Fate/WizarDragonknight
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見滝原中央病院
ファントムが爆散した。
ウィザードと龍騎は、それぞれの姿をもとのものに解除する。
革ジャンとダウンジャケット。
革ジャンの方は、まだギリギリ未成年の出で立ちだった。左手のルビーの指輪を外し、腰につけてあるホルダーに収納した。
「ふう……大丈夫? 真司さん」
革ジャンは、そのままダウンジャケットに尋ねる。革ジャンより一回り年上の彼___その名は城戸真司___は、頭を掻きながら、
「ああ。にしてもハルト。お前も結構いろんな敵と戦ってるんだな」
と答えた。
革ジャンこと松菜ハルトは、「いろんな敵?」と首を傾げた。
「だってよ。ああいうファントムだけじゃないだろ?」
真司は両手を組む。
「この前だって、お前の偽物が大暴れしていたんだろ? 聖杯戦争なんてものにも巻き込まれているんだから」
「……いや?」
ハルトは少し俯いて、首を振った。
「俺の敵は、ファントムだけだよ?」
「え?」
「ファントムだけ。あとは、止めるべき相手ではあっても倒すべき相手ではないよ」
ハルトはニッコリとして見せた。
そう。ほんの一週間前。ハルトは、ウィザードの力を奪われ、その力を利用した敵、アナザーウィザードと戦った。大勢の協力と幸運のおかげで、今はこうして復活している。
「まあ、真司さんはライダーだから、それが簡単ではないってことを伝えたいんだろうけどね」
ライダー。騎乗者を意味するこの単語は、そのまま真司のことを示していた。
聖杯戦争と呼ばれる、たった一つの願いのために、魔術師たちが殺し合う戦い。ハルトは今そんな争いに巻き込まれており、真司はハルトの使い魔であるサーヴァントだった。
すでに戦いに巻き込まれてから一か月近くが過ぎている。紅葉の始まりに始まったハルトの聖杯戦争も、十一月。すでに紅葉が散った後となっている。
真司は首を振る。
「いや。そうじゃなくて、さ。俺も前に似たようなことで悩んでいたから、ハルトはそこ大丈夫かなって」
「似たようなこと?」
だが、ハルトの疑問に真司は答えない。彼と出会ってから一週間にはなるが、プライベートな話はともかく、彼は自分のことをほとんど話そうとしてくれなかった。
しばらく真司を見つめたハルトは、天を仰ぐ。
「それに、もう犠牲なんて出したくないし」
ハルトの脳裏には、数日前の新聞記事が浮かんでいた。
『見滝原中学校、謎の変貌 生徒二名が犠牲に』
聖杯戦争。その一幕の舞台は、見滝原の中学校だった。
「あの時さ。アサシンのマスター。救えたはずだからさ」
「ハルトのせいじゃないよ。だって、お前だって力尽きてたじゃないか」
「そうだけど……」
アナザーウィザードの正体、我妻由乃。ウィザードとして倒した後、行方をくらませた彼女は、異変解決後に死体として見つかった。喉を掻き切られたらしく、犯人は依然として捕まっていない。
真司はポンと、ハルトの肩を叩く。
「犠牲を忘れろなんて、俺には言えない。俺だって、こんな悲しみを繰り返したくはないから」
「……でも……」
「でも、そうやってお前がくよくよしている間に、他の参加者が現れるかもしれない」
真司の言葉に、ハルトは黙った。
真司は続ける。
「そいつが、またアサシンのマスターみたいに誰かを巻き込むかもしれない。俺は、この手で守れる命は全員守る。そのために、俺たちは立ち止まっちゃいけないんだよ」
「……そう……だね」
ハルトは頷いた。すると、真司は「よし!」と頷き、
「じゃあ、どこか行くか? 俺、今住むところ探しててさ。ほら、お前の下宿先に行くわけにもいかないだろ? 衣食住全部足りなくて……」
「あ、ああ。いいけど……ん?」
ふと、ハルトは何かに気が付いた。腕時計を見下ろし、
「あっ! そうだった! 約束に遅れる!」
ハルトは慌てて、指輪をバックルにかざした。
『コネクト プリーズ』
出現した、ハルトと同じくらいのサイズの魔法陣に手を突っ込む。すると、そこからは銀を基調としたバイクが現れた。ウィザードの仮面をモチーフにしたハンドル部分。マシンウィンガーという名のそれに、ハルトはすぐさま乗り込む。
「ごめん! 真司さん! 俺、まどかちゃん……知り合いの子と待ち合わせあるから!」
「お……おう! 行ってこい!」
ハルトは手で感謝を示し、アクセルを吹かす。
