、颯人達を揺さぶるには少し効果が薄いのだ。響辺りはショックを受けるだろうが、態々やる程の事があるかと言われれば首を傾げざるを得ない。

 現状考えられるマリアがフィーネであると明かすメリットは、ウェル博士の性格を考えてパフォーマンス位しか考えられなかった。

 颯人は更に情報を引き出そうと、マリアに話し掛けようとする。だがその前に、ソーサラーが立ち塞がった。マリアを庇う様に前に出て、颯人と透に向けてハルバードを構える。

 どうやら質問タイムはここまでらしい。これ以上詳しい話を聞きたければ、この場でマリアを拘束し根掘り葉掘り聞き出すしかないようだ。

「……上等」
〈フレイム、ドラゴン。ボー、ボー、ボーボーボー!〉

 颯人はソーサラーに対抗して、フレイムドラゴンを使用した。先程奏のバックファイアを請け負ったせいで少し戦うのがキツイ。ソーサラーに対抗する為には、多少無理をしてでもブーストを掛けなければ。

 ウィザーソードガンをコピーの魔法で増やし、二刀流でソーサラーと対峙する颯人。対するソーサラーは、油断なくハルバードを構えじりじりと距離を詰めている。

 一瞬の静寂。波の音以外何も聞こえない潜水艦の甲板上で、颯人とソーサラーが睨み合う。

 その時、昇る朝日が颯人の仮面を照らし反射した光にソーサラーが僅かに顔を背けた。
 瞬間、颯人はソーサラーに向けて駆け出した。

「ハッ!」

 二刀流になった事で増えた手数で、ソーサラーに反撃する暇を与えないようにする颯人。透の戦いを間近で見てきた為、二刀流の立ち回りはバッチリだ。左右の剣で時にフェイントを交えつつ、ソーサラーに連続で攻撃を仕掛ける。

 だが透の時と違い、ソーサラーには苦戦した様子が見られない。何故なら颯人と透では戦い方に決定的な違いがある。

 透の戦い方は小回りの良さを活かした縦横無尽な戦い方だ。同じ場所に留まらず、相手の視界から頻繁に外れて死角からの攻撃を繰り返す。
 対する颯人の戦い方は、アクロバティックな動きを多用するものの速度自体は透に及ばない。目が良ければ十分追える程度の速度だ。

 颯人の振るう二刀流を、ソーサラーがハルバードの柄や穂先で巧みに防ぎ、反撃の薙ぎ払いを颯人は側転やバク転で回避していく。ならば魔法で対抗しようとするが、互いに相手に魔法を使わせまいと距離を離す事をしないので必然的に戦いは一進一退の様相を呈していた。

 2人が互角に立ち回っている横で、透はマリアに攻撃を仕掛けていた。狙うは彼女が持っている怪物の入ったケージ。それを奪う事を第一の目標に、マリアにカリヴァイオリンで斬りかかる。

「甘い!」

 しかしマリアは透の考えを読んでいた。ケージを持った方の手をマントの内側に隠し、空いた方の手に持ったアームドギアで対抗する。時折マリアの攻撃の合間を抜けてケージを持つ方の手に透の攻撃が伸びるが、彼の攻撃はマリアのマントによって全て防がれる。
 あのマントには透も手を焼かされていた。ああいう変幻自在な装備は、威力よりも素早さを重視する透の攻撃と相性が悪い。こちらはこちらで攻めあぐねざるを得なかった。

 戦況は五分と五分。どちらも相手に対し攻め手に欠けている状況だった。しかし二課側にはまだ装者が4人居る。彼女達が参戦すれば、この状況をひっくり返す事は容易かった。

 しかし――――――

『颯人君、透君! 響ちゃん達がッ!?』

 突然2人の耳に入る、あおいからの切羽詰まった通信。その声に2人が桟橋の方を見ると、そこでは奏達にライブ会場で乱入してきた切歌と調、そして数人の琥珀メイジが4人に襲い掛かっていた。

 その光景に颯人は仮面の奥で苦虫を噛み潰したような顔になった。廃病院の外でソーサラーと戦った時から気にはなっていたが、姿を見せなかったあの2人と他の魔法使い達をここで投入してくるとは。

