遊戯王BV~摩天楼の四方山話~
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ターン29 雷鳴瞬く太古の鼓動
前書き
お久しぶりです(土下座)。
まあ今回も無事に帰ってきました。
もはや自分ですら覚えてなかったから読み返してきた前回のあらすじ:糸巻さん、デュエルポリスになる。
電気も点いていない、暗い部屋。明かりらしきものは、1か所しかない窓のカーテンの隙間から細く差し込んでくる月明かりぐらいのものだ。そしてそれすらも、排気ガスで汚れた都会の空気は容赦なく薄めていく。結果的にその部屋の中では、辛うじて自分の手元の形が理解できる程度の光量しか確保されていなかった。
……手元?そう、その部屋には人がいる。1人は机の前の椅子の上、目の前に置かれたワイン入りグラスに手も付けずに無言で座り込んだまま。そしてもう1人が足元もおぼつかない闇の中をものともせず軽やかに歩き回りながら、座る人影へと声を掛けた。
「さて、おおむねこちらの策としてはこんなところですかね。ご理解いただけましたか?」
「……」
男の声にも、人影は微動だにしない。しかしその沈黙を肯定と受け取ったのか、気にした様子もなく言葉を続ける。
「では、これから貴方にはせいぜい馬車馬のように働いていただくことになるわけですが、その前に」
歩き回っていた足を止め、ぼんやりとした輪郭ぐらいしか識別できないもう1人の首元に顔を寄せる最初の男。全体的にどこか芝居がかったその調子は先ほどまで話に上がっていたらしい「策」とやらへの高揚ゆえか、それとも目の前の人影の神経を逆なでするための彼なりの皮肉なおもてなしか。
もし彼の狙いが後者にあったのだとしたら、その反応はあまり期待に添えるものとは言い難かったろう。これまでと変わらず、すぐ近くまで寄ってきた人の気配に対しても身動き一つしない……無視である。
「貴方と私は立場が違う。仕事にかかっていただく前にお互いのためにも、そこのところを改めて明確にしておこうと思いまして。言っておきますが、私は貴方のことを信頼するつもりも、気を許すつもりも欠片たりともありません。ですが私はそれでも、今の貴方は信用に足る相手だと思っていますよ。なぜだかわかりますか?」
もし相手に答えるつもりがあったとしても、それを聞く気はないらしい。口を挟む暇すらも与えず、一方的な話は続く。
「貴方『も』、私に気を許してはいないからですよ。貴方は私を都合よく利用するだけ利用し、見切りをつけたらその場で使い捨てるつもりでいる。ああ、否定なんて結構ですよ。それはお互いさま、私も貴方には限界まで働いていただき、最後には使い潰すつもりで手を組んでいるわけですから。ですが今この瞬間だけは、貴方と私の利害は一致している。そうでしょう?互いに利用価値があるうちは、つまらない真似はよしましょう。貴方には、それを理解するだけの知能はあると私は見込んでいますよ」
言いたいことだけ言ってくるりと半回転して背を向け、締め切られた部屋の出口へと向かう人影。しかし手を掛けた扉が開かれる寸前、ぴたりと動きを止めてもう1度だけ暗闇の中を振り返った。
「無駄な警告でしょうが……この私を相手に『化かしあい』で勝てるなどとは、ゆめゆめ思わぬよう」
