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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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閉会~金帰火来には遠すぎる~
  分かたれた家~ティアマト民国~

 
前書き
「エルファシルの皆様に心より感謝を申し上げます。我々はこの同盟で最も古い共和国に~」
(ダニエル・クエール国務委員長の挨拶 746年、アスターテ連邦共和国ティアマト民国自治領アルビル・コミューンを訪れた際に) 

 
さて、このたび、舞台となるティアマト民国に現在国土は存在しない……というと誤りである。
 正式には『同盟政府による無期限の避難指示』が敷かれたままである、だがそれが百余年もの間間断なく続くとなれば現実政治も建前ではなく実態に追従するのは当然のことである。
 ティアマト民国の成り立ちは同盟構成邦の中でも最も古い部類である。銀河連邦末期の混乱とルドルフの粛清の余波で失われた植民地【サジタリウス準州】を構成する農林水産、すなわち一次産業に特化した惑星であり、二次・三次産業の中核都市を目指す企業連合が取り仕切るパランティア、宅地開発と開発の運輸・行政拠点となるはずだったエル・ファシルと関係が深かった。
 銀河連邦本土たるオリオン腕から当時発見された唯一の航路、難所であるイゼルローン回廊の向こうにある【サジタリウス準州】の開発を任された企業家達は意気軒昂たるエリート揃い――だったわけではない。
 肥大化し統治が行き届かなくなった銀河連邦において新たな土地は福音ではない。財界における新規開発地への派遣とは、熾烈な権力闘争に敗れ、事実上の流刑に処遇であった。
 辺境の治安悪化により寸断された流通と事実上放逐されたに等しい待遇からか、彼らは【独立経済圏】の構築にひどく熱心であった。海賊(大半は銀河連邦軍や地方自治体治安軍の軍閥崩れや企業の私兵達)と取引を行い、産業の多角化を目指していた。
 ティアマトもそのニーズに伴い一次産業のみならずバイオ産業の一部を引き受けるまでに成長した。
 やがてルドルフ政権の大粛軍と地方海賊の大掃討作戦による混乱で脱走兵や海賊が雪崩れ込む頃にティアマトは、【サジタリウス経済圏】の要地にまで成長していた。
 だがルドルフの狂乱と時期を同じくして発生した【ナイナーニェン危機とヴァンフリート革命】による孤立したサジタリウス腕における初の大規模軍事衝突の危機とその後の相互不信による停滞期を迎えることになった。
 それを打ち破ったのは【偉大な詐欺師】グエン・キム・ホア率いる【ピューリタン達】であった。彼らはサジタリウス準州の要人たちに【居住地開拓支援】を求めながらも、勢力均衡の打破を目論む彼らの複雑な政治的駆け引きを掻い潜り、サジタリウス腕最奥のバーラトに入植し、意図的に【広大な未開拓地】を作り出した。
 グエン達は帝国の脅威を見据えつつ井戸の中で不毛な駆け引きを続ける蛙達に【広大な需要】を作り出したのだ。それにより引き起こされた狂乱的サジタリウス腕の開発を支えたのは間違いなくティアマト民国の強固な一次産業が生み出す食糧生産力の賜物であった。
 ダゴン星域開戦以降の亡命勧奨工作の成功による【狂乱の20年間】で同盟の国力はさらに飛躍し、人口の増大と工業化はティアマトの一次産業をさらに豊かにした。
 だがそれを打ち砕いたのがコルネリアス1世の『大親征』であった。緒戦の水際防衛において同盟軍の大敗を見た彼らは帝国軍の収奪を危惧し、ある者はバーラトなどの奥地へ、ある者は難所に要塞群を連ねたヴァンフリートへと身を寄せることになった。
 帝国軍はサジタリウス腕最奥の首都バーラトまで迫る勢いで優勢であった。コルネリアス1世は優秀な作戦家であったのは疑いの余地はない。だが後背でおこる熾烈なゲリラ戦は後方連絡線を脅かし、陸上戦力やら補助艦艇やら無尽蔵の浪費を予備選力を担う門閥貴族に強いていた。
 有力な学説として「コルネリアス1世は元帥号を多くの側近に授与し、登用することで既存の皇族、広大な門地をもつ門閥を中央官界から一掃することでルドルフ時代の中央集権を成し遂げようとしたのではないか?」と分析されている。
 仮にそれが真実であれば、こうした消耗戦すらもカイザーの目論見の通りだったのかもしれない。だが貴族達の忍耐は新興の【元帥杖を持った腰巾着】の指揮において戦果(私掠)の見込めぬ軍事出費を強要されることに耐えられなかった。ましてやこれが彼らの弱体化を目論んだ策であると囁かれるようになれば――彼らは政治的、そして軍事的実行力をサジタリウスではなくオーディンに向けて捻出したことで、大親征は銀河帝国においては、カイザーの権限が大幅に削られる形で終結した。
 ――閑話休題――

