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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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閉会~金帰火来には遠すぎる~
  船団の国~アスターテ連邦共和国~(下)

 
前書き
「軍人は国を守るために国民に死を命ずる。
政治家は常に高邁な理想を実現する為に権力を手放したがらない
だが諸君らは諦めてはならない!!
見たまえ、テレビの前で天下国家を語る何億人もの賢人がいるではないか!」
(テルヌーゼン・ブロードウェイのコメディ芸「或る政治犯の漫談」より) 

 
 アスターテ連邦共和国‥‥船団の国、戦災の象徴、あるいは船乗りと運び屋の国。
特筆すべきはやはり人口の過半数が植民艦に乗り込み、本土に残されたのは宇宙港を維持するための一万人にも届かぬ市街地のみ、そして他星系の宇宙港に宇宙港運営公社。

 その積み上げられた歴史が指し示す事実を、徹底した自由主義者はこう評価するだろう「ヴァンフリートとティアマトの忌子」、と。
 アスターテ連邦共和国は非常事態に際し、強固な指導権限を必要とした。
即ち略奪者、強姦魔、専制者‥‥帝国軍の暴虐から国民の身命を保護するために国民の身命を守るために国民の自由を侵す父権的国家。
 それを形つくり、設計主義的に人員を宇宙港公社の職員として雇用し、本土から近隣構成邦の宇宙港を中心とする【外地】を作り上げた歴代の指導者達、彼らは連邦大統領ではなくいつしか宇宙港と船団を所有する国有企業、宇宙港公社総裁を兼任したことでこう呼ばれるようになった

「 我らが大船団(プレジデント・)総裁(オブ・グランフリーツ)‥‥か 」
 アスターテ連邦共和国の議会は無力ではないが包括的政党連合として『接舷せよ、アスターテ』がこの30年間、安定して政権を維持している。
 労農連帯党と国民共和党系の政党が【本土帰還】の一点をもって統合した政党である。

 彼らは常に帝国に侵略に強硬であり、イゼルローン要塞の無力化を求め、アスターテ本土への帰還を、そして友邦ティアマト民国の帰還を唱えてきた。

 その最強硬派と見做されるのがグラス総裁――自由惑星同盟宇宙軍で高速艦艇の専門家として勇猛を振るった名実ともに大船団総裁と呼称されている男である。

 若き頃は分艦隊司令官として果敢に血を流した彼は今は絢爛たる武勲を抱き、大船団の運営に力を尽くしている。


「遅くに申し訳ない、リヴォフ老」
 グラスは入室したリヴォフに目礼する。閣僚評議会議長(首相)のハト自由主義派の首魁、フレシネもいる。軍の先達であるリヴォフと意見を戦わせる事はあろうと敬意を払うのが彼である。

「総裁閣下のお呼びだからな、それで何の要件だね」
 リヴォフは一礼する。リヴォフはアスターテ政界の中では左派の長老という立場だ。彼も中央から見れば十分なタカ派である――というよりも内政的な意見の違いはあれど中央との闘いではグラスを含め一丸となって闘争しているのが現実である。

「フェザーンだ」

 
「フェザーン?」
 フェザーンは自由惑星同盟において愛憎にまみれた地域分断の火種であり、同盟経済の柱の一つである――ティアマト民国の本土失陥後、フェザーンは食糧輸入の要として”フェザーン産の加工食品”として農奴制国家の銀河帝国から食料を輸入している――そしてこの半世紀、特にイゼルローン要塞建造後の”失われた30年”の世代を埋めるかの如く運輸業を侵食している。

 グースヴィヌが机の上からレジュメの束をリヴォフに差し出した。
「こちらを、運輸企業全体で減収が続いています、叩き合いも同然で経済全体が低調になりつつある」
 リヴォフは眉をひそめた。フェザーン、運輸とくると悪い話しか思い浮かばない。

「それでフェザーンか。だがこの地域に融資はともかく、現場に出張りたがる輩がいるか?」
 幾らなんでも、というのがリヴォフの心境である。アスターテが流通のかなめとして本土を失陥した後も経済的権益を死守できたのはパランティアを筆頭とする【交戦星域】諸国の企業との付き合いのみならずフェザーン商人が危険を恐れて寄り付かないからである。

「‥‥‥同感だ、だからこそ性質(たち)が悪い」
 フレシネがぼそり、と呟く

「おいおいおい、まさかオーディンの統帥本部がらみじゃないだろうな」
 フェザーンは魔都だ。両国が高等弁務官を置いて事実上の窓口となるのであれば当然、情報部門も動き回っている。帝国も同盟も金融企業を噛ませ、双方の経済事情を探り、隙あらば経済的混乱を引き起こそうとしている。更に政治・経済的陰謀の果ての帝国・同盟文民(当然犯罪者も)の亡命や、麻薬も取り扱う複数の犯罪シンジゲートも動いている。更に当然ながら同盟を帝国を悩ませる為に双方の情報機関がそれを支援し――最早、自治領主を含め誰にも把握できていないのではないだろうか?地球教徒ですら陰謀論の対象になっているし、少なからず間違ってはいない――世論操作の為に双方の情報機関が入り込んで拡大したのだから。

