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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン30 幻影の最終防衛ライン

 
前書き
前回のあらすじ:行方不明のベールを脱ぎ、ついに動き出す鳥居。エンタメデュエルを捨てた彼が腹に一物抱え向かったのは、かつて自身が利用した兜建設だった……! 

 
「というか、アタシはどうもよく分からないわけだが」

 開いた金庫の前でパニックを起こす兜大山の秘書と、それをなだめようとする鑑識。さらにその背後で、ふっと糸巻が片手をあげた。

「はい?」
「書類が盗られたのはわかったし、確かにそりゃ問題だ。でもそれにしたって、まだ昨日の今日の話だろ?さっさと先方に連絡入れとけば、理由も理由だしそう大事にはならないと思うんだが?」
「いやあのそういう問題じゃないですよ、糸巻さん」

 何言ってんだこの人は、これだから常識知らずのデュエルバカは……と言いたげな鑑識の視線を無視し、顔面蒼白でついにはその場にへたり込んでしまった秘書に詰め寄る糸巻。制止させる暇を与えずにその胸ぐらをつかんで捻り上げ、無理矢理立ち上がらせる。

「それに、な。確かにアタシにゃ門外漢な話だがな、それを差し引いてもどーもアンタのその慌てっぷりは気になるんだよ。一体その書類とやら、何が書いてあったんだ?」
「ちょ、ちょっと糸巻さん!一歩間違えれば脅迫ですよそれ!」
「ならアンタの方から上に報告しときな、始末書ならそのうち書いてやるさ。さあ秘書さんよ、アタシは今、気が短いんだ。さっさと答えた方が身のためだぜ」

 至近距離から喧嘩腰に目を覗き込んでやると、これまで殴り合いなんてできません、虫を殺すのもかわいそうでとてもやれません、といった絵に描いたように善良な人生を送ってきたであろう秘書の目にはっきりと恐怖の色が浮かんだ。もう一押しか、と踏み、視線を逸らすことを一切許さず締めあげる手もそのままにまばたきひとつせずに目を合わせ続ける。
 実際に数秒もしないうちに、震えながらのか細い声が聞こえてきた。

「……この案件は、どうもきな臭かったんです……トリプルシェル、なんてこれまで聞いたこともない、まるでこの海上プラントを作るためだけに設立されたような相手会社に、それに……」
「それに?」
「……その、相手からの強い要望で、具体的な建設位置は絶対に外部に漏らすな、と言い含められてまして、私ですらその場所は知らないんです。こ、この金庫に入っていた、社長が厳重に保管していた書類、そこにだけ目的の座標が……」

 そして指し示されたのは、こじ開けられた元金庫。これだけ怯えていては、嘘をつこうなどとは考えもしないだろう。ゆっくりと腕の力を抜いていき、呼吸をしやすくしてやりながら考える。

「なるほどなあ。となると権利荒らしじゃなくて、建設予定地そのものが目的だったってことか?ちなみに秘書さんよ。その海上プラントってのは、そもそも何をするための施設なんだ?」
「か、海底にレアメタルを極めて高い純度で含まれた岩盤が見つかったので、それを発掘するためだと私は聞いています……念のためわが社でも裏は取りましたが、それについては間違いないと……」
「そこはまあ矛盾はないってわけか。だがな秘書さんよ、すこーし詰めが甘かったな。もしこいつが『BV』絡みの案件だった場合、それこそ海底に適当な金属のカードでも発動させればいくらでもデータは誤魔化せる。なにせいくらソナーで調べたところで、見つかるのは本物の金銀財宝なわけだからな。例えば……待てよ?」

 そこまで言ったところで、不意に糸巻の動きが止まった。彼女の頭の中で、何気ない自分の言葉をきっかけにして急速に思考の点と点が繋がっていく。もはや周りからの奇異の視線どころか目の前の秘書すら目に入らず、力の抜けた手から滑り落ちたその体がずるずるとその場にへたり込んだ。ぶつぶつと呟きながら、漠然とした思考を言語化する作業に没頭する。

「黄金……黄金郷……呪われしエルドランド……」

 「成金の女王」、七曜。思い浮かんだその顔は、忘れもしないつい先日のデュエリストフェスティバル。そもそもなぜ、あの女はここにいた?言うまでもない、爆破テロを引き起こし……そこで糸巻の脳裏に、鼓から聞いた話が蘇る。今回の爆破は、新型『BV』のデモンストレーションだと言ったらしい。
 だが、そもそもだ。本当に狙いがそれだけならば、もっと大きなイベントなど世界中いくらでもある。全盛期の賑わいははるか昔、落ち目のイベントであるデュエリストフェスティバルを狙う理由がどこにある?

「アタシは無条件で、その部分に疑問を持たなかった。腐ってもデュエリスト、デュエルモンスターズのイベントを無意識に求めていたんだ、そう思ってた。だが」

 もし、そうではないとしたら。この地を、家紋町の近辺を離れたくない何らかの理由が別にあったのだとすれば。例えばそう、エルドランドを一時的にでも海底に実体化させ、黄金やレアメタルの存在を確認させるような……。

「……おい。アタシは少し用ができた、悪いが後はうまいことやっといてくれ」
「ちょ、ちょっとぉ!?」

 言うが早いが身を翻し、困惑混じりの抗議の声を背中で受け止めて外に出ていった。





 15分後。糸巻が現れたのは家紋町の端、人もあまり寄り付かないような場所に位置する拘置所だった。
 逮捕、起訴を受け刑が確定するまでの犯罪者が拘留されるこの施設、かつては全国にも限られた数しかなかったと聞く。それが爆発的に増えたのも、『BV』によって様変わりした世界の在り方のひとつだ。どれほど警備を重ねようが、人間では実体化したカードには勝てない。どれほど分厚い壁だろうと、城壁壊しの大槍を用いての正面突破からミスト・ボディを使っての壁抜けまで、突破方法はいくらでもある。施設そのものの数を増やすことで一か所辺りにぶち込む犯罪者の数そのものを減らし、脱獄リスクを薄める……その場しのぎにすぎない稚拙な方法だが、効果がないわけでもない。

