とある英雄の逆行世界
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偽・新約篇
第1章
アイツのいない世界《前篇》
前書き
にじファンに投稿していた時よりも大幅に加筆修正しております。
『学園都市』、そう呼ばれる都市がある。
全人口230万人、その中の8割が学生で残りが先生と研究者という学生と学者の街。また外の世界に比べ科学技術の水準は20~30年先を行くという科学の街。
時刻はもう日が落ちようかという時間、学園都市のある鉄橋に少女が一人立っていた。名門といわれる常磐台中学の制服に身を包み、茶色がかった髪を肩あたりまで伸ばした少女。名を御坂美琴といった。
「…いいわ、契約する」
美琴は何もない空間に向かってそう声を発した。その目にはある種の決意のようなものが漲っているように見える。
「報酬をもらうわ、私が願うのは――」
何か言い終わると同時に“世界”が美琴を包み込み、その願いを叶えるために形を変えていく。その変容だんだんと収束していきそれが治まるころ――この世界から御坂美琴は消失した。
第三次世界大戦と言われる戦争があった。舞台裏ではいろいろなことがあっただろう、がそれはある少女にとっては些細な問題だ。その少女にとっての真実はふたつ、思い人を戦争からつれ戻せなかったこと、そして思い人が…死亡したということ、ただそれだけだった。
彼が死んだということ、それを美琴が聞いたのは彼にいちばん近かったであろう人物、銀髪のシスター・禁書目録からだった。もちろん最初は美琴も性質の悪い冗談だと思った。
「嘘なんだよ」「冗談なんだよ」禁書目録のそんな言葉を期待して、泣きそうな顔の禁書目録に「悪い冗談はやめてよね」とも言った。
けれどいつまでたっても禁書目録は黙ったままだったのだ。「ごめんね、短髪。私がね…悪いんだよ」うつむきそう言ってこぼれる涙を拭おうともしないまま。
私はかけるべき言葉を持たなかった。だってそれを言える人物は永久に帰ってこないのだから。だけど私でもわかることが一つだけある。
『上条当麻は今の禁書目録を見たら悲しむ』これは確かなのだ。私はその考えが頭に浮かんだ瞬間、禁書目録を抱きしめ、やさしく頭を撫でていた。
「ッ!!み…こと…?」
「ホント…バカなんだから。
アンタの責任だ、なんてそんなことあるわけないじゃない。そんなこと思ってるのは禁書目録、アンタだけよ?
この件に関して言えばバカの自業自得で…たぶん誰にも責任なんてないの。
あえて責任があるって言える人物をあげるとしたら…アイツの知り合い全員よ。
あのバカのことだから私たちを巻き込みたくないとか考えて1人で突っ走ったんでしょう?
…そして誰もそれを止められなかった。私なんか最後にアイツを捕まえたのにつれ戻せなかった。
責任なんていったら私のほうがよっぽど重いわよ。
だから、ね?
後ろばっかり見て、後悔ばっかりなのは今日でおしまい。
たまに振り向くのはいい。だけどアンタは真っ直ぐに顔をあげて歩かなきゃ。いまは泣いてもいいから、明日からはアイツの大好きだったアンタに戻るの。約束できる?」
「ッ…ぁあ、ひぐっ…ど、ぅまぁ、ぅぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
私がそう言うのを聞いた後、禁書目録は私に縋りつき赤子のように泣いた。私の制服が涙で濡れるけれどもそんなのは気にならなかった。
私はそんな禁書目録の髪をすくように撫でる。
そんな禁書目録を見ながら、ふと私は思った。
私が禁書目録に言った言葉、これには私にだって当てはまる。いまは泣いてもいい、たまにアイツを思い出して泣くのもいい。でも、アイツがいない世界でも顔をあげなきゃいけない、後ろばっかを見てちゃいけない、未来に向かって歩かなきゃいけない。
だけど……だけど、私が何も偽らないでいられた場所、弱いところを見せてもいい場所はもう消えてしまっていた。
(私はいったい何処で泣けばいいんだろう…)
美琴はそう思ったあの時から一度も涙を流していない。
あの日以降、美琴は能力開発や戦闘訓練に打ち込む時間が増えた。
能力開発はイメージトレーニングやAIM拡散力場の完全制御を目指す訓練が主体だったが、戦闘訓練は我流でやるのには限度があるため美琴は知り合いの警備員である黄泉川に訓練をつけてくれるよう頼んだ。
最初は渋った彼女だったが、美琴の真剣な雰囲気に押されその頼みを了承したのだった。だが、数日としないうちに黄泉川はこの選択を後悔することになる。
(…痛々しすぎて、見てられないじゃんよ)
美琴の成長スピードは凄まじいの一言に尽きた。
美琴は戦闘において必要な多くの才能に恵まれた人物だ、また数多くの戦闘も経験してきており戦闘(あくまで殺し合いではない)ということに関して言えばそれなりに場馴れしている。そして上を目指す強い意志、それに加え今はなにか強い決意を秘めている。
それに加え訓練は擦り傷や打撲は当たり前、それでも怪我をものともせずに美琴は訓練を重ねていた。
これらの要素が絡み合った結果だろう、たった数週間で警備員の中で美琴の相手になるのは黄泉川を含め数名のみとなっていた。
(“鬼”を宿すとでもいえばいいのか?
