モンスターハンター 隻腕のドルフ
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第四話 出立
「ドルフはソロハンターなんだね」
肉を食べながら、そう切り出したのはリエンだった。物珍しそうにドルフを見つめるのは、リエンだけではない。ラッセルもユニも、カジンも……いや、カジンだけはドルフを見ようともせず、黙々と食事を続けていた。
「珍しいか?」
「私たちの村にはいなかったよ、ソロハンター。皆パーティ組んでた」
「うむ。ソロでは限界もあるからな。報酬を独り占めできる魅力はあるが、命には代えられまい」
二人の言う通り、ソロで活動するハンターというのは報酬の分配が必要ない分、命の危険も多い。簡単な採取依頼や納品依頼程度なら問題ないが、大型の飛竜が相手ともなると、報酬よりも安全を取るハンターの方が圧倒的に多い。
ベラーナ村にも複数のハンターが在住しているが、ソロハンターはドルフを除き数人程度。片手で数えられる程度しかおらず、その活動内容も彼のように大型のモンスターを相手にするようなものではない。
また、最近はソロで活動するハンターであっても、パートナーとしてアイルーを連れ歩く者も多く、ドルフのようにアイルーも同行させずに一人で狩りをするものは珍しい。
「はん。どうせソロハンターっつっても、実力は知れてんだろ」
……と、それまで会話に参加していなかったカジンが、四人の会話を聞いて悪態をつく。どうにも、このカジンという男は、ドルフを目の敵にしているらしい。見ず知らずの男を毛嫌いしているだけなのか、調査に同行できない苛立ちか。
「カジン!」
リエンが怒鳴ると、カジンは再びそっぽを向いてしまう。一体何がしたいのか、ドルフにはさっぱり分からなかった。
「……すまない、ドルフ。クエストで下手を打ってから、ずっとこの調子でね」
「構わん。調査に出れば関わることもない」
彼らは応援としてこの村に来ているだけ。調査が終われば元の村に戻るし、調査に出てしまえば、このカジンという男と顔を合わせることもない。今日一日、この夕食の時間だけ気にしないようにすれば、どうということはない。そう思えば、カジンの態度にわざわざ苛立つ必要もなかった。
「全く……リオレイア相手だからって油断してるからよ」
「るっせぇ」
「ほらほら、二人とも喧嘩しない」
何があったのかは分からないが、雌火竜リオレイアとの戦闘で負傷したようだ。リオレイアは大型の飛竜に分類されるモンスターで、決して弱くはないモンスターだが、尻尾の棘に含まれる毒と、口から放たれる火炎球を警戒すれば、それほど厄介な相手でもない。ただし、油断をすれば命を落とす危険性もある。
ドルフの見立てでは、このカジンという男はプライドも高く、実力にも自信があるのだろう。だからこそ、リオレイア相手に深傷を負ったことでその自尊心に傷をつけられた。これが良い薬となればいいが、可能性は薄いだろう。
「ドルフの専門は、大型モンスターなのか?」
食事を続けながら、今度はラッセルがそう質問を投げかけた。
「いや、専門というわけでもないが……そうだな。比率で言えばそういう傾向になる」
何も、ドルフは大型モンスターを専門としているハンターではない。ただ、ドルフほどの実力を持つハンターに採取依頼や小型モンスターの討伐依頼ばかりをこなされると、新人ハンターや実力の低いハンターに回す依頼が無くなってしまい、そういったハンター達が生活ができなくなってしまう。ギルドとしては、実力に応じた依頼を受けてほしい、というのが本心なわけだ。
そして、ドルフも鬼ではない。他のハンターから仕事を奪うような真似はしない。故に、大型モンスターを専門とするハンターだと誤解されがちだが、事実はこのようなところである。
「へえ。ソロで大型を倒しちゃうんだ……ねえねえ、最近はどんなやつを狩ったの?」