「そうだ、小売り用の衣服や食料品やら嗜好品、果ては資源開発に口を突っ込み始めた。工業資源まで、そう、重水素に、高純度レアメタル、そして宇宙空間施工用液体金属まで」

「‥‥‥おいまて、それはあちらの情報部門がかかわっていると?」
 兵站屋としてイゼルローン要塞の分析に携わった時の記憶が蘇る。

「リヴォフ老、私は巡航艦乗り上がりだ。フェザーンを取り巻く魑魅魍魎に関わりたいとも思わん。だがそれが国家の存亡にかかわるのであれば否やもない」

「この問題は、非常に微妙な問題だ」
 フレシネはため息をつく。
「企業自体はフェザーンの資本であるが幾つかの企業を経由している、戦略物資は正統な認可を受けてあちらこちらに運ばれている――その全容は我々にも把握できていない」
 グーヴィヌたちに手落ちがあるわけではないぞ、と首相の言葉にグーヴィヌは肩をすくめる。

「えぇ中央への調査は難しいです、バーラト系の企業連が関わってくると同盟諸政府の管轄になりますので。そういった諸々の問題が絡みますと私の一存では何とも」

 デルメル平和共和国のオリュンポス・カンパニー、ムサンダム憲政共和国のダレイオス開発グループ‥‥‥なるほど、とリヴォフは内心頭を抱える。
 どれもこれも構成邦のみならず、エネルギーやら地方社会開発やら同盟政府の行政にまで食い込んでいる。
 情報部門のみならず民政官僚に利権を抱える同じ交戦星域やその近隣の構成邦の懐に手を突っ込むのはーー
「面倒だな、これは」

 無理難題だ、とフリシエが片眉を上げていった
「その為にリヴォフさんに来ていただいたのです、この時間にね」

 解決を言明するわけではない、とグラス総裁は肩をすくめる。
「無理をして孤立する必要もないが同盟政府に遠慮する必要はない、私はアスターテ連邦の代表だ。私の指導の下で行われるあらゆる行為が齎す利得はアスターテ市民に還元されるべきである。アスターテ市民とは同盟市民である以上、これは同盟政府への忠誠でもある」

 リヴォフは苦笑する
「相変わらずだなお前さんは」
 グラス総裁の政治スタンスを一言で表すのであれば国民国家主義者(ナショナリスト)――である。
 であれば反バーラトかというとけしてそうではない。ある意味では彼は同盟軍人としての軍事的合理性を【交戦星域】の複雑な感情論と合一させているからこそ、大船団総裁の座を得ているのである。

「首都圏だろうがフェザーン航路だろうが、【交戦星域】だろうが、我々は平等だ、その事実を現実に適合されるのが貴方の役目だ」

 リヴォフは戯けて両の掌を向ける
「おいおいおい、勘弁してくれ!老骨にむちうってるんだぜ!これでも不足かよ」

「不足だとも、戦場であろうと娑婆であろうと部下の数が増えれば増えるほど、常に上役の仕事は不足するものだ」
 つまり私も不足しているとも、とグラスはニヤリと笑った。
「つまり我々は就任してからこれまでに至り何から何まで問題しかないということだ。そして新しい問題が出てきた――例のヴァンフリート演説はどうみる」

 リヴォフは内心舌打ちをする、これに今かかわるべきではない、と兵站屋と国防畑の政治家の経験が告げているのだ。
「先日伝えた通り、情報部門が関わってるのは間違いない、であれば予断は禁物、今は静観だ」
 
「相手の罠に嵌らない限り予断は有効だ、見当をつけて調べなくては同に盛らなんだろう」

 そうかい、とリヴォフは自身の元首をじろり、と見る。
「総裁はどう見立ててるのかおしえてもらいてぇなぁ」

 グラス総裁はそうさなぁ、と怯むことなく体をゆする、
「まずこれだけは私が断言できるのは、グリーンヒル”総参謀長”が演説していることそのものが囮だ」

「ほう」

「内実は老の言う通りだろう、シトレが主導し、ドーソンが実務を仕切っているのであればロボスは前線から排除されているはずだ。統合参謀本部長の椅子を得るには何かしらの成果が必要だがシトレはまだ再任して次の議長選で下院議員の座を狙いたいはずだ。であれば――サンフォードとトリューニヒトと分かち合うつもりだろう。
であれば地上軍と情報部門辺りが手柄を欲しがるはずだ。そして正規艦隊(レギュラーフリーツ)のシトレ派だな」

 グーヴィヌはふむん、と顎をさすりながら訪ねる。
「……つまり何が狙いです?」

「俺が知るか。そもそもこれも予断としての仮説で何一つ確証はない」
 参考のひとつでしかない、とタカ派国家元首はばっさり切り捨てた。
「意図の推測は補強でしかなく、それ自体が断定の根拠になることはない。断言するのはハイネセンポリスで動き回った後のリヴォフ老の仕事だ。
だがわれわれが懸念する点はいくつかある、まず一つはロボスはアルレスハイム出身でグリーンヒルはエル・ファシルと縁がある。彼らが排除されるのは断固として阻止せねばならない。
もう一つは――シトレは自由党派でトリューニヒトが国民共和党の軍官派であることだ」
 グラス総裁の目に強い光が閃いた。
「連中が強くなりすぎるのは【アスターテ】にとって不利益だ」
 【バーラト・エリート】ばかりがそのまま中枢に居座り多数派を取り仕切る――【交戦星域】の人間にとり、それは時に死活問題である。