そんな傷だらけになって……どうしてそこまでして強くなろうとする?
御坂…おまえはもう十分につよいじゃんか。こころも能力も体も。
そしていろんなものを護ってるじゃんか)
黄泉川は美琴がどうして強くなろうとしているのかなんて知らない。
少なくともそれは他人である自分が容易く踏み込んで良い物ではないはずだ、と黄泉川は思っている。
でも…と黄泉川は思う。
(御坂は…子供は笑ってなきゃだめじゃんか。
私らはこの子たちを護るために居るじゃんよ)
だから黄泉川はそれをできていない自分をふがいないと思う。
それでも黄泉川は自分にできることはすべて美琴に叩きこんだ、それが今の自分が唯一、御坂美琴にやってやれることだと思っていたから。
黄泉川は訓練が終わると丹念に薬を塗ってやり、その間に疲れから寝てしまう美琴を寮まで送り届ける。
美琴を送り届けると、毎日迎えに出てくる風紀委員の少女と美琴が中に入るのを見送ってから黄泉川はいつもの屋台に向かう。
(後輩にまで心配かけてんじゃねーじゃん、御坂。
ま、だから早く元気になるじゃん)
そう心の中で呟きながら。
午後6時半頃、美琴は目を覚ました。黄泉川に訓練を付けてもらった後は大抵、意識を保てずに寝てしまい、黄泉川と黒子に運んでもらうことが多いのだ。
それで最近は黄泉川や黒子に迷惑をかけることが多く少しだけ申し訳なく思っている。
(私、また寝ちゃったのか…。あーあ、また今日も黄泉川さんからは一本とれなかったなぁ)
美琴はそう思いながら体を起こした。
自分の眠るベットの反対側に目線を向けるとそこには見慣れた姿がある。
自分の後輩でパートナーで親友と言える少女、白井黒子がベットに腰掛けていた。。
「あ、お目覚めですの?お姉さま」
「あ、黒子…また迷惑かけちゃったみたいね」
「これくらいならお安いご用ですの、で・す・が、お姉さま?」
「な、なによ?」
白井は美琴が目覚めた美琴に声をかけた後、少しだけ呆れたような声音と表情で美琴に『ずいっ!』っと顔を近づける。
美琴としてはお説教はごめんこうむりたいところなので少しどもってしまう。
「…もう少しご自愛くださいませ。
こうも毎日、傷だらけで帰ってこられては黒子も流石に心配でたまりませんの」
「…ごめん、それに関しては返す言葉もないわ。でも危険なことをしてるわけじゃないから、ね?
黒子それだけは信じて?」
「…はぁ、わかりました」
(お姉さま、本当に何がおありになりましたの…)
美琴にそう返事をしながら白井は別のことを考えていた。いまの美琴の様子が何から来ているかについてだ。
ロシアから帰ってきた美琴は周りにそれを隠す余裕が無いぐらいに落ち込んでいた。
その様子が変わったのは半月ほど前のことだ。
美琴は一日だけ雰囲気が最高に暗く、いまにも泣きだしそうに見える日があった。
その日、美琴は白井に体調が悪いといって部屋に閉じこもり一度も部屋の外に出てこなかった。
が、次の日にはほとんど元通りの“常磐台のエース”で“黒子のお姉さま”の御坂美琴に戻っていた。
(それはいいことなのかもしれませんわ、ですが…いまのお姉さまはなんだか危ういんですの)
いまの美琴は時折ふとした拍子にいまにも崩れ落ちそうな雰囲気を纏うことがある。少なくともほとんど誰も気がついてはいない、気付いている人間の数は両手の指ほどもいないだろう。
少なくとも白井の見立てで気付いているであろう人間は『白井、初春、佐天、寮監、黄泉川』だけだ。
白井は美琴が自分を頼ってくれないことをさびしく思うと同時に自分にもっと力があれば違ったのだろうか?とも思う。
そして白井の脳裏に腹立たしくも浮かんでくるのは、ツンツン髪の高校生の少年の姿だった。
(…あの類人猿…上条さんならお姉さまの力になれたのでしょうか)
白井は知らない。その人物と美琴はもう会えないことを。
白井は知らない。美琴にとっての最高の陽だまりは失われてしまっていることを。
白井は知らない。美琴にとって白井や佐天、初春――大切な友人――の存在がどれだけ救いになっているのかを。
いや…3つ目に関しては本当はわかっているのだろう。だけど美琴は白井にとって『命をかけてでも護る価値』それを見出せた本当に大切な人だから、だからもっと美琴に自分を自分たちを頼って欲しかった。
白井がこんなことを考えていると知ったら、きっと美琴は烈火のごとく怒る。迷惑だ、とかではない、きっとそう思ってもらうのは美琴としても(ちょっと重すぎるが)嬉しい。
だから怒るのは白井のことを心配して、だ。
自分だってきっと白井や佐天、初春が危険な目に会ったら『命を賭けてでも』助けに行くだろうに、白井がそうすることを容認しようとはしない美琴の優しさを嬉しく思うと同時に歯がゆくもある。
