とある英雄の逆行世界
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偽・新約篇
第2章
アイツのいない世界《後篇》
前書き
導入部後篇になります。次の話から本編といった形になります。
学園都市には意外に自然が多い。もっとも人工的に作られたものが大半ではあるのだが。
第7学区のはずれにある森林公園。そこに平日の昼間頃というのを考えると不自然な人影がある。
名門と言われる常磐台中学の制服を着込んだ少女、学園都市が誇る7人のLEVEL5の第三位“超電磁砲”御坂美琴の姿がそこにはあった。
もちろん今日は特別に学校が休みな日というわけではない。今日の美琴の行動は俗に言う“自主休校”と言われるものだ。
(…こんな顔で学校なんかいったらみんなに心配かけるだけだろうしね)
第3次世界大戦からこの日でちょうど1年これが一般の人々の認識。
だが美琴にとっては――
「はぁ禁書目録にはあんなこと言ったくせに全然振りきれてない――」
――彼女にとっての陽だまりが永遠に失われてからちょうど1年。そうこの日は……上条当麻の命日だった。
「――ダメだなぁ、私」
そう呟いて見せた美琴の声は涙ぐんでいるように聞こえた。
数日前から美琴はある声を聞くようになっていた。
『契約セヨ』
『ミサカミコトよ世界と契約セヨ』
『さすれば世界《われ》汝の願い叶えん』
最初は空耳かと思った。
その次は幻聴だと言い聞かせた。
それ以降は無視するようにした。
――そうしないと絶対に叶わない願いを、この得体のしれない声に願ってしまいそうだったから。
「…もう会えないのに。だってアイツは――」
『死んでるんだから…』美琴の唇は声を出さずにそう動いたように見えた。
「はぁ…」
美琴は森林公園を出たあと当てもなく歩いていたつもりだ。
「私なにしてんだろ…」
けれど足は無意識のうちに動いており、美琴からするとある共通点のある場所を回るかっこうになっていた。
――路地裏の入り口
「アイツと初めて会ったのはここ…」
――なんでもないような交差点
「それから何回かはアイツを見つけるたびに追いまわしたんだっけ…」
――セブンスミスト
「虚空爆破事件の時はアイツに助けられたんだったわよね…」
――ホットドック屋の前
「恋人のふりなんか頼んだこともあったわね…」
――地下街
「そういえば禁書目録と初めて会ったのはここだったわね…」
――大覇星祭の競技場
「借り物競走の時とか、結構アイツに迷惑かけてたなぁ私。最終日はあのバカを連れてフォークダンスに参加したんだっけ…」
――携帯ショップ
「大覇星祭の罰ゲーム、とか言ってペア契約させたのよね。
今でも契約はそのまんまになってる。アイツからかかってくることは永久にないのにさ…」
美琴が回っている場所の共通点、それは上条当麻とのなにがしかの思い出がある場所だということだ。
だからこそ最後に美琴が立ち寄るのは、今の美琴――上条当麻に恋をしている美琴――が始まったともいえる場所で、一番強い思い出が残っている場所――
「……アイツが私をあの実験からすくい上げてくれた場所。あ、そう言えばアイツに雷なんか落としたこともあったっけ?」
――あの鉄橋に美琴は立ち寄っていた。
完全下校時刻を大幅にオーバーした時間帯、教師に見つかればすぐにでも寮のほうに連れ戻されるだろう。
だが幸か不幸か美琴は今まで教師に出会わずにくることができていた。
御坂美琴は強い。
能力がというわけではない。もちろん能力だけ見ても学園都市で上から数えた方が早いのだろうが、そういう強さではない。
美琴の強さはその心やそのあり方だ。
障害なんてものともせずに立ち向かっていく強さ、たとえ敵であっても救い上げようとする優しさ(甘さとも言えるかもしれないが)、仲間を信じることのできる心。
人としてすばらしいものを多く持った少女だろう。
だが、いくら強かろうと彼女はまだ15歳の少女だ。強がりで意地っ張りで、本当は怖くてつらくてしかたなくても身近な人間にもそれを見せようとはしない。
故に美琴がただの“女の子”でいられたのは、弱い自分を全部見せられるのは彼の前だけだった。
だからいまの彼女は…上条との思い出を回った、いまの美琴はただの“泣き虫”な女の子だ。
美琴の瞳に涙が浮かぶ。無意識のうちに“上条当麻”を自分の胸の内に感じて、今だけは泣いてもいいと感じて、心の中の上条当麻に縋りつくようにして。
だからいまの美琴は素直だ。誰も聞いていないから、自分の中の当麻しか聞いていないから。
そんな美琴の心情を表わすかのようにどんよりとした雲からしずくが落ちてくる。
すぐに雨は本降りになりすべてを包んでいく。
「…会いたぃよぉ、とぅまぁ」
そう呟く美琴の頬を一筋のしずくが流れ落ちた。
その日、佐天涙子と初春飾利が御坂美琴を見つけたのは全くの偶然だった。
2人が美琴を見かけたのはもうそろそろ完全下校時刻という時間帯、風紀委員第一七七支部からの帰りのことだ。
とりあえず声をかけようかと思った二人だったが美琴の様子がおかしいことに気が付いたのだった。
