同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~
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閉会~金帰火来には遠すぎる~
分かたれた家~ティアマト民国~(下)
前書き
「農業とは高度な科学技術の実践であり、土地の支配の根源である。自由農民は重機を駆り、調理をし、土を掘り、武力を担う人材となる。自由農民の伝統こそが土地を支配し、国家を担う自由市民だ。我々は最も民主共和的市民として不当なる土地の簒奪に対しては我々は常に団結する」
(エル・ファシル支援基金の設立に際し、ティアマト農業協同組合総連合ノエル・バクストン委員長)
ティアマト政府参事会――その実態は自治領を代表する政府参事――閣僚の合議体である。ティアマト民国の実態が自治領の連合体であるのならば必然として中央政府機構はあらゆる点において分権化せねばならない。
その象徴がこの政府参事会制度だ。
何しろ本土はイゼルローンから哨戒に出る帝国正規艦隊と貴族軍の私掠艦隊が跋扈し無人となった。そして自治領は文字通り星の彼方に点在しているのだから――だからこそ開催されるそれの半数はこのような形となる。
専用の端末をいじり、生体認証とパスワードを打ち込む。
「お待たせしました」
立体テレビジョンの向こうに見慣れた顔が映る。
「いいえ、時間通りですよ」「久しぶりだな、アリシア弁務官」
参事達がテレビジョンに浮き上がる。10数名いる彼らの過半数は中道右派政党連合、ティアマト帰郷連合の幹部だ。
左派の自治共同連盟は分離主義――というよりも分権派と自治領から各構成共和国への吸収合併派までの幅広い寄り合い所帯である。
1世紀以上もこの状態では致し方あるまいか、という諦観は少なからぬものが抱いているが交戦星域からバーラト首都圏までの歪なグラデーションの”地域格差”よる対立はティアマト民国の散らばった自治領にも存在する。
「アリシア弁務官、アスターテの事後処理は落ち着きましたか?」
マンスホルト事務総長、ティアマト民国政府の官僚上がりの政府参事が尋ねる。
「こちらは落ち着きましたわ、報告は後程、フローニンゲンの方はいかがでしょうか?」
テルヌーゼンの星内に設置されたフローニンゲン自治領はバーラト首都圏の台所を支えている近郊農業の一大拠点であり、ティアマトの行政を支える情報インフラの拠点でもある。
ティアマト政府の行政サービスは高度な情報化が進んでおり、情報交通委員会が改革のテストモデルとして支援していることから他の構成共和国からも注目されている――当の本人たちからすればそんなことはいいから本土を奪還してくれ、というのが本音であるが。
なるほど、と頷きマンスホルト事務総長――行政首班相当が神経質そうに時間を確かめる。
「皆様、定刻になりましたティアマト民国参事会を始めたいと思いますが――」
ちらり、と時計を眺めて舌打ちをした。
「まだ議長が――」
「やぁやぁ!諸君、すまないな、待たせた!!」
がっしりとした固太りの男が立体テレビジョンに出現し汗をぬぐう。
ヒューイ・タロット、全国選挙で勝利したティアマト帰郷連合盟主にしてティアマト民国の元首である。
「えー、始めましょう、タロット議長もいらっしゃいましたので」
快活に笑う姿は気のいい地元企業の親爺さんといったところであるし、792年の選挙まではその印象は間違いではなかった。
この男は恐ろしいほど馬力がありタフな『ビジネスマン』である。農地持ちの実家を飛び出したかと思えばバーラトで怪しげな退役軍人たちをかき集めた興行をはじめ、そうかと思えばエルファシル共和国のアプス自治領へ渡り、食品加工業を立ち上げ、パフォーマンスがてら閉鎖的なヴァンフリートへ乗り込み、売り込みをかけるという根っからの派手好きなビジネスショーの達人である。
皮肉なことであるがティアマト民国という知名度を若い世代に知らしめたのはこの男の騒がしさによるところが大きい。