 一瞬そちらに意識を取られつつ、ソーサラーとの戦いに集中し直す。奏達なら大丈夫だと言う信頼があってこそだ。

 だが直ぐにそれどころでは無くなった。先程僅かな間感じていた、全身を苛む苦痛が再び振り返してきたのだ。

「ぐぅ、が――――!?」

 その場に膝をつき、苦しむ颯人に透はマリアとの戦闘を中断して彼を守るようにソーサラーの前に立ち塞がる。

 颯人が不調になった様子は、桟橋の上で切歌達と戦闘をしている奏にも見えていた。

「颯人ッ!?」

 彼が不調になった理由は単純だ。まだ奏達のギアの出力は落ちたままなのである。先程は透の演奏により一時的にブーストが掛けられていただけで、彼女達のギアの出力を落とした原因の効果は未だ残っているのだ。

 そんな状態で奏が戦闘をすれば、その負担が颯人に流れるのは当然の事であった。


 颯人が戦闘不能状態になったことで、奏だけでなく響達の間にも動揺が走る。その隙をメイジ達は見逃さなかった。

〈チェイン、ナーウ〉
「うわ、くっ!?」

 奏が隙を見せた瞬間、メイジの1人が奏を魔法の鎖で拘束した。そこに別のメイジが、自分の相手をしていた翼を受け流し奏に飛び掛かりライドスクレイパーを振り下ろした。

「奏ッ!?」
「奏さんッ!?」
「チィッ!?」

 翼、響、クリスが奏に迫る危機に声を上げるが、彼女達は切歌や調、他のメイジの相手で精一杯で奏の援護にまで手が回らない。
 迫る凶刃に奏が思わず目を瞑り顔を背けた瞬間――――――

「がっ?!」
「――――え?」

 奏に攻撃しようとしていたメイジが何かに攻撃され、バランスを崩して落下した。続いて奏を拘束しているメイジが、何かに撃ち抜かれ倒れる。それにより彼女を拘束している魔法の鎖が消えた。

「これは…………颯人!?」

「はぁ……はぁ……」

 下手人は颯人だった。彼は奏のギアのバックファイアに苦しみながら、ウィザーソードガンで彼女に襲い掛かろうとしていたメイジと拘束していたメイジを撃ち抜いたのだ。

 だがそれが限界だったのか、颯人は変身が解除され意識を失った。倒れた颯人を、透が抱きかかえて下がろうとする。

 そこが頃合いだった。ウェル博士はメイジ2人が倒されたのを潮時と見て、切歌と調に合図を出してその場を退いた。突如空中に現れた大型ヘリに収容され、飛び去る3人。奏達は当然それを阻止しようとするが、残ったメイジ達がそれを許さなかった。

「くそ、邪魔だお前らッ!?」
「ソロモンの杖を返しやがれッ!」

 奏と翼、響がメイジを蹴散らし、クリスがアームドギアをスナイパーライフルに変形させ大型ヘリを撃ち落とそうとする。

 だが照準が合わさる直前、大型ヘリは透明になって見えなくなり、クリスは標的を見失ってしまった。

「消えた!?」

 何処を見渡しても、ヘリの姿は影も形も見当たらない。普通のステルスであるなら、レーダーには映らなくとも肉眼でなら見える筈だ。光学迷彩など、一体どんな技術が使われていると言うのか。

