ソードアート・オンライン~雷公の狩人~
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日常の一時
前書き
また始めました!よろしく!!
『セルムブルグ』
浮遊城アインクラッド第六十一層にある城塞都市。
規模自体、そこまでのものでも無いが、華奢な戦闘を備える古城を中心にした市街は白亜の花崗岩で精緻に造り込まれ、ふんだんに配された緑と見事なコントラストを醸し出している。作り込みに苦労はしたものの、プレイヤーの間ではホームタウンにしたいほどの人気があるみたいで製作者冥利につきる、といった感じだ。
もっとも、部屋がかなり高価で、ハイレベルプレイヤーでなければ手が出せないくらいではある。
キリト、アスナ、ミザール、俺がセルムブルグの転移門に到着した時にはすっかり陽も暮れかかり、最後の残照が町並みを深い紫色に染め上げていた。
六十一層は、その面積が殆ど湖で構成されており、セルムブルグはその中心の小島に存在するため、外周部から差し込む夕陽が水面を煌めかせる様を一福の絵画の如く鑑賞することができる。これが出来るのもまた、ナーヴギアのなせる技、と言うやつだ。作ったやつはまぁ、多少なりともアレなのだが。
転移門は古城前の広場に設置されており、そこから街路樹に挟まれたメインストリートが市街地を貫き南に伸びる。両脇には品のいい店舗や住宅が立ち並び、行き交うNPCやプレイヤーの姿がどこか垢抜けて見える。街が変わるだけで、雰囲気が変わるのはこのアインクラッドでの特徴でもあるだろう。となりではキリトが両手を伸ばして深呼吸していた。
「うーん、広いし人は少ないし、開放感あるなぁ」
「なら君も引っ越せば?」
アスナがくすりと笑ってキリトに言う。しかしキリトは肩をすくめて
「金が圧倒的に足りません」
と苦笑した。それにつられ、ミザールもくすりと笑う。
「いい奴紹介してやろーか?」
俺はジンオウガ___ジンを抱きかかえながらキリトにいう。流石に頭に乗っかられ続けているの重たすぎる。
「おいおい、そんなこと言っていいのか?」
「まぁ、ツテならそこそこあるしな」
フッ、と笑いながら懐からタバコを取り出す。すると、アスナは嫌な顔をして
「……何それ」
「タバコだよ。もっとも、この世界じゃ吸った気にはならんがな」
嫌な顔をするアスナを見ながら、ため息ついて一本取り咥える。そしてジンの背中の蓄電機構部分を少し借り、雷光虫で火をつける。
少しして煙が出ると、蓄電機構から先を離し、息を吸いタバコを口から離す。
「……ま、大人用の娯楽物も多少はあるんだよ。稀に味がなかったりバグっぽいのはあるんだがな」
「そう言えば、前にお酒みたいなのあったな…酔えないけど」
「ゲームで酔えたらそれはそれでリアリティ過ぎるがな…」
キリトの言葉に苦笑しながら、俺はタバコをまた懐から出した灰皿に放り込む。
「……そんなのあるんだ」
「まぁ、あくまで子供のプレイヤーとかには、知られてないアイテムだがな。年齢制限物だし」
俺はそう言うと、ミザールの方を向く。
「所で、アレは放置で良かったのか?」
「あー…アレ?」
ミザールは苦笑しながら話し出す。
「確かに、副団長の仕事してるから、私とアスナは何度か嫌なことがあったからね…流石に護衛はやりすぎだと思うけど、ギルドの方針だからって…ね」
「参謀職が押し切ってくるから…」
アスナも同時にいい、沈んだ顔になる。
「まぁ、血盟騎士団レベルなら、護衛はまぁ…でも最近ちょっといろんな噂聞くしなぁ…」
俺は少し考え込む顔をして答える。さっきの護衛の件もそうだが、血盟騎士団長の方にも多少噂が流れてるのだ。その中に、HPが半分切らないと言うのがある。あくまで真偽の域が出ない噂だが、ゲームというのは立ち回り次第でHP管理は容易だ。
「まぁ、大したことじゃないから気にしなくてよし!早く行かないと日が暮れちゃうわ」
「そうだね」
アスナがそう言うと、ミザールも一緒に先に行く。その声に反応して、俺は思考を途切れさせてキリトと一緒に歩く。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アスナの住む部屋は、目抜き通りから東に折れてすぐのところにある小型の、しかし美しい作りのメゾネットの三階だった。訪れるのは初めてだか、良いところを取ったくらいはわかる。アルゴ辺りが手配したのだろうか。
「良いところ取ってるなぁ…さすがアスナ」
