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提督はBarにいる。

作者:ごません
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酔客達のよもやま話

 ウチの店は喧嘩はご法度、普通の人よりパワーのある艦娘を相手にした店なのだから、当然と言えば当然だ。取っ組み合いの喧嘩は禁止しているが、その代わりと言ってはなんだが口喧嘩位は周りに迷惑をかけない限りは容認している。……まぁ、酔っ払いの口喧嘩なんぞ下らん話で訳の解らん所に着地して終わる、なんてのがほとんどだが。今夜もどうやら、口喧嘩というか、酔っ払い共の激論を交わす舞台となりそうだ。

 今日は日中べらぼうに蒸し暑かった。梅雨の頃から始まった大規模作戦も終わって3週間以上が経ち、新人達の訓練も一段落。いつもの鎮守府の日常が戻りつつあった。そんな中、今日は日中立っているだけで汗が噴き出して来るほどに暑かった。そんな日に飲兵衛共が求める物といえば、キンキンに冷えたビール。ウチの店でもビールが飛ぶように売れて、お通しの枝豆も何回か追加を茹でなければいけない程だった。そんな中、誰かがポツリと言ったんだ。

『ビールに一番合う揚げ物は、唐揚げだよな』

 ってな。

「あ~、確かに。唐揚げにビールは美味いわ」

「だろ!?あのカリカリの衣に、溢れる肉汁!ちょっとキツ目のニンニクや生姜の風味!ビールに合わねぇ訳がない!」

 そう言って、発端を作った彼女ーー摩耶はジョッキを煽る。

「ちょっと待て、ビールに合う揚げ物と言えばアジフライだろう?」

 そこに異を唱えたのは鎮守府イチの釣りバカ・日向だ。

「あの脂の乗ったアジに、サクサクの衣。衣が黒くなる程たっぷりソースをかけて、かぶりつく。そこにビール……これだ」

「いやいや、ビールに一番合う揚げ物言うたら、そらカキフライじゃろ?」

 おっと、今度は浦風が参戦してきたぞ?

「あの濃厚な牡蠣をサックサクにして、そこにレモンをちょっとかけて、ソースを付けて食べる。中から染み出してくる牡蠣の熱々のエキスを味わった所でビール!これでぶちうまじゃ」

「ちょい待ち。アジフライもカキフライも美味しいけど、アジフライもカキフライもソースじゃなくてタルタルソースが最強でしょ?」

「「はぁ?」」

 浦風と日向がタルタルソース……もとい伊勢の方を睨む。伊勢の奴は昔からマヨラーで、それよりも好きなのがタルタルソースだったりする。なにせ飲んだ後のシメにタルタルソースだけを挟んだサンドイッチを注文する位だ、その好きっぷりが窺えるだろう。

「自称タルタリストの私から云わせれば、アジフライもカキフライもタルタルソースを美味しく食べる為の料理だからね!」

「いや、流石にそれは言い過ぎじゃろ」

「黙っていろマヨラーバカ」

「浦風ちゃんより実の妹の方が口が悪いって酷くない!?」

「マヨネーズの食べ過ぎで、腹周りがキツくなって危うく艤装が装備できなくなりそうになった奴をバカと呼ばずしてなんと呼ぶ?阿呆か、間抜けか?」

「うぐぅ、反論出来ないぃ……」

 ガクリ、と伊勢がカウンターに突っ伏した。最近顔が丸くなったなぁとは思っていたが、気のせいじゃなかったのか。





「いやいや、やっぱりビールに合うって言ったらフレンチフライでしょ!」

「フレンチフライ?」

 フライドポテトだよ、フライドポテト。

「あ~、フライドポテト!良いですねぇ。揚げたての熱々の奴をパクっといって、そこに冷たいビールをキューっと……」

 なんて会話を目の前で交わしているのはアイオワと吹雪だ。あんまり見かけない、珍しい取り合わせだ。

「さっきお風呂で一緒になりまして、上がったら一杯行こうって話に」

 成る程、裸の付き合いからの飲みニケーションか。アイオワも随分日本馴れしてきたんじゃないか?