扉が開くと、その向こう側で頭上の蛍光灯が放ち続けていた光が男の顔を上から照らす。巴光太郎……『おきつねさま』の名を持つ元プロデュエリストにして現テロリストの向ける皮肉な視線の先に、既に先ほどまでそこにいたはずの人影は存在せず、代わりに開きっぱなしの窓から入り込む風がカーテンを揺らしていた。
「ふぅーっ」
そことは違う場所、高級そうな……といえば聞こえはいいが実際にはその華美なしつらえがいささか鼻につく、いかにも成金趣味な書斎で1人、小太りの中年男が息を吐いた。薄くなってきた髪を撫で、今日も仕事が平穏に終わったことに安堵の息を吐く。
男の名は、兜大山。近年デュエルモンスターズの、つまり『BV』被害からの復興産業でメキメキと業績を伸ばしてきた、典型的な成り上がりの波に乗った男である。しかしそんな彼には、もうひとつ裏の顔がある。書斎の鍵がしっかりとかかっていることを確認した彼がいそいそと本棚の裏の隠し扉から取り出して高級ウイスキーとグラスの隣に並べたのは、デュエルモンスターズのカードである。
「どうれ、今夜も始めようか」
おもむろにウイスキーを注ぎ、ストレートのそれを一口含む。革張りの椅子に深々と腰かけて、手にしたカードを1枚1枚丁寧に確認していく。高級な酒を飲みつつ、自慢のデッキを誰にも邪魔されず調整する……これが、彼にとっては至福のひとときだった。とはいえこの趣味も、始めたのはつい最近からだ。つい最近までこのデッキはどちらかといえばコレクションとしての意味合いが強く、時折眺めることはあっても今のように毎日のごとく取り出してはカードの入れ替えを検討したりなどとはしていなかった。
それが決定的に変わったのは、あの日以来のことだ。今でも彼は、あの時のことを思い出す。自分に出資を持ち掛けられ、会場の提供まで行った裏デュエルコロシアム。それをどこからか嗅ぎつけ、偽の身分まで使い単身この書斎へと飛び込んできた青年、鳥居浄瑠……まったく、まさか彼があのデュエルポリスだとは思わなかった。
ともかく彼がその時に魅せた、デュエルモンスターズに演劇の要素を取り入れたエンタメデュエルという未知なる概念。それが、兜のデュエリスト魂に火をつけたのだ。あれ以来自分がデュエルをする機会は訪れていないが、それでもなお色あせないデッキを強くすることへの喜び。
「ふむ、このカードまで入れるのはやはり重いだろうか。だがこのカードの枚数を削れば……いや、それでは安定感が落ちて本末転倒か?」
回ってきた心地いい酔いに身を委ねながらぶつぶつと呟き、さらに次の一杯を注ぐべくボトルに手を伸ばす。しかしその手が、途中で止まった。この書斎の床は一面、彼自身が金に糸目もつけずに買ってきて敷き詰めた毛の長い絨毯が覆っており、誰が歩いても足音など響かない。そのせいもあってここまで気が付かなかったが、締め切られたはずのこの部屋に誰か自分以外の人間がいる。視界の端に映った人間の脚に背筋を凍らせながら、恐る恐る視線を上に。その顔を見た時の衝撃は、困惑と安堵のどちらが大きかったのか。彼自身にもよく分からなかった。
「君は……!」
「久しぶりですね、と言いたいところですが。前振りは抜きにして、ビジネスの話をしましょう」
そこにいたのは今まさに思い返していた青年、鳥居浄瑠。だが真っ先に目についたのは、そのどこか異様な風体だった。両腕や服の下からわずかに見える肩口にはすり切れて血の滲んだた包帯が乱雑に巻かれており、片足はうまく動かないのかわずかに全体的な重心をずらしてびっこを引いている。いや、そもそもなぜこの夜更け、密室のはずのこの場所に?