「最近か? リオレウス、リオレイア、ディアブロス……それに、ついこの間、バサルモスを狩ったか」
最近の依頼で討伐したモンスターの名前を、思い付く限りで挙げていく。最も新しい獲物は、数日前のバサルモスだ。
ドルフが一つ名前を挙げるたび、三人の表情が次々に変化する。最終的には、呆れたような、驚いたような、そんな表情をしていた。
「うわすっご……名だたる大型モンスターばっかじゃん。ドルフって本当に強いんだね?」
「うむ。ソロでそれだけ大型のモンスターを狩れるハンターなど、世界中探してもそういないだろう。仲間にいて心強いな」
「探せば、俺くらいのハンターはいくらでもいるさ。世界は広いからな」
ドルフはこう謙遜するが、実際のところ、正しいことを言っているのはユニやラッセルなのである。
皆が皆、口を揃えて『ハンター』と言うが、このハンターにも幾つかランクがあり、等級分けされている。地域によって名称は異なるが、ベラーナ村含め、一般的には『下位ハンター』『上位ハンター』『G級ハンター』と呼ばれている。ドルフはこのうち、上位ハンターに属するハンターである。
大前提として、G級ハンター、及びそれに値するランクに分類されるハンターというのは、世界に片手で数えられる程しかいない。『生ける伝説』とも評されるほどの実力であり、世間一般的なハンターとしての常識からは乖離した境地にある。
そのため、基本的に『ハンター』と言えば、下位ハンターと上位ハンターの二種のみを指すことが多いが、ハンターになった者達の殆どは、この下位ハンターで生涯を終える。上位ハンターになれるのはほんのひと握りの選ばれし者達であり、そこに属する時点で、ドルフは世界的に見ても有数のハンターであることが分かる。
そして、上位ハンターの中でも、ソロで活動するハンターというのは極めて数が少ない。理由は至極単純で、モンスターの強さが、ハンター一人で対処できる範疇を超えているからだ。リエン達がパーティを組んでいるのもそれが理由である。
ドルフ自身、あまり自覚はないが……ハンター業に詳しい人間であれば、いかにドルフが異常なハンターであるかはすぐに分かるだろう。
「謙遜も、あまり過ぎると毒になるよ」
「謙遜のつもりはないが……心に留めておこう」
リエンの忠告に、ドルフは素直に耳を傾けた。
「というか、何でソロなの? パーティ組めば、狩りももっと楽になるんじゃない?」
と、ユニが最もらしい質問を投げかける。
「別に、特別な理由でもないが……まあ、昔憧れていたハンターも、ソロハンターだったというだけだ。それに、俺はどうやら嫌われているらしい」
「あー、確かに。結構ズバズバ言うし、感じも悪いっちゃ悪いよね」
黄昏れるように言ったドルフの背中に、ストレートに告げたユニの言葉が突き刺さる。初対面の人間から見ても、彼は感じの悪い人間らしい。
「でも、悪い奴じゃないよ。同じハンターだから、目を見れば分かる」
「そう言ってくれて助かる」
「うむ。あとはもう少し、他人を思いやる心があれば言うことなしだな」
「……覚えておこう」
彼らは先程から、ドルフを貶しているのか褒めているのか、どちらなのだろう。彼にも、それが分からない。
「まあ……臨時とはいえ、僕達はパーティの仲間なんだ。短い間だけどよろしく頼むよ、ドルフ」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
きっと、感じの良い人間というのは、リエンのような奴のことを言うのだろう。これを目指すのは、少々骨が折れる。
残った肉を切り分けながら、ドルフは心の中でそう思った。
「じゃあ、また明日」
「寝坊しないでよ」
「ああ」
親睦会という名の食事会を終え、ドルフは四人と別れた。結局、カジンは終始機嫌を悪くしたままだったが、ドルフにとっては関係のない話だ。
