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提督はBarにいる。

作者:ごません
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妖精さんと昔話

 年に一度、俺の店『Bar Admiral』が艦娘お断りになる日がある。少し前までは先代の加賀の命日も弔いの為に俺が貸し切りにしていたが、今はそれは無くなっている。それとは別に、鎮守府立ち上げの頃から俺達を支えてくれている『影の功労者』達を労う会があるのだ。

「え~、全員に酒は行き渡ったかな?」

『は~い!』

「では。ウチの鎮守府がデカくなろうと、大したトラブルも無しに運営出来ているのはひとえに、裏方である君達妖精さんのお陰だ。今夜は大いに飲んで食って騒いで、楽しんで欲しい。乾杯!」

『かんぱいです~!』

 俺の音頭と共に、店内のあちこちからカチンカチンと小さな器をぶつけ合う音が響く。そう、今日は年に一度の妖精さん達の慰労会だ。今宵は艦娘お断り……というか、妖精さんだらけで足の踏み場所も無いくらいだからそもそも艦娘の客は入れない。例外として、助手である早霜はいるが。

「うんまぁ~い」

「やっぱりてーとくさんのりょうりはサイコーにサイキョーです」

「うますぎてのうがとろけるんじゃ~」

「そうかいそうかい、存分に楽しんでってくれ」

 基本的に妖精さんは食事を必要としない。彼らのエネルギーの源は、艦娘や人間の発する生命エネルギー若しくは、彼ら自身の『楽しい』や『幸せ』という感情を感じると発生するエネルギーがあれば動けるらしく、料理や甘味はエネルギーの補給ではなく嗜好品の意味合いが強いらしい。だから妖精さんの中にも好みは十人十色、体勢を占める甘いもの好きな妖精さんもいれば、美味い料理を好む者、飲兵衛の者、果ては煙草大好きヤニカスな妖精さんまでいる。まぁ、妖精さんのサイズで煙草吸おうとすると口一杯に咥えて無理矢理吸ってるモンだから、逆に苦しそうに見えるんだが。

「しかし、俺がここに着任してもう30年近くになんのか……いやはや、時の経つのは早いねぇ」

「てーとくさんきらわれすぎてて、たちあげのころはたいへんでしたねぇ」

「ほきゅうもたまにしかこなかったし」

「きたとおもってもよていよりすくなかったり」

「しざいよりもせいかつぶっしなくてせいめいのききです?」

「え、この鎮守府にそんな時期が……?」

「おいおい妖精さん、早霜はそういう時期全く知らない世代なんだからよぉ。あんまし心配させるような事言いなさんな」

「もうしわけねぇ」

「いまじゃありえねぇです」

「でも、くろうしたぶんまいにちのごほうびがひとしおだったじだいです?」

「あ~、そりゃまぁな」

 俺がここに着任した時は、漸く量産型の艦娘が配備され始めて、まだ日本の近海をどうにか確保出来た位の頃だった。そんな時期にあのクソジジィと三笠教官から半年ばかりの詰め込み教育で基礎的な事だけを学ばされ、南方の玄関口・ブルネイに飛ばされたのが俺だ。しかも生粋のドジっ娘と噂の秘書艦付きで。

「あの頃はここもオンボロでなぁ。まずは戦力拡充の為の建造しつつ、古くなった建物の修理から手を付けなきゃならんかった……」

 そんな時、妖精さん達とあーでもねぇこーでもねぇと艦娘達が過ごしやすい環境を作ろうと議論を交わした。職場環境ってのはやっぱり、モロに成果に影響するからな。





「それでもしきんもしざいもたりなかったです?」

「しょくりょうなんのじだいです?」

「あのじきはものづくりだけがたのしみでしたです」

「あの頃はホントに食うものが無くてな。シーレーンはガタガタでまともに補給が来ねぇし、俺本土の連中に嫌われてたから予定より中身が少ねぇとかしょっちゅうだったし」

 そりゃ当時の将官クラスの人間に直接スカウトされたトーシロが、いきなり前線の指揮官だもの。所謂エリートの皆様にゃあ目障り極まりなかったろうさ。

「でも、物資の中抜きなんて……」

「出来たんだよ、当時は。何しろ輸送作戦の成功率が5割未満の頃だぞ?途中で敵に襲われて喪失しました、って言われたら証明のしようがない」

 実際、それで横領しないで他の鎮守府に回してた辺り、少しはマシなんだろうが。

「それでなくても艦娘は肉体労働だからな、必要なカロリー量は多い。常に食糧難でな、飲食店やらコンビニやら回って、廃棄品の弁当やら何やら必死こいて掻き集めて回ったっけ」