混乱と酔いが思考にノイズをかけ、うまく考えがまとまらない。そんな流れを断ち切ったのは、ほかならぬ鳥居本人だった。勧めもしないのに向かいに腰かけ、テーブルの上で両手を組む。まっすぐにこちらを見つめる瞳は以前とは比べ物にならないほど狂気的な光を放っており、その恰好と相まって今の彼が明らかに異常な状態にあることをよく物語っていた。
「あなたが先日落札した、この近海での海上プラントの建設。あの権利をこちらに譲っていただきたいのですが」
「な、何を……!?」
海上プラントの建設。確かに兜には身に覚えがある話であり、新しく大口の契約を結んだことでますます事業も安泰になると祝杯を挙げた記憶も新しい。頭の中を回転するたくさんの疑問よりもまず先に口をついて出たのは、1代にして成りあがった彼の矜持であり、社長としての言葉だった。
「……ふざけないでもらおう。何が目的かは知らないが、あれはわが社にとっても計り知れない価値がある」
みるみるうちに冷酷になってきた視線に貫かれながら、きっぱりと拒絶の言葉を吐く。同時に机の下へとなるべく手を這わせ、裏側に密かに設置した警報ボタンを強く押す。ここからはなんの音も聞こえないが、これで警備室へと緊急連絡が入ったはずだ。すぐに、常駐の警備員が駆け付けてくれるだろう。後はそれまで、自分が時間を稼ぎさえすればいい。覚悟を決めた彼の眼のまえに、どさりと音を立ててひとつの機械が置かれた。その形状を、彼はよく知っている。
「デュエルディスク……!?」
「そう言うだろうと思って、最初から準備はしてきた。もう1度拒否するというのなら、俺とのデュエルで決めてもらう。警告しておくが、無論『BV』は組み込まれている」
「だ、だが、君はデュエルポリスなんだろう?こんな行為を取り締まるのが仕事のはずでは」
震え声での指摘に対し、わずかな間。しかしその表情が変わることはなく、その答えもない。
「……さあ兜大山、ふたつにひとつだ。あんた自身の身の安全と引き換えに海上プラントに関する一切のアンタの手にした権利を差し出すか、力づくで差し出させるか。俺はどっちでも構わない」
「……いい、だろう」
躊躇したのは、ほんのわずかだった。酒のせいで気が大きくなっていたのもあるし、下手に逆らうと何をするかわからない鳥居の異様な雰囲気を察したというのもある。時間稼ぎの継続というのも、決して間違いではない。
だがそれ以上に、彼は強化を遂げた自分のデッキに自信があった。それは、デュエリストならば誰もが持ちうる当然の感情。かつて敗北を喫した目の前の男に今度こそ勝てる、そう思った。だから彼はゆっくりと手を伸ばし、そのデュエルディスクを掴んだ。立ち上がり、机を挟んで距離を取り向かい合う。扉は鳥居の後ろ側、警備員が来ればすぐに取り押さえられる位置取り。
「「デュエル!」」
「せ……先攻は、私が貰う」
「いいだろう、好きにすればいい」
余裕とも無関心とも取れる態度に警戒しつつ、商人としての兜の鋭い目はその短い言葉に隠された違和感を見過ごさなかった。彼の得意としていたはずのエンタメデュエルは始まる気配すら見せず、以前の彼からはなにか根本を揺るがすほどのことが起きてしまったことは想像がつく。
「……私は手札から、幻創のミセラサウルスの効果を発動。このカードを捨てることで、このターン私の恐竜族モンスターは相手プレイヤーのあらゆる効果を受けない」
様々な恐竜の特徴を組み合わせたような化石の生物が、赤い目を光らせて半透明のオーラを放つ。その姿はすぐに幻想となって消えていったが、放たれたオーラはいまだ兜のフィールドに残存している。これでほんの1ターン限りとはいえ、エフェクト・ヴェーラーや幽鬼うさぎといったカードの心配をせずに動くことができる。
「先攻1ターン目から完全耐性の付与か。随分と贅沢な使い方だな」
「私がこのカードを使ったのは、この効果に繋げるためだ!墓地に送られたミセラサウルスの、更なる効果を発動!このカードを含む恐竜族を墓地から任意の枚数だけ除外することで、その合計数と等しいレベルを持つ恐竜族モンスターをデッキから特殊召喚する。私の墓地に存在するのはミセラサウルス1枚、よってレベル1の恐竜族を呼び出す。現れろ、珠玉獣-アルゴザウルス!」