 一方、自由惑星同盟においては経済・人口の両面でバーラト一極化が進んだことと、戦時体制の構築による【同盟政府】の強化により130年近く続いている自由惑星同盟の国体が成立することになった。
 だがバーラトが笑えば泣くものも当然居る。とりわけ現在の【交戦星域】は悲惨であった。アルレスハイムは事実上の寡頭制であったところに熾烈な国家総動員戦争で高まったプロレタリアの政治意識に社会体制が追いつかず、革命騒ぎが起こり、時の同盟国務委員長(同盟弁務官総会議長)が介入する事態となった。 
 そして、アスターテとティアマトも甚大な被害を受けた。彼らは以後も交戦地域となることが確実となり、アスターテは国家の喪失を恐れ、植民船団への定住化を進め。
 ティアマトは基幹産業であった食糧生産のため、アスターテ、ドーリア、エラゴン、バーラト――各構成国の農業開発区域に『自治領』として仮住まいをして避難民の受入と永住化が進められた。
 例えばサンムマラート・アシリアはティアマト民国選出の同盟弁務官であるが産まれはアスターテ連邦共和国と言った方が同盟市民の大半には通じるだろう。
 彼女はティアマト民国自治領にして”重力制御植物工場農法”の一大拠点、『ニムルド・コミューン』で生まれ育った。

 彼女は今もニムルド・コミューン旗艦の同盟弁務官事務所で執務を行っている。別の船団コミューン旗艦に座すアスターテの同盟弁務官リヴォフを睨みつけながら。
「じゃあなに?イロンシ達も何も知らなかったってこと?」
 リヴォフは俺を睨みつけてもなぁ、とぼりぼりとこめかみを掻きながら答える。
『あぁヴァンフリート側でもあれは予想外だったようだ。イロンシも対応に追われている』
 ヴァンフリートまで混乱しているのは昨日の『ヴァンフリート演説』が理由である。
 軍首脳部の彼が明確にイゼルローン攻略を断言したのは異常である。
「……何を考えているのかしら?」

『わからん、ドワイトの野郎が独断でやったわけはねぇが』
 リヴォフすら頭を抱えているのは異常事態だ。
「……【バーラト・エリート】の陰謀、か」
 バルプ本みたいで笑えるわね、と肩をすくめる。【キングフィッシュ・ヨブ】、【シトレ校長先生】【ラザール親父】――誰をとっても曲者ぞろいだ。

 さてな、とリヴォフは剽げて肩をすくめる。
『だが目的は割れている。選挙だ、であるならお前さん達【ティアマト人】の選挙には支障があるまいよ』

「それはいいんだけどね……」
 来年の頭、つまり同盟総選挙 それでも彼らの中には4年に一度の自治領協議会(立法院)総選挙の際にティアマト本土へ赴き投票を行うものが投票者の中で数割を占めている。
 アリシアはそうした人々を中心に支持基盤を持つ右派国民政党『ティアマト帰郷連合』の幹部である。 
「バーラトの連中が何を企んでいるのか探らないと後手に回ればトリューニヒトにまたしてやられるかもしれないわよ?」
 トリューニヒトは派手な空中戦が持ち味だ。出世が早かったのも地方政党の寄り合いであった国民共和党に官僚や著名人を引き入れた【中央派】派閥を作り上げた一人だからである。そのため、土着層が多い上院の基盤は弱いが下院を左右する【同盟の空気】のコントロールについては一級品だ――とはいえ肝心の本人は有力候補をぶつけられて『得票率4X%』の大接戦で当選を続けている。
『ハイネセンに戻ったらロムスキー先生とリッツ教授とも相談せねばならんな。イロンシも探りを入れているが……』

 本人の危機感が強いだけに国防委員会として派手な功績が欲しいのは間違いない。個人選挙の弱さを笑うのは二流だ、150億の民意を見極める屈指の政局屋が常に選挙前に窮鼠となるのはどれほど恐ろしい事なのか、とくに交戦星域の利益代表達は考えなければならない。
「本気でトリューニヒトとシトレが手筈を整えているのなら本丸は難しいだろうけどね」

