遊戯王BV~摩天楼の四方山話~
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ターン37 白面金毛の悲願
前書き
あけましておめでとうございます遅れてごめんなさい。
……いや、せめてメリークリスマスぐらいには間に合わせたかったのですが。
前回のあらすじ:家紋町での戦いを経て、デュエリストとして一歩何かを掴んだ竹丸。しかしそこに忍び寄る影は、その才の開花を許すことなく……。
「では、始めましょう。今度こそ、私と貴女の戦いを邪魔するものは何もない……そして願わくば、これが最後であらんことを」
「その高慢ちきな鼻っ柱、ただへし折るだけじゃ足りないよなあ?昔のよしみだ、土下座のライブ映像はたっぷり全国生中継してやるよ」
遠く離れた家紋町でイレギュラーな事態が着々と進みつつあることなど、この場の誰も知る由もなく。心底愉しそうに笑い、心底おぞましいものを見る目つきでにこやかに呪詛を吐き連ねる2人はやはりどこか似た者同士であり、互いがそれに同族嫌悪を感じていることが手に取るようにわかるがゆえにその憎悪は加速する。
ドロドロした感情で息が詰まりそうな空気に若干引きつった顔の清明が、まだ思うように体を動かせない鳥居の体を軽々と背負って部屋の入り口、安全圏とはいえないまでも観戦に支障はない程度の位置まで下がっていく。その様子を視界の端に捉えつつも糸巻も巴もすでに意識するようなこともなく、そこは戦場の爆心地となった。
「「デュエル!」」
全く同じとしか思えないタイミングでデュエルディスクを展開し、初期手札を引き抜き、鬨の声を上げる2人。ランダムに決められるはずの先攻、後攻ですら、極限まで冴え渡りもはや未来予知のたぐいにまで達していた彼女らの勝負勘は察知していた。
「アタシのターン!さあて、どうしてやろうか……?あんまりモンスターを展開するのも、それはそれでつまらねえよな?カードを2枚セットし、イピリア召喚。このカードが場に出た時、アタシはカードを1枚ドローできる」
「ご自由に」
イピリア 攻500
先陣切って召喚されたのは、甲高い鳴き声を放ち灰色の体と長い尾を持つ爬虫類。派手さはないが堅実なドロー効果で先攻の数少ないディスアドバンテージである手札を補充し、引いたカードをロクに見もせずにすぐさまセットする。これで糸巻のフィールドには、伏せカードが3枚。
なんてことのない、どちらかといえば彼女にしては大人し目な立ち上がり……しかしそれは、目の前の相手を知り尽くしたうえでの行動だった。
「そして私のターン、ですか。ならば手札から、悪王アフリマの効果を発動。このカードを捨てることで私のデッキからフィールド魔法、闇黒世界-シャドウ・ディストピア-を手札に加えます。そしてそのまま発動、このカードが存在する限り全てのフィールド上モンスターは闇属性となります」
イピリア 地属性→闇属性
前触れもなくチカ、チカと断続的に、天井の明かりが点滅し始めた。明度が落ちたことで四方から忍び寄ってきた闇はにじみ出る悪意を隠そうともせずに周りを侵食し、ドロドロとした質量すらも持つ光を通さない闇の粒子が粘着質に垂れ下がる。
周りを埋め尽くして漂うのは霧状の、気体の闇。足元からどろりと湧き上がり、あるいは天井から断続的に落ちて汚らしく広がるのは液状の、液体の闇。そして先ほどまで壁や床だったはずのものにとって代わる、何者も通さない濃縮された質量を持つ固体の闇。留まる者の心を蝕み……いや、そもそも蝕むとは何だろう。ここには初めから、闇しかなかったというのに。全ての定義を塗り潰し、あらゆるものを上書きし、ただひとつの概念に全てを収束させていく。そこにあるものは、ただの闇だった。
