魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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無印編
第61話:押し上げる者と飛び立つ者
前書き
読んでくださりありがとうございます。
カ・ディンギルの砲撃に包まれ、落下た透の姿にクリスが悲痛な声を上げる中、フィーネはクリスと透の妨害を突き破り月へと向かう閃光の行く末を見つめていた。
緑色の巨大な閃光は月へと直進して天へと消えていき…………結果、月は三分の一程が欠けるだけに留まった。クリスと透の奮闘により、砲撃を打ち消すことは出来なくともその射線を僅かながら逸らすことは出来たのだ。
「仕損ねたッ!? 僅かに逸らされたのかッ!?」
例え僅かなズレとは言え、距離が開けばそれは大きなものとなる。クリスと透の、命を懸けた行動は決して無駄ではなかったのである。
だが例え完全な月の破壊を防げたとは言え、その為に払った犠牲は装者達には大きすぎた。特に彼と恋人同士であったクリスにとって、彼の喪失は絶望以外の何物でもなかった。その場に崩れ落ち、両目から大粒の涙を止め処なく流している。
響はそんなクリスの肩を抱きながら、自身も透の落下地点を見ながら涙を流している。
「こんな……こんなのって無いよ!? 折角、皆仲良くなれたのに!? こんなの、嘘だよ────!?」
「北上…………お前は、そこまで──!?」
「クソッ!?」
響とクリスだけでなく、翼と奏も透の犠牲を嘆いた。
そんな悲しみに包まれた彼女達の耳に、ワイズマンの高笑いが入る。
「ハッハッハッハッハッ! ウックックックックッ!!」
「「「「ッ!?」」」」
それまでずっと黙って何もしていなかったワイズマンが高笑いを上げた事に装者達の注目が集まる。
更にワイズマンの高笑いに続く様に、メデューサとヒュドラによる透への侮蔑の言葉が飛んだ。
「馬鹿な奴だ。自ら命を捨てに向かうとは」
「全くだぜ。別にここで無駄に死に急がなくても、俺らが殺してやったってのによ」
馬鹿な奴、無駄……その透の勇気と決意を侮蔑する言葉に、響の中に怒りの火が灯った。
「嗤ったか? 命を賭して愛する者を、大切な者を守り抜く事を……お前達は無駄、馬鹿と、せせら笑ったかッ!?」
「テメェら……どこまで腐ってんだ!?」
透の勇敢な行動を笑われ、翼と奏も怒りを露にする。特に同じように魔法使いで恋人である、颯人の安否が不明となっている奏にとって、透を笑われる事は颯人を笑われる事に等しかった。
「許せない……許せない────!?」
奏と翼が目に見える怒りを露にしている前で、響がクリスから手を離して立ち上がった。その瞳には、彼女に似つかわしくない怒りの炎が浮かんでいる。生来の優しさが裏返り、憎悪となって彼女の心を覆いつつあるのだ。
だがその怒りは、直後に引っ込むことになる。すぐ傍から、奏や翼は勿論響のものすら凌駕する怒りを感じたからだ。
「お前ら…………お前らが…………」
「く、クリスちゃん?」
自分に直接向けられている訳ではないと言うのに、背筋が凍るほどの怒りを感じて響の中に芽生えていた怒りが引っ込む。それほどクリスがジェネシスやフィーネに抱いた怒りは尋常ではなかった。
「お前らがぁぁぁぁぁぁッ!?!?」
「ッ!? 離れろ響!!」
クリスが怒りの声を上げながら両手にガトリングを構えた瞬間、危険を察知した奏が響を引っ張った。直後、クリスはガトリングと小型ミサイルを見境なく発射して手当たり次第に破壊し始めた。
「クリスちゃん!?」
「落ち着け雪音!?」
「駄目だ!? 今のクリスにはとてもじゃないがこっちの声が届く気がしない。とにかく離れるんだ!?」