真司が最後に後ろからかけた言葉は、ハルトには聞こえなかった。
「いいなあ……若いって」
見滝原中央病院。見滝原の病院で、最も大きな病院である。
東京ドームに匹敵する敷地内に、大きな複合病棟。病院として、あらゆる患者を受け入れており、のみならず無数の医学的発見もしている。
そんな施設に足を踏み入れるのは、ハルトにとっては初めての機会だった。
病院の入り口。でかでかと『見滝原中央病院』と記されている石の看板のそばに、目当ての人物はいた。
「まどかちゃん!」
バイクを駐輪場に止めたハルトは、スマホをいじっているそのツインテールの少女に声をかけた。
ハルトよりも低い背。白いセーラーブレザーが、彼女が見滝原中学校の生徒だと語っている。
ハルトの声に、まどかと呼ばれた少女はこちらを向いた。
「あ、ハルトさん!」
「ごめん遅れて! なんか、凄まじく待たせてしまったみたいで」
午後四時を刻む腕時計を見ながら謝るハルト。彼女が待ち合わせ時間に正確ならば、すでに一時間ここで待たせてしまったことになる。
しかしまどかは両手を振り、
「いえいえ。ファントムが現れたんでしょう? だったら、仕方がないですよ」
「あ、ありがとう!」
本当は時間ギリギリに行けばいいやと寄り道していたショッピングモールに現れたということは押し黙っていた。
「ふえ……チノちゃん、こんなに大きな病院に入院しているんだ……」
「他の生徒たちとは違って、安全地帯である教室から出ていたということで、ストレス以外にも、体の異常を調べるそうですよ」
「へえ……昨日は確か……」
「可奈美ちゃんがお見舞いに行ってたそうです」
「ああ。元気そうだって言ってたな。でも、チノちゃんそんなに何かあったのかな? もう一週間だよ?」
ハルトは、大きくそびえる病棟を見上げた。
高層ビルにも負けない巨大な病院は、無数のガラスが張り巡らされており、その中を忙しなく行き来している人たちまで見える。
「チノちゃんとマヤちゃん……あ、一緒に入院してるチノちゃんの友達なんですけど。やっぱり色々ショックが大きかったそうです。キャスターさんとの戦いとかも間近だったせいもあるって、響さんが言ってました」
「ふうん……キャスターか……」
ハルトが顔を曇らせる。
キャスター。聖杯戦争の参加者の一角であり、ハルトにとって最も太刀打ちできない相手だった。黒翼の天使と呼ぶべき姿の彼女に立ち向かえたことが、ハルトにはなかった。
そのまま、まどかの後で、ハルトは病院の自動ドアをくぐった。
「うわ……」
病院内で、その大きさにハルトは唖然とした。
さらに大勢の人があわただしく動いている。看護婦や受付がカルテを持ってゆっくりと走り回り、車いすの人や老人たちも理路整然と、順番待ちをしている。
動けないハルトとは別に、まどかは手慣れた様子で受け付けで用を済ませて戻ってきた。
「ハルトさん。……ハルトさん!」
「うわっ!」
「どうしました?」
「いや……なんか、圧倒された。まどかちゃん、随分慣れてるね」
「私の友達の幼馴染がここに入院してますから、私もたまに来るんです。あ、チノちゃんは五階ですよ」
「五階……」
なんとなく、ハルトは天井を見上げた。中央が吹き抜けとなっており、十階だか二十階だかの屋上のガラスまで視界が開けている。
「……俺のハリケーンで行った方が速いような」
「ハルトさん。常識捨ててますよ? そんなに理性吹き飛ぶほどですか?」
「だってさ、こんなに大きい建物、俺の地元でも旅でも見たことないから」
「ハルトさん、今までどこを旅してきたんですか? 東京って行ったことない?」
「ない」
「うわ、アッサリ」
そうして、二人はエレベーターホールにたどり着く。建物が大きければエレベーターも大きい。満員電車顔負けの人たちが出てきた。
「すごい人……」
ハルトは、驚きを通り越して、呆れかえっていた。
「チノちゃーん‼」
病室に入ったハルトたちを迎えたのは、そんな少女の泣き声だった。
「メグさん……離してください」
「にゃははは! メグ、毎日来てるもんな!」
青髪の少女、チノと八重歯が特徴の少女、マヤ。並んだベッドの二人に同時に抱きついている赤毛の少女がいた。二人よりも高い背丈、県構想な四肢の少女。彼女の名前が奈津恵、通称メグというのは別に訪れた者より聞いた。
「だってえ~」
メグは二人の言葉も聞かず、ぎゅっと密接している。
