ユア・ブラッド・マイン 〜空と結晶と緋色の鎖〜
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第8話『交戦』
前書き
サブタイトルいらない気がしてきた
夜の虎徹山に突然響いた悲鳴。 それを聞いた俺は思わずいずもを飛び出していた。
同じタイミングでいずもを出た輝橋が起句を口にする。
「精錬開始!貴女に捧げる愛の歌!」
「精錬許可。貴方に送る翼の声援」
「鍛鉄《エンジェリック・エール》!!」
輝橋の背に一対の光の翼が現れる。
この翼こそが輝橋の見る世界であり、彼の鉄脈術だ。 既に日が暮れ暗くなった中では、少し眩しくも感じる。
闇夜の空に飛び立った輝橋は、悲鳴がどこから聞こえてきたかを探るように周囲を見渡した。
「……いた! 道なりに進んだとこ、変なのに囲まれてる!」
「変なの……?」
「手ぇ足りてないっぽいから行くわ!マイエンジェル、捕まって」
「ん、」
玲人が考え事をしている間に、輝橋は如月を抱えて飛び立ってしまう。
輝橋の見た“変なの”には心当たりがあった。 この山に到着する前と、立奈と一緒に展望台に行った時に見た二つの影だ。
一応燕には話していたが、どちらも見たのは森の中だったというのもあって大した問題はないだろうと高を括っていた。
油断していた……いや、考えるのは後回しだ。 輝橋は手が足りなさそうだと言っていた。
製鉄師が二組いるとはいえ立奈や長谷川を庇いながらでは苦戦するのだろう。
「……行くか」
玄関に立てかけられた細長いケースが目に入る。 燕の持ち物だ。
ケースを開けると、玲人の予想通り中には一振りの大太刀が入れられていた。 この太刀こそが燕の本来の武器なのだが、入浴する予定だったために置いて行ってしまったのだろう。
製鉄師でもない玲人が行っても役に立つとは思えないが、燕が本来の武器を持っているかどうかは大きな差になるだろう。
刀のケースを背負って夜道を駆ける。 輝橋は道なりに進んだ先と言っていた。 迷うことはないだろう。
しばらく進んでいくと人影が見えてきた。 男が1人だけ、他には見えない。
写真部の連中とは違うようだ。
「あんた、こんなところで何してるんだ?」
「……」
玲人の記憶では、今日長谷川家のログハウスを利用しているのは聖晶学園写真部だけのはず。 迷い込んだ一般人か、あるいは……
「ここ、一応私有地ってことになってるんだけど知ってたか? 麓までなら案内するが」
「……」
男は玲人の言葉を無視して先に進もうとする。先、といっても道はないが。
「おい、そっちは森しかない。 もう暗いんだから入るのは辞めとけ」
「……チッ、うるさい奴だな」
刹那、背後から猛烈な気配を感じる。 とっさに飛び退くと、目の前を鈍色に光る刃が掠めて行った。
仲間がいたのか。 いつのまに回り込まれていたのか……いや、違う。
自慢ではないが、玲人は昔から周囲の状況を把握するのが得意だった。 それに加えて、今は十分に警戒もしていた。 そんな状況で簡単に背後を取られる事はないだろう。
「何者……だ、……はぁ?」
刃の持ち主に視線を向けると、そこに立っていたのは体の朽ち果てた鎧武者だった。
意味がわからない。 一体いつからそこにいたのか、なぜ武装しているのか、なぜ腐っているのに動けるのか。
男の方に視線を戻すと、それらの疑問は一瞬で消え去る。
男の陰から、鎧武者が次々と溢れ出ているからだ。 通常ではあり得ない現象、詳しい事はわからないがつまり……
「お前、製鉄師か」
「……」
「登録証は見えないな。モグリがこんな田舎に何の用だ?」
「……」
これらの鎧武者たちは男の鉄脈術による物だと考えるのが自然だろう。
この国では、製鉄師は国から支給される腕輪状の登録証で管理されている。 それは玲人を始めとした製鉄師候補生であっても例外ではない。
しかし、目の前の男の腕に登録証のようなものは認められない。 つまりこの男は管理外で鉄脈術を私的に利用するモグリ……即ち、魔鉄犯罪者。