「ねぇ、初春。なんか御坂さん変じゃない?」
「へ?確かに少し覇気がないような気がしますけど気のせいじゃないですか?」
「ううんそうじゃないの…。何て言ったらいいか難しいんだけど…。
なんか御坂さんらしくない消えちゃいそうな雰囲気…」
佐天は何かを思い出すようにしながら美琴を凝視する。
「そうだ…まるで1年前のあの時にに戻っちゃったみたいな。そんな感じ…かも。
いや見た感じはあの時ほど変化はないよ?でもあの時よりひどいって感じたんだよね」
「…佐天さんが言うならそうなのかもしれませんね。とりあえず私は白井さんに連絡を入れますね」
「うん、お願いね初春。…白井さんが来るまではちょっと気は引けるけど御坂さんのこと見てないとね」
佐天はそう呟くと歩き出した美琴を追って歩き始めた。もちろん初春の手を引いて。
「ちょっ佐天さん引っ張らないで私まだ電話中なのにー!?」
なにか後ろで叫んでた気もするが気にしない。気にしないったら気にしないのだ。
白井黒子が初春飾利から連絡をもらったのは寮に入り「お姉さま遅いですわね」と呟いていた時だった。
その連絡を受けた白井は寮監が呼びとめるのも聞かず寮を飛び出し全速力で駆け出しはじめる。
思えば朝から美琴の様子はおかしかった。
声に覇気がない、黒子のほうに顔を向けない、授業のほうは無断欠席――これはたまにあるが――と数えだしたかキリがないかもしれない。
それを白井はただ単に体調が悪いのだと“勘違い”した。自分の都合のいいように取ってしまった。
あの時、1年前と同じにおいを感じていたのだからもっと慎重に行動するべきだったのだ。
少なくとも今日、この日に限って言うなら白井は美琴から離れるべきではなかった。
(なんだか嫌な予感がしますの…。お姉さま早まったことはなさらないでくださいまし!)
ちなみに空間移動を使った方が断然早いことに白井が気が付いたのは走りだして5分後のことだった。
彼女が白井の行動に気が付けたのは全くの偶然だ。
もう門限を過ぎている時間、彼女はいつも通りに常磐台中学の寮の1階のロビーで仕事をしつつ門限に遅れてくる生徒の監視をしていた。もっとも門限に遅れてくる生徒などほとんどいないのだが。
(まぁあの二人は例外だろうな…)
そう心の中で呟く。そんな彼女の頭の中に浮かんでくるのは二つの顔。
まずは風紀委員の白井黒子、正義感が強く良く無茶をする。たぶん彼女が折檻した回数が一番多いのも白井だろう。理由は主に門限破りと寮内での能力の仕様の二つだ。…それに加えて御坂にじゃれつき騒いでうるさくしたなどもある。
そしてもう一人は常磐台の超電磁砲こと御坂美琴、本質はお嬢様とかけ離れた少女。正義感が強くて、それを貫き通すだけの意思と力を持った少女。折檻する回数が白井の次に多いのが玉に傷だが。
まぁ彼女が怒られる理由の大半には白井が関わっているので少し不憫に思わなくもない。
(2人ともいい子なのは確かなのだがな…。もう少し心配するこちらの身になってくれると助かる)
白井黒子と御坂美琴、彼女達は寮監である彼女の折檻を抵抗なく受ける。本気で嫌がるそぶりを見せながらも、だ。
本来、高位能力者である白井と御坂が本気で寮監である彼女を黙らせようとすればそれは容易だろう。でも彼女たちはそれをしない。
(…本当に優しい子たちだ。私に怪我をさせない様に、だろうな。能力を無意識の内に使用しないようにしているのは)
「…本当に分をわきまえた。私なんかには出来すぎた子たちだ」
そう呟いた時だ。白井が必死の形相で階段を下りてきたのは。
「待てっ白井。外出は認めんぞ」
「……お姉さまッ!」
寮監が止めるのも聞かず白井は夜の街へと飛び出していく。彼女はそれを呆然と見送った。
「…何が起こっている?」
冷静になって考えてみると部屋を訪問したわけでもないのに空間移動能力者である白井の時間外の無断外出に気が付けるはずはない。
ということは――
「やっかいごと。それも御坂に何かあったか…」
――少なくとも白井が冷静さを保てなくなるほどの出来事があったということだ。
「…まったくこんなのは私のキャラではないのだが、な」
その可能性に行き着くと同時に寮監は寮の外に飛び出していた。
手のかかる、でも大切な自分の妹達を探すために。
黄泉川愛穂がその日、その場所に居たのは全くの偶然だった。
その日は珍しく学校の同僚で飲み友達の月詠小萌と鉄装綴里が急用が入り飲みに行けなくなったため、警備員の巡回後は真っ直ぐ家に帰るつもりだったのだ。
雨の中、鉄橋にたたずむ御坂美琴とそれを見守るように立つ中学生二人組を見つけるまでは。
(たっく何してんじゃん。もう完全下校時刻はとっくに過ぎてるってのに)
とりあえず黄泉川は近くに居た中学生2人組に声をかけることにして近づいていった。
「おまえたち何してる?もう完全下校時刻は過ぎてるんだから早く帰るじゃん」
「あはは~すいませんすぐ帰りますんで」
「すみません!って黄泉川さん」
「お、君は確かそうそう一七七支部の…たしか初春だったか?