「どうだ、元気してるか?」

 面会へのくだらない手続きは非常事態だの一言とデュエルポリスの証明書の合わせ技で半ば強引に突破し、七曜が収容されている部屋の前。知らない仲ではないゆえによく身に染みているが、この抜け目ない女の前で隙を見せるとどこまで譲歩を迫られるかはわかったものではない。密かに気合を入れ直し、何気なく遊びに来た風を装って鉄格子越しに声を掛ける。

「あら、珍しい顔ね」

 壁に掛けられたカレンダーをぼんやりと眺めていたくすんだ茶髪の女が、振り返って気だるげに笑う。檻の中というシチュエーションも相まってどこか退廃的な空気すらも漂っている笑みだが、糸巻の目はさりげなく胡坐をかいたズボンの下に、今の今まで手にしていた針金らしき金属片を滑り込ませたのを見逃しはしなかった。
 呆れ混じりにため息をつき、頭を掻いて煙草を取り出す。ライターに火をつけた段階で禁煙よ、とでも言いたげな視線を送ってきたが、火をつけたそれを口にするまで直接とがめることはしなかった。代わりに糸巻へと座ったまま向き直り、最初の煙を吐き出すのを見計らって興味深げに目を細める。

「それで、こんなところに一体何の用かしら?あいにく、お茶のひとつも出せないのだけど」
「それがだな……んー、駄目だ。やっぱアタシにゃ、遠回しな話は向いてない」

 最初はこの軽口に軽口で返そうかという考えが糸巻の頭をよぎったが、すぐに面倒になって却下した。

「……さすがに、もうちょっとぐらい努力してみたら?まだ挨拶しかしてないじゃない」
「大きなお世話だっての。なあ七曜、お互いまどろっこしい能書きはなしだ。単刀直入に聞かせてもらう、トリプルシェル、とやらはアンタも一枚噛んでた案件なのか?」
「さて、ね。どうだったかしら?なにせここに来てから随分経つものだから、すっかり脳も老化しちゃったのよ。年って嫌ねえ」

 前置きをすべて飛ばして件の会社名を直接叩きつけても、七曜の表情や態度には何の変化もない。しかしその気だるげな表情とは裏腹に鋭い眼光は、何か知りたければまず対価を支払いなさいな、と無言のままに促していた。
 ここで厄介なのは、こちらがどんな対価を用意したとしても本当にまともな答えが返ってくるのかは不確定だという点である。何か知っているのか、あるいは本当に彼女と今回の事件は無関係なのか。その程度のことすらも、糸巻から先に何かを差し出さない限り知る術はない。予想していたとはいえ案の定な返答に苛立ち紛れに煙草をくゆらせて癇癪を抑え、ここに来る前あらかじめオフィスに寄って取ってきたあるものをカバンから取り出した。

「それ、私の!」
「ご明察、デュエルポリス(うち)で預かってたアンタのデュエルディスクだ。当然デッキもいじってないぜ?もしアンタが色々と聞かせてくれるってんなら、その話に夢中になったアタシはこいつをうっかりその中からでも手の届く場所に放置して、しかもそれを忘れたうえで帰っちまうかもなあ」

 探るような視線が、糸巻の全身に絡みつく。このデュエルディスクを渡す、ということはつまり、『BV』を使用可能にするということに等しい。そして七曜のエースモンスター、黄金卿エルドリッチならばこの程度の牢はその両腕の怪力だけでいともたやすくひん曲げてしまえるだろう。
 これは言外に「逃がしてやるから情報をよこせ」というグレーゾーン、どころかどこをどう見ても真っ黒でしかない司法取引の意思表示であり、その意図が理解できないほど七曜は愚かではない。たっぷり数秒間思案し、最終的に腹を決めたのかゆっくりとその口を開いた。

「……いいわ、わかったわよ。そもそもあなたが今ここに来たってことは、何かあのプラントに不測の事態があったのよね?」
「兜建設のおっさんが誰かに襲われた。書類も全部パーだとよ」

 取引が成立したのであれば、もはや隠す理由はない。どうせ、外に出れば一面のニュースなのだ。デュエルモンスターズによって敗北したという点は情報統制によってどうにか漏洩を防いで単なる物盗りが偶然鉢合わせた社長に大怪我を負わせて逃げた、ということになってはいるが、裏のデュエル世界に精通した七曜のような人間が見ればすぐに嘘だとわかるだろう。
 とはいえあまりといえばあまりの単刀直入さとその内容は、これまで内心を巧妙に隠し明らかにしてこなかった七曜の本心を引っ張り出すには十分なインパクトがあったようだ。目を丸くして大きく息を吐き、背を向けてずるずると鉄格子によりかかる。

「やってくれたわね……」
「心当たりが?」
「あるに決まってるでしょ。だから私、ああいう手荒な真似はやりたくなかったのよね。下手にちょっかいかけたら最後、絶対あの狐男ときたら、しつこくねちっこくやり返してくるに決まってるんだから」
「巴、か」

 狐。元プロデュエリストの彼女たちにとって、そのワードが指す相手はたった1人しかいない。

「アイツ、アンタらに朝顔の奴がボコられたのはだいぶキレてたからな。抗争だっつってたぜ」
「だーから、あれは私の案じゃないのよ。あなたならわかるでしょうけど、組織って結構難しいのよ?アンタらなんて言い方はやめて、こっちにまで火の粉が飛んでくるわ」

 そこまで言って、だいぶうんざりしたように首を振る。そんな理屈が通じる相手でないことは、彼女自身もよく分かっているのだろう。

「ん、でもおかしくないか?兜建設は、いつぞやの裏デュエルコロシアムには全面協力してた、いわば巴にとっちゃ仲間だろ?いくらアイツでも、そんなところを襲ったりするか?」
「そうじゃないわね。あそこは結構前から私たちの世界でも評判だったのよ、デュエルモンスターズ産業のためなら割と財布の紐が緩いって。ここ数年あちこちの裏大会でスポンサーや建設予定地の提供をしてくれるから、表の世界でもあちこちから仕事を振ってあげてたの。だからここ数年で、あんな大企業になったのよ。特定の所属なんてことはないの。だから巴の側も、ビジネス相手ではあれど仲間意識なんてものはなかったんでしょうね」