珠玉獣-アルゴザウルス 攻0
ミセラサウルスの残したオーラを鎧のようにしてその全身を包む、まるでビーズ製であるかのように大量の球体の集合によって形作られたワニ型生物。しかしこれは人工物などではなく、れっきとした恐竜である。
「アルゴザウルスが場に出た際、その同名カード以外の恐竜族モンスター1体を私の手札かフィールドから破壊することで、指定されたカードを1枚手札に加えることができる。ダイナレスラー・パンクラトプスを破壊し私が選択するのは通常魔法、究極進化薬だ」
「究極進化薬……」
以前のデュエルでも先行1ターン目から使用し、強固な布陣を作り上げるために一役買ったカード。しかし兜自身もそのデッキも、もうあの時と同じではない。
「そしてレベル1モンスター、アルゴザウルス1体を真下のリンクマーカーにセット。リンク1、リンクリボーをリンク召喚……だが、これも中継地点。このリンクリボーは、サイバース族のリンクモンスター。これをそのまま素材とし、左のリンクマーカーにセットする。リンク召喚、セキュア・ガードナー!」
リンクリボー 攻300
セキュア・ガードナー 攻1000
戦闘に強いリンクリボーを切ってまで呼び出されたのは、それとは対照的に効果ダメージに強い能力を持つ新たなリンクモンスター。だが兜の狙いは、効き目があるかも怪しいバーンメタなどではない。何かに気が付いた鳥居が、ピクリと眉を動かした。
「究極進化薬の発動コストには、墓地に恐竜族とそれ以外の種族を持つモンスターが1体ずつ必要……なるほどな、無駄のない動きだ」
言葉の内容とは裏腹に、まるで称賛する気などこもっていない冷たい口調。背筋が寒くなるが、だからといってここで止まるわけにはいかなかった。
「わ……私は通常魔法、究極進化薬を発動。墓地から恐竜族のアルゴザウルス、及びサイバース族のリンクリボーを除外することで、デッキからレベル7以上の恐竜族モンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。山を割り、空を割り、己が信じる覇道を太古の大地に刻め!レベル10、究極伝導恐獣!」
究極伝導恐獣 攻3500
以前この書斎でこのカードを使った時は、ソリッドビジョンのないカードとして机の上に置かれていただけだった。
しかし、今回は違う。ソリッドビジョンとして投影され「BV」が実体化させた恐獣の質量はまごうことなき覇者の威圧感を放ち、その太い脚と強靭な爪が絨毯を力強く踏みにじる。さらにそれだけではなく、まるで主たる兜を守るかのようにその太い尾を回してバリケードを作りつつ、対戦相手の鳥居へと敵意のこめた低い唸り声を放った。
それは明らかにソリッドビジョンによる演出の範疇から外れた、まるで実際の生物であるかのような動き。エースモンスターのそんな動きに戸惑う兜とは対照的に、鳥居がさほど驚いた様子もなく表情を歪めて苦笑いする。
「こ、これは一体?」
「なるほど『BV』の副産物、ごくまれに発生するカードへの意思の発現、仮称『精霊のカード』、か。まさかいつかの儚無みずきよりも前、こんな身近なところにもサンプルが転がっていたとは……ったく、もう少し早く知っていたら、あの廃図書館事件の時も少しは楽にことが進んでいたのかね?」
「精霊の……?私の、究極伝導恐獣が?」
余りに常軌を逸した話の内容に呆然とオウム返しに呟いて視線を上に向けると、同じく兜を見下ろす恐獣と視線が合った。思わず頭を下げると、その強面にはまるで似合わない、子犬かなにかを思わせる動きで同じように会釈を返してくる。先ほどから到底信じがたいことばかり起きているが、どうやらこれも紛れもない現実なようだとは信じざるを得なかった。
そしてその現実が頭に染みていくにつれ、驚愕に代わりじわじわと浮かび上がってきたのは喜び。精霊のカード、デュエリストならば誰もが1度は夢見て、そして大人としての常識がいつしか埋もれさせて消えていく稚気じみた憧れ。それが今、自分のような中年の前にいる。兜がこの究極伝導恐獣のカードを手に入れたのは、デュエル産業が凋落したのとほぼ同じ時期のことだ。つまりこのカードは購入以来、この瞬間までただの1度たりともソリッドビジョンに投影されたことがない。
