木馬を見て
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第一章
木馬を見て
ギリシアとトロイアの戦いは長きに渡って続いた、だが。
その戦いも遂に終わる時が来た、ギリシアからトロイアに和睦の申し入れが来たのだ。
だがその話を聞いてだった、妹カサンドラの話を聞いてアキレウスとの一騎打ちを避けていたヘクトールは苦い顔で言った。
「とてもそうはだ」
「思えないですね」
「どうもな」
その逞しく整った顔で美しい妹に答えた。
「そしてそなたもだな」
「感じます」
こう兄に告げた。
「この度のことはです」
「そなたの言うことは私も信じられない」
カサンドラの予言を信じる者は一人だけだ、ヘクトールは妹の傍にいるその誠実な男を見て妹に答えた。そのカサンドラの予言を信じる者を。
「しかしこの者は嘘は言わない」
「だからですね」
「そなたの予言は信じられる」
そうだというのだ。
「私もな、そしてだ」
「この度のこともですね」
「信じられる」
まさにというのだ。
「この度の和睦はな」
「ギリシアの策ですね」
「ギリシアにはオデュッセウスがいる」
知略で知られた彼がというのだ。
「その彼の考えそうなことだ」
「それでは」
「そうだ、今回の和睦はな」
「ギリシアの策であり」
「必ず何かある」
「では」
「父上にもお話しよう」
トロイア王にもというのだ。
「そしてだ」
「和睦の申し出は受けない」
「既にギリシア側は疲弊しきっている」
だからだというのだ。
「ならだ」
「あと少し我慢すればいいですね」
「だからだ」
それ故にというのだ。
「父上にお話しよう」
「そうして頂けますか」
「トロイアの為にな」
こう言ってだった。
ヘクトールは父王にギリシアからの申し出を受けない様に頼むことにした、だが父王はその申し出を受けた。それでだった。
トロイアの街にギリシアが和睦の証である貢ぎもののうちの一つである巨大な木馬が入った。その木馬を見てカサンドラはまた言った。
「あの木馬は何としても」
「そうか、ならだ」
ヘクトールは妹を信じる者の口から頷き言った。
「いざという時はな」
「その時は、ですか」
「既にアイアネアスやラオコーン達に話してある」
トロイアの心のある者達にというのだ。
「だからな」
「何かあれば」
「出来るだけ多くの者達を連れてだ」
トロイアのというのだ。
「街を逃げることもな」
「されますか」
「若しもの時はな」
こう言うのだった。
「もう手遅れかも知れないからな」
「あの木馬が入ったので」
「そうだ、私はカサンドラの言葉は信じられないが」
どうしてもだ、アポローンの呪いであることは聞いているのでその為であるとヘクトール自身もわかっている。
そしてそのうえで彼女の傍にいる彼イオラトステスを見て話した。彼女の言葉を唯一信じられる彼を。
「だがそなたは嘘を言わない」
「だからですね」
「カサンドラの言葉を信じる、木馬は入った」
カサンドラが入れてはならないと言ったそれがだ。
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