 にべもなく言い切り、口を挟む暇もなく話題が変わる。

「私たちが作ろうとしていた海上プラントは、建前では海底のレアメタル採掘が目的ってことにしておいたけど、実のところはプラントというよりファクトリーね。生産品目はただひとつ、例の新型『BV』よ」
「またそれか……もうお前らいい加減懲りてくれよな」

 今度うんざりした声を上げたのは、糸巻の方だった。その表情は暗い。これまでにも散々煮え湯を飲まされてきた新型「BV」……これまで一点ものの試作品でしかなかったあれに工場ができるということは、ついにその量産のめどがついてしまったということだろう。
 ところが糸巻の呻き声とは対照的に、七曜の態度は妙に静かだった。

「量産、というのは少し違うわね。巴がどうやってあんなものを作らせたのかはわからないけれど、あれはやっぱりオーパーツよ。私たちの時代にできていいようなものじゃない」
「ん、どういうことだ?」
「何かの鳥だか昆虫だかに、本来この体の構造からして飛べるはずがない種類がいる、って話、聞いたことはあるかしら?物理的にあり得ないのに、外を見れば確かに空を飛び回っている。一説によれば、自分が飛べると信じ切っているからなぜか飛べるんだなんて話もあるぐらい。それと同じことよ。ここだけの話あの新型はね、部品のひとつからネジの1本に至るまでをどうチェックしても、デュエルポリスの妨害電波をものともしないあのエネルギーがどこから出てくるかさっぱりわからないの」
「はあ?そんなもんのために、わざわざ工場ひとつ作ろうってのか?」
「完全コピーするだけなら、あれと同じものはできそうなのよ。もっともあの試作品、あの実物を見た私としてはいくらコピーしても同じ機能が再現できるとはちょっと思い難いわね。その場合でも、いざとなれば別のやりようはあるけれど」
「別のやりよう?」
「あら、この話はまた別料金よ?今はプラントとしての機能の話。それで話を戻すけれど、トリプルシェル本社にはもう行ってみたかしら?いくら実体のない企業でも体裁は必要だから、その辺の貸しビルをひと部屋借りてそれっぽく整えてるはずよ」
「ふむ……」

 鉄格子によりかかったままの七曜の小さな背中を見つめ、今の言葉の裏を考える糸巻。別のやりよう、とやらも気にはなるが、もうこの件についてはさらに何かを提供しない限りこの女は絶対に口を割りはしないだろう。実体のない企業の本社。そこに何があるのだろうか。それが罠である可能性と、何らかの情報が手に入る可能性。あるいは、その両方ということもありうる。
 とはいえ、七曜の組織と今回の一件がどっぷり繋がっていることが分かっただけでも大収穫だ。襲撃犯が巴の息のかかった相手というのも、状況とあの男の言動、思考パターンから考えてほぼ間違いないだろう。

「ま、それ以上は行ってから考えるさ。ほらよ、一応アタシが出てってから使ってくれや」

 格子越しにデュエルディスクを投げつけると、素早くそれをキャッチする七曜。背を向けて歩き出す糸巻に、ふと顔を上げて声を掛けた。

「ねえ、糸巻」
「あー?」
「私ね、ここでこのデュエルディスクの充電が切れてる、とか、そういうことしないあなたは割と好きよ」
「……らしくないな、悪いものでも食べたか?」
「茶化さないで。せいぜい気を付けなさいな、って話よ。それと私はほとぼりが冷めるまで身を隠すから、また何か聞き出そうなんて思っても無駄だからね」

 自分でも、これは柄でもないと思ったのだろう。最後まで背を向けたままに放たれた別れの言葉に見えないことは承知で片手を上げ、それっきり出ていった。突如として拘置所の一室の壁が内側からの強い力によって粉砕され中にいた女が脱走したのは、それからたっぷり1時間後のことだった。





 再び外に出た糸巻は、もう寄り道することもなく。無言のままに街を歩き、年季の入ったビルの前で足を止めた。この貸しビルの一室に実体なき企業、トリプルシェルの本拠地がある。

「……よし」

 一切迷うことなく、そのまま中に入る。老朽化した狭いエレベーターを無視し、薄暗い蛍光灯が上から照らす階段を選ぶ。3階廊下の突き当り、会社名だけの書かれたシンプルな看板のかかった扉をものも言わずにこじ開ける。そこに鍵はかかっておらず、拍子抜けするほどにあっさりと開いた扉の奥には簡単に机と椅子が並べられ、それぞれパソコンとそれらしき書類の並んだいかにもなオフィスが広がっている。そして最奥の上役らしき席には、ただひとり座り込む男。
 ……知らない顔では、ない。その腕に装着されたデュエルディスクも、彼が元プロデュエリストであることを物語っていた。

「デュエルポリスか、巴か……お前の方が早かったか、糸巻」
「アンタがここの責任者か、本源氏(ほんげんじ)?」
「ははは、責任者、か。そうだな、社長だ。部下はいないがな」

 そう低い声で笑う男、本源氏(わだち)。がっしりとした体格に頬にざっくりと走る古傷の痕も相まってまさに「その筋」の人間に見えるが、これでも現役時代はれっきとした堅気だった。皮肉にも、今の彼が手を染めたのはまさにその見た目通りの職なのだが。年は糸巻よりも10は上、その割には髪に白いものが混じっていないが、もしかしたら染めているのかもしれない。
 周囲への警戒は解かぬままに、デュエルディスクを構える糸巻。それを見てまた笑い、本源氏もその場で立ち上がった。

「せっかくの再会だが言葉は無用、か。ここに来たということは、何か嗅ぎつけてきたんだろう?それにしてもたった1人でやってくるとは、相変わらずの度胸だ」
「アンタこそ大したもんだぜ。兜建設の話を聞いてから、ここの部下を全員退避させたな?巴のバカが来るか、アタシが先に辿り着くか。どっちにしても、アンタ1人で迎え撃とうってか?」
「蛇ノ目も七曜もいないとなると、腕っぷし担当の人材難は否めないからな。俺のようなおっさんがここまでこき使われる羽目に追い込むとは、まったくデュエルポリスもひどいもんじゃないか」