 うむ、と【提督】の顔つきに戻った老人を見てアリシアは顔を綻ばせた。
『であろうと俺を出し抜こうとするなら年季の違いを教えてやるさ』

「らしくなってきたじゃない、そちらは提督さんに任せます」
 彼女にとって今は同僚であるが若い頃はまさしく故国から排出されたエースであった――と言うのは半分本当で半分嘘だ。実際は女性労働問題に取り組む若手弁護士アリシアと艦隊兵站の顔役であったリヴォフ提督はギャンギャンと契約に向けた舌戦を繰り広げていたのが本当の姿である。議会に上ってからは”現場を知らない理屈倒れの小娘”と”どうしようもない保守を気取った時代遅れのタコ親爺”が右派と左派にいるのだからなんともはや、である。

「お前さんも頭が切れるんだから何かしら考えてくれよ、ではまた後日」



 ミーティングを終えたアリシアを出迎えるのは情報収集担当弁務官補佐の班が収録し、メモを飛び交わす姿であった。

『昨日のグリーンヒル大将のヴァンフリート議会演説に対し、ヨブ・トリューニヒト国防委員長は『個別の案件についてコメントは差し控えさせていただく。だが、我々は常にサンフォード議長と意見を交換し、シトレ本部長と共に必要な改革を進めている』と発言いたしました。シトレ本部長は『ノー・コメント』と――』
『エル・ファシル共和国のルイーゼ・ペイリン首相は記者会見においてグリーンヒル総参謀長の『ヴァンフリート演説』に対し、『専制主義者の侵略は同盟市民存亡の危機であり、その橋頭堡たるイゼルローン要塞を陥落させることは何よりも同盟政府が優先するべきものである。我々はそれに協力を惜しむべきではない』と記者の質問に対し返答を――』
『アルレスハイム王冠共和国のハンソン首相は『ヴァンフリート演説』について首相声明を発表しイゼルローン攻略に対する着実な措置を求めながらも、その意義は全同盟市民の民生保護にある事を忘れないで欲しいと――』
『「オリベイラ学長、ヴァンフリート演説はどのような意図があってあの場で行われたのでしょうか?」
「はい、ヴァンフリートをはじめとする【交戦星域】はこれまで常に軍と協力関係を結んできました。先のヴァンフリート会戦においてもセレブレッゼ中将の4=2基地が奇襲を受けた際に人民防衛軍をはじめとした構成邦軍の活躍は記憶に新しく。この地を選んだメッセージとして――」』

「どう何かわかった?」
 情報収集担当の政策秘書(税務官僚上がり)に尋ねる。
「ペイリン首相がいつもの調子、ハンソン首相は警戒、オリベイラ学長はヴァンフリートを持ち上げていますよ」
 ペイリン首相はエル・ファシル共和党を率いる保守派の女性論客だ。オリベイラ学長は官僚や法曹界、政治家を数多く輩出してきた同盟自治大学の学長であり、最高評議会事務総局参与を長く勤めている行政法学者である。
「オリベイラ学長が……そう」
 各構成共和国や同盟の公法の運用を知悉しており伝統的に立場の弱い同盟政府官僚団の権威を確立してきた男だ。
「軍首脳部だけではくオリベイラ教授までもが動いているのは政権の意向なのは間違いない、問題はその政権のどれほどか」
 政策秘書も同意し、首をかしげる。
「変です、少なくとも議会といいますか、軍と評議会の外に出るタイミングは作戦決行の1月程度前ですよ」
 そのタイミングであれば“事情通”の連中は何か行動がある事を掴んでいる。アリシアの周囲であればリヴォフやイロンシはその筆頭だ。
「‥‥‥イロンシはともかくリヴォフ老は私達に教えてくれるはずよね」