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!! くそぉぉぉぉぉっ!?」
奏が響と翼を引っ張ってクリスから離れている間にも、クリスは周囲のメイジを怒りのままに銃爆撃し続けた。滅茶苦茶な攻撃だが、その間も両目から涙を流している所に彼女の心の叫びが聞こえるようだった。
巻き込まれないように距離を取り、状況を整理しようとする奏。しかしその彼女の目に、とんでもないものが飛び込んできた。
なんとカ・ディンギルの砲口に再び光が灯り始めていたのだ。
「なっ!? 二射目ッ!?」
「そう驚くな。カ・ディンギルが如何に最強最大の兵器だとしても、ただの一撃で終わってしまうのであれば兵器としては欠陥品。必要がある限り、何発でも撃ち放てる。その為にエネルギー炉心には不滅の刃、デュランダルを取り付けてある! それは尽きる事のない、無限の心臓なのだ!!」
自慢げに話すフィーネに、奏達は焦りを感じずにはいられなかった。折角クリスと透が防いだ月の破壊を、再びやられては今度こそ止められない。何とかして止めなくては。
しかし暴れるクリスを放置する訳にもいかなかった。今も3人が隠れている瓦礫に何発も銃弾が命中している。怒りに我を忘れ、完全に見境が無くなっているらしい。
あちらを何とかして止めなくては、カ・ディンギル発射阻止も儘ならない。
「こうなったら…………翼、響! アタシが道を切り開く。響は少しの間で良い、クリスを止めてくれ」
「わ、分かりました!」
「翼、カ・ディンギルを頼んでもいいか?」
「分かった!」
2人の返事に奏はタイミングを見計らう。クリスは先程から見境なしに攻撃しまくっているが、攻撃自体は時計回りに体を回転させながら目に映るものを片っ端から攻撃しているように見える。ならば、クリスが背を向けた瞬間に動けば!
「! 今だ!!」
クリスが背を向け、攻撃が途切れた。その瞬間、奏は響と翼を伴って瓦礫から飛び出した。目指すはクリスとカ・ディンギル。
まず響をクリスの元へと連れていく奏が途中周囲に目を向けると、琥珀メイジの数が半分ほどに減っていた。それだけでクリスの怒りの攻撃の苛烈さが伺える。
それに自分から飛び込もうと言うのだから、もう笑うしかない。
駆ける3人に、クリスの攻撃が襲い掛かった。それを奏は、アームドギアを盾にして防いだ。
「ぐぅぅっ!?」
「クリスちゃん!? 落ち着いて!!」
「駄目だ、立花! ここからでは雪音に声が届かない、もっと近くで!」
奏の姿も分からないのか、近付いてくる奏に集中して攻撃をするクリス。奏はアームドギア越しに腕に響く衝撃に顔を顰めるが、ここで足を止めては透の覚悟が無駄になると足を動かし続けた。
そして遂に、駆使るのすぐ目の前まで到着する。
「響ッ!!」
「はいッ!!」
ダメ押しにアームドギアをクリスに叩き付け、彼女の視界を一瞬だが奪った。その際に出来た隙に、響がクリスに抱き着き彼女を宥めに掛かった。
「クリスちゃん落ち着いて!?こんなのダメだよ!?」
「うるさい、うるさぁぁぁい!? 透、透ぅぅぅぅッ!?」
響がクリスを抱きしめ必死に声を掛けるが、クリスは透の名を叫びながら暴れ続ける。抱き着いている為銃口が響やカ・ディンギルに向かう奏達に向く事は無かった。
が、このままでは埒が明かないし振り払われてしまっては奏達の行動の邪魔になってしまう。
どうすべきかと悩んだ響だったが、良い方法が思いつかなかった為思い切った方法に出る。
「~~~~ッ!? クリスちゃん、ゴメン!?」
クリスに一言謝ると、響はクリスの顔に平手を叩き込んだ。それも一発ではなく二発だ。その衝撃と頬に走った痛みに、クリスは正気に戻り銃撃を止める。
「ッ!? え、あ……え?」
「クリスちゃん、落ち着いて! きっと透君は、こんなクリスちゃんを見たくないよ!」