 まるで緊張のそぶりも見せず、手慣れた動きでデュエルディスクを起動する。自信に満ちたその動作のひとつひとつからはここに来たのが糸巻だろうが巴だろうが残さず返り討ちにするという気迫がにじみ出ており、無言のプレッシャーを正面から受け止めた彼女は……気が付けば無意識のうちに、獰猛な笑みを浮かべていた。

「悪いなあ……アタシにしてみりゃ、アンタらのどっちがこの抗争とやらに勝ってもろくなことにならないからな。この三つ巴の戦いは、デュエルポリスに制させてもらうぜ」

「「デュエル!」」

「俺のターン。どうだ糸巻、腕は鈍っていないか?魔法カード、おろかな副葬を発動。この効果によりデッキからトラップカード、幻影騎士団(ファントム・ナイツ)ミストクロウズを墓地に。そして幻影騎士団クラックヘルムを召喚。そして自分フィールドの戦士族モンスターをリリースすることで、手札のこのカードは特殊召喚できる。ターレット・ウォリアー!まずは軽い腕試し、これでターンエンドだ」

 ひび割れた兜がゆらりと宙に浮かび上がり、両肩にそれぞれ砲門を装着した人型の戦士がそれを自身の小さな頭に乗せる。ターレット・ウォリアーはその効果による特殊召喚に成功した際、その攻撃力をリリース要因の攻撃力だけ上げる効果を持ち、これだけでその攻撃力は最上級モンスターにさえ匹敵するほどになった。

 幻影騎士団クラックヘルム 攻1500
 ターレット・ウォリアー 攻1200→2700

「腕試し、ねえ。事故ってんなら事故って言った方が身のためだぜ、アタシのターン!よし、不知火の武部(もののべ)を召喚、効果発動だ」

 不知火の武部 攻1500

 糸巻が呼び出したのは、薙刀を手にした赤い和装の少女。その薙刀を床に打ちつけると、炎の渦がその周りを揺らめきはじめる。

「召喚時に妖刀-不知火モンスターのリクルート、ただし発動ターンのアンデット縛り、か。その発動にチェーンして、手札から増殖するGの効果を発動。特殊召喚するたび、俺は1枚ドローする」
「く……チューナーモンスター、妖刀-不知火!」

 妖刀-不知火 攻800

 意表をつく手札からの伏兵に表情を歪めながらも、一振りの妖刀が武部の隣にふわりと浮かぶ。その代償として1枚のドローを許してしまった形になり、今は単なる手札交換に過ぎないがこれ以上のモンスターの特殊召喚は一方的な本源氏のアドバンテージとなる。それを分かったうえで、圧をかけてきているのだ。
 だが、赤髪の夜叉はその程度で止まりはしない。

「はっ、だったら特殊召喚してやらないまでさ。魔法発動、黄金の封印櫃!デッキからカードを除外し、2ターン後のスタンバイフェイズにそいつを手札に加えるぜ」
「む……」

 すぐさま発動された魔法の効果により、糸巻の場にウジャト眼のデザインされた黄金の箱が鎮座する。何を除外されるのか理解した本源氏が渋い顔になる中、その蓋がゆっくりと開いて中に1枚のカードが吸い込まれていった。

「アタシが選ぶカードは当然、不知火の宮司(みやつかさ)。そして宮司が表側でゲームから除外された時、フィールドで表側のカード1枚を破壊できる!爆殺されちまいな、ターレット・ウォリアー」

 巨人の機械戦士が、その足元から炎に包まれて崩れ落ちる。空いたフィールドに、右手には薙刀を手にしたまま左手に妖刀を構えた武部が切りかかった。

「バトルだ。やれ、妖刀!武部!」
「承知の上で飛び込んできたか。相手の直接攻撃宣言時、墓地より幻影騎士団ミストクロウズの効果を発動!墓地に存在するレベル4以下の幻影騎士団1体を蘇生し、さらにこのカードを蘇生したモンスターと同じレベルのモンスターとして特殊召喚する。甦れ、クラックヘルム」

 幻影騎士団クラックヘルム 攻1500
 幻影騎士団ミストクロウズ ☆?→4 守0

 二刀流を構え大上段から飛び掛かった武部の一撃を、金属製の鉤爪が受け止めた。伸ばした腕の主は、成仏しきれない青白い魂が纏った黒装束。

「……なら!改めて武部でミストクロウズに攻撃!」

 不知火の武部 攻1500→幻影騎士団ミストクロウズ 守0(破壊)

 巻き戻しのシステムを利用してミストクロウズを妖刀で撃破、そのまま武部でクラックヘルムと相打ちを取ることもできる場面。しかし攻撃力わずか800の妖刀を攻撃表示で残して次の反撃をどうにかなると過信するほど、彼女は猪突猛進ではない。まして最初のターレット・ウォリアーは本源氏本人も言っていた通りあくまで腕試し、ほんの挨拶程度のものでしかないのだから。
 そして武部の振るう妖刀による返しの一太刀が、薙刀と鍔迫り合いを続けていたミストクロウズのガードをすり抜けた。

「自身の効果でモンスターとして特殊召喚されたミストクロウズは、フィールドを離れる場合除外される。しかしこの瞬間、手札から幻影騎士団フラジャイルアーマーの効果を発動。俺のフィールドで幻影騎士団が破壊された場合、このカードを特殊召喚できる」

 あっさりと断ち切られた装束に代わり、長年無造作に風雨にさらされて脆くなった鎧が青白い魂を宿して立ち上がる。相手ターンだというのにまるでモンスターが途切れず、それどころかその数を増やしていく。どれほど追い込まれようとも幻影騎士団は倒れないし、本源氏轍は踏みとどまる。その防御性能の高さはかつての一時代に「最終防衛団長」とまで称されたこの男の、現役時代からまるで衰えを知らない体さばきそのものだった。