 ウェル博士たちが離脱したのを見て、マリア達も戦闘を止め撤退に取り掛かった。ソーサラーがマリアを横抱きにし、魔法でその場を転移しようとする。

 その時、転移して潜水艦の甲板の上に姿を現したウィズが、今正に転移しようとしていたソーサラーに飛び蹴りを喰らわせた。

「フンッ!」
「ッ!?」
「うわっ!?」

 ソーサラーは咄嗟にマリアを投げ捨て、自分はハルバードでウィズの攻撃を防ぐ。投げ捨てられたマリアは、空中で体勢を立て直し何とか甲板の上に着地した。

 ウィズはマリアには目もくれず、ソーサラーにハーメルケインを向けた。

「貴様、一体何者だ? その装い、幹部と言う訳ではあるまい。何故奴らに与する?」

 問い掛けられても、ソーサラーは何も答えない。ただ無言でハルバードを構えると、そのままウィズとの戦闘に突入した。

「何してるのソーサラー!? もう戦う必要はないのよ! 直ぐに撤退して!?」

 マリアがソーサラーに撤退を促すが、彼は退く様子を見せない。縦横無尽にハルバードを振るい、ウィズに果敢に挑んでみせた。

 ソーサラーからの攻撃をハーメルケインで巧みに受け流し、反撃を放つウィズ。彼はその攻防の中で、ソーサラーの戦い方に違和感を覚えていた。

――こいつは……こいつの戦い方を、私は知っている?――

 自らの体を軸に、まるでペン回しの様にハルバードを振り回しウィズを寄せ付けない。その戦い方を彼は以前見た覚えがあった。

「お前……お前はまさか?」

 ウィズが何かに気付いたその瞬間、ソーサラーは一瞬の隙を突き彼の胸板に掌底をぶつけ引き下がらせる。

「むっ!?」

 大したダメージにはならなかったが、それでも衝撃を無視することは出来ず後方に下がらされるウィズ。彼との距離が開いたのを見て、ソーサラーは踵を返しマリアを抱きかかえるとそのまま魔法で転移した。

〈テレポート、ナーウ〉
「ッ! 待てッ!」

 ウィズが制止する間もなく、その場から消えるマリアとソーサラー。後には倒れた颯人と、彼を守るように立つ透。そして取り残されたウィズだけが居た。

 暫し水平線の彼方を見ていたウィズだったが、溜め息と共に先程ソーサラーに掌底を喰らった箇所に手をやり、踵を返すと颯人を俵の様に抱えて透と共に潜水艦の中に転移した。
 彼が転移した先は発令所。目の前に転移してその場に颯人を下ろしたウィズに、弦十郎は軽く目を剝く。

「ッ! ウィズ、颯人君は大丈夫か?」
「この程度でどうにかなる程、軟な奴ではない。暫く寝かせておけば直に目を覚ますだろう。それより、丘に居る装者達を早く回収してやるんだな」

 それだけ告げて、ウィズは発令所から去って行った。その道中、ウィズは拳を開き《《胸板に押し付けられたメモ用紙》》に目を落とした。
 そのメモ用紙の内容を読み、彼は大きく溜め息を吐いた。

「全く…………面倒と言うか回りくどい事を……」

 そうぼやくと、ウィズは再び魔法でその場から転移してしまった。




***




 一方、マリア達を回収したヘリ「エアキャリア」。その操縦室に居るのはナスターシャ教授とソーサラーの2人だった。
 操縦室は軍の最新の輸送機と同等の設備が整っているだけでなく、異端技術による改良も施されている為、彼女1人でも十分に操縦が可能だった。

 そのナスターシャ教授の後ろには、壁に寄りかかっているソーサラーの姿もある。彼は特に操縦室内の設備に触る事無く、まるで眠っているかのように腕組をして俯いているだけだ。

 これほどの機体がレーダーどころか肉眼でも捉える事が出来ないのは、偏に特殊ステルス機能『ウィザードリィステルス』と言われる装置に接続された《《赤く輝くギアコンバーター》》に秘密があった。

 このギアコンバーターに使われている聖遺物の名は『神獣鏡(シェンショウジン)』。この機体のステルステクノロジーは、この聖遺物の機能解析の過程で手に入れた副産物である。この存在が彼女達の行動を二課やアメリカ政府から隠してくれているのだ。
 その存在は大きなアドバンテージであるが、同時に脆く儚いものであった。タネが割れ、対策を練られてしまえばあっと言う間に追い詰められてしまう。

 とは言え、それでもまだ余裕はある方だった。彼女達には大勢の魔法使いが味方してくれている。
 彼らの性格などを考えると、あまり楽観することは出来ないがそれでも孤軍奮闘でないだけ――――――