抱き着かれ頬を叩かれ、響の言葉は漸くクリスに届いた。
だが落ち着きを取り戻したことで、今度は悲しみがクリスの心を覆いつくした。
「でも、だって!? 透、透がぁ────!?」
「クリスちゃん……」
響に抱き着き咽び泣くクリスを、響は何も言わず抱きしめ返し頭を撫でる。今の響に出来るのは、それだけであった。
響が何とかクリスを宥める事に成功している時、奏は翼をカ・ディンギルに送り届ける為立ち塞がるフィーネ・メデューサ・ヒュドラに挑んでいた。
とは言え正直、クリスよりも厳しい。単に見境が無くなっていたクリスに比べて、あの3人は明確に2人を足止めしようとしている。しかも強さは良くて同等、最悪格上だ。
無策で突っ込んで何とかなる相手ではない。しかも、限られた時間の中で突破しなくてはならないときた。
──こんな時、颯人なら……──
颯人ならこの窮地をどう突破するだろうか? 奏は翼と共にアームドギアを構えながら考える。
まず彼なら真っ向からぶつかるような真似はしない。双方の勝利条件が違うのだから、まともにやり合う事に意味がない。
奏は何とか翼を突破させ、更に追撃させない事。フィーネ達はとにかく奏達を妨害する事が勝利条件だ。
手元にあるのはガングニールのアームドギアのみ。翼もそれは同様だ。これが颯人であれば、手品道具を色々持っていただろうし周囲の状況を利用して上手くあの3人を撹乱できただろうに。
そんな事を考えている間にも、カ・ディンギルの再チャージが進んでいた。その砲口にはそれを証明するかのようにエネルギーが集まり、その光が夜だと言うのに怪しく周囲を照らしている。
「ッ!? そうだ、これだ!」
その時、翼がこの状況を打開する案を閃いた。今ある手の内で、確実にカ・ディンギルに取り付き更に追撃を妨害するにはこれしか方法が無い。少なくとも翼には思い付かなかった。
「奏、これなら────」
翼は奏に思い付いた策を小声で伝える。それは非常に危険を伴う作戦であり、奏はそれを聞かされた時首を縦に振ることは出来なかった。
「そりゃ流石に危険すぎる!? 翼だって、ただじゃ済まないぞ!?」
「でも他に手はない! 時間も無い。これくらいしなければ、危険を冒して月の破壊を食い止めた雪音や、雪音を守った北上に合わせる顔が無い。頼む奏!」
もうこれしか手が無いのだと力説する翼に、奏は苦しそうに顔を顰める。しかし上を見上げれば今にも発射されようとしているカ・ディンギル。迷っている暇はない。
「他に手はない、か。…………分かった……翼!」
「なに?」
「……死ぬなよ」
「フフッ……当然!」
翼の提案に頷いて答えると、2人は拳をぶつけ合う。そして奏は覚悟を決めフィーネ達に向けて駆け出した。
「来い! アタシが相手だ!!」
「1人で来るか! 無謀にも程がある!」
「私がやる。無策で突っ込むなど、的にしてくれと言っている様なものだ」
メデューサが右手の指輪を交換しようとするが、目当ての指輪が見つからないのか無防備な姿を晒す。
「な、何? 何故!?」
「おいどうした?」
らしくない慌て方をするメデューサについそちらに気を取られるヒュドラ。その所為でフィーネ以外の対応が遅れた。
「これでも喰らいな!!」
[SPEAR∞ORBIT]
奏が放つ『SPEAR∞ORBIT』が3人に襲い掛かる。巨大化したアームドギアが迫る光景に、反応が遅れたメデューサとヒュドラが身構える。
「舐めるな!?」
[ASGARD]
しかし迫る巨大アームドギアを、フィーネが鎖鞭で組んだ陣による障壁で防ぐ。1枚だけでなく複数重ねた障壁は、巨大化して質量も増した奏のアームドギアを完全に受け止めている。このまま押し返そうとするフィーネだったが、その時彼女は信じられない光景を目にする。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