「さすがに、ダメージは通させてくれやしねえか……アンタが錆びついてなくて何よりだ」
「褒め言葉として受け取っておこう。それで?お前の方はどうなんだ、糸巻?増殖するGはまだ生きているぞ」
「わかってらい。カードをセットして、ターンエンドだ」
「では俺のターン。レベル4の闇属性、クラックヘルムとフラジャイルアーマーでオーバーレイ。立ち上がれ騎士と猛禽、満たされぬ2つの魂の残滓よ。この地より後に道はなし、最終防衛ラインにて殲滅を行う!エクシーズ召喚、ランク4!レイダーズ・ナイト!」

 幻影となった騎士たちのかつての装備品が2つの光となって螺旋を描きつつ天に昇り、すぐさま反転して足元に開いた宇宙空間へと吸い込まれる。そして幽鬼のような青白い炎を噴き上げる、幻影の騎士が同じく幻影の馬に騎乗して音もなく戦場に現れた。

 レイダーズ・ナイト 攻2000

「そしてレイダーズ・ナイトの効果発動、フェローズ・ポゼッション!オーバーレイ・ユニット1つを使うことで、レイダーズ・ナイトに対しランクが1つ異なる仲間の魂をエクストラデッキからその身に宿す。ランクダウン・エクシーズ・チェンジ、幻影騎士団ブレイクソード!」

 レイダーズ・ナイト(1)→(0)
 幻影騎士団ブレイクソード 攻2000

 レイダーズ・ナイトの姿が幻影となって霧のようにぼやけていき、その体に新たな騎士の姿が重なって二重になる。レイダーズ・ナイト自身の姿がどんどん薄れていくのとは対照的に、もう1人の騎士の姿は次第にはっきりとしたものに変化していく。そしてへし折れた大剣を振り上げ、新たな騎士が戦場に鬨の声を上げた。

「ブレイクソード……また厄介なもんを」
「それも褒め言葉と受け取ろう、ブレイクソードの効果を発動。1ターンに1度オーバーレイ・ユニットを1つ使い、互いのフィールドにあるカードを1枚ずつ選択して破壊する。俺が選ぶのはその伏せカードとブレイクソード自身だ」
「自壊に繋げようってか?させるかよ!アンタの選んだカード、禁じられた聖衣をチェーン発動!ブレイクソードはこのターン攻撃力が600ダウンして効果の対象にならず、効果によって破壊されないぜ」

 幻影騎士団ブレイクソード(1)→(0) 攻2000→1400

 ブレイクソードがその折れた剣の切っ先を地面に叩きつけると、そこから地面を割って衝撃波が飛ぶ。そのままの勢いで糸巻の伏せた右側のカードを吹き飛ばした。

「不知火の武部に自爆特攻する意味も薄いか?そして妖刀は墓地に送られた次のターンからその効果を使用可能、ならこの場で潰す必然性も薄いか。カードを伏せてターンエンド、それと同時に禁じられた聖衣の効果は消える」

 幻影騎士団ブレイクソード 攻1400→2000

「どうにか凌いだか……アタシのターン!」
「シンクロ召喚、あるいはリンク召喚か?どちらにしてもこのターンは大人しくしていてもらおう、永続トラップ発動、虚無空間(ヴァニティー・スペース)。このカードが存在する限り、互いにモンスターの特殊召喚は不可能となる……ははは、その表情を見る限り、どうやらこのカードを破壊する手段はないようだな」

 本源氏の言葉は正しい。本来虚無空間はその極めて高い性能と引き換えに、デッキかフィールドからカード1枚が墓地に送られるだけで破壊されるという極めて脆い性質を持つカードである。しかし糸巻の手札には適当に発動して墓地に送ることができるカードすらもなく、その唯一の方法はあのブレイクソードに妖刀か武部のどちらかを自爆特攻させるという極めてリスクの高いものしか残っていなかったのだ。

「そんな事やってられるかよ……ここは賭けるしかないか、イピリア召喚!このカードが場に出た際、アタシはカードを1枚ドローできる!」

 イピリア 攻500

「なるほど、うまく使い切りの魔法辺りが引ければ御の字、か。だが、そううまくいくかな?」
「アタシの引きを舐めんなよ?ドロー……ぐっ!?」

 不敵に笑って引いたカード。だがいかに引きの強い彼女といえど、幸運の女神もそう毎回は微笑みはしない。結局せっかくの盤面を生かせず、引いたカードをそのまま伏せることしかできなかった。

「カードを3枚セットして、妖刀を守備表示に。ターンエンドだ」

 妖刀-不知火 攻800→守0

「なんだ、やはり腕が鈍っていたか?今のタイミングで引けないとはな、『赤髪の夜叉』の名が泣くぞ。このエンドフェイズ。レイダーズ・ナイトの効果によって特殊召喚されたブレイクソードは自壊する……しかし、そこからでも幻影騎士団は立ち上がる。このカードが破壊された時、墓地に存在するレベル4以下の幻影騎士団2体を蘇生し、そのレベルを1つ上げる。ただしこの効果の発動後、ターン終了時まで俺は闇属性以外の特殊召喚が不可能となるがな。レベル5となって三度甦れクラックヘルム、フラジャイルアーマー!」

 幻影騎士団クラックヘルム ☆4→5 攻1500
 幻影騎士団フラジャイルアーマー ☆4→5 守2000

「俺のターン、今こそ時は満ちた。ライフを2000支払い魔法発動、超越融合!俺のフィールドのモンスターのみを使用し、チェーン不可の融合召喚を行う!」

 本源氏 LP4000→2000

 超越融合。それは本来エクシーズテーマである【幻影騎士団】には、入るはずのないカード。しかし彼は、それをデッキに入れた。そこから導き出されるは、彼の持つもうひとつの力。かつての彼が選んでデッキに入れ、ともにプロの舞台を戦い抜いた、もうひとつの切り札。