 イロンシは同じ会派に属しているし気のいい男ではあるが【現役軍人】としてヴァンフリートに利がある機密情報となれば仲間内にすら喋らない。とはいえそれを責めるつもりはアリシアにはさらさらない。
 下院議員は党派の理論に従うが、同盟弁務官――上院議員は良くも悪くも会派に属しても党議拘束はなく、国益に反するとなれば造反するのが当然のこととみなされる――があまりにもそれでは票読みもできず調整が難しいので会派単位でまとめるのが原則であるが。
その代わりに国家から支援を受け多くのスタッフを抱え調査や政策立案に行動する。便宜上――というよりも同盟憲章と共に構成国の法制において【構成共和国の特別職公務員】として位置づけられている。
 イロンシも同様だ。地上軍出身であるがヴァンフリート将校はヴァンフリート民主共和国の行政を支配するエリート中のエリートである(たとえそう見えなくとも!)
 彼らが同盟軍に出向し血を流すのはそうしたコネクションを欲するからにほかならない。
 彼が築き上げた太いコネクションは地上軍から各構成国軍まで伸びている。それに帝国軍の置き土産に悩まされる【交戦星域】にとってヴァンフリートは一種の社会インフラだ。相互に深く経済的にも対帝国政策としても依存している。イロンシが意図的に距離をとっていようとも会派の仲間を蹴落とそうとするほど愚かでもない。【縦深】にとってもイロンシは必要な人材であるし、イロンシにとっても【縦深】は上院で存在感を発するためにも、地域代表として交流を深めるためにも必要不可欠なものだ。
であるならば【交戦星域】に不利益をもたらすのであれば遠回しに警告のサインを送ってくるだろう。
 
 リヴォフ老は艦隊兵站を4半世紀近く耕し、アスターテ政府の国防部門に20年近く籍を置き、国防委員会と宇宙軍にこれまた太いパイプを持っている。そしてきわめて単純に考えればイロンシよりも先に我らが世話役のリヴォフ老が察知するのが自然である、そして彼より先に察知できるのは――立案の当事者の一人だ。

「何か知っているとしたらホアン・ルイ――?シトレ本部長の再任に向けた動きを私たちに出してきたのって――」
 ――シトレ本部長とドーソン次長が酒を飲んだらしい。
 そうだ、これはホアン・ルイの発言だ。彼はこのあとは一切発言せずリヴォフやリッツの推理にも何一つ発言していない。

 ――ドーソンとシトレが手を組んだ。つまりは情報部、憲兵そして統合作戦本部内局で何か動きがあった。軍政に関わることか、あるいは何かしらの機密に関わることだ。
 そして普段は艦隊司令官が出向くヴァンフリートの【戦没者セレモニー】、これは捜索の打ち切りを意味するものでハイネセンでの【儀礼】が終わった以上、わざわざ軍の第三席が出向いてあのような演説をぶつ理由が単なる『景気づけ』なわけが無い、ホアン・ルイもその不自然さを感じ、探りを入れたはずだ。
「まさか私達はあのオッサンに一杯食わされた?」
 アリシアの背を冷たい汗が流れた。
 その警戒下であれだけ用心深いのに構成政府と支持者を回る我々に情報を漏らした理由は何だ?
 グリーンヒル大将の演説の中身までホアン・ルイが知っていたかどうかはわからないが、厄介な面子が動いていることを察知していたからこそあの飄々としたベテラン政治家は何食わぬ顔で我々に向かって情報を流していた!

「……なぜかしら?」
 ヴァンフリート演説を聞かせる為――否、どうであれ私達は【交戦星域】で軍中央が動くのなら耳を澄ませている。それをあのタヌキが知らないわけがない。
 ちがう、だからこそだ。ご丁寧にルンビーニの件まで漏らしてきたのはシトレの件に全力を注がない状況を確定する為であり、次の情報交通委員の面子への牽制、ひいては労農と【縦深】に利益を引き込むための手土産だろう。
 労農からすれば我々は上院で協力関係を築ける貴重な会派だ。だからこそ、ここで我々が余計なことをしないよう、目先のルンビーニ事故調査と統合作戦本部長人事で進むべき餌を投げて我々の利益になりつつも現時点で深入りをできない状況を作ることを目的と想定するべきか?
 安全保障委員会において第七次イゼルローン攻略作戦における交渉が始まる前に上院の政局を固め、我々の選択肢を限定する――いや待て。

「第六次イゼルローン攻略戦は演習に偽装した奇襲だった」
 議会においても予備費を用いた奇襲攻撃であり第五次とは打って変わり事後の知らせとなった。つまり二個艦隊の再建を予定した補正予算の予備費を利用し行えると仮定する。
 なおかつ『大規模な攻略作戦を行う』と公共電波に流した理由は何か、ヤン・ウェンリーの第13艦隊の初演習に合わせたから?副官にフレデリカ・グリーンヒル中尉を引き込んだ上で父親が同じ日にヴァンフリートで大演説をぶった。
 同盟軍の目的と実力と手段を全て想定しフェザーンへのリーク……違う――デコイの可能性…そうか!