すっかり、暗くなってしまった。明日の朝は早い。今日は準備だけ整えて、早めに休んだ方が良さそうだ。だが、その前に、ドルフには行っておきたい場所があった。工房だ。今から新たな装備を仕立ててもらうことは難しいが、調査に出るという報告だけは、済ませておきたかった。
工房へ足を進め、扉を開くドルフ。時間も遅いからか、他に客はいない。
「よう、バーク」
「お? どうした、ドルフ。こんな時間に珍しいな」
丁度休憩をしていたのか、バーク達職人は水を飲みながら談笑していた。
「話があってな。今、いいか?」
「おう。どうした、改まって」
普通ではない雰囲気を察したのか、バークは談笑を中断し、ドルフのもとへ駆け寄ってくる。
「前に話した、塔の調査の依頼。やはり、俺が行くことになった」
「なにぃっ!? いつからだ!」
「明日の朝には村を出る。一応、話しておこうと思ってな」
若干怒声の混じった声で、バークはドルフに詰め寄った。肩を揺すられながら、ドルフは表情も変えずに、言葉を続ける。
「明日って、そりゃまた突然だな……お前一人か?」
「いや。応援に来たハンター三人とパーティを組む。さっき顔合わせをしてきたところだ」
そこまで言うと、漸く、バークは力を抜いた。半ば予想していたことだったからか、彼は大きなため息をこぼすと、カウンターに手をつき、身を預けた。
「そうか……やっぱり、お前が……」
「本来なら四人パーティだったはずが、怪我で一人動けなくてな。ソロの俺にお声がかかったってわけだ」
「今からじゃ、新しい装備を仕立ててやるのは無理だな。ツケといてやろうと思ったが」
「いいさ。帰ってきた時でな」
新しい装備を作るためにはそれなりの時間が必要になる。夜明けまでの数時間程度では、到底不可能だろう。残念だが、バークその逞しい商魂は、別の機会に活かしてもらうとしよう。
しかし、タダでは折れないのがバークという男。彼はカウンターを強く叩き付けると、『よしきた』と声を荒げた。
「それなら、せめて装備『全部』預けてけ。朝までに完璧な状態にしといてやる」
工房から、『ええっ!?』という叫び声や、悲鳴が聞こえた。残念ながら、彼らの親方のスイッチは、既に入ってしまったらしい。
「ツケ、か?」
「当然だ。帰ってきて、しっかり払え」
バークは、危険な依頼に挑むハンターに『ツケ』で商売を持ちかけることが多い。それは、その商魂逞しさとは別に、ツケにしておくことで、そのツケを払うために何が何でも『生きて』帰ってこい、という彼なりの激励の意もある。
嫌な気はしない。ドルフは困ったように首を振ると、『参った』、とでも言うかのように、両手を小さく挙げた。
「分かった。すぐに持ってくる」
「おう。お前ら、聞いたな!? 今日は徹夜だ!」
親方のその理不尽な指示にも抗えない。弟子達に対して、少しだけ罪悪感を覚えながら、ドルフは工房を後にした。家には台車がある。そこに装備を全て乗せ、もう一度戻ってこよう。
——翌朝、弟子達三人が、干からびた死体のようになって力尽きている光景を、ドルフは見て見ぬ振りをした。
「……気を付けてな、ドルフ。油断すんじゃねえぞ」
「ああ。あの三人にも礼を言っておいてくれ。帰ってきたら、美味い飯でも奢ろう」
「そうか。伝えとくよ」
そう言って、ドルフは集会場へと向かった。メンテナンスがされたばかりの装備は、いつになく着心地が良かった。彼の気のせいかもしれないが、装備の節々が、更に彼の体にフィットするように改良されている気もした。
(バークのやつ……これは、高く付くな)
調査の報酬金は、もしかすると、全てバークの工房へ寄付することになってしまうかもしれない。現実的にあり得そうな話だ。
「あ、おーい!」
ドルフの視界に、集会場と、彼に向かって手を振るユニの姿が見えた。カジンも含めた四人は、既に集会場の前で準備を済ませ、待機していた。
それからもう一人……受付嬢であるアニファも、何故か彼らと共にいた。