「戦場に響け、勝利の咆哮。大気を震わせ大地を揺るがす、数多の騎士の勝鬨よ。最終防衛ラインに刻め、我らが勝利の一番星!融合召喚、覇勝星イダテン!」

 覇勝星イダテン 攻3000

 西洋騎士の遺物といった出で立ちの幻影騎士団とは打って変わって、豪槍を片手で難なく振り回す中華風の出で立ちをした偉丈夫。だが、まだだ。まだ、彼の軍は揃っていない。

「そしてイダテンの効果により、デッキからレベル5の戦士族モンスターを手札に加える。天融星カイキを手札に。そして墓地より、超越融合の更なる効果を発動。墓地のこのカードを除外してこのカードによって融合召喚されたイダテンを選択することで、その素材となったモンスターを効果無効、攻撃力を0として蘇生する!」
「またクラックヘルムとフラジャイルアーマー、ってか?もう見飽きたぜ、そいつらの顔は」
「そう言ってくれるな。戦う者の魂は不滅、幻影騎士団は倒れないということだ。さらにトランスファミリアを召喚、このカードは1ターンに1度、自分モンスターの位置を変えられる。エクストラモンスターゾーンに呼び出したイダテンを、1つ後ろのメインモンスターゾーンに移す」

 幻影騎士団クラックヘルム 攻1500→0
 幻影騎士団フラジャイルアーマー 攻1000→0
 トランスファミリア 攻0

「これでエクストラモンスターゾーンが空いた、そして召喚条件は闇属性モンスター2体以上。クラックヘルム、フラジャイルアーマー、トランスファミリアの3体をそれぞれ右、右下、左下のリンクマーカーにセット」

 浮かび上がる六角形の指定された3か所に、闇の渦となった3体のモンスターが飛び込んでいく。3つの頂点がオレンジ色に光輝き、条件を満たしたことで開かれた異空間への道の向こうから飛び出した新たなる騎士がその錆びついた戦斧を手にイダテンの斜め前、右のエクストラモンスターゾーンへと着地した。

「数多の苦難になお折れぬ、誇りも高き騎士の道。最終防衛ラインより、戦線を再び突き進め!リンク召喚、リンク3。幻影騎士団ラスティ・バルディッシュ!」

 幻影騎士団ラスティ・バルディッシュ 攻2100

「ラスティ・バルディッシュの効果。1ターンに1度デッキの幻影騎士団モンスターを墓地に送り、ファントム魔法・罠カード1枚をフィールドにセットする。ゆけ、幻影騎士団ティアースケイル。そしてフィールドにセットするのは、幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)だ」
「モンスター1体への効果無効、攻撃対象への抑制、そして攻撃抑制か。面倒なもの伏せてくれるな、ったく」
「これくらいしておかないと、お前相手では心もとないからな。墓地よりクラックヘルムの効果を発動、このカードを除外する……そして俺の墓地から幻影騎士団が除外されたことで、ティアースケイルを蘇生することができる」

 幻影騎士団ティアースケイル 守1600

「ティア―スケイルの効果発動。手札1枚を捨て、デッキから幻影騎士団またはファントム1枚を墓地に送ることができる。この天融星カイキを捨てて幻影騎士団ダスティローブを墓地へ、そしてダスティローブは墓地から除外することでさらに後続の幻影騎士団をサーチできる」

 引き裂かれた布鎧、風雨にさらされ傷んだローブ、隠密用に作られたものの使う者もとうに果てて土に戻るのを待つばかりだったブーツ。戦士たちが確かにそこにいた証拠の、しかし消えつつあった品々に再び不屈の魂が宿り、戦場を自在に闊歩する。

「アンタが今サーチしたサイレントブーツは場に幻影騎士団がいる場合に特殊召喚ができ、さらにラスティ・バルディッシュのリンク先に闇属性のエクシーズモンスターが特殊召喚された時、フィールドのカード1枚を破壊できる……だろ?やらしゃあしないさ、トラップ発動、小人のいたずら!このターン、互いの手札に存在するモンスターのレベルは1下がるぜ」

 サイレントブーツのレベルはティアースケイルと同じ3……しかしこの発動により、ティアースケイル自体のレベルは変わらぬままにサイレントブーツのレベルだけが一方的に2へと下がる。これで、このターンのエクシーズ召喚は不可能。リンク召喚に繋げる手は残っているが、それを選ぶ気はないようだ。

「小癪な手を……では望み通り展開は終わりだ、バトル。まずはラスティ・バルディッシュでイピリアを攻撃」

 無造作に振りぬかれた傷だらけの戦士による重い戦斧の一撃が、その足元を這いまわる爬虫類を強かに打ち据える。

 幻影騎士団ラスティ・バルディッシュ 攻2100→イピリア 攻500(破壊)
 糸巻 LP4000→2400

「くっ……!」
「これで終わりか、呆気ないがそんなものか?覇勝星イダテンで不知火の武部に攻撃する」

 妖刀を失い薙刀を両手で構える少女に迫る、その体躯で遥かに上回る偉丈夫。両者の攻撃力の差は1900と本来糸巻のライフをすべて奪うには足りていないが、イダテンにはそれを補って余りあるだけの効果がある。

「覇勝星イダテンが自身よりもレベルの低いモンスターとバトルを行うダメージ計算時、効果発動。そのモンスターの攻撃力を0にする、天地覇星の儀!」

 イダテンの全身から放つプレッシャーと覆せないレベル差を前に、懸命に薙刀を構えてその一撃を防ごうとしていた武部の手から力が抜けていく。その1瞬の隙を見逃さず、流星のように速く剛槍が伸びた。

「させるかよ……!ダメージステップにトラップ発動、バージェストマ・ハルキゲニア!この効果で、ターン終了時までイダテンの攻守は半分になる!」

 覇勝星イダテン 攻3000→1500→不知火の武部 攻1500→0(破壊)
 糸巻 LP2400→900

「凌ぎ切られたか。いいだろう、腕は鈍ったという言葉は撤回する。そしてターンを終えるこの瞬間にイダテンの攻守は元に戻り、先ほど除外されたクラックヘルムの効果により墓地の幻影騎士団、フラジャイルアーマーを手札に回収する」

 覇勝星イダテン 攻1500→3000 守1100→2200

「ご丁寧に妖刀だけフィールドに残しやがって……だが、無駄な努力だったな?永続トラップ、闇の量産工場を発動!アタシのフィールドから妖刀を墓地に送り、カードを1枚ドローする」