 はいはい、とリヴォフは肩を落とす。
「それじゃあ俺の仕事はフェザーン企業の動きと戦略物資の密貿易の調査。
そして第七次イゼルローン攻略戦について、か」

 グラス総裁は鼻で笑った。
「特命の話だ。他は当然貴様の支持者からも陳情が上がっているだろうし、それに次の会期で全ての議題からアスターテに利益を齎す様に努力するのも忘れるな」

「けっ!!また人使いが荒いぜ!!」

 あぁそうだ、とフリシエがリヴォフに目を向けた。
「それと‥‥‥3期目はどうするつもりだ。急進人民党も自由連盟も気にしているぞ」
 自由連盟は半ばヘゲモニーになりつつあるアスターテ連邦最大野党である。要するに同盟議会政党である自由党の構成政党なのだがアスターテ宇宙港公社の外地を中心に活動する国民共和党支持層の穏健派なども吸収しアスターテ政界の穏健派として存在感を示している
 急進人民党は労農連帯党左派系の星津であり船団コミューンのうちいくつかを岩盤基盤として『接舷せよ、アスターテ』と総裁の強固な権限に反対している――同盟弁務官としてリヴォフを選出する過程では彼の基盤の一つでもあるが。

「それでも勝とうと思えば貴方は勝てる。フレシネ首相も同意見だ」
 フレシネは無言で首肯した。

 3選は――健康上の問題がでなければけして無理ではないだろう。
 だが彼はイゼルローン要塞が完成した時には既に40過ぎ、2年後の3期目を終えた時には――80を超えている。
 本来なら潮時――だろうな、とリヴォフは苦笑した。

「総裁閣下が出てくれるならいいんだけどな」

 グラスは片頬をゆがめて返答する。
「莫迦をいうな、それなら貴方に総裁職を任せるぞ」
 先達を相手によくも、などと思わせない竹を割った仲に稚気をまぶした独特の語り口が彼の魅力である

 そいつぁごめんだな。とリヴォフも笑う。
総裁として強権を振るうように見せかけて議会や閣僚評議会とひたすら調整をこなすのはまっぴらごめんである、国防長官を数期務めた時点でもう内政に関わる気はないのだ。
「後任を見繕ってくれるならありがてぇけどなぁ」
 ごめんだよ、とグラス総裁は苦笑した。
「貴方を選んだ者達にこたえるのは、一番接してきた貴方だろう、老。貴方が貴方の支持者たちが何を求めているのかを考えて選び、整えることだ」

 リヴォフは参ったな、と頭を掻いた。グラス総裁はタカ派の愛国的軍人政治家であるが、民主主義者でもあったのだ。

「‥‥‥そういえば、だ。平和の箱舟が議席をとったそうだがそれからどうなんだい」
 グーヴィヌは話をそらしたな、と面白そうに微笑しながら答える。
「数は多くありません、だがこちらでも現地民で首都圏と比べると見る影もないですが、相応の組織を作ることができたのは意外です。どこからか資金が流れているということでしょうが現地での支持層の動向は――フリシエさんの方が説明しやすいか」

 本来はその手の支持層を吸収するはずであるハト派の重鎮であるフリシエ首相がうなずいた。
「最近は学生を中心に若い層に少しずつ浸透している。急進人民党の議員団が連携できないか探りをいれているようだ。規模は小さいし議会に出ている連中はそれなりに現実を見てパフォーマンス落としどころをわきまえているが――」
 はぁ、とため息とつく。フリシエは頭を振った。
「ハト派よりも急進的で小気味いいのだろうが、組織が膨れるにつれて振り回され始めているようだ。小気味よさに酔う支持者など厄介でしかない‥‥‥帝国と和解、か」
 
「イゼルローン要塞がある限りはそれは降伏である。イゼルローン要塞が破壊され、よほど帝国が弱体化すればあるは――であるがなぁ」
 リヴォフは苦笑する。

「恨みつらみを共同体が忘れることは消してない」
 グラス総裁は切りすてた。
「恨みつらみがたまるのであれば相容れぬ敵がいたほうが良い」

「”同盟市民の権利は普遍的である、それを信仰する同盟市民が保護する限りは”か?」

「そうだ、であるからこそ”同盟市民”であることを維持し続けなければならない」
 リヴォフはそうかい、と肩をすくめた。
 この時は、今はまだ雑談程度であった。この夜の会話でグラス総裁が懸念していたことも、フリシエ首相たちの不安もリヴォフはまだ身近に迫るものだとは認識していなかった――
 
 

 
後書き
軽い気持ちで始めましたがようやく一区切り‥‥

ヤン・ウェンリーが時代の節目を作り政治闘争の始まりがもうすぐですね! 
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