魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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G編
第69話:黒いガングニール
前書き
どうも、黒井です。
今回ようやく主人公が登場します。
岩国基地での騒動がとりあえず収束した頃、ここ『QUEENS OF MUSIC』が行われるライブ会場のステージ裏で慎次が弦十郎からの連絡を受けていた。
ソロモンの杖強奪とその首謀者がウェル博士である事。そしてウェル博士がジェネシスと繋がっている事。それらを知らされ、慎次の顔が険しくなった。
その彼の顔を横から覗き込む者が居た。颯人だ。今回の作戦で颯人は待機という事で暇していたので、待機ついでに慎次の手伝いをしていたのである。
なので今日は珍しく彼の服装は何時ものカジュアルなスーツとチロリアンハットではなく、慎次と同じ黒いスーツ姿であった。
因みに颯人のきっちりしたスーツ姿を見た、奏の第一声は『似合わねぇ』である。
「緒川さん、随分辛気臭い顔してるけど何かあったの?」
横から颯人に覗き込まれ、慎次はチラリと奏と翼の姿を見てから颯人に何があったかを話した。
「実はウェル博士にソロモンの杖を強奪され、更に博士はジェネシスと手を組んでいたそうです」
「博士とジェネシスが? はぁ~、そりゃまた面倒な事に。ってか、杖持ってかれたって事はまたメイジとノイズが揃って相手になるのか」
「すみません。颯人君達には負担を掛けてしまいますが……」
「あぁ、いや。そこは別に良いんだけどさ。問題は何でジェネシスが博士と手を組んだのかって事だよなぁ」
話を聞く限り、ウェル博士は魔法も使えないただの人間である。その人間であるウェル博士とワイズマンが手を組む理由が颯人には理解できなかった。
一瞬、ウェル博士はサバト以外の方法で人間を魔法使いにする方法を編み出したのかと勘繰ったが、そもそも魔力は外科的に触れる事が出来ない領域である事を思い出しその可能性を早々に捨てた。
こうなると、両者が手を組んだ理由として考えられるのはフィーネの時の様なギブアンドテイク的関係しか思い当たらない。
――しかしウェル博士って生化学者だろ? 連中が欲しがる何を持ってるって言うんだ?――
ジェネシスとウェル博士の間にある接点が分からず、慎次と共に難しい顔になる颯人。
すると、2人が重い雰囲気を漂わせたのに気付いたのか奏と翼が近付いてきた。
「どうした、2人とも? そんな辛気臭い顔して」
「何かあったのですか?」
2人に問い掛けられ、颯人は慎次に目線で問い掛けた。この事は話してもいいのか? と。
答えはNO。慎次は弦十郎から、この事に関して2人には伏せておいて今日のステージに全力を注いで貰いたいと言付けを預かっている。ここで2人にトラブルを教えたりすれば、翼などはステージを放り出してしまいかねない。
目線だけで慎次の答えを読み取った颯人は、得意のポーカーフェイスを維持して2人からの問い掛けにあっけらかんと答えた。
「別に大したことじゃねえよ。ただ今回2人が共演するマリアって歌手が、なかなかに強敵だから2人が呑まれちまわないか少しばかり心配になっただけさ」
「何だそりゃ?」
颯人の言葉に奏は少しムッとなった。その顔には心外だと言う気持ちが溢れている。
「アタシ達がマリアに負けるかもって言いたいのか?」
「そうまでは言ってないさ。ただね――――」
「そうね。奏、颯人さんは嘘を吐いてる」
「「えっ!?」」
奏に詰め寄られて少しタジタジした様子を見せる颯人だったが、何と翼がそれをフェイクだと見抜いた。まさかの伏兵に颯人と奏が揃って驚いていると、彼女は慎次に近寄り彼の胸ポケットを指差した。そこには慎次が今し方外した眼鏡が仕舞われている。
「緒川さんが眼鏡を外したという事は、マネージャーモードではないという事です」
「あ……」
「……そうなん?」
「そう言えば……」
翼に言われ、慎次がしまったと言う顔になる。
慎次はエージェントとマネージャーの自分を、眼鏡の有無で切り替えていた。さり気無い変化なので分かり辛いが、見る人が見れば一発で分かってしまう。翼はその分かる1人だったのだ。
「自分の癖くらい覚えておかないと、敵に足元を掬われ――――」
翼から慎次への説教が始まりそうになった時、準備が整ったのか奏と翼にスタッフからの声が掛かる。