 墓地発動の効果を持つ妖刀を無理矢理墓地に送り込みつつ、さらに手札を補充する。さらに通常のドローで、もう1枚。それを目にしたとき、糸巻の目がギラリと輝いた。

「アタシのターン……やっと来たな!まずスタンバイフェイズ、発動から2ターンが経過したことで黄金の封印櫃から不知火の宮司の封印が解かれるぜ。そしてこの宮司1枚をコストに捨てて魔法カード、一撃必殺!居合ドローを発動!アンタのフィールドに存在する枚数だけアタシのデッキからカードを墓地に送り、さらに1枚をドロー。そのカードによって、2種類の処理から自動的に次やることが決定される。さあ、お祈りするなら今のうちに済ませときな」
「祈る?それは俺ではなく、自分でやることだろう?どちらにせよチェーンするものはない、好きにしてくれ」

 いつ、いかなる時でも一発逆転の目を秘めた魔法カード、居合ドロー。デッキトップに手をかけ一呼吸置き、一気にカードを引き抜いた。

「アンタの場に存在するカードはイダテン、バルディッシュ、ティアースケイル、そして伏せてある幻影霧剣の4枚。よって上から4枚、アンデットワールド、バージェストマ・オレノイデス、バージェストマ・カナディア、不知火の隠者を墓地に送り……さっきは偉い目にあったがな、今度こそアタシなりのデュエルを見せてやるよ。ドロー!」

 ここで居合ドローの2枚目を引き当てれば、その追加効果によりフィールドのカードをすべて破壊、さらに墓地に送った枚数1枚につき2000ものバーンを与えて問答無用のオーバーキルが成立する。当然糸巻自身も隙あらばその方法での勝利を狙ってはいるのだが、先ほどのターンと同じように彼女の引きがいくら強いといっても、そう都合よく奇跡が起こせるほどのレベルには達していない。
 しかし、それで十分だった。幸運の女神は明確なキスではなく、ただ微笑みだけを残していく。それを見逃しはしないのが、この糸巻だ。

「死霊王 ドーハスーラ……よし。なら居合ドローの更なる効果により、今落とした数と同じ枚数のカードを墓地からデッキに戻す。バージェストマ・ハルキゲニア、不知火の宮司、不知火の武部、黄金の封印櫃を戻させてもらうぜ。生あるものなど絶え果てて、死体が死体を喰らう土地。久々にアタシの領土に案内してやろう、アンデットワールド!」

 幻影騎士団ラスティ・バルディッシュ 戦士族→アンデット族
 幻影騎士団ティアースケイル 戦士族→アンデット族
 覇勝星イダテン 戦士族→アンデット族

 全ての生命の輝きが塗りつぶされて、不浄にして不条理な動く死骸に書き換えられる土地。生命への冒涜に満ちていながら、それでいて同時に最も生命らしい動乱の巻き起こる場所。そこではあらゆる理不尽が道理に置き換わり、理屈は偏屈に入れ替わる。
 そしてその全てを統べる女帝こそが、糸巻太夫という女だった。

「さあ、とっとと終わらせようぜ?墓地から妖刀-不知火の効果を発動!このカードとアンデット1体を除外することで、そのレベル合計と等しいレベルのアンデットシンクロモンスター1体を特殊召喚する。アタシが選ぶのはレベル4、不知火の隠者だ」

 先ほどラスティ・バルディッシュによって折られてそのままになっていた妖刀の切っ先が、触れる者もいないのにふわりと宙に浮く。その周りをどこからともなく点火した炎の渦がぐるりと囲み先ほど消滅したはずの部分が、そしてそれを掴む新たな使い手の腕が、炎の中で形になっていく。

戦場(いくさば)切り込む(あやかし)の太刀よ、一刀の下に輪廻を刻め。逢魔シンクロ、レベル6。刀神-不知火!」

 ☆4+☆2=☆6
 刀神-不知火 攻2500

 超常的な炎の力によって完全に修復された不知火と、それを手にする炎の中から現れた壮年剣士。しかし、まだ足りない。この力だけでは、まだ届かない。その時、刀神の手にした妖刀がひとりでに更なる炎をその刀身に纏った。

「ゲームから除外された不知火の隠者は、同じく除外された不知火1体を帰還させることができる。復活、妖刀-不知火!」

 妖刀-不知火 攻800

「チューナーの帰還、か」
「さあ、連続シンクロといこうじゃないか。レベル6の刀神に、レベル2の妖刀をチューニング!戦場に影落とす妖の魔竜よ、光と闇の狭間を溶け合わせろ!シンクロ召喚、レベル8!混沌魔龍 カオス・ルーラー!」

 ☆6+☆2=☆8
 混沌魔龍 カオス・ルーラー 攻3000 ドラゴン族→アンデット族

 光と闇の力を持つ魔龍が、アンデットワールドの空に舞う。本来は死を振りまくはずのその能力も、元より死人だらけのこの地にあってはそこかしこの死体を活気づかせるための降り注ぐ闇に他ならない。

「カオス・ルーラーはシンクロ召喚に成功した時……」
「デッキの上5枚の中から光、闇属性モンスター1体を選び手札に加え、残りのカードはすべて墓地に送る、だろう。これは……止めざるを得ないか。永続トラップ発動、幻影霧剣。このカードの対象とするモンスターは攻撃することもされることもなく、その効果は無効化される」

 アンデットワールドの闇を裂き、影のように薄い闇の剣が飛ぶ。カオス・ルーラーの体を貫いたそれはいかなる原理かその体をも空中に縫い留め、その身動きを封じ込めた。

「そうさ、アンタはそうせざるを得ない。ここで、その幻影霧剣を消費せざるを得ないのさ。だが、アタシの前でトラップを発動する代償は払ってもらうぜ?フィールドでトラップが発動された時、墓地のバージェストマ・カナディアの効果を発動。その発動に直接チェーンし、このカードをモンスターとして特殊召喚する」
「……結局はお前の手のひらの上、か」