「ごほっ!? ごほっ、ごほっ――――!?」
「!」

 突如口を押え、咳き込むナスターシャ教授。ソーサラーは素早くそれに反応し、彼女の背を擦った。
 咳が落ち着いた頃、ナスターシャ教授が己の掌を見るとそこには赤黒い喀血がこびり付いている。

 ソーサラーはそれを見ると、右手の指輪を付け替えハンドオーサーに翳した。

〈リカバリー、ナーウ〉

 ソーサラーの魔法がナスターシャ教授を癒し、彼女の顔色が先程よりも良くなる。

「……ありがとうございます。貴方には、助けられてばかりです」
「…………礼を言うのはこちらの方です」

 ナスターシャ教授からの感謝に、ソーサラーは珍しく口を開いた。若い男の声だ。恐らく初めて聞く彼の声に、ナスターシャ教授は少し驚いた顔をした。

「おや、貴方が口を開いてくれたのは初めての事ですね。意外とお若いようで……。それより、私に感謝していると言うのは?」
「マリア……そしてセレナの事。特にセレナに関しては、感謝してもしきれない」

 ソーサラーはそう告げると、ナスターシャ教授に背を向け操縦室から出て行こうとした。

 その彼の背に、ナスターシャ教授は声を掛ける。

「マリアに、セレナ……。ソーサラー、もしや貴方は……」

 ナスターシャ教授の声に、ソーサラーは振り向くことなく操縦室から出て行った。彼女は暫く彼が出て行った操縦室のドアを見つめ、そして操縦席の背もたれに体重を預け大きく息を吐いた。

「そうでしたか…………貴方は、そこに居たんですね」

 呟かれたナスターシャ教授の言葉は、誰も居ない操縦室の中に静かに響きそして消えていった。




 その頃、貨物室ではちょっとしたトラブルが起こっていた。

 切歌の拳が自分よりずっと身長の高いウェル博士を殴り飛ばし、壁にぶつかった博士はそのまま尻餅をついた。

「下手打ちやがって! 連中にアジトを押さえられたら、計画実行まで何処に身を潜めればいいんデスか!?」

 ウェル博士の胸倉を掴む切歌。その切歌を、マリアが宥めた。

「お止めなさい。そんな事をしたって、何も変わらないのだから」
「…………胸糞悪いデス」

 マリアに言われたからか、渋々ウェル博士の胸倉から手を離す切歌。宥めはしたが、マリアはウェル博士の方に軽く視線だけを向けており後の全身はそっぽを向いている。

「驚きましたよ。謝罪の機会すらくれないのですか?」

 あまり悪びれた様子を見せないウェル博士に、切歌が地団太を踏み唸り声を上げる。

 そこにソーサラーがやって来た。彼は貨物室内を見渡し、その様子から事情を察したのか肩を竦めると尻餅をついたウェル博士の腕を掴んで立たせた。

「いやすみませんねぇ。こちらのお嬢さん方と言ったらこっちの話も聞いてくれないんですから。持つべきものは男の仲間ですよ」

 おどけた様子のウェル博士に、ソーサラーは一瞥だけして視線を外した。

 すると今度はマリアの方がソーサラーに近付き、彼に突っかかった。

「貴方! さっきは何で直ぐに撤退しなかったの!? あそこで白い魔法使いと戦う必要なんて無かった筈でしょ!?」

 マリアからの詰問に、しかしソーサラーは何も答えない。ただ静かに顔を背けるだけだ。
 それがマリアの神経を逆撫でし、今度は彼女がソーサラーを殴り飛ばす勢いで襟元を掴んだ。

 そこに操縦室からのナスターシャ教授の通信が届いた。

『虎の子を守り切れたのがもっけの幸い。とは言え、アジトを押さえられた今、ネフィリムに与える餌が無いのが、我々にとって大きな痛手です』

 先程のソーサラーの魔法による回復もあってか、今のナスターシャ教授に不調は見られない。

「今は大人しくしてるけど、いつまたお腹を空かせて暴れまわるか、分からない」

 調の言う通り、今廃病院で奏達に襲い掛かった怪物――ネフィリムの幼体は鉄ではなくビームを格子とした檻の中で眠っている。廃病院のアジトと違い、ここで暴れられてはエアキャリアはバランスを崩し一巻の終わりだろう。