そんなに前からずっと、私のことを見ていてくれたのか。私は君の声に、気が付けなかったというのに。
「君に何があったのか、私にはわからない。だが私はこの勝負、なんとしても勝たせてもらう。それが、この究極伝導恐獣へのせめてもの誠意だ!手札から、ネメシス・コリドーの効果を発動!除外されているミセラサウルスをデッキに戻し、このカードを特殊召喚する」
「ネメシス……?」
ネメシス・コリドー 攻1900
緑色の竜巻が吹き上がり、全身が緑色の鳥人のようなモンスターが降りたつ。しかしその体は即座に、天井から落ちてきた雷に打ち据えられた。
「雷族モンスター、つまりネメシス・コリドーが効果を発動したターン、私の場から雷族の効果モンスターをリリースすることでこのカードはエクストラデッキから特殊召喚できる。融合召喚……超雷龍-サンダー・ドラゴン!」
超雷龍-サンダー・ドラゴン 攻2600
雷に打たれたネメシス・コリドーが、そのまばゆい光の中でべきべきと音を立てて巨大化していく。両腕は退化して巨大な翼となり、その体色は緑から暗い藍色へ。両足もひとつに退化しさらに長くうねり、いつしかその体は雷を全身に纏う文字通りの龍となっていた。
「サーチ封じと破壊耐性の龍か……面倒だな」
「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
手札を1枚のみ残した状態でターンを渡す。ただ立っているだけであらゆるサーチ行為を封じる超雷龍に純粋な攻撃力も相まって単体での制圧力がずば抜けた究極伝導恐獣の並びは、確かに強力なものだ……しかし鳥居はその盤面を改めて眺め、カードを引く前にふっと鼻で笑った。
「確かに面倒ではあるんだけどなあ……はっきり言って、前の方がよっぽど強かったんじゃないのかい」
前の時、とは言わずもなが、以前の卓上デュエルで兜が見せた布陣のことである。1度きりとはいえ戦闘、効果両方に対応した破壊耐性持ちの究極伝導恐獣に相手の2体以上の展開を封じるカイザーコロシアム、極め付きにデモンズ・チェーンまで伏せてあったあの時の盤面に比べれば、一概には言えないもののこの状態ですら見劣りすると取られても仕方がないか。
しかしそう言われてなお、兜は胸を張った。変わってしまった目の前の青年に、伸ばした指を突きつける。
「確かに、そうかもしれない。しかし、これが今の私の誇りなのだ。そしてそれを私に教えてくれたのは、ほかならぬ君だ」
「誇り?俺が?」
ほんのわずかに、表情が動いた。不愉快そうな問い返しに、力を込めて大きく頷く。
「ああ、そうだとも。以前君と戦った時の私は、真に相手のことを見ていなかった。自分のターンの展開だけですべてを完結させ、相手を見て動くという勝負としての基本を見失っていた。相手に返せない布陣というものは、いざ返された際に脆い。それを補強するためにさらに強度を上げ、拘束度を上げ、またそれが突破され……その終わらない繰り返し、いたちごっこに何の意味がある?私はあの布陣を、絶対に返せない構えとして張り巡らせた。だが知っての通り、君はそれを打ち破った。あの時、私は思い知ったよ。『絶対』などというものは存在しない」
「それで、『妥協』したと?物わかり良さそうな言葉でごまかして、ただ諦めただけじゃないのか」
「そうじゃない。相手を、そして観客を楽しませるエンタメデュエルという概念を教えてくれたのは、ほかならぬ君だ。目の前の相手を見ずに自分とだけ向き合って、独りよがりに高みだけを目指す……私はそれまで囚われていた芸術作品としてのデュエルよりも、君のような戦い方を極めたいと思った。君の話術や演出のような技術は到底一朝一夕に身につくものではないが、私の心構えは変わったんだ。先ほど披露したこの究極伝導恐獣の口上だが……なるほどいざ口にするとなると少し照れ臭いが、確かにこれは気持ちのいいものだ」
年甲斐もなく朗らかに笑う兜に……しかし鳥居は、その冷たい視線を和らげることはなかった。