そして圧倒的な知名度と若者受け、そして『ティアマト・ブランド』の復活という手土産を旗印にティアマト主要産業、一次産業と食品工業界の圧倒的支持をもって、政治的な経験を一切持たないこの男は、3年前にティアマト民国参事会議長――すなわち国家元首となってしまった。そして翌年の任期満了後も2期目は堅いだろうといわれている。
「異議なし」「異議なし」
参事達に続き、自身もまた異議なし、と唱和しながらもアリシアはため息をついた。
彼自身の知名度をティアマト民国の政治家たちも利用してきた。名だけならまだしも、いつの間にか『ティアマト』意識の象徴として『実』が伴ったことはティアマト政界でも危機感を覚えているものは多い、その一人がアリシアである。
「いいだろう!それでは素晴らしいことに我らの新作、『キシャルの麦』を利用した糧食はすでにアスターテへの納入が決まった!更に文化交流事業において観光資源としてアスターテからも指定を受けられる!!」
おぉ!と参事会の財務担当と産業開発担当が歓声を上げる。
「また一つデッカい取引が決まったぞ!!ティアマト・ブランドは銀河一だ!」
派手好きで突飛なことを言って目立つ。遠慮も呵責もなしにビジネスでねじ伏せる。
理想化された開拓と飛躍の時代の合言葉、【古き良き自由の夢】の体現者、とすら受け止められた。
(直接的には)軍も関わらず、ましてや帝国からフェザーン経由で入ってくる廉価な商品相手に”質で勝つ”ということすらも同盟市民たちの琴線に触れたのだ。
ティアマトの全土の選挙に勝つということは全国的な知名度を持つというということに等しい――アリシアは軍の女性将兵の為の改革運動に携わり、女性弁護士として知名度を上げていた。
敵を打ち倒し、笑い、喝采を受ける。あぁそれはよいことだ――政治でなければ。
政治とは敵を打ち倒すものではない。そうではない、【打ち倒した後】こそが政治の本領である。だからこそ終わりはないのだ、闘争は義務と人は言う、なれば闘争は政治の一過程に過ぎず、政治とは人の営みそのものである。
自慢げに成果と儲けを何に使わせるかをまくしたてるタロットを事務総長が遮る。
「‥‥‥議長、議長」「なんだね」
打って変わって冷ややかな目で事務総長を見る。彼はハト派として民生優先を唱えている、アリシア達にとっても政敵であるが――自治領の連合であるのならば無碍にもできない。彼も同じく帰郷連合に理解を示すことも少なくないし、民生優先には他自治領のことも含まれている。
「君はティアマトのブランドと呼称するのがそんなに嫌なのかな?
それならばこのティアマト民国参事会も気に食わないだろうな、それなら私は君の精神的苦痛をおもんばかり――」
頬を吊り上げ、声色が徐々に挑発的になってゆく。ティアマト帰郷連合の面子すら穏健派が露骨に顔をゆがめる程に攻撃的で排他的なモノが顔を出しつつある、
アリシアをはじめとする政治家達はそれだからこそ、彼は4年の任期をまもなく終えるというのに”議長”と呼ぶことにいまだに違和感を感じるのだ。ティアマト民国は自治領の連合であり政府参事会は党派を問わず自治領の合議により運営されるべし。それは実態に沿った不文律である。
二大政党議員は”ティアマト民国”の重みの軽重で異論があろうとも自治領の重さを軽視することはない、この男を除いては――。
アリシアが咳払いをした、さすがにこれを続けているとティアマト帰郷連合全体の問題になりかねない。
アリシアは”ティアマト民国”の代表として上院に席を連ねている以上、ティアマト民国としての枠を重視するがそれと自治領の代表を”排除”しようとすることは話が違う。
「議長、よろしいでしょうか。事務総長は私の報告に時間がかかると申し上げたいのだと思いますが――」
タロットはにこやかな顔に戻り、アリシアに鷹揚に謝罪した。
「あぁ、そうだった!すまない、すまない!それでは諸君らにアリシア同盟弁務官から―」
アリシアはため息をついた、これで大衆と財界からの人気が絶大だから性質が悪い。さて来年の最高評議会議長選挙、下院選挙に合わせて行われる我々の元首選、この男はどうせ二期目を狙うだろう、その頃までに落ち着けばよいのだが――
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