「お時間そろそろでーす! お願いしまーす!」
「はーい! 翼、時間だ」
「今行きます!……あ」
小言を途中で中断させられ、一度は奏と共にステージに向かおうとする翼だったが話が途中だったので躊躇してしまう。
その彼女に慎次が笑顔で語り掛ける。
「傷ついた人の心を癒すのも、翼さん達の大切な務めです。頑張ってください」
こう言われると翼としても悪い気はしないし、何より間違っていないので否定する事が出来ない。それに慎次の言葉は誤魔化しなどではなく、ただただ誠実なだけなので翼は反論できなかった。
「だってさ、翼?」
「……不承不承ながらも了承しましょう。詳しい事は、後で聞かせてもらいます」
奏の援護射撃もあって、翼は一応納得した姿勢を見せると衣装の上から羽織っていたパーカーを脱ぎ、特設ステージへと向かって行った。
奏もそれについて行こうとするが、パーカーを脱いだところで踵を返し颯人に近付くとそれを彼に押し付けた。
「言っとくけど、アタシ達の方がマリアってのより上だからな。それを今から証明してやる」
そう言うと奏は小走りになって翼を追い掛けてステージへと向かった。彼女の後姿に颯人は堪え切れないと言うように笑みを浮かべ、パーカーを適当に畳むと慎次と共に楽屋へと持っていく。
「しかしまさか、翼ちゃんに見抜かれるとはねぇ」
「面目無いです。まだまだ修行が足りませんね」
「上手いポーカーフェイスのやり方、教えようか?」
「そうですね。お時間のある時にでも是非」
***
それから程なくして、ツヴァイウィングとマリア・カデンツァヴナ・イヴのコラボライブが始まった。
最初は日本でメジャーなツヴァイウィングの2人による歌が披露され、お馴染みの楽曲に観客のテンションが温められる。
その次に行われたのが、話題のマリアによるソロ楽曲。アメリカで突然人気を博した新進気鋭の歌姫の歌はツヴァイウィングが点けた火を燃え上がらせ、観客を沸かせるのに十分な効果を発揮した。
そして今回のライブのメインイベント。ツヴァイウィングとマリアによるコラボ楽曲がスタートする。
会場のライトが消えて暗くなると客席は観客の持つ青と白のペンライトの光で彩られていく。
そして大型モニターの画面には『Maria×Tsubasa』の文字が表示され、2人の歌姫がステージ上に姿を現す。まず最初はマリアと翼、2人によるデュエットだ。
2人の登場に観客のボルテージは更に上がる。
「見せてもらうわよ。戦場に冴える抜き身のあなたをッ!」
互いにレイピアの様なマイクスタンドを持ち、マリアは西洋騎士風のドレスを、翼は振袖をベースとした衣装を翻し歌い始める。
魂を震わせる2人の歌に、観客は最高に盛り上がっていた。
が、颯人に言わせれば奏が居ない時点でイマイチと言わずにはいられない。彼にとって最高の歌とは、奏の歌しかないからだ。彼女の出番は翼の後。彼はそれを密かに心待ちにしていた。
「そう言えば……」
「ん?」
舞台袖、観客席からは死角になるところでステージを眺めていた颯人は、同様にステージ上の翼を見守っていた慎次から唐突に声を掛けられる。
「颯人君、二課に合流する前は海外でマジシャンをしていたんでしたよね?」
「あぁしてたよ。メディアに露出すると面倒な事になるからストリートパフォーマンスとかディナーショー位で抑えてたけど」
それでも颯人が凄腕のマジシャンと言う事は海外では周知の事実として広がっていた。例えメディアを介さずとも、彼のマジシャンとしてエンターテイナーとしての腕は広がらずにはいられないものであった。彼が世界的に有名なマジシャンだった輝彦の息子と言うのもそれに拍車をかけているのだろう。
海外で彼の父の名を知らぬ者は居ない。その男の息子で父に負けず劣らず優れた手品を披露する彼が、海外で有名にならない筈が無かった。
最近では颯人の名声が徐々にだが日本にも流れてきており、特にここの所はリディアン近くの公園でストリートパフォーマンスをしてきた影響か彼の事を知る日本人も多くなってきた。
二課の一員として守られている事だし、颯人はそろそろメディア露出を視野に入れ始めていた。
閑話休題。
「アメリカでも活動していたと聞いたんですが、その頃にマリアさんの名前は聞かなかったんですか?」
流石にマリアの歌手としての台頭が唐突過ぎたので、慎次は違和感を感じ何か知っていそうな颯人に問い掛けた。まぁ彼の言いたい事も分かる。全く音沙汰の無かった女性が突然ツヴァイウィングに並ぶアーティストとして名を馳せたのだから。