「お……お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
俺、キリト、ミザールの順でアスナ家のドアをくぐり、中身に驚く。
未だかつて、これほど整えられたプレイヤーホームは見たことも聞いたこともなかった。広いリビング兼ダイニングと、隣接したキッチンには明るい色の木製家具が設えられ、統一感のあるモスグリーンのクロス類で飾られている。恐らく全て《完全習得》スキル持ちのプレイヤーメイド品だろう。調達するのにもかなり苦労した筈だ。
「なぁ……これ、いくら掛かってるの……?」
俺達を代表して、キリトが即物的に質問する。
「んー、部屋と内装合わせると四千kくらい。着替えてくるからそのへん適当に座ってて」
サラリと答え、アスナはリビング奥のドアに消えていった。
「……四千万コル…確かにこの出来栄えなら妥当な値段では……あるな……どうやってコル調達したんだあの騎士副団長様は……」
日々最前線に籠もり続けてる俺やキリトは恐らくそれぐらい稼いでるはずだが、俺は特殊装備の調整や武具の調達に使ってしまい、貯まるどころか消えていく一方だ。……まぁ、装備上の問題、仕方ない事ではあるのだが。そんなことを思いながらジンを床に下ろすと、ジンはキリトと一緒にソファに沈み込んで転がった。SD状態のジンは、顔を緩ませて気持ち良さそうだった、ちょっと羨ましい。
「ね、ライト」
服の裾をつまみ、ミザールが俺を呼ぶ。
「どうした?」
「久々だなって思って、こうするの」
くすっと微笑むミザールの頭を優しく撫でる。あのとき以来、ミザールとは顔を合わせていなかった。彼女も、俺の生死は不安だったのだろう。裾を握ってくるのは、彼女が甘えたい時にしてくる事だ。
「大丈夫、俺は死んだりしなかっただろ?つーか、そんなのフレンド欄見りゃわかるだろ…」
「でも…実際見るまで不安だったのは確か」
ぎゅうっと引っ張り、体を引き寄せられ抱きしめられる。既のところで装備を一括解除し私服に戻して抱き止める。
「相変わらずな奴め…」
優しく撫でながら、優しく微笑む。少ししてミザールが離れると、少し頬を赤くしていた。
「……人の家で何してるのかなー?」
いつの間にか帰ってきたアスナが、俺たちを見てじとーと睨んでいた。キリトもいつの間に装備を解除している。
俺は目をそらしながら、メニューを開き《ラグー·ラビットの肉》をオブジェクトとして実体化させ、陶製のポットに入ったそれをそっと目の前のテーブルに置く。
アスナは神妙な面持ちでそれを手に取り、中を覗き込んだ。
「これが伝説のS級食材かー」
「初めて見た……」
ミザールも見てそう言うと、アスナは俺の方を見る。
「さて、どんな料理にする?」
「そうだな…ラグーは煮込みって意味だしな…シチューとかどうだ?上手いと思うんだが」
「そうしましょうか、ミザールも手伝ってね」
「うん!」
《ラグー·ラビットの肉》を隣のキッチンらしい場所に二人が行くと、色々と音をし始める。
それから5分くらいが経つと、豪華な食卓が整えられ、アスナとキリト、ミザールと俺が向かい合わせで席に付き、俺の膝にジンがお座りする。
眼前には湯気を上げるブラウンシチューがたっぷりと盛り付けられ、鼻腔を刺激するほうこうを伴った蒸気が立ち上っている。照りのある濃密なソースに覆われた大振りな肉がゴロゴロ転がり、クリームの白い筋が描くマーブル模様が実に魅惑的だ。
俺を除く三人はいただきますを言うのがもどかしかったのか、スプーンを取りシチューをあんぐりと頬張った。そうすると黙々と大皿にスプーンを突っ込み口に運ぶという作業を始める。
まぁ、こればかりは仕方ない。SAOにおける食事は、アーガスと提携していた環境プログラム設計会社の開発した《味覚再生エンジン》を使用している。
簡単に言えば、味、匂い、熱等を感じる脳の各部位に偽の信号を送り込んで錯覚させる物だ。とはいえ、それを抜きにしても、今食べている食事は間違いなく最高と言える食事だ。3人が黙ってしまうのはわからなくもない。
やがてきれいに食い尽くされた皿と鍋を前に、アスナは深くため息をついた。
「ああ……いままで頑張って生き残っててよかった……」
「どうかん……凄かった…」
ミザールもほっこりとした顔で椅子に寄りかかっている。これが本来、奴が見たかったもの……なのかも知れない。
「不思議ね……。なんだか、この世界で生まれて今までずっと暮らしてきたみたいな、そんな気がする」
「……まぁ、それは仕方ないと思う。もうこの世界に2年も居るんだ……馴染んでくるやつもいるさ。この頃のプレイヤーは皆そうだ」