「待たせたか」
「いや、僕らもさっき来たところだ。危険な依頼だし、準備に時間がかかるのは仕方ない」
彼らの装いは、基本的には昨日と同じ。しかし、ユニとカジンの装備だけが異なっていた。
依頼に同行しないカジンは、見送りにだけ来たのだろう。装備は身に付けず、ラフな格好だった。対するユニは、腰や肩に弾幕ホルダーを巻き付けている。背負っているのも、双剣ではなくボウガンだった。
しかし、分からないのは……何故、アニファがここにいるのか、ということだ。ギルドの職員だから、見送る義務がある……いいや、少なくともドルフは、そんな風習をきいたことがない。
「あの……ドルフさん」
「なんだ?」
アニファがもじもじと、何か言いたげに俯いている。その理由が分からず、ドルフは首を傾げた。その近くでは、ユニやラッセルが、何故だか頭を抱えていた。
「約束……覚えてますか?」
突然、そんなことを言い出したアニファ。
約束。
それがなんだったか、一瞬、ドルフは思い出せなかった。約束らしき約束を取り付けた記憶はない。だが、それでも必死に思い出そうと足掻くと、一つ、それらしきものに心当たりがあった。
「約束……食事の、か?」
「……はい。あの、その……」
確かに、ドルフはアニファから食事に誘われ、それを拒絶しなかった。彼からすれば、自分のことを嫌う人間を減らすため、返事を誤魔化していただけだったが、アニファはこれを『約束』と捉えていたようだ。
「……絶対に、帰ってきてください。私、料理のお勉強、始めたんです」
「……? ああ、分かった。必ず帰ってこよう」
アニファの言葉の真意が理解できず、ドルフは当たり障りのない返事をした。その背中を、ユニが全力で叩きつける。
「大丈夫! この鈍感野郎は、私達が無事に連れて帰ってくるから!」
「おい、突然なんだ……」
「ドルフは黙ってなさい!」
物凄い形相で怒鳴りつけられ、思わず萎縮してしまうドルフ。何故怒られたのかも分からず、リエン達のもとへ避難すると、今度はラッセルがドルフに耳打ちをした。
「今の答えは三〇点だな。もう少し女心を学べ、ドルフ」
「どういう意味だ……?」
二人が何を言っているのかも分からず、ドルフは困惑するばかりであった。ユニとアニファの二人は、何やら盛り上がって話し込んでいる。意気投合するのは喜ばしいことだが、時折聞こえてくる自身の悪口に、ドルフは頬をひくつかせずにはいられなかった。
「はいはい。そろそろ行くよ、皆」
その場の空気を、リエンが断ち切る。全員の支度が整い、竜車を引く草食竜、アプトノスも調子が整ったようだ。
リエンとラッセルが竜車に乗り込み、続いて、アニファとハグをして別れたユニが乗り込む。最後に、結局何が何だか分からないまま、ドルフが乗り込んだ。
御者席のアイルーが角笛を鳴らす。『フォォオン』という独特な音が、夜が明けたばかりの静かな村に響き渡った。
「出発しますニャ。皆さん、身を乗り出さないようにご注意くださいニャ」
アイルーのその言葉と共に、竜車が少しずつ動き出す。少しずつ、ほんの少しずつではあるが、アニファとカジンが遠ざかっていく。
カジンは険悪感を孕んだ瞳でドルフを睨み付け、アニファは不安そうな表情で手を振っていた。それを眺めていると、ドルフの頭を、後ろからユニがはたいた。振り返せ、とでも言いたげに。
——こうして、彼らは村を出発した。エネルギー波が観測された、古塔の調査のために。
同刻・古塔 頂上
苔の生えた石床。崩壊した柱。遠くから差し込む朝陽に照らされて、古塔の頂上に一際大きな影が映し出された。
果たしてそれは、影なのか。それとも、『竜』なのか。
闇で染めたような黒と、血で染めたような赤。彼の竜はただ、古塔の頂上で静かに佇んでいた。
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