慎次に問い掛けられた颯人は、魔法で缶コーヒーを二つ取り出すと一つを慎次に手渡しながら答えた。
「それがさぁ……俺も全然聞いた事なかったんだよ。だから最初マリアって名前の歌手が奏達とコラボするって聞いた時は、俺も流石に「誰これ?」ってなったもんさ」
「そうでしたか。颯人君も聞いたことが無かったんですね」
「んでもま、あんまり不思議な事でもない気はするけど。何しろアメリカは良くも悪くも実力主義だから、能力を認められる機会にさえ恵まれればそれまで無名だった奴がいきなり有名になってもおかしくはない」
例えホームレスの少年であっても、大勢の観衆の前で歌う機会さえ得る事が出来ればトップアーティストへの道が開けるのがアメリカと言う環境だ。アメリカでの活動期間も長かった颯人はそれをよく知っている。
だからマリアに関しても、何らかの事情で大衆に認められる機会を得られたラッキーレディなのだろうと言うのが颯人の見解であった。
そうこうしていると、マリアと翼の楽曲が終了したのか観客が大きな歓声を上げた。盛り上がる会場に、2人は会話を止めステージの方に目を向ける。
「ありがとう、皆! 私は何時も皆から、沢山の勇気を貰っている! だから今日は、私の歌を聴いてくれる人達に、少しでも勇気を分けて上げられたらと思っている!」
「私の歌を全部、世界中にくれてあげる! 振り返らない、全力で駆け抜ける! 付いてこれる奴だけ付いて来いッ!!」
観客に向けてのマリアの言葉に、観客は再び歓声を上げた。
そのマリアに、次に彼女と歌う予定の奏が挑戦的な笑みを浮かべながら近づいていく。
「いいねいいねぇ、盛り上がって来たねぇ。だけど次はアタシの番だ。あんたも、勿論観客の皆もまだまだ満足しちゃいないだろ? なぁ皆!」
奏の言葉に観客が歓声で答えた。彼らの声に、マリアは不敵な笑みを浮かべてみせる。
その笑みに、奏が一瞬眉をピクリと動かした。
「そうね。だけど、少し話をさせて貰うわ」
「今日のライブに参加できた事を感謝している。そして、この大舞台に日本のトップアーティスト、ツヴァイウィングの2人とユニットを組み、歌えた事を」
「私も、素晴らしいアーティストに巡り会えた事を光栄に思う」
「おいおい、アタシを除け者にするなよ。アタシはまだマリアと組んでないんだよ?」
「フフッ……私達が世界に伝えていかなきゃね。歌には力があるって事を」
「それは、世界を変えていける力だ」
「そしてもう一つ……」
マリアが突然雰囲気を変えた。その瞬間、奏は先程マリアが不敵な笑みを浮かべた際に感じた違和感と言うか危機感が強くなるのを感じた。
彼女は何かをするつもりだ。そう思った次の瞬間、会場のステージを囲むように大量のノイズが現れた。
「なっ!?」
「これはッ!?」
突然のノイズの出現に奏と翼は言葉を失い、観客達は悲鳴を上げパニックを起こす。
ともすれば二年前の惨劇の繰り返しになりかねないこの状況。マズいと思い何か行動に起こそうとする奏だったが、それよりも先にマリアが声を上げた。
「狼狽えるな…………狼狽えるなッ!!」
マイクを通したマリアの毅然とした声が響き渡り、会場が一瞬で静まり返る。
人々の動きは止まり、そして奏と翼は気付いた。ノイズもまた動きを止めている事を。現れたら人を無差別に襲う筈のノイズが、である。
それが意味しているのは、ただ一つ――――――
「大人しくしている限りは、ノイズに手出しはさせないわ」
「マリア……」
「お前――――!?」
奏と翼は確信した。このノイズはマリアか、この場に居ない彼女の仲間が操っている。
ならば敵対する事に躊躇は無いと、翼が襟を外して隠していた天羽々斬に手を伸ばそうとする。
が、それを奏が手で制した。
「待て翼、今は駄目だ」
「そうよ、逸らないの。あなた達はともかくとして、オーディエンス達がノイズからの攻撃を防げると思って?」
ここで戦闘を始めては、ノイズに対して無力な観客達が被害を受ける。それは火薬庫にマッチの火を放り込むも同然、今度こそパニックは止まらず二年前の悲劇が再現されてしまう。
何より、今この会場の様子は世界中に中継されている。ここで翼の正体がシンフォギア装者である事を明かす事は、色々な意味で悪手でしかなかった。