ケースから大太刀を取り出し鞘から抜き払う。 1、2、……武者は3体、男を入れると計4対1か。
「現行犯逮捕ってのは一般人でも出来るんだっけな。 怪我したくないから大人しくしてくれるとありがたいんだが」
「……邪魔をするな」
男が合図すると一斉に武者が襲い掛かってくる。 ……が、遅い。
振り下ろされる凶刃の隙間を縫ってがら空きの胴に刀を叩き込む。 勢いそのままに振り抜くと、武者は簡単に吹き飛んで後ろの仲間を巻き込んで倒れ伏した。
玲人の通う聖晶学園は正式名を聖晶製鉄師養成学園という。 つまり、兵士を育てる学校なのだ。 当然、戦闘訓練の授業も取り込まれている。
とはいえ実戦は初めてなのだが、武者たちの緩慢な動きなら捌き、躱すのは容易なことだった。
問題があるとすれば……
「……やっぱ刃が通らないか……」
現代における戦闘の大前提。 ”製鉄師は製鉄師にしか倒せない”。
詳しい理屈はここでは割愛するが、要するに鉄脈術に対抗出来る手段は鉄脈術だけだという話だ。 現に今も、武者を突き飛ばすことは出来てもその胴を切り裂くまでには至らない。
硬い……というわけではない。 刃が体に食い込む前に見えない力で押し返されるような手ごたえだ。
「これじゃ埒があかないな……」
「こっちのセリフだ。 製鉄師でもないのによく耐える」
ただ、どうも相手も攻めあぐねている様子。いくらのろまとはいえ、こちらの攻撃が通用しない以上数で押せばどうなるかなんてのは目に見えている。
なぜそうしないのか。 輝橋の向かった先にいるのも同じ鉄脈術による物だと仮定すると、範囲の問題かあるいは数の問題か。 とりあえず、この場で使えるのはこの3体だけと考えても良さそうだ。
だとしたら好都合。 鉄脈術の維持には体力を消耗する上、発動限界時間もある。 すでに男の息はかなり荒くなっているのを見ると、長続きはしないだろう。 このまま時間を稼いで術が切れるのを待つとするか。
一旦大きく刀を振って斬り下がる。 数で負けてる以上は囲まれるわけにはいかない。
こちらの意図に気づいたのか、男は忌々し気に舌打ちをする。
「お前なんかに構ってる時間はないんだよ……!!」
「そうか? こっちはまだ遊び足りないんだがな」
この調子で行けば大丈夫。 そう思った、その時。
ふと、風を切る音が聞こえた。
さっき武者に背後を取られた時とは比べ物にならない、強烈な嫌な予感に襲われる。 ここにいてはまずい。 強張る体を無理やり動かし、とっさにその場から飛び退く。 玲人の動きを好機と見たのか、2体の武者が飛びかかってくるが……
フッ……と、武者の姿を巨大な影が覆い隠す。
一瞬の後に残されたのは、運よく陰から逃れることのできた武者の1体と玲人、そしてその間に横たわる巨大な穴だけだった。
「なんッ……!?」
「こいつは……ッ!!」
あまりの出来事に言葉を失う。 目の前の光景に、もし少しでも判断が遅れていたらと考えると背筋を冷たいものが流れる。
「ssyyyaaaaaaaaaaaa!!」
穴の底から布を裂くような叫びが聞こえたかと思うと、この現象の犯人と思われる影が飛び出してくる。
その容姿を一言で表すとしたら”怪鳥”だった。 鳥という表現も正しく無いように思えるが、他に適切な表現もないので仕方がない。
翼のように見え一対の器官に、三本の獰猛な鉤爪。ドリルを連想させる鋭利な嘴の根元で爛爛と輝く一つの目。
フィクションでしか見ない……いや、物語でも見ないような醜悪な怪物が、目の前に広がる夜空を我が物顔で泳いでいた。
「おいおい、化け物なら何でも出せるってのか……?」
驚くほどかすれた声が喉から出る。 武者の増援が来るだけで厳しい状況に、その武者を一撃のもとに葬るような奴が相手となると、もう玲人に勝ち目はない。
……いや待て、おかしい。 あの怪鳥が男の援軍だとしたら、武者に攻撃する理由はない。 しかし怪鳥は玲人も武者も巻き込む無差別攻撃を行った。 男と怪鳥は無関係ということか……?