巨大化したアームドギアを蹴り落とす奏。その隣に、翼が居て奏と共にアームドギアを蹴り落としていたのだ。ギア装者2人による蹴り落としに、障壁に掛かる圧力が増えフィーネは押し込まれる。
「ぐぅぅっ!? 手を貸せ!?」
「分かっている!?」
「へいへい」
〈〈アロー、ナーウ〉〉
巨大アームドギアを蹴り落としている2人を撃ち落とすべく、メデューサとヒュドラが魔法の矢を放つ。その瞬間を奏は待っていた。
颯人との訓練で分かった事だが、魔法使い達には魔力切れとは別に明確な弱点がある。
それは、魔法を切り替える時にどうしてもタイムラグが発生してしまう事だ。
プロセスとしては、指輪を取り換えハンドオーサーを2回反転させてから再び右手をハンドオーサーに翳さなければならない。この手順を踏まなければ、どんな魔法使いも魔法を切り替えることは出来ない。
「今だ翼ぁッ!!」
「分かっている!!」
翼はその場で奏のアームドギアの石突を踏み台に飛び上がると、自分のアームドギアを取り出しそれを巨大化させ、あろう事か奏の方に向かって蹴り落とした。
[天ノ逆鱗]
蹴り落とされた巨大な剣は、そのまま奏に向かって突き進む。
奏は自らに翼の巨大剣が直撃する寸前、その場で跳び翼の天ノ逆鱗を回避。翼のアームドギアはそのまま奏のアームドギアを越える程巨大なものとなり、翼を一気にカ・ディンギルに接近させる。
「何だと!?」
「やられた!?」
これこそが2人の狙いだった。『SPEAR∞ORBIT』でフィーネの動きを制限させ、魔法使い2人に迎撃させる事で魔法を固定。そして翼がアームドギアを限界まで巨大化させた『天ノ逆鱗』を使うことで、彼女をカ・ディンギルに接近させることに成功した。
フィーネ達は翼の追撃をしたかったが、フィーネは『SPEAR∞ORBIT』がまだ勢いを失っていない為防御を崩せず、メデューサとヒュドラは翼のアームドギアが邪魔をして魔法の矢が届かない。
完全にしてやられていた。
そのままカ・ディンギルに向けて飛ぶ翼に、奏が声を掛ける。
「行け翼ぁッ!!」
「承知ッ!!」
最早翼の邪魔をする者は誰も居ない。翼は新たにアームドギアの剣を2本出し、その刃に炎を纏わせた。
その姿は正しく、炎の翼を持った不死鳥の様であった。炎は赤から青に変色し、一気にカ・ディンギルの方向に突っ込んだ。幾ら外装が強固だろうと、内部は弱い筈。しかもそれが、エネルギーをチャージしている最中なら、少し突けばエネルギーの均衡を失い崩れるのは目に見えている。
奏が落下しながら見守る中、翼はカ・ディンギルの砲口に飛び込んだ。その光景をフィーネ達も、響とクリスも何も出来ずに見ていた。
翼が飛び込んでから数秒とせず、カ・ディンギルの各部から光を放ち爆発を起こす。爆発の際の閃光が周囲を照らし、爆風が広がり、巨大な黒煙が立ち上る。
今この瞬間、フィーネの野望は完全に潰えたのだった。
後書き
と言う訳で第61話でした。
原作ではここで響が暴走するのですが、話の流れ的にクリスが黙ってる訳がないのでクリスがブチ切れました。それに合わせて響の暴走はキャンセルです。きっと響なら怒れるクリスも止めてくれる筈。
一方翼は原作通りカ・ディンギルに突撃しました。奏を一緒に突撃させるか迷いましたが、流石にこの状況で響とクリスだけにするとどう頑張っても袋叩きにされそうなので。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします。
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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