「私が遅刻している間に、二人ともすごい怖い目にあったのに~! 私、何もできなくて」
「メグさんが無事なのがなによりですから。離して下さい」
「にゃははは! でも、メグにこうしてもらえるのも嬉しいぜ! ……お!」
マヤがこちらに気付いた。
「よっす! まどか! ……と、知らないお兄さん!」
知らないお兄さんことハルトは、マヤに会釈を返しながら、病室に立ち入る。
「やあ。チノちゃん。元気そうだね」
「ハルトさん……これが元気そうにみえますか?」
メグに窒息寸前んまで締め付けられるチノが苦言を漏らす。メグの背中をポンポンと叩くが、もうすぐでギブアップしそうだった。
ようやくメグが二人を開放する。チノはふう、と大きく深呼吸した。
「ハルトさん。まどかさん。すみません。わざわざ」
「気にしないで。俺たちも、この一週間、チノちゃんたちがどんな様子か気になっていたし」
「ココアちゃんはもう来たんだよね」
まどかの質問には、チノより先にマヤが答えた。
「ああ! ココアは毎日来てたぜ! んで、メグも毎日来るもんだから、二人でそろってチノをぎゅぎゅってやってたぜ!」
「マヤさんだってやられてたじゃないですか。昨日は『うい~、もう少しで死んだひいじいちゃんが見えるところだった』って」
「言うなよ」
そう言って、メグを合わせた三人は笑いあう。
仲がいいな、と思いながら。
「でも、本当に良かったよ。……長居するのも悪いから、俺はこれで……」
「ハルトさん」
帰ろうとするハルトを、チノが呼び止めた。
「あの、ハルトさん」
「どうしたの?」
「私、会いたい人がいるんです」
心なしか、チノの目がハートマークに見える。
ハルトは戸惑いながら、「だ、誰?」と尋ねると、
「立花響さん!」
と、いつもの彼女からは結び付けられない明るい声で答えた。
「響さん……あの暗闇の中、私は響さんに救われました。あの人の凛々しさ、美しさ。まさに、私が追い求める理想像です」
「ココアちゃんが聞いたら泣くよ」
「私、響さんをお慕いしています! どうすれば……どうすれば響さんに会えますか?」
ベッドから降りて、チノは一気にハルトに接近した。
「速く響さんに会いたいです! 助けてくれたお礼がしたいです! ハルトさん、知ってましたか? 響さん、本当にすごいんです! 凄い鎧で、悪い怪物をバッサバッサとやっつけて、私とマヤさんを守ってくれたんです!」
饒舌な彼女への対応に困り、ハルトは視線でマヤに助けを求める。しかし彼女は、『この一週間ずっとこんな調子』と肩を窄める。
ハルトは少し考えて、
「わ、分かった! 俺も、何とか響ちゃんを探してみるから! 多分、コウスケに連絡取れれば会えるから!」
「本当ですか?」
「本当本当! だから、今は治療優先な?」
「私本当にもう元気ですよ?」
「医者の言うこと聞いてよ」
「……分かりました」
しゅんとおとなしくなったチノは、そのままベッドに戻る。
「チノちゃん……そんなに響ちゃんのこと好きだったっけ?」
「違う違う。一目惚れだよ」
すると、マヤが頭の後ろで両手を組みながら答えた。
「アタシらさ、その響って人に助けられたんだ。んで、チノはその時ときめいちゃったわけ」
「同性なのに? まあ、中学生時代の若き日の何とやらか」
すると、その言葉が耳に入ったチノはむすっとする。その表情を語気に入れないようにしながら、不機嫌そうに尋ねた。
「そういえば、ハルトさんがこっちに来ているということは、ラビットハウスは今可奈美さんがいるんですか?」
「いや? 可奈美ちゃんは今日非番だよ」
「え?」
その瞬間、チノの表情が死んだ。
ハルトは首を傾げながら、
「だから。今日、ココアちゃんだけだよ? ラビットハウスにいるの。俺も可奈美ちゃんもお休みだから」
「……つまり、ラビットハウスは今ココアさん一人だけですか?」
「そうなるね」
「一人……お店が……ココアさんだけ……」
その刹那。チノは白目を剥いた。ドサッと音をたてて、気絶。
「あれ? チノちゃん?」
「うわっ! チノの奴、気絶してる!」
「あわわわわ! どうしよう、どうしよう⁉」
「わ、私お医者さん連れてくる!」
「え? コレ、俺のせい?」
「どう考えてもお兄さんのせいだよ!」
マヤの言葉に理不尽さを感じながら、ハルトはまどかとともに病室を飛び出したのだった。
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