そしてそんな闇の中から、巴の朗々とした声が響く。
「速攻魔法、緊急テレポートを発動。デッキからレベル3以下のサイキック族モンスター、レベル2のクレボンスを特殊召喚します」
クレボンス 攻1200
「さらに牛頭鬼を通常召喚。このカードは1ターンに1度、デッキからアンデット族を墓地に送ります。私が選ぶカードは当然……九尾の狐」
「来やがったか……」
「ここまで妨害はなし、ですか。せっかく3枚も伏せておいて、そのカードは飾りなんですかね?」
「そんなに気になるなら、踏みつけるまで突っ込んで来いよ」
探りを入れに来た巴を、不敵に笑い飛ばす糸巻。意味ありげな目つきでほんの1秒足らず思案したのち、すっと上に向けた手の動きに従って2体のモンスターが宙に浮く。
「いいでしょう。レベル4の牛頭鬼にレベル2のチューナーモンスター、クレボンスをチューニング。異邦と化した故郷に、悪しき聖霊の夜を引く音がこだまする。シンクロ召喚、オルターガイスト・ドラッグウィリオン!」
☆4+☆2=☆6
オルターガイスト・ドラッグウィリオン 攻2200
闇の沼の一角が沸き上がり、漆黒の液体を全身から滴らせる異形の魔法使いが浮上する。笑顔の仮面を張り付けたような顔面に、この世の生物とも思えないような部位に配置された、それでいてその機能がなんなのかは理解できてしまう人とも動物とも取れない無数の手足。
それは例え打点が低くとも、強烈な制圧効果を持たずとも、レアリティが低いコモンカードであろうとも。遥か昔のプロデュエリスト時代より巴が愛用し、彼の戦いになくてはならない中核をなす1枚。全てを出し尽くすこの戦いには、欠けてはならないピースのひとつ。
「そこだな?永続トラップ、ディメンション・ゲート。アタシのフィールドのモンスター1体を選択し、ゲームから除外するぜ」
糸巻のフィールドから、イピリアの姿がかき消える。それを見て、巴が小さく賞賛の笑みを漏らした。
「なるほど、シンクロ召喚まで繋いだこのタイミングで、ですか。実に小賢しい話ですが……ここは大したものです、と言っておきましょう」
「アンタのお褒めの言葉なんざいらないね、虫唾が走る。だがま、アタシもひとつ褒めてやるぜ。その様子だと、自分が何されたのかを理解する脳味噌はちゃんとついてるみたいだしな」
「……虫唾が走りますね」
お互いに、相手の打つ手は知り尽くしている。つまり、こうだ。シャドウ・ディストピアの1ターンに1度リリースのコストを相手の闇属性に肩代わりさせる効果によって、モンスター2体をリリースすることで自己再生のできる九尾の狐の蘇生召喚。これによりイピリアを除去しつつモンスターを展開でき、さらにドラッグウィリオンは自身の効果により1ターンに1度だけリリースで場を離れた際に自己再生が可能となる……それが巴の狙いだった。
そしてその定番コンボを知り尽くしていた糸巻は、だからこそこのタイミングまでディメンション・ゲートを温存していたわけだ。素材を並べたタイミングでイピリアを逃がしてしまっては、シンクロ召喚を取りやめてその2体から自前のコストのみで自己再生を使う手もあったろう。一見するとそれでも大差はないのだが、その場合物を言うのがシャドウ・ディストピアのもうひとつの効果、エンドフェイズごとにそのターンリリースされたモンスターの数までシャドウトークンをターンプレイヤーの場に発生させる能力である。それでは巴の場には最終的に、蘇生召喚によって貫通能力を得た九尾の狐とシャドウトークンが2体が残る計算となる。
だが、もしもシンクロ召喚を終えたこのタイミングまでイピリアをわざと置いておいたならば。それらすべての目論見は崩れ去り、コスト不足によって九尾の狐も効果を使えずドラッグウィリオンのみが棒立ちした状態でターンを終えざるを得なくなる。