「ありましたねぇ」

「てーとくさんからものごいさんにジョブチェンジです?」

「いっぱいさかなもとったですよ?ばくらいで」

「えっ」

「おい、それは内緒っつったろ?」

「そうでした」

「やっちまったー」

 ……まぁ、生きるために必死だったと言うことで見逃してくれ。

「まぁ、そんな中でも一番苦労したのが妖精さん達への労いだ。何しろ普通の飯はほとんど食わんし、基本的に嗜好品があればいいって人達(?)なのに、最前線にそんなの届くわけがねぇというな」

「でもてーとくさんはじゅんびしてくれたです?」

「あのころのぎゅうかんはうまかったー」

「なつかしのあじですー」

「ぎゅうかんって……牛缶ですか?秋月さんや秋雲さんの好物の」

「あぁ、違う違う。牛缶……牛の大和煮の事じゃねぇよ。牛乳寒天、牛乳を砂糖溶かした寒天と混ぜて固めたお手軽デザートさ」

 こいつに配給でたまに回ってくるフルーツの缶詰を入れてやって作ってたのが、当時のご馳走というか数少ない甘味だったっけ。当時は材料もロクに揃えられなかったから、間宮にも随分苦労を掛けた。何しろまともに間宮が甘味処の主として存分に力を発揮できるようになったのは鎮守府の運営が軌道に乗り始めてからだったからなぁ。

「あ、はなしてたら」

「きゅうにてーとくさんのぎゅうかんたべたくなってきたです」

「ぎぶみーぎゅーかーん」

「そう来ると思ってな、作ってあるぜ」

「わーい!」

 さて、作り方も出しておくか。

《失敗しにくい!優しい甘さのフルーツ牛寒》

・牛乳:300cc

・粉末寒天:5g

・水:200cc

・砂糖:大さじ4

・お好みのフルーツの缶詰:1缶




 さて、作り方は割と簡単だ。寒天を水に溶かして火にかけて、牛乳とフルーツと混ぜ合わせて型に入れて冷やす。これだけなんだが、実は多少コツがいる。それを解説していこう。まずは寒天を水に入れて5分ほど置いておく。こうすると寒天が水に馴染んで火にかけた時にダマになりにくくなる。

 寒天を火にかけると同時に、牛乳をレンジで温めておく。牛乳寒天を作る時によくある失敗として、寒天液と牛乳が分離して2層に別れてしまう事がある。これは温度差のある液体をいきなり混ぜ合わせてしまい、その温度差で温かい層と冷たい層に別れてしまうためだ。なので牛乳を温めておくと分離しにくくなる。完全に寒天の粉が煮溶けたら、80℃位になるまで冷ます。

 寒天液が冷めたら牛乳と砂糖を加えてよく混ぜて砂糖を溶かす。そこに水切りしたフルーツの缶詰を加えてさらに混ぜ、型に流し込んで冷やす。今回は豪勢にミックスフルーツの缶詰を使ってみた。冷蔵庫で冷やしたら完成だ。

※寒天はゼラチンよりも固まる温度が高いので、夏場等でなければ室温でも固まるぞ!




「うんまぁ~い~」

「ぷるぷるあまあまですー」

「まんぞくじゃー」

「そいつぁ良かった、まだまだあるからジャンジャン食ってくれ」

 カウンターの辺りで甘いものが配られていると周知されると、我も我もと妖精さん達が押し寄せてくる。多少もみくちゃにされながらも、何とか全員に満足してもらえたらしい。

「さて、明日からまた頼むぜ?」

「おまかせですー!」

 小さいが頼もしい、欠かせない『戦友』だ。
 
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