だって白井はこんなにも美琴の力になりたいのに、強くて、優しくて、かっこよくて、かわいくて、まっすぐ芯が通っている。それでいて本当は弱い美琴の支えになりたいのに。
それでも優しいあの人は、まず自分の心配よりきっと『誰か』の心配をするのだ、誰も頼ろうとはせず自分は一人でも大丈夫だというように。
自分が超能力者だからでも、力があるからでもない…ただ『自分』の正しいと思ったことを貫き通しているだけ。
(だから、私はお姉さまをお護りしますの。…力なんて関係ないですわ。私はお姉さまの支えになると決めていますの。
だから“自分のやりたいように”やる、ただそれだけです。
でもいまの私ではお姉さまについていくには力不足。
でも…近いうちに昇りつめて見せますの。お姉さまと同じ高みへ)
白井は心の中でそう呟く、強い想いをその身に宿して。
白井と言葉を交わした後、美琴はベットに座ったまま目を閉じ心を落ち着かせていた。
AIM拡散力場の制御。美琴が取り組んでいる訓練の一つである。
これは能力の精度を上げるうえで非常に有効な訓練となりえるといえる。
能力者が発するごくごく微量な力場、これがAIM拡散力場と言われるものだ。要は能力者が行える能力発現の最小単位と言っても差し支えない。
だから美琴はこう考えたのだ『これを自由自在に操れれば能力を完全制御できるといえないだろうか?』と。
(少なくとも考え方は間違ってないはず。…力場を完全に漏れないようにしたらネコもわたしに懐いてくれたし)
当初美琴としてもこの考えは半信半疑だった。だが数日続けるとこの訓練の効果の高さが身をもって体感できてきたのだ。
1つ、電撃の威力をμV単位で制御可能になったこと。
2つ、AIM拡散力場によって無意識のうちに生成していた電磁波によるフィールドを消すことができたこと。これにより動物とのふれあいができるようになったのだ(これを成果と呼ぶかは人を選ぶと思う、ちなみに美琴てきにはかなり嬉しかった)。
3つ、空気中に漂う70ナノメートルのあるデバイスを発見できたこと。なお発見したデバイスに美琴はハッキングかけ情報を入手している。内容は胸糞悪くなるようなものが多いかったが。
他には他人のAIM拡散力場の揺らぎなんかを感じられたり、など戦闘や情報収集において多大な影響を与える技能を会得することができた。情報収集に関しては美琴が電撃使いであったからこそできたといえるかもしれないが。
(この訓練もひと段落したし、明日あたりから別の訓練も入れていくかな…)
美琴はそう心の中で呟くとゆっくりと目を開ける。時計を見ると午後7時前といったところだろうか。
そろそろ食堂に行かないと夕食を食べ損ねてしまうだろうと思い、美琴は黒子に声をかけようとするのだが黒子が部屋に居ない。
(あれ?黒子さきに食べに行っちゃったのかな…)
「あらお姉さま、もう終わられましたの?」
美琴がそう思っていると白井がいきなり目の前に現れる。その手にはお盆がふたつ持たれており食欲を誘うような香りをたてていた。
それをみて美琴のお腹がかわいらしくなる。
「あら、かわいらしい音ですわね(むっはー!!照れるお姉さま、さいこっこーですのムッハ-!!)」
「……」
「お姉さま、食事になさいませんか?わたくしお姉さまとお食事をご一緒したくて食堂からいただいてきたのですが」
「…もらうわ、ありがとね黒子」
美琴はそう言って白井からトレイを受け取る。もちろん顔は照れからか真っ赤だ。
そんな美琴を見て白井が我慢できるわけもなく。
「お・ね・え・さ・ま~」
いつものごとくテレポートからのルパンダイブを決め…
「やめろ、はなれろ、ご飯くらいゆっくり食べさせろー!!」
「お姉さま、お姉さま、おっ姉さま~!!」
「てへっ。」 『ごんっ!!』
…いつものように美琴からお仕置きを食らうのだった。
白井は気付いているのだろうか?
美琴がこのときだけは心から笑えていることに。
白井は気付いているのだろうか?
美琴が白井や初春、佐天といるとき心から安心できていることに。
白井は気付いているだろうか?
誰がどう言おうと彼女たちのそばは美琴にとっての居場所になっていることに。
(ほんとにありがとね黒子…)
だから美琴は心の中でそうつぶやく。この気持ちが伝われば良いなとそう思いながら。
それから約一年は何事もなく過ぎた。そう何の“変化”もなく。
だれも御坂美琴を救えぬまま無情にも時間だけが過ぎていき………そしてその日は訪れる。
後書き
第1話でした。プロローグ+導入編といった感じです。良ければ感想をお聞かせください。
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