「……バトルフェイズ。ドラッグウィリオンでダイレクトアタックです」
「トラップ発動、バージェストマ・カナディア!ドラッグウィリオンには裏守備になってもらう」
「まあ、通してはくれませんよね」
他にすることもない巴は、そのまま攻撃宣言を行うしかない。しかし仮にも初期ライフの半分を上回る数値によるダイレクトアタックを通すほど糸巻も甘くはなく、細長い体の古代生物が床を這い、無数の脚で糸巻の元へと走り込んでいたドラッグウィリオンの全身をその足先から締め上げた。杖を振り回してもがきながらの抵抗も空しくその体が1枚の裏向きのカードとなって沈黙したことで、互いのフィールドに動くものはいなくなった。
「カードを伏せ、ターンエンドです」
「アタシのターン。速攻魔法、ダブル・サイクロンを発動!アタシの場のディメンション・ゲートと、この辛気臭いフィールド魔法を破壊する」
「伏せカードではなく、ディストピアの方を狙ってきましたか」
言葉の割には驚いた風もなく、悪意に満ちた闇が晴れていく。もとより、あまり長時間にわたりこのフィールドを維持できるとは彼も期待していない。
そして相手のことを知り尽くしているのは、彼もまた同じだった。
「そしてディメンション・ゲートが破壊された時、この効果で除外されたモンスターは場に特殊召喚される。そしてイピリアが特殊召喚されたことで、このターンも1枚ドロー。さらに、不知火の宮司を通常召喚だ」
イピリア 攻500
不知火の宮司 攻1500
次いで召喚されたのは、オレンジの和服を纏う神主然としたモンスター。本来は召喚時に手札か墓地の不知火1体を連鎖的に特殊召喚する効果を持つカードだが、今回はその効果を使うつもりはないらしい。
代わりに彼女の頭上へ浮かび上がったのは、8つの三角形が均等に配分された円。言わずと知れたリンクマーカーに、2体のモンスターが渦となって吸い込まれる。
「召喚条件は、炎属性モンスターを含む2体。アタシは地属性のイピリアと炎属性の宮司を、それぞれ右下及び左下のリンクマーカーにセット。戦場燃え盛る妖の霊術よ、燃え尽きた魂に今一度生命の火を灯せ!リンク召喚、灼熱の火霊使いヒータ!」
灼熱の火霊使いヒータ 攻1850
勝気な表情を浮かべた、大胆なへそ出しルックの赤髪魔法少女。わざわざダブル・サイクロンを使いシャドウ・ディストピアの属性変更を解除してまでこのリンク2を呼び出すことに繋げたことには、当然ながら意味がある。
「ヒータの効果を発動。1ターンに1度、相手の墓地に存在する炎属性モンスターをアタシのフィールドに特殊召喚する。九尾の狐は貰っていくぜ」
「そんな横暴、道理が通りませんね。よって拒否します、リビングデッドの呼び声を発動。その発動にチェーンし、九尾の狐を私のフィールドに蘇生召喚します」
蘇生効果を不発にさせつつ自分の場にモンスターを呼び出す、最高のタイミングでのリビングデッド。しかも墓地から蘇生された九尾の狐はその方法問わず貫通効果を得るため、安易な守りも許さない。
だが。糸巻はそれを見て、悔しがるどころか口の端を歪めて笑ってみせた。
「いつぞやの裏デュエル大会の時は、確かにアタシもだいぶ鈍ってたがな……このところは、やたらと調子がよくってな。今のアタシは全盛期以上だぜ?そんな程度で止められると思うなよ、ライフを半分払い、手札からトラップ発動!レッド・リブートで、そのリビングデッドを無効にしてもう1度セットさせる!」
「糸巻さん!」
糸巻 LP4000→2000
遠巻きに2人の戦いを見ていた鳥居が、ぐっと拳を握りしめる。チェーン3で手札から奇襲気味に発動されたレッド・リブートにより、巴が流れを掴みかけていた状況は再び一変した。ライフコストこそ決して安くはないものの、ここで得られるリターンはその大きさに見合っている。