「見つけた……遂に……!」
当の男の方はというと、怪鳥を見るや否や目の色を変えていた。
「カセドラル・ビーイング!!」
聞き覚えのない単語が男の口から飛び出す。 カセドラル……冥質界? あの怪鳥は冥質界に関係しているということだろうか。
「ssyyyaaaaaaaaaaaa!!」
呆然とする玲人たちを他所に、怪鳥は森の奥のほうへと消えていく。 玲人が我に帰ったのは、森に侵入するために男が柵を破壊した時だった。
「あ、おい待て!」
「お前に構ってる暇はないといった! 大事なお友達の心配でもしていろ!」
男の言葉に、一瞬動きが止まる。 その隙に男もまた、残った武者を連れ、怪鳥を追っていってしまった。 追おうにも大穴が邪魔で、男を見失う。
男はお友達の心配と言った。 玲人は仲間のことは話していないので、やはり燕達の方を襲っているのも武者たちで、製鉄師である男には何らかの形で情報が共有されているのだろう。
刀の汚れを拭き取り、鞘に収める。 今単独で追跡するのは危険だ。 男や怪鳥のことは気になるが、ここは最初の予定通り燕達との合流を優先しよう。
だが、男との交戦で大分時間が経った。 最初の悲鳴以降あちらの状況がわかるような出来事はないが、引き返して来ているとしたらそろそろ戻って来てもおかしくはない。
「草場君!?」
噂をすれば影、というやつか。 タイミングよく立石の声が聞こえる。 そちらの方へ向かうと、二刀を構える立石と長谷川を背負った天野、そして立奈が走ってくるのが見えた。 その後ろから追ってくる、武者の姿と共に。
「しゃがめ!」
流石に訓練を積んだ製鉄師。 玲人が叫んだのとほぼ同時に身をかがめる。 反応が遅れた立奈も、天野に押される形で倒れ込む。
それを確認すると、追っ手の武者い向かって燕の刀を蹴り飛ばす。 玲人の思い描いたコースと寸分違わず跳んだ大太刀は、武者の顔面の中心にヒットした。 当然何のダメージもないが、一瞬武者を怯ませることに成功する。 一秒にも満たないほんの一瞬のことだが、製鉄師にとっては十分な一瞬だった。
「せい!」
気合と共に立石が振りぬいた剣が、武者の頭と胴を両断する。 やはり鉄脈術を用いた攻撃ならば有効なようだ。 首を落とされた武者は活動を止め、黒い灰のような粒子となって消えていく。
それを確認した立石は剣の実体化を解除すると、大太刀を拾って駆け寄ってくる。
「これ、柳葉先生のですよね? 蹴ったりしたら怒られますよ」
「抜いた時点で説教確定、後は誤差だろ。 追っ手は今ので最後か?」
「はい。 術を索敵機に切り替えましたが、さっきの化け物はもうこの近くにはいませんね」
「そうか」
相変わらず、鉄脈術というのは便利な物だ。 倒れ込んだ立奈と天野を助け起こし、とりあえずいずもに戻ろうと提案する。
燕たちの様子は分からないが、立石がいうには特に心配はなく、もう間もないうちに戻ってくるそうだ。
戻る道すがら、立石から向こうで何があったのか簡単な説明を受ける。 やはりあの男の仕業と考えてよさそうだ。 話を聞く限りは、襲撃というよりは偶発的な遭遇戦と言ったところか。
いずもに到着すると、天野は立石と長谷川をつれて寝室へと向かっていく。 1時間もしないうちに色々なことがあって疲弊している2人を気遣ったのだろう。
玲人と立石は念のため外で待機し、警戒を続ける。 数分もしないうちにこちらに駆けてくる人影が見えた。 あれは……燕と武蔵野だ。
「燕さん、輝橋は?」
「だから柳葉先生と……と言っている場合でもないか。 鉄脈術が発動しているうちに山の状況を把握したいと言って飛んでいったよ」
「空か……」
どうしても先ほどの怪鳥のことが気にかかる。
輝橋は学生の身分ながらプロとしても活動している製鉄師だ。 流石に引き際を弁えて、無茶なことはしないと思うが……
「ところで玲人。 一つ聞いてもいいか?」
「え? あ、はい。 何ですか?」
そう聞く燕の視線は玲人の腰に注がれていた。
正確には、玲人の腰に下げられた刀に。
「何故、お前が柳葉を帯びているんだ?」
「……あっ」
目が笑っていないとはこういう表情のことなんだなと、玲人はまた一つ賢くなった。
後書き
のざらしです。
製鉄師や鉄脈術の詳しい解説は八代明日華先生の設定資料集に記載されています。そちらも併せてご覧いただけるとより楽しめると思います。
今年中の完結を目指していこうと思いますので。今後ともよろしくお願いします。
設定資料集URL→ https://www.akatsuki-novels.com/stories/index/novel_id~22210
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