…もしかしてやっかい事じゃん?」
話しかけた生徒の片方が風紀委員だったことで、黄泉川は良くないことが起こった可能性があるのかと思ったのだが―――
「いえ、違うんですけど。えっとあの御坂さんの様子がおかしいんでちょっと後を付けていたというかなんというか。
なんか声もかけずらい雰囲気ですし…」
初春に言われ黄泉川は美琴のほうを見る。すると確かに雰囲気がいつもに比べてかなり暗い。これなら話しかけにくいのもうなずける。
「…分かった。わたしが連れ戻すからちょっとここでまってろ、送ってってやるじゃん」
「…あの、私たちも一緒にいっちゃだめですか?」
「私からもお願いします」
「…わかった。じゃ3人でいくじゃん」
「初春、お姉さまは!?」
2人にそう言って黄泉川が動こうとする直前、白井が到着した。
とりあえず完全下校時間を過ぎていることは置いておくとして黄泉川は言う。
「よし4人でいくじゃん」
(後輩にまで心配かけてんじゃねーじゃん、御坂)
「いや、私も行きましょう」
「寮監さま!!」
「…白井、お説教は後だ。いまは御坂を連れ戻すぞ」
何故か御坂の寮の寮監まで現れて黄泉川は苦笑する。
(おまえはこんなに愛されてるんだぞ御坂…)
「じゃ5人であの不良娘を連れ戻しに行くじゃん」
そんな時だ、雨が降ってきたのは。
(これは早く帰んないとずぶ濡れか…)
そう思いながら美琴を見る。そこにはいまにも消えそうな雰囲気を纏った美琴がいて、黄泉川は無意識の内に美琴のもとへ駆け出していた。
「御坂さん!!」「御坂さん!?」「お姉さま!!」「御坂!!」
それは他の4人も同じだったようで全力で駆け出していた。
またあの声が聞こえる。
『契約セヨ』
『ミサカミコトよ世界と契約セヨ』
『さすれば世界汝の願い叶えん』
ねぇあなたの声にこたえれば本当に当麻に会えるの?
『肯定』
本当に当麻と会えるんなら私は…私のすべて捧げてもいい。
ねぇ代償は何?
『貴殿の死後を』
たぶん私はそれを代償として差し出すことの意味を分かって無いのかもしれない。
それでも私は当麻に会いたいから…
「…いいわ、契約する」
『了承』
黒子。いっぱい心配かけたよね。こんな私を慕ってくれた後輩で親友。
佐天さん。たくさん励ましてもらっちゃった。私を叱ってくれるたまにお姉さんみたいな後輩で友達。
初春さん。いつも気遣ってくれてたよね。たまに黒いけどかわいい後輩で私の友達
寮監。怒られるの(制裁)は勘弁だったけど、なにかあったときは黒子の次くらいに気付いてくれた人、おねえちゃんみたいに思ってる人。
黄泉川さん。訓練の時は容赦ないけどそれは私のためだってわかるんだ。私の師匠でママとは違う“母親”を感じさせてくれる人。
みんな…みんなありがとう。そしてごめんなさい。
「報酬をもらうわ、私が願うのは――」
私にとっての一番に居着いちゃった奴に会うためにみんなの手を振り切ってでも行ってしまう私を許してください。
「――上条当麻と会うこと」
『了承』
言い終わると同時に“世界”が美琴を包み込み、その願いを叶えるために形を変えていく。
その変容だんだんと収束していきそれが治まるころ――この世界から御坂美琴は消失した。
その直前
「御坂さん!!」
佐天さんの力強いけど涙ぐんだ声と
「みざがざぁん…」
初春さんの泣きじゃくった声と
「御坂!!」
いつもは聞かないような焦ったような寮監の声と
「御坂!!」
叫び声に近いような黄泉川さんの声と
「お姉さま!!」
涙声で必死に私の名前を呼ぶ黒子の声を聞いた気がした。
そして変容が治まったあとその場には誰もいなかったかのような静寂が広がっていた。
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