ただしそれは、あくまで発動に成功した時の話。カードの応酬を制されたことを悔しがるでもなく、むしろ皮肉気な笑みを浮かべた巴がおもむろに手札1枚を表向きにして見せつける。
「ライフを半分支払い、私もレッド・リブートを手札から発動。貴女のレッド・リブートは発動が無効となりフィールドにセットされ、その後貴女はデッキからトラップ1枚を選択してさらにセットすることができます」
「何!?」
「うっわあ……」
巴 LP4000→2000
勝ち逃げは許さないとばかりに同じくその身を削って発動された、このデュエル2枚目のレッド・リブート。はたから見ていれば、それは単なるカウンター合戦としか映らないだろう。しかし、その場にいた全員にははっきりと理解できた。今のリビングデッドの呼び声、そしてレッド・リブートの2枚は単なるカードではなく、巴がこの戦いにかけた想いの証そのもの。全てを賭してこの場に立つ彼の、維持と執念の具現化とも言うべきカード。
そしてその想いの強さに応えるかのように、空中にぼわりと紅い火が灯った。熱を持たず、宙を揺らめき、しかし確かにそこにある。もはや集めた味方もすべて倒されたひとりぼっちの戦場で、なおも単身その両足で地面を踏みしめる巴を導く狐の炎。
「さあ、甦りなさい。九尾の狐!」
九尾の狐 攻2200
「……レッド・リブートの効果で、アタシのデッキから通常トラップ、不知火流-燕の太刀をセットする」
「ええ、構いませんよ。さあ、それで?」
「……バトルフェイズ。ヒータでセットされたオルターガイスト・ドラッグウィリオンに攻撃だ」
低く重く、吐き捨てるように呟く。魔法少女の炎が、異形の魔法使いを焼き滅ぼす……だが、それだけだ。守備表示モンスター相手では、当然ダメージは発生しない。残り半分となった巴のライフを減らすことはできず、ヒータの攻撃力は九尾の狐に届かない。
誰が見ても明らかに、勝負はいつの間にか巴の側に傾いていた。それが誰よりも理解できていながらも、糸巻にはその流れを止めることができない。
灼熱の火霊使いヒータ 攻1850→??? 守1200(破壊)
「ターンエンド……」
「では、私のターン。手札が少しよくないですね、せっかくなので貴女にもチャンスをあげましょう」
「あー?喧嘩売ってんのか?」
「いかにもその通りですが?せいぜい足掻いてみてください、手札抹殺を発動。これにより互いにすべての手札を捨て、その枚数だけドロー。墓地にカードを送ってあげますから、少しは楽しませてくださいよ?」
言いながら手札2枚をパラパラと墓地に送り、2枚のカードを引く巴。糸巻が苦い顔なのは、実際この手札抹殺によって多少なりとも救われた面があることを否定しきれないからだ。今の彼女の手札1枚では、次のドローを考えても逆転のできる可能性は低かった。
「ああ、これでよし。悪王アフリマを通常召喚し、効果を発動。闇属性であるこのカード自身をリリースすることで、カードを1枚ドローします」
悪王アフリマ 攻1700
召喚権を使い、やっていることはただの手札交換。しかし当然、それだけで済むはずもない。一度は祓われたはずの闇が、再びその場に満ちていく。消え失せたはずの漆黒が、そこかしこからとびきりの悪意と共に滲み出る。
その中央で赤く輝く知性を持った2つの光は、闇黒の世界の主の瞳。千切れた鎖が地面をこすり、泣き声のような甲高い不快な音を立てる。
「そして闇属性モンスターが私のフィールドからリリースされたことにより、墓地から闇黒の魔王ディアボロスの効果を発動。このカードを特殊召喚します」