マリアからも同様の事を言われ、思わず翼は歯噛みする。奏はそんな彼女が早まらないようにと警戒していた。
「甘く見ないでもらいたい。そうとでも言えば、私が鞘走る事を躊躇うとでも思ったか!」
「落ち着け翼。颯人と緒川さんがきっと何とかしてくれる。それまで耐えるんだ」
奏の言葉に翼は一応の落ち着きを取り戻す。そうだ、この状況をあの2人が黙って見ている筈がない。きっと何か対処してくれている筈だ。
「翼……あなたのそう言う所、嫌いじゃないわ。あなたの様に、誰もが誰かを守る為に戦えたら、世界はもう少しまともだったかもしれないわね」
翼を見るマリアの目に、一瞬深い憂いが見えた気がした。それを感じ取った翼は、困惑した目を彼女に向ける。
「……マリア・カデンツァヴナ・イヴ、貴様はいったい――――?」
「おいおい、それはアタシが翼に比べて薄情だって言いたいのか?」
「とんでもない! 寧ろ驚いてるくらいよ。事前に調べた限りだと、あなたはもっと感情的に動くと思っていたわ。それこそ二年前の様に、ね」
二年前という事は、あのライブでの惨劇の被害者を非難するテレビ番組に乗り込んで啖呵を切った時の事だろう。確かにあの奏を知っていれば、ここで彼女が感情を押さえて翼の宥め役に回っている事に驚きを感じても致し方ない。
「お生憎様。アタシには頼りになる魔法使いが味方してくれてるんでね。それよかそろそろ教えてくれないか? こんな事をして、一体何が目的なんだ?」
「……そうね。そろそろ頃合いかしら」
マリアはマイクスタンドをバトンの様に回し、カメラに向けて叫んだ。
「私達は、ノイズを操る力を以てして、この星の全ての国家に要求するッ!」
「世界を敵に回しての口上?」
「宣戦布告のつもりかよ、クソが!?」
マリアの言葉の無いように、翼は驚愕し奏は舌打ちする。
だがそれを荒唐無稽と断じ切れていない自分が居る事に2人は気付いていた。既に彼女達は知っている。将来的に世界を相手に喧嘩を吹っ掛けようとするだろう連中を。そして連中の力があれば、それは確かに可能だろうという事を。
岩国基地での事をまだ知らされていない2人ではあるが、彼女達の中ではマリアとジェネシスに何らかの繋がりがあるのではないかと言う推測がなされていた。
しかしその考えも、この後のマリアの行動でどうでも良くなった。
「――そしてッ!!」
マイクスタンドを天高く放り投げるマリア。突然の彼女の行動に一瞬投げられたマイクを奏が目で追っていると、マリアの口から聞き覚えのあるフレーズが聞こえ驚愕に息を呑んだ。
「――――Granzizel bilfen gungnir zizzl」
「なぁっ!?」
「まさかッ!?」
驚愕する2人の前で、マリアの姿が変化する。
二本の角の様なヘッドギア、両手に装着されたガントレット、腰の後ろのパーツ、両足を覆う鎧…………
それらは2人が、特に奏が誰よりもよく知るシンフォギアと同じ形状をしていた。違いがあるとすれば、全体的に黒を基調としてアクセントにオレンジが入っている事と奏の知るものには存在しない大きな黒いマントがある事くらいだろうか。
それ以外は、全く同一と言って過言ではない姿に変化していた。
「嘘、だろ? 何で――――?」
マリアが纏ったそれは、紛う事なきシンフォギア…………シンフォギア・ガングニール。
二課仮設本部でも観測された、奏の物でも響の物でもないガングニールがそこにあった。
漆黒のガングニールを纏ったマリアは、落下してきたマイクスタンドをキャッチし奏に挑発的な笑みを向ける。
そして――――――
「私は……私達は『フィーネ』。終わりの名を持つ者だッ!!」
2人と、二課の者達にとって記憶に新しい名前を口にするのだった。
後書き
と言う訳で第69話でした。
颯人と緒川さんの距離感は大体こんな感じです。緒川さんに限らず、颯人は旦那以外の男性職員とは結構フランクに接します。
それと颯人は筋金入りの奏LOVEです。マリアと翼のコラボ楽曲をイマイチと評していますが、奏が好きすぎるあまりそう言う評価になってしまっているだけです。私は結構好きですよ、不死鳥のフランメ。
次回は遂に颯人サイドでも戦闘開始。お馴染みの2人に加えて、新たなキャラが登場予定です。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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