俺はタバコ代わりの飴を口に入れ、それを舐める。二年という時間は、それほどの変化を与えてくる。最初はクリア目的のプレイヤーたちも変わってきているのだろう。キリトも、ミザールも、同じなのだろう、少し顔を変化させる。
「でも、私は帰りたい」
しかし、アスナの端切れのいい言葉が二人の顔を上げさせる。
アスナは微笑むと、続けて言う。
「だって、あっちでやり残したこと、いっぱいあるから」
その言葉に、キリトがうなずく。
「そうだな。俺達が頑張らなきゃ、サポートしてくれる職人連中に申し訳が立たないもんな…」
「そうだよ。それに…向こうには残している大切な人や…家族が居るんだもん、頑張らなきゃ」
それを聞くと、ふっと、俺は笑ってしまう。
たしかにそうだ。こんな訳わからないゲームを強要され、帰りたくないと思うやつがいるわけが無い。残してきたものも大きすぎる。何が何でも帰らなければならない。
「まぁ、それもそうだな。とっとと帰ってやんなきゃ、心配するな」
ガリッ!と飴を齧り砕いて椅子を立つ。それに合わせジンが肩に登る。
「あれ?どこ行くの?」
「ちょっと外にタバコ吸いに。すぐ戻るわ」
アスナの疑問に俺は笑いながら言うと、扉の外に出る。
「……嘘が下手な奴め」
外に出ると、ジンが俺の心を見透かして言う。
俺は誤魔化すようにタバコを口に運ぶ。
「お前はまだ止められなかったことを悔やんでいるのだろう?」
「……まぁな」
ふぅ…と息を吐き、煙を吐く。
「あの時、晶彦を止められりゃ、まだ変わったかもしれねぇ……済んだ話ではあるけどな……」
俺がそう言うと、隣でいつの間にか金髪の男が俺に話しかける。
「たらればの話は良いだろう。この先どうするか、どう止めるか、だろう?」
「……ああ、そうだな。そうだった」
男がタバコを取り、握りつぶすと、パリンっと小さな硝子の破片となって消えていく。
「さて……気がついているか、相棒?」
「……まぁな、悪意が見え透けてるぜ」
俺はそう言うと、向かいの住宅の間……狭い道にめがけ実体化させたクナイを投げ飛ばす。
バチッ!と言う電撃音と共に、アラートが目の前でなるが無視、飛び降りて目の前にいる男に話しかける。
「__覗きとは趣味が悪いな、グランザムに戻ったんじゃなかったか?」
目の前にいる男は、先程アスナ達の護衛をしていたクラディールだった。
「き…きさま、あろうことかアスナ様の自宅に入っただけではなく、私に武器を投げるなど……!」
「ストーカーまがいな行為をしてるお前には言われたくないな。知ってるか、お前の行為は護衛の範疇超えてるってこと」
「煩い…っ!私の仕事は護衛だ!ご自宅の監視も……」
「含まれねぇよヴァカかテメェ」
呆れた声で俺は言うと、ビリッ!と破れた音がし、周りの空間が歪む。
「さて……困った奴にはお仕置きしないと…だな?」
俺は右眼を赤く輝かせながら言う。
「バカめ…街区で戦闘しようにも、犯罪防止コードが働いて…!」
ビュッ!と風切り音が響き、クラディールの言葉は遮られた。
「あがあ…っ!!」
クラディールは地面を転がり、驚いた表情でこちらを見る。
「悪いな……俺だけはどうやらその枷が無くてな……悪いけど、手加減はしてるんだ、ミスったら…ごめんな?」
悪魔のような微笑みで言うと、クラディールはガタガタと震え___気絶した。
「……やれやれ…いいぞ」
俺が合図すると、歪みが収まり、中心には結晶が転がっていた。それを金髪の男が拾い、俺に投げ渡す。
「……お前な、貴重な実験用アイテムをホイホイと…しかもそれドッキリアイテムだろ…」
俺はくすんだ結晶アイテムを受け取ると、ポーチの中に放り込む。
「良いだろ。お仕置きにはもってこいだ」
先程のアイテムは、《幻想の霧》。空間を歪ませて相手に嘘を見せるフェイクアイテムだ。まぁ、実験用アイテムだったのだが、後で仲間に怒られるのは仕方ないだろう。
「さて……宛先は血盟騎士団宛か…メンドクセェ……」
「まぁ、流石にこれは見過ごせないか。俺が連れて行っておこう」
金髪の男が結晶を持ち、クラディールを肩に担ぐ。
「相棒、これは一つ貸しにしておくぞ。後で何かしら返してもらうからな」
「アスナの飯で貸し借りにナシにしてほしいけどなぁ……」
苦笑しながら言うと、男は「転移、グランザム」といい、転移していった。
俺はそれを見届けると、タバコを取り出して一服すると、アスナの部屋へと戻っていった。
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