闇黒の魔王ディアボロス 攻3000
「ちっ、もうディアボロスまでお出ましか?」
「もう少し何かしたいところですが、これぐらいでいいでしょう……バトルフェイズ、ディアボロスで灼熱の火霊使いヒータに攻撃、アフター・ザ・カタストロフ」
黒い炎が大地を舐め、光さえも通らない闇の中に赤髪の魔法少女が飲み込まれる。インクをぶちまけたかのような炎の余波が、両手で防御姿勢をとった糸巻の姿も、その悲鳴さえも包み隠した。
闇黒の魔王ディアボロス 攻3000→灼熱の火霊使いヒータ 攻1850(破壊)
糸巻 LP2000→850
「糸巻さん!」
「うるせえ、ヒータの効果発動!リンク召喚したこのカードが相手に破壊された時、守備力1500以下の炎属性モンスターをデッキから手札に加える!」
闇の炎を振り払い、その内部から糸巻の燃えるような赤髪が覗く。生々しい火傷の跡も、なおも力強いその瞳の光を消してはいない。
「不知火の武部、ですか。もっともそのカードを使うにしても、まずこの攻撃を防いでからの話ですが。貴女のことですから、どうせその伏せカードに何か仕掛けがあるんでしょう?ならばその防御札、剥がさせていただきますよ。九尾の狐でダイレクトアタック、九尾槍!」
白面金毛の妖狐の尾が、生物の毛並みから瞬間的に金属の光沢に代わる。どこまでも伸びる大妖怪の槍が、糸巻めがけ鋭く突き出された。
糸巻のフィールドには、現在伏せカードが3枚。そのうち2枚はレッド・リブートと燕の太刀であることをお互い承知しているが、まだ1枚未知のカードが残っている。当然その1枚により、この攻撃を耐え凌ぐことを巴は知っている。それぐらいのこともできないようでは、彼女に彼のライバル足りうる資格はないからだ。
果たして糸巻は、そんな歪んだ信頼に見事応えて見せた。
「トラップ発動、恐撃!アタシの墓地からモンスター2体、イピリアとヒータを除外して、九尾の狐の攻撃力は0になる!」
「ディアボロスは効果の対象にできない……それさえなけりゃ、糸巻さんもここまで追いつめられなかったってのに」
「やっぱ強いねえあの人。糸巻さんも全く退く気はないみたいだけど」
九尾の狐 攻2200→0→糸巻(直接攻撃)
「そして通常トラップの発動にチェーンして、墓地からバージェストマ・カナディアの効果を発動。このカードをモンスターとして特殊召喚する」
バージェストマ・カナディア 攻1200
鋭く唸った九尾の尾は、不可視の壁に阻まれて糸巻の体を貫けない。さらにステータスこそ下級相当とはいえ壁となるモンスターまで増やした糸巻に対し、悔しがるどころかそれでいいとばかりの微笑を浮かべた巴が最後の手札に手をかける。
「そう、それぐらいはやってもらわなくては。メイン2に魔法カード、おろかな副葬を発動。デッキから墓地に魔法・罠カード1枚、ハイレート・ドローを送り、その効果を発動。私のフィールドのカード1枚を破壊し、このカードをフィールドにセットします。リビングデッドの呼び声が破壊されたことにより、その効果で蘇生していた九尾の狐もまた破壊」
力を失った九尾の狐が、音もなく狐火となってどこからともなく吹いた風に溶けていく。しかし体の大部分が消えたのちも、小さく揺らぐ2つの炎の塊だけはその場に残り続けていた。
「九尾の狐が破壊されたことにより、攻守500の狐トークンを2体特殊召喚します」
狐トークン 守500
狐トークン 守500
「そして、墓地より九尾の狐の効果を発動。モンスター2体を贄としてリリースし、墓地より還れ九尾の狐!」
2つの狐火が突如として膨れ上がり、1つの業火となって辺りを怪しく照らす。やがて炎の塊は音もなくその姿を変えてゆき、火の粉を散らしながら白面金毛の大妖怪が再び現世に舞い戻った。