「持ち出した餌こそ失えど、全ての策を失った訳ではありません」

 そう呟くウェル博士の視線は、切歌や調の首元のギアペンダントに向いていた。照明の光を反射してキラリと輝くペンダントを見て、彼は不敵な笑みを浮かべていた。

 その彼の視線を、ソーサラーが遮った。静かにスッと彼の前に移動した彼は、まるでウェル博士の考えを見通していると言わんばかりに無言で彼を見つめていた。

 無言の圧力を受け、しかしウェル博士は小さく肩を竦めるだけであった。

 全く堪えた様子を見せないウェル博士に、ソーサラーは小さく溜め息をつき踵を返すとマリア達を促して貨物室から出ていくのだった。




***




 戦いが終わった桟橋に、仮設本部が接舷し搭乗ハッチから弦十郎が顔を出した。

「無事か、お前達ッ!」

 仮設本部が接舷すると、装者達はその甲板に乗り移りギアを解除してその場に座り込んだ。流石に徹夜での戦闘は心身ともに堪えたらしい。

 そんな中で、奏だけは勢いよく搭乗ハッチに近付き颯人の容態を弦十郎に訊ねた。

「旦那ッ! 颯人は? 颯人は大丈夫なのかッ!?」
「落ち着け奏。颯人君なら大丈夫だ。今は医務室で、大人しく眠っているよ」

 そう言って弦十郎が搭乗ハッチから退くと、奏が飛び込むようにして艦内に入り一目散に医務室へと向かった。

「颯人ッ!」

 奏が入ると、医務室では弦十郎の言う通り颯人がベッドの上で静かに寝息を立てていた。その近くには椅子に座って颯人の事を見守っていたらしき透の姿がある。

 透は奏が必死の形相で医務室に入ってきたのを見ると、彼女を安心させようとしてかメモ帳にペンを走らせた。

〔大丈夫です。颯人さんは眠っているだけで、医者の先生も大事には至らないって言ってました〕
「そ、そうか…………そう、か……ふぅ――」

 心から安心した様子を見せる奏に、透は優しい笑みを浮かべると医務室から立ち去った。自分がお邪魔虫である自覚はあったし、彼は彼でクリスを迎えに行きたかった。

 医者も席を外しているようで、医務室に居るのは眠った颯人と彼の傍に座る奏のみ。奏は眠っている颯人の手を掴むと、その手に口付けをするようにして彼の温もりを感じやっと安堵の表情を見せた。

「颯人……良かった。ゴメン。お前に負担を掛けて…………本当に、何で、アタシは――――!?」

 改めて、奏は装者として不完全な自分の体を呪った。翼達の様に薬に頼らずシンフォギアを纏う事が出来れば、彼にこんな思いをさせる事も無かったのに。

 そして同時に、奏は恐れていた。颯人を失う事を、今日は久々に間近に感じたのだ。

 それは奏の心に小さな傷として刻まれた。とても小さく、奏も颯人が目覚める事には気にもならない程度のものとなっていた。

 だが、たとえ小さな傷でも決して油断してはならない。アリの巣が堤防を決壊させるように、一見大した事ないように見えてそれが後々大きな波紋を呼ぶことは往々にして存在するからだ。

 今回の一件で奏の心に刻まれた傷が、後々今回の騒動で大きな波紋となるのだが、奏は勿論颯人もその事に気付く事は無いのであった。 
 

 
後書き
と言う訳で第74話でした。

前回今回と奏がちょっと不安定な感じでしたね。何度か颯人が目の前で死に掛けてる上に、今も尚颯人が爆弾を抱えている状態なので奏は本人が思っている以上に神経質になってる感じです。

それと今回、ソーサラーについてちょっとずつ明らかになってきたことがあります。まず断言しますが、彼は男です。前回までの間にソーサラーの正体について色々と考察を巡らせた方もいらっしゃるでしょうが、ここで性別が確定しました。それと同時に、彼がイヴ姉妹と関係のある人物である事も示唆されました。
彼とイヴ姉妹がどんな関係あるのかは、今後の展開をお待ちください。

執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに。それでは。 
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