「ふふ、まぁね。でもビスマルクには負けるかな?」

 アイオワに示された方を見れば、ビス子ことビスマルクがグラーフ相手にテーブル席で管を巻いていた。

「らからぁ、ビールに一番合う揚げ物はスルメ!スルメの天ぷらなの!わかる!?」

「わかった、わかったから。今日は飲み過ぎだぞ?ビスマルク。何かあったのか?」

「なんもないわよぉ!演習先の鎮守府のあたしに、『ドイツ艦ぽくない』とか言われたって、別にきにしてないんらからぁ!」

 いや、完全に気にしてるじゃねぇか。それにビス子、お前自分から日本の習慣に馴染もうとしてドイツっぽさ捨てたんだからそこは傷付いちゃダメだろ。

「全く……騒がしいな、毎晩」

 ん?騒がしいのは嫌いか?長門。

「いや、寂しいという感情とは無縁なここは居心地がいいよ」

 そう感慨深そうにぼそりと呟いて、ジョッキを傾ける長門。その表情はどこか儚げで、いつもの武人然とした表情とも、駆逐艦を眺めているだらしない表情とも違う『オンナの色気』を含んでいた。

「そうだ、いつもの『アレ』を貰えるか?ビールを飲む時にいつも頼んでいる奴だ」

 あいよ。少し待ってな、と返して俺は手早く準備をする。豚のロース肉の塊から1枚厚めに切り出すと、そこに塩・胡椒で下味を付ける。それを小麦粉、卵、パン粉に潜らせて温まっていた油の中にドボン。ジュワアアァァァ……という揚げ物独特のあの音が響き、時間の経過と共に香ばしい匂いが店内に漂う。それと同時にぎゃあぎゃあと五月蝿かった連中も黙り込むんだから、現金な物だ。豚カツを揚げている間にキャベツを刻む。やっぱり豚カツの付け合わせは千切りキャベツだろ。

 豚カツが揚がったらしっかりと油を切り、適度な大きさにザクザクと切る。千切りキャベツをふんわりと盛り、カツを乗せる。普通ならここにレモンでも添えて完成だが、長門の注文してきた『アレ』はここからが違う。俺はコンロに掛けられていた鍋から、茶色いドロリとした物をカツにかける。途端に広がるスパイスの香り……そう、かけたのはカレーだ。カツカレーの飯抜きとでもいうべきこのメニューだが、カレーのかかったカツって奴は意外とビールのツマミになるんだ。

「ハイよ、『豚カツのカレーがけ』」

「うむ」

 長門は俺から皿を引ったくるように受け取ると、まずは端っこの部分を箸でつまんでかぶりつく。サクッ、といい音がする。唇に付いたカレーを舐め取りながら左手がビールジョッキに伸びる。カツとカレーの脂っぽさを洗い流すように、ビールがスルスルと流し込まれる。今度は千切りキャベツをカレーに絡ませ、カツとカレーも一緒に頬張る。サクサクというカツの歯応えに、シャキシャキのキャベツが加わる。そこにカレーの辛さが混じり合い、カレーライスとは違う別の料理のような顔を覗かせる。そこに再びビールを飲めば、ジョッキからは既に中身が消え失せていた。

「提督、すまんがお代わりを貰えるか?」

 あいよ。ところでそっちの酔っ払い連中はどうした?黙り込んで。

「いやぁ、あんまりにも長門が美味そうに食べるモンだから……」

「ついつい目を奪われて……ねぇ?」

 お前らさっきまで唐揚げやらフライやらがビールに合う揚げ物最強だって言ってなかったか?

「とりあえず今日の所は豚カツが最強ってことで!」

 随分都合がいいなぁオイ。思わず苦笑いが浮かぶ。

「ってなワケで、長門とおんなじ奴を大至急ね!」

「あっ、ずりぃ!提督、こっちにも!」

「俺も!」「私も!」と続々声が上がる。何とも脈絡のない論戦の決着だ。ま、酔っ払いなんてこんなもんか。俺は鼻で笑いながら、包丁を手に取った。 
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