 アリシアは唸った。これだ、という確信を自身の直感がささやいている。
「来年の下院と最高評議会議長選からイゼルローンへの出兵を予想されていることを利用し、帝国と同盟政界に『情報戦』を仕掛けるつもりか!」

 結論が出ない、断定できない、だが問題はそこにあると強気に明言する。それこそがこの騒ぎを企てた連中の目的であると仮定する。そして探ろうとする連中がその先に進めぬよう、防諜と情報管理のプロであるドーソンが情報を管制しているのだとすれば――
 軍の機密作戦であれば議会への情報開示のタイミングすら問題になる。特にイゼルローン攻略作戦は同盟政界と軍部にとって頭の痛い問題である。【縦深】だけでなく国境付近の政治家達にとっては文字通り『目と鼻の先』の出来事なのだから当然政府は軍の動向に神経を尖らせ、議員達は国防委員会や制服軍人たちとコネクションを繋ごうとする。 『政治家と付き合えば偉くなれる』というと悪しき事のように吹聴する愚者がいるが議員達からすれば『政治家の意義と理解できぬ愚物が軍権を握る事こそが人材の払底なのだ』と主張すべきであろうし、それも一面の真実である。とりわけ防衛戦争であれば尚の事だ。
 しかしながら制服軍人、特に機密を扱う者達にとってはその『コネクション』が腐敗と漏洩の元になる、というのも『軍人と政治家の付き合い』という民主国家の命題における別側面の真実である――。
「参ったわね」
 とはいえここまで言い張るのであれば相応の勝算はあるのだろう。トリューニヒトとシトレのコンビとロボスがうまくやって見せることを祈るしかないか――アリシアは重いため息をついた。
「先生、そろそろ時間です」
 別の秘書が機材の準備はできました、と促す。
「気が重いわね」
とはいえまだ推測だ、バーラトに戻り実際に調べて確信を得てから話すべきだろう。
 今は――”故国”と相対する時間である



 ティアマト政府参事会――その実態は自治領を代表する政府参事――閣僚の合議体である。ティアマト民国の実態が自治領の連合体であるのならば必然として中央政府機構はあらゆる点において分権化せねばならない。何しろ本土が文字通り星の彼方に点在しているのだから――だからこそ開催されるそれの半数はこのような形となる。
 専用の端末をいじり、生体認証とパスワードを打ち込む。
「お待たせしました」
 立体テレビジョンの向こうに見慣れた顔が映る。
「いいえ、時間通りですよ」「久しぶりだな、アリシア弁務官」
 参事達がテレビジョンに浮き上がる。10数名いる彼らの過半数は中道右派政党連合、ティアマト帰郷連合の幹部だ。
 左派の自治共同連盟は分離主義――というよりも分権派と自治領から各構成共和国への吸収合併派までの幅広い寄り合い所帯である。
 1世紀以上もこの状態では致し方あるまいか、という諦観は少なからぬものが抱いているが交戦星域からバーラト首都圏までの歪なグラデーションの”地域格差”よる対立はティアマト民国の散らばった自治領にも存在する。

「アリシア弁務官、アスターテの事後処理は落ち着きましたか?」
 マンスホルト事務総長、ティアマト民国政府の官僚上がりの政府参事が尋ねる。
 
「こちらは落ち着きましたわ、報告は後程、フローニンゲンの方はいかがでしょうか?」
 テルヌーゼン共和国からほど近いフローニンゲン自治領でバーラト首都圏の台所を支えている一角であり、ティアマトの行政を支える情報インフラの拠点でもある。
 ティアマト政府の行政サービスは高度な情報化が進んでおり、情報交通委員会が改革のテストモデルとして支援していることから他の構成共和国からも注目されている――当の本人たちからすればそんなことはいいから本土を奪還してくれ、というのが本音であるが。
 
 なるほど、と頷きマンスホルト事務総長――行政首班相当が神経質そうに時間を確かめる。
「皆様、定刻になりましたティアマト民国参事会を始めたいと思いますが――」
 ちらり、と時計を眺めて舌打ちをした。
「まだ――」

「やぁやぁ!諸君、すまないな、待たせた!!」
 がっしりとした固太りの男が立体テレビジョンに出現し汗をぬぐう。
 ヒューイ・タロット、全国選挙で勝利したティアマト帰郷連合盟主にしてティアマト民国の元首である。
「えー、始めましょう、タロット議長もいらっしゃいましたので」

