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戦国異伝供書

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第百八話 関東管領上杉家その七

「武田殿は川中島でいつも戦をせぬ様にされていますな」
「そうであるな」
「それは勝てぬからですか」
「そして戦っては深い傷を負う」
「そうなることがわかっておられるからこそ」
「だからじゃ」
 武田家、天下で精強を誇るこの家ですら戦うことを避ける様な相手だからだというのである。y慈安の言葉は本気のものだった。
「我等もな」
「長尾殿が退いても」
「戦わぬ様にする」
「あえて無傷で去ってもらいますか」
「そしてその後でじゃ」
「関東の諸港を攻めて」
「そうして領地を拡げる」
 その様にするというのだ。
「よいな」
「それでは」
「長尾殿、越後の龍にはそうする」
「相模の獅子として」
「獅子はただ強いだけではない」
 氏康は氏照に笑って返した。
「そうであるな」
「強いだけでなく聡明でもある」
「だから獅子であるならな」
「戦わぬのですな」
「強過ぎる相手とはな」
 政虎の様な者とはというのだ。
「敗れれば滅びることもあろう」
「はい、そうなることも」
「だからな」
 それでというのだ。
「わしとしてもな」
「長尾殿とはですな」
「その様にする、戦わぬとも去ってくれるしな」 
 それならというのだ。
「その様にする」
「では」
「長尾殿には無事に越後まで帰ってもらおう」
 こう言ってだった。
 氏康は守り抜いた、小田原城の門は全て固く閉じそうして何があろうと城を出なかった。そうしてだった。
 氏康の読み通り武田そして今川から兵が来ると政虎も兵を退けた、その退きはあまりにも速くかつ隙がなく氏康も手出し出来ないまでだった。
 それで氏康はその退きを見つつ家臣達に話した。
「わしの言った通りであろう」
「あそこまで見事な退きは見たことがありませぬ」
「恐ろしいまでに速いです」
「そして隙が全くありませぬ」
「あそこに攻めても」
「勝てませぬ」
「だからじゃ、長尾殿はすぐに越後に戻る」
 そうしてくるというのだ。
「ならばな」
「我等としては」
「あえて退いてもらい」
「そうしてですか」
「その後で動けばよい」
 関東においてというのだ。
「よいな」
「はい、では」
「今から動く用意をしますか」
「そして今度こそですな」
「関東に確かな足場を勢力を築くのですな」
「その様にする、関東管領にはまだなれぬが」
 政虎がなかったからだ、氏康はこのことは今も苦く思っている。
 だがそれでもとだ、彼は話した。
「しかしな」
「関東の覇者になる」
「そのことは果たせますな」
「これより」
「長尾殿が越後に戻れば敵はおらぬ」
 関東にはというのだ。
「佐竹家や宇都宮家は攻めぬが」
「それでもですな」
「そうした家以外は降していき」
「そうしてですな」
「確かな勢力となる」
 その様になるというのだ。
「これよりな」
「左様ですな」
「ではこれより」
「そうなりましょうぞ」
「そして武田殿と今川殿には礼を述べ贈るものもな」
 これもというのだ。 
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