九尾の狐 守2000
「ターンエンドです」
一進一退といえば聞こえはいいが、要は互いに互いの手を知り尽くしているがゆえに先読みに先読みを重ねお互いの次の行動をひたすらに潰しあう攻防。この2人のデッキには1度まともに回り始めればたかだか4000程度のライフなど瞬きする間もなく消し飛ばせるだけの力があるがゆえに、当然初見殺しが通用しないとなればどうしてもこういった一見すると地味な展開が続くことになる。そして清明と鳥居のどちらも、この水面下での息詰まるような戦いがわからないほど素人ではない。
「いやー、見てるだけで胃が痛くなってくるね」
「すっげえ楽しそうにしか見えないんだが」
余裕があるのではなく、今更この戦いに当事者として首を突っ込む余地はないとの判断だろうか。どうすることもできない以上、せいぜい他人事として最後まで見届けるしかない。負け犬2人がそんなことを喋っている間に、糸巻がカードを引き抜いた。
「アタシのターン。行くぜ、不知火の武部!このカードの召喚成功時、デッキから妖刀-不知火モンスターを特殊召喚できる。来な、妖刀!」
不知火の武部 攻1500
妖刀-不知火 攻800
まず召喚されたのは、先ほどヒータが最後の力で手札に加えさせた炎属性の少女。九尾の狐が残したものとはまた性質の違うこの世ならざる炎が渦を巻き、1本の妖刀が宙に浮かび上がった。そしてその場所を中心に、あたりの空気が一変していく。
「さっきはアンタの辛気臭い闇を見せつけられたからな、今度はアタシの領土に案内してやるよ。墓地の屍界のバンシーを除外することで、デッキからこのカードを直接発動することができる。フィールド魔法、アンデットワールド!」
「視界のバンシー、私の手札抹殺で捨てさせたカードですか」
返答替わりに鼻で笑う横で、しだいにアンデットワールドの風景が広がっていく。床は瘴気に溢れた大地と化し、湿って痩せた土地にはねじくれた枯れ木と鮮血の沼が思い出したように広がる。天井は切れ目ひとつない分厚い雲に覆いつくされ、どこまでも広がる荒野に時折骨をむき出しにした小動物や半透明の霊魂が彷徨う姿が見え隠れする。
「アンデットワールド、死霊が死霊を喰らう土地、ですね」
「おいおい、他人のセリフを取るのはご法度だぜ?アンデットワールドがある限り、互いのフィールドと墓地に存在するモンスターはすべてアンデット族に書き換わる。アタシのカナディアも、アンタの魔王様もな」
バージェストマ・カナディア 水族→アンデット族
闇黒の魔王ディアボロス ドラゴン族→アンデット族
「そしてレベル合計は8、と」
「ああ、そうさ!アンデット族モンスターかつレベル2のカナディアとレベル4の武部に、レベル2の妖刀をチューニング!戦場切り裂く妖の太刀よ、冥府に惑いし亡者を祓え!シンクロ召喚、戦神-不知火!」
☆2+☆4+☆2=☆8
戦神-不知火 攻3000
浄化の炎による二刀流を構える剣士が、死霊と化した魔王と対峙する。その全身から立ち上るのは、決して消えることのないこの世ならざる炎の技。
「戦神の効果発動。特殊召喚時にアタシの墓地のアンデット1体を除外することで、ターン終了時までその攻撃力を加算する。アタシが選ぶのは攻撃力1500の武部、不知火流・火鼠の皮衣!」
戦神-不知火 攻3000→4500
「そして武士がゲームから除外されたことで、その効果を発動。カードを1枚ドローし、手札1枚を捨てる」
「む……ならばハイレート・ドローを発動!私のフィールドから2体以上のモンスターを任意の数だけ破壊することで、その数2体につき1枚のカードをドローします」
「おっと、リバースからレッド・リブートを発動だ。デッキから1枚トラップを伏せてもいいが、その発動と効果は向こうとして再セットさせてもらうぜ」