「異議なし」「異議なし」
 参事達に続き、自身もまた異議なし、と唱和しながらもアリシアはため息をついた。
 この男は恐ろしいほど馬力がありタフな『ビジネスマン』である。農地持ちの実家を飛び出したかと思えばバーラトで怪しげな退役軍人たちをかき集めた興行をはじめ、そうかと思えばエルファシル共和国のアプス自治領へ渡り、食品加工業を立ち上げてヴァンフリートへ売り込みをかけるという心底、派手好きな男である。
 皮肉なことであるがティアマト民国という知名度を若い世代に知らしめたのはこの男の騒がしさ(ネームバリュー)によるところが大きい。
 そして圧倒的な知名度と若者受け、そして『ティアマト・ブランド』の復活という手土産を旗印にティアマト主要産業、一次産業と食品工業界の圧倒的支持をもって、政治的な経験を一切持たないこの男は、3年前にティアマト民国参事会議長――すなわち国家元首となってしまった。そして翌年の任期満了後も2期目は堅いだろうといわれている。

 彼自身がいつの間にか『ティアマト』意識(ナショナリズム)の象徴となったことに『実』が伴ったことはティアマト政界でも危機感を覚えているものは多い、その一人がアリシアである。

「いいだろう!それでは素晴らしいことに我らの新作、『キシャルの麦』を利用した糧食はすでにアスターテへの納入が決まった!更に文化交流事業において観光資源としてアスターテからも指定を受けられる!!」
おぉ!と参事会の財務担当と産業開発担当が歓声を上げる。

「また一つデッカい取引(ビッグディール)が決まったぞ!!ティアマト・ブランドは銀河一だ!」
 派手好きで突飛なことを言って目立つ。遠慮も呵責もなしにビジネスでねじ伏せる。
理想化された開拓と飛躍の時代の合言葉、【古き良き自由の夢】(グッド・オールド・リバティ・ドリーム)の体現者、とすら受け止められた。
 (直接的には)軍も関わらず、ましてや帝国からフェザーン経由で入ってくる廉価な商品相手に”質で勝つ”ということすらも同盟市民たちの琴線に触れたのだ。
 ティアマトの全土の選挙に勝つということは全国的な知名度を持つというということに等しい――アリシアは軍の女性将兵の為の改革運動に携わり、女性弁護士として知名度を上げていた。
 敵を打ち倒し、笑い、喝采を受ける。あぁそれはよいことだ――政治でなければ。
 政治とは敵を打ち倒すものではない。そうではない、【打ち倒した後】こそが政治の本領である。だからこそ終わりはないのだ、闘争は義務と人は言う、なれば闘争は政治の一過程に過ぎず、政治とは人の営みそのものである。

 自慢げに成果と儲けを何に使わせるかをまくしたてるタロットを事務総長が遮る。
「‥‥‥議長、議長」「なんだね」
 打って変わって冷ややかな目で事務総長を見る。彼はハト派として民生優先を唱えている、アリシア達にとっても政敵であるが――自治領の連合であるのならば無碍にもできない。彼も同じく帰郷連合に理解を示すことも少なくないし、民生優先には他自治領のことも含まれている。

「君はティアマトのブランドと呼称するのがそんなに嫌なのかな?
それならばこのティアマト民国参事会も気に食わないだろうな、それなら私は君の精神的苦痛をおもんばかり――」
 頬を吊り上げ、声色が徐々に挑発的になってゆく。ティアマト帰郷連合の面子すら穏健派が露骨に顔をゆがめる程に攻撃的で排他的なモノが顔を出しつつある、
 アリシアをはじめとする政治家達はそれだからこそ、彼を”議長”と呼ぶことにいまだに違和感を感じるのだ。ティアマト民国は自治領の連合であり政府参事会は党派を問わず自治領の合議により運営されるべし。それは実態に沿った不文律である。

 アリシアが咳払いをした、さすがにこれを続けているとティアマト帰郷連合全体の問題になりかねない。
「議長、よろしいでしょうか。事務総長は私の報告に時間がかかると申し上げたいのだと思いますが――」

 タロットはにこやかな顔に戻り、アリシアに鷹揚に謝罪した。
「あぁ、そうだった!すまない、すまない!それでは諸君らにアリシア同盟弁務官から―」

 アリシアはため息をついた、これで大衆と財界からの人気が絶大だから性質が悪い。さて来年の最高評議会議長選挙、下院選挙に合わせて行われる我々の元首選、この男はどうせ二期目を狙うだろう、その頃までに落ち着けばよいのだが――
 
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