 バージェストマ・カナディア 攻1200 水族→アンデット族

 糸巻は今の攻防において、カオス・ルーラーとカナディアの事実上の2択を迫ったのだ。当然本源氏の側もその意図に気づいてはいたが、アンデット使いにとって墓地リソースの意味は極めて大きい。それを知っているからこそ、わかっていながらもカオス・ルーラーを止めるほかはなかったのだ。

「ああ、その通り。そして、アンタの判断は決して間違っちゃいない。だがな、そいつもやっぱり悪手だぜ?アタシはアンデット族のカオス・ルーラーとカナディアの2体を、左下及び右下のリンクマーカーにセット。戦場(いくさば)に笑う(あやかし)の魔性よ、死体の手を取り月光に踊れ!リンク召喚、ヴァンパイア・サッカー!」

 ヴァンパイア・サッカー 攻1600

 アンデットワールドの荒廃した雰囲気には一見似つかわしくない、しかしよく見れば何よりもその場に馴染んでいる少女の形をしたモンスター。口の端からわずかに覗く白い犬歯が、光を反射してきらりと光った。

「ヴァンパイア・サッカー……いや、さっき引いていたのは……そうか、そういうことか!」

 ここに来てようやく糸巻の真の意図に気がついた本源氏が絶望の唸りを上げるが、それももはや遅すぎた。尤も気づいていたとして、どうにかできた保証はないのだが。

「ようやく思い出したみたいだな。そうさ、ヴァンパイア・サッカーがいる限り、アタシはアンデット族のアドバンス召喚をする際のリリース要因を相手フィールドのアンデットから賄うことができるのさ。幻影騎士団ラスティ・バルディッシュと覇勝星イダテンをリリースし、アドバンス召喚だ!死霊を統べる夜の王、死霊王 ドーハスーラ!」

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800

 本源氏の操る東西モチーフ混成軍の最前線に構えていた2体の強力な戦士たちが、成すすべなくアンデットワールドの腐った大地にその足元から呑み込まれていく。それと入れ替わるように血の沼地の奥底から浮上して大蛇のような体を地面に引きずる湿った音と共に現れたのは、数多の死霊をその強大な力でいとも簡単に操ってのけるアンデットワールドの重鎮だった。
 彼が先ほど手札に回収したフラジャイルアーマーは、幻影騎士団の破壊に応じて手札から壁として特殊召喚できる……しかしそんな都合のいい未来など決して訪れないことを、本源氏は知っている。目の前のこの女は最後の最後でそんなつまらないプレイングミスをするようなデュエリストではなく、こちらの手を知ったうえで動いてくるということは、当然それなりの備えがあるとわかっているからだ。

「装備魔法、ラプテノスの超魔剣を発動。このカードをアンタのティアースケイルに装備するぜ……バトルだ。そしてバトルフェイズ開始時、ラプテノスの超魔剣の効果によって装備モンスターの表示形式を変更し、モンスター1体を召喚する」

 幻影騎士団ティアースケイル 守1600→攻600
 牛頭鬼 攻1700

 ティアースケイルが強制的に攻撃の姿勢を取り、その姿を間髪入れず解き放たれた死霊の奔流が押し流す。ドーハスーラの一撃が、最終防衛ラインを突破した。

 死霊王 ドーハスーラ 攻2800→幻影騎士団ティアースケイル 攻600(破壊)
 本源氏 LP2000→0





「終わったか……立てるか?」
「老骨に余り鞭を打たないでくれないか」

 大の字に倒れたままピクリとも動かず、しかし存外元気そうに返事する本源氏。その様子なら大丈夫そうだと判断し、糸巻もまた嵐の後のような部屋の中でどうにかひっくり返っていない手近な机の上に座り込む。お互い外傷の出るようなカードこそ使いはしなかったが、今のデュエルで体に蓄積されたダメージは決して無視できるほどのものでもない。
 だが腰を下ろした直後に糸巻は、息をつく暇もなく歯を食いしばって再び立ち上がった。デュエル前の会話から、ある可能性に思い至ったのだ。疲労と痛みで反応の鈍い体を引きずるように、本源氏の体を引き起こす。

「立てるか?なんて聞いてられねえなこりゃ。おいコラ、立ってくれ。巴の奴がここに来てもおかしくないんだろ?最終的にはお縄に付けてやるが、今はアタシが責任もってデュエルポリスで保護してやるよ」
「……ああ、そうだな。俺もだいぶ年か、まだやれるつもりだったがこのまま連戦は無理そうだ」

 現役時代の彼からは、想像もつかないような弱音。何も言い返しはしなかったが、聞かされる側の糸巻としては思うところもあり、若干表情が歪む。

「七曜の奴も、同じようなこと言ってたなぁ。どいつもこいつも年が年が、ってよ……ほれ、おぶってやるぜ爺様よ」
「ははは、そこまで年を食った覚えはない。ただ、肩だけは貸してくれ……あつつ」

 よろよろと手を取って立ち上がり、もたれかかってくる男の体。依然として筋肉質ではあるが、それでも心なしか昔の記憶にあったそれよりは小さくなっているようにも思えた。

「(アタシもいつか、近いうちにこーなんのかね)」

 それは近い将来、こんな無茶な仕事をしていては確実に訪れる未来なのだろう、と思う。そうなったからといって、自分が逃げている過去に対しての何の贖罪になるわけでもない。
 だけど少なくとも、それは今じゃない。扉を開けて外に出た、少し見ただけでは酔っぱらって肩を組んでいるだけのように見える2人の姿は、すぐに町の雑踏の中に紛れていった。 
 

 
後書き
今回のデュエルシーン、途中の展開に何か無理があると感じましたか?もし感じたのであればそれは私のアフターケア能力の不足であり、とても自然なことです。
実は今回、ブレイクソードの蘇生効果使用ターンにおける闇縛り、9割書き終わるまですっっかり忘れてました……気づいたときには自壊からの蘇生、即座に超越融合イダテンをバーン、そのまま攻勢に入って糸巻のターン、ともはや治しようがないレベルまで来ていたのでだいぶ歪なことになってしまいました。
レベル4の幻影騎士団2体からイダテンは我ながら割といい案だと思っていたのですが、やっぱりカード効果はちゃんと読んでからでないと駄目ですね、ほんと。 
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