歪んだ世界の中で
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第五話 少しずつその一
第五話 少しずつ
希望は紅茶を飲みランニングや勉強も続けてだ。夏休みを過ごしていた。
そしてこの日もだ。彼はプールでだ。千春と共にいた。
二十五メートルのプールの中で泳ぎながらだ。彼は彼女に言った。
「ねえ、最近前よりもさ」
「前よりも?」
「泳ぎやすくなったよ」
笑みを浮かべてだ。そうなったと話すのだった。
「前よりもね。それにね」
「走るのはどうなの?」
「うん、走りやすくなった気がするよ」
それもだ。よくなったというのだ。
「毎日走ったり泳いだりしてるせいかな」
「多分ね。身体が軽くなったのよ」
その希望にだ。千春は笑顔で話す。
「希望の身体がね」
「痩せたんだね」
「うん。体重とか計ってる?」
「あっ、それはね」
していなかった。実は自分の肥満した身体の体重を見たくなくだ。彼は体重を計ることはしていなかったのだ。だからこう千春に対して答えたのである。
「怖いから」
「体重計るのが?」
「太ってるからね。自分の体重を見るのがね」
「そうなのね。けれどね」
「けれど?」
「見られるよ、今は」
千春は動きを止めた。泳ぐことをだ。
そうしてだ。希望の前に。プールの中で立ち笑顔で告げてきたのである。
「だって。前の希望とは違うから」
「昔の僕とは」
「そう。違うから」
それでだ。見られるというのだ。
「見ても大丈夫だよ」
「それは僕が痩せたからかな」
希望は自分の前に立つ千春を見て話す。
プールの中に立つ千春は白い水着もその身体も水で濡らしてプールの中の光を反射させて輝いている。その黒く長い髪もだ。
千春のその幼さを感じさせる身体にはりつき纏いだ。そのうえでやはり水と髪自身によるもので光沢を受けて輝いていた。その幻想的とも言える美しさを見せる千春を見てだ。
希望はだ。こう言ったのである。
「それって」
「ううん、違うの」
「違うって?」
「身体は痩せたのじゃなくてね」
そうではなくだ。それはだった。
「心が変わったから」
「心が?」
「そう。希望が前向きになったからね」
それでだというのだ。
「だから見られるの」
「僕が前向きになったから」
「そう。それで大丈夫なの」
「そうなんだ。だから」
「うん。希望は体重計を見られるよ」
「僕が計ったそれを」
「そしてね」
さらにだった。千春は希望の前に立ちだ。そのうえでその白い光沢を放つ身体を見て話したのである。
「希望いいものを見られるよ」
「いいものって。痩せたことじゃないよね」
「もっといいものだよ」
やはりにこりとして話す千春だった。
「希望がしたことの成果をね」
「成果って」
「だからね。泳ごう」
まただ。そうしようというのだ。
「二人で楽しくね」
「うん、千春ちゃんの今の言葉の意味は」
それはだとだ。言ってもだった。
希望は千春の今の誘いには素直に乗れた。そうしてだった。
また二人で泳ぎはじめた。そうして楽しい時間を過ごしだ。昼食も食べた。この日も千春が作ってきた弁当にジュースを食べて飲んだ。その食事の後でだ。
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