先ほど止められた恨みとばかりに、今度こそ発動に成功したレッド・リブートがハイレート・ドローで先にモンスターを破壊してのダメージ回避を封殺する。炎の軌跡がアンデットワールドの空を裂き、闇の魔王めがけて打ち振るわれた光の弧が、その欠片たりとも逃さず炎の中に焼き滅ぼす。
戦神-不知火 攻4500→暗黒の魔王ディアボロス 攻3000(破壊)
巴 LP2000→500
「大きく削った……でも……」
「ああ。正直かなりまずいぜ、これは」
巴のエースの一角でもある闇黒の魔王が倒されたことは間違いないのだが、素直にそれを喜ぶ気にはなれない外野2人。もっとも、それは糸巻本人にとっても同じだった。逆転したというのにその様子は晴れやかなものではなく、むしろ憔悴といった表現そのものの表情を隠そうともしない。
そして実際、糸巻にとって今の状況はお世辞にも褒められたものではない。そもそもディアボロスは自己再生が極めて容易なモンスターであり、1度や2度戦闘破壊した程度ではあまり痛手となりはしない。そしてこのターン中にとどめを刺すことができなかったということは、つまり巴のターンがもう1度回ってくるということ。しかもレッド・リブートのデメリットにより彼はデッキから場に1枚のトラップ、砂塵の大竜巻をセットしている。
戦神-不知火 攻4500→3000
「ターンエンド」
「私のターン。ドローをし、まず砂塵の大竜巻を発動!この効果により、場の魔法・罠カード1枚を破壊します」
「……」
ごうごうとアンデットワールドに竜巻が唸り、はためく風が巴と糸巻の髪を、服を激しく揺らす。糸巻の場に存在する破壊可能なカードは、3枚。
「すでに見えている燕の太刀、アンデットワールド……ですが、それだけではありませんよね?先攻1ターン目に伏せたきり、いまだ頑なに発動されていないそのカード。自己再生能力を持つ私のディアボロス、そしてもとよりアンデット族である九尾の狐の前にアンデットワールドは大した意味をなさず、それぞれ相手の効果の対象にならないか破壊時にトークンを場に遺す彼らにとって燕の太刀もまた恐れるに足らず。私がレッド・リブートで伏せるカードに砂塵の大竜巻を選んだのは、その1枚をただ消し去るため。したがって、選ぶまでもありません」
「……」
糸巻は険しい目で眼前の竜巻を睨みつけたまま、何も喋らない。砂塵の大竜巻が不浄の大地を巻き上げて、次第に彼女の元へと近づいてくる。その沈黙の意味を、誰もが確信した。何を伏せているにしても、これですべての望みは断たれることとなる。
「砂塵の大竜巻よ、私から見て右側にあるその伏せカードを破壊しなさい!」
明確に対象を定められた竜巻が、意思を持つかのように軌道を変える。伏せカードが風にあおられ、めくられ、吹き飛ばされてバラバラになる……そして最後まで、そのカードがチェーンされることはなかった。
「……なあ、巴よお」
「はい?」
それを見送った糸巻が、ようやく口を開いた。普段の調子に似合わない妙に神妙な様子に、わずかな違和感を覚えた巴がつい素の反応でそれに返す。
「アンタは、本当に大した奴だよ。絶対認めたくはないけど、まあ1回ぐらいは認めてやる」
「……いきなりなんですか、気色悪い」
「いや、別に。アンタはアタシの動きを読み切ったうえで、この状況に持ってきたんだろ?アタシの伏せるカードにブラフはない。いつだってアタシは前のめり、破壊待ちなんてまだるっこしいもん使うぐらいなら、自分が攻め込むためのカードをぶち込む。その辺の理解は、ひょっとしたらアタシ自身よりもアンタの方が深かったのかもな」
「……」
