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キリトである必要なくね?~UW編~

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第一話 始まり




『じゃあな〇〇〇。父さんと母さんはもう行くけど、妹が困ってたら助けてやるんだぞ。父さんとの約束だ』



 やめろ。
 やめてくれ。



『お兄ちゃん。私のことは心配しなくても大丈夫だから。お兄ちゃんが進みたい道を選んで?』



 お願いだ。
 もうやめてくれ。



『絶対このデスゲームから、みんなで生きて帰ろうぜ!』



 頼む。
 もう。

 限界だ。










「お疲れさまッス、カガトくん」

 数十時間ものあいだ振動を与えられなかったせいか、一拍遅れて音が脳に届いた。
 その信号に反応して瞼を開く。

「えーっと、比嘉さん?」

 これまた長い時間使わなかったせいなのか、輪郭が曖昧なまま答える。

「一応準備しといたんで、これ使ってくださいッス」

 なにやら布ような何かを手渡される。

「これは?」

「拭いたほうがいいッスよ。顔、ヒドイことになってるッスから」

 このとき初めて気付いた。
 自分の頬が湿っていることに。
 自分が、涙を流していることに。

 慌てて手渡された布らしき何かで目元を拭う。少しずつ輪郭が鮮明になっていった。

「どうッスか。体のどこかに違和感とか感じるッスか?」

「……少し体が重い気がしますけど、そこまで大きな違和感は感じないですね」

「もちろん我々も障害なんかが残らないように万全を期してはいるッスけど、万が一なんてことも有り得るッスからね。なんせ、三日間も寝たきりなんスから」

「でも脳はちゃんと活動してたんですよね? この《STL》の中で」

 言いながら後方を親指で差す。
 デザイン性など全く考慮されてない、この厳ついマシンを。

「ええ、もちろんスよ。まあ、ダイブ中の記憶を遮断されているカガトくんには、ただ寝てただけのように感じるのも無理ないッスけどね」

「そこが少し気になるんですよ」

「何がッスか?」

「最初の頃のテストダイブは記憶制限されていなかったですよね? 何故、今回のダイブだけ記憶制限なんてあるんですか?」

「そのことッスか。まぁ簡単に言ってしまえば機密保持のためッス。この『ソウル・トランスレーター』は公表出来ない夢と希望が詰まってるマシンスから」

 そう言って、比嘉さんはニカッと笑った。その笑顔が、これ以上は何も話せない、という意思表示だと受け取った俺は話題を変えることにした。

「どうです? 俺がダイブしてる間、何か変わったことありましたか?」

「そうッスねぇ。相も変わらず、韓国と日本の国交は拗れきってるッスよ」

「いやいや、そういう話じゃなくて。もっと身近なヤツで何かないですか?」

 何でこの人はさらっと重い話を捻じ込んできたんだ。隣でパソコンを弄ってた研究員が驚いてるぞ。

「あ、そういえば。一昨日、君を訪ねてきた人がいたッスよ」

「俺を訪ねてきた? 誰ですか?」

「いや、名は名乗らなかったッスね。スーツを着てたサラリーマン風の男だったッスけど。彼は君と『あのゲームの知り合いだ』って言ってたッスよ」

 あのゲーム。
 そう濁されるゲームなんて、『ソードアート・オンライン』をおいて他にないだろう。
 《SAO》と略されていた、世界初のVRMMORPG。
 その実態は多くの人間の人生を狂わせた、狂気のデスゲーム。

 その地獄でサラリーマン風の男は俺と知り合いだったらしい。けれど、俺に思い当たる人間はいない。なにせ、仲の良かったヤツは全員もうこの世にいないのだから。

「思い当たる人は居ませんね。本当に俺を訪ねてきたんですか? その人」

「たぶん間違いないッスよ。なにしろ彼、君を『カガト』くんって呼んでたッスから」

「……たしかにそのプレイヤー名を知っているということは、俺とあっちで知り合いだったのかもしれませんね。でも会う気はないですよ。一年半も前のことだし、あまり思い出したくありませんから」

 そうだ。あれは過去のことだ。
 もう、終わったことなんだ。

「まぁ、いきなり訪ねてくるなんてどう考えても不審者ッスからね。安心していいッスよ。ここには居ないって言っといたッスから」

「ありがとうございます。そういえば、今何時ですか?」

「今九時を回ったとこッスけど」

「じゃあ、俺そろそろ帰ります。明日ちょっと朝早いんで」

 そう言いながらサイエンス・フィクションに出てきそうな厳ついマシンである《STL》から降りた。

「了解ッス。給料はいつもの口座でいいッスか?」

「はい。そこにお願いします」

「あと、衣服は隣の部屋に置いといたッス。無くなったものがないか確認してから帰るッスよ」

「わかりました」

 そう返事をし扉に向かって歩く。

「気を付けて帰るッスよ~」

「はい。お疲れさまでした」

 そう最後に研究員の方々に声をかけ、隣の部屋に向かった。





 冷房の効いた建物から出ると、湿った風が頬を撫でた。一ヶ月程この湿度の高さにさらされ、ある程度慣れてきてはいたが思わず顔を顰めてしまう。
 あともう少しでこの不快感ともおさらばだと自分に言い聞かせ、足早に駅へと向かう。

 もう九時を回っているとはいえ、街灯や店から漏れ出る光が道を照らしているためそこまで暗さは感じなかった。それに加えかなり人気もあり、不審者を警戒する必要はあまりないようだ。
 そもそもモンスターがでてくるわけでもない現実世界で、ここまで気を張っているほうがおかしいだろう。

 俺は軽く息を吐き、警戒を解いた。
 どうもテストダイブしてからなのか体がおかしくなったように感じる。いや、この感じはどちらかというと、前に戻って………。


 ――『熱』を感じた。

 
 驚き下を見ると、腹部からなにかが飛び出ている。
 そしてそれを掴んでいる何者かの手。

 咄嗟に眼球を右に向けると、サラリーマン風の男がいた。
 
「死ねぇぇ!! 『レッドキラー』」

 男はそう口にすると、何かを引き抜いた。
 ナイフだった。

「ぐぅぅあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!」
 
 ――痛い熱い痛い熱いいだいあづい。

 全身に力が入らなくなり、その場に倒れこむ。
 神経がショートしてしまったかのごとく、手足に感覚が無い。

 ぼんやりとした視界に、真っ赤に染まったアスファルトが見える。倒れる体が浸るほどの出血。どのくらい血を失えば人は死に至るのか知る由も無いが、自分にその死とかいうヤツが近づいてきているのははっきりと分かる。

 コイツが因果応報というヤツなのかもしれない。
 多くの人間の命を奪った、その報い。

 なら、甘んじて受け入れてやろう。
 この世界に、未練なんてものは無いのだから。
 
 そんなことを考えながら、俺は意識を手放した。



 
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