今度沈黙したのは、巴の方だった。糸巻がこの突然の独白で何を言わんとしているのかその真意を測りかねたというのもあるが、まさにそれはこのデュエルにあたって巴がデッキを調整する鎖に意識してきたことそのものであったからだ。いつだって前のめりで、停滞した時には自分から試合を動かしにかかる。熱しやすいくせに変なところでクレバーで、最近はやや錆びついていたとはいえ化け物じみた引きの強さを誇る。他にもあらゆる要素を、それこそ2枚の伏せカードがある際にサイクロンを手にした場合は右と左のどちらを破壊することが多いかに至るまで徹底的に計算したうえで彼はこの場所に立っている。
そしてそんな趣味嗜好のひとつが、相手に依存するカードを好まないという点であった。ゆえに彼女の繰り出すカードにブラフはなく、見えないままの1枚も常に最も効果的な発動の瞬間を狙っているだけにすぎない……それが、彼の得た糸巻太夫という女の結論だった。
ゆえに、彼は自分のカードがレッド・リブートにより止められた際、真っ先にデッキから直接セットするカードに砂塵の大竜巻を選んだ。闇のデッキ破壊ウイルスよりもより確実に、見えないカードを打ち抜くために。
その判断に迷いはないし、間違っているとは思わない。目の前の相手が糸巻太夫であるがゆえに、それは最適解となる。
「だからアタシは、ひとつだけ賭けに出た。アタシ自身よりもアタシのことを理解して、読み切って、その上でそれを上回るアンタを信じてな」
「何を……」
「本当は仕込み爆弾や不運の爆弾あたりのカードが欲しかったんだがな、なにせその辺のカードは例のデュエリストフェスティバルの時に大量回収されたあげく、どっかのバカがどさくさに紛れて持ち出しやがったからな。探しに探して、ようやくこれ1枚しか見つからなかったんだよ」
じろりと遠巻きに見守る鳥居に視線を送ると、無言で首をすくめて小さくなる姿がわずかに彼女の目に入った。それを見て小さくくすくすと笑い、吹き荒れる風の中で改めて巴と向かい合う。
「アンタが破壊した1枚、アタシがずっと伏せてたカード。ちょいとばかし古いのは否めないが、それでもしっかり仕事はできるもんだ。ただやっぱ駄目だな、こういうのはアタシの性に合いそうにない」
言いながら、その1枚をゆっくりと引き出して表を向ける。少し自嘲気味に、笑いかけた。
「だから、やっぱり最初で最後だ。有難く思って目に焼き付けとけよ?これぐらいの奇策じゃないと、通用しないと思ったんだからな」
「その……カードは……!」
「コザッキーの自爆装置。このカードが破壊された時、破壊したプレイヤーに1000のダメージを与える」
アンデットワールドの中央で、何かが臨界点を越えた。無音の中で炎が弾け、1瞬遅れて天地を揺さぶるような轟音が響く。
「アンタは、『読み』ならアタシの上を行ってたさ。だがな、『読み合い』なら……アタシの勝ちだ」
清々する、というよりはむしろ悲しげな声が静かに響く。
「結局、アンタでも駄目なんだな。どうやらアタシは、まだまだ戦い続けなきゃ許してもらえないらしい」
巴 LP500→0
「糸巻さ……うおっ!」
誰かが何かを叫んだかもしれないが、それは誰の耳にも届かなかった。コザッキーの自爆装置1枚にしては明らかにオーバーなこの大爆発が、鳥居がこのプラントを爆破するため隠し持ってきた大量のカードが一斉に連鎖反応を起こして実体化したものであることは、誰も知らない。
この場にいた全員の視界は、そして聴覚は、すべて白い炎によって埋め尽くされた。
後書き
いやほんと、クライマックスなんですって。
毎回毎回ラストシーンで話を引き延ばしてるようにしか見えませんが、本当にもうすぐ……終わります。
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