「言いたいことはそれだけか?なら、改めて教えてやろう。兜大山、あなたは……あの時よりも弱くなったという、歴然とした事実を!俺のターン、ドロー!スケール1の魔界劇団-デビル・ヒールとスケール8の魔界劇団-ファンキー・コメディアンを、それぞれレフト、ライトPスケールにセッティング!」
「やはり、【魔界劇団】……!トラップ発動、アーティファクトの神智。このカードの効果により、私はデッキからアーティファクト1体を特殊召喚する。レベル5、アーティファクト・モラルタ!」
アーティファクト・モラルタ 攻2100
突如として空中から現れ机に突き刺さった大剣を、青白い人型のオーラが掴み引き抜く。そのままに手にした刃をひと振りすると、そこから放たれた衝撃波が鳥居の左右に立ち上った光の柱のうち片方に飛んでいき激突、小規模な爆発を起こした。
「相手ターンにモラルタが特殊召喚されたとき、フィールドのカード1枚を破壊できる。私が選ぶのは、ライトPゾーンのデビル・ヒールだ」
「問題ないな。スケール3の魔界劇団-エキストラを、空いたライトPゾーンにセッティング」
「他にも下のスケールが存在したか……だが今私が破壊したデビル・ヒールは、モンスターとしてはレベル8。スケール3のエキストラとスケール8のファンキー・コメディアンの組み合わせでは、もはやペンデュラム召喚は不可能なはずだ」
冷静な指摘は正しい、しかし依然として冷徹な表情は崩れない。残る手札3枚が、叩きつけるようにフィールドに置かれた。
「これでレベル4から7のモンスターが召喚可能……ペンデュラム召喚!」
魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500
魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500
魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000
3体のモンスターの同時召喚、そしてその中央には彼のエースモンスターたるビッグ・スターの姿。しかしその輝きを増すための口上が鳥居の口から発せられることは、ない。
「やはり、変わってしまったのか……?その召喚成功時、究極伝導恐獣の効果を発動!私の手札のモンスター、ベビケラサウルスを破壊することで相手モンスター全てを裏側守備表示にする!」
究極伝導恐獣がその首をもたげ、大きく吠えた。ビリビリと大気を震わせるその咆哮は、ただそれだけで書斎に破壊の嵐をもたらす。背後ではかなりの重量があったはずの本棚が倒れ、天井では照明のほぼ半分がその大音量に共鳴して爆ぜた。壁紙はめくれ、机の上のペン立ては軽々と吹き飛ばされ……しかし、そんなことに構っている余裕はどちらにもない。3体の魔界劇団もその衝撃に耐えきれず、そのソリッドビジョンがぶれて消えていく。
魔界劇団-プリティ・ヒロイン 攻1500→???
魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500→???
魔界劇団-ティンクル・リトルスター 攻1000→???
「そして、破壊されたベビケラサウルスの効果を発動。このカードが効果によって破壊された時、私のデッキからレベル4以下の恐竜族モンスター1体を特殊召喚できる」
デッキを広げ、必死に思案する。これで3体の魔界劇団の動きは封じ込めた……だが、それだけではまだ安心できない。ここは普段ならば万能サーチャーである魂喰いオヴィラプターをリクルートし、さらにその効果で幻創のミセラサウルスを再び手札に加える場面。この方法であれば、少なくとも究極伝導恐獣とオヴィラプターには完全効果耐性を付与することができる。
だがその方法だと天使族であるアーティファクト・モラルタとサイバース族のセキュア・ガードナー、そして雷族の超雷龍が無防備なまま残ってしまう。お互い手札もない今の状況では、取れる手も限られているはず。ならばここは戦線を維持し、次を牽制するのが無難な手か?
兜はまだ、気が付いていない。もはやどんな手を取ろうとも、勝負の大勢はほぼ決していることに。真綿で首を絞めていくかのごとく、確実に敗北がそのすぐ後ろにまで迫ってきていたことに。
「……縄張恐竜、守備表示!」
縄張恐竜 守2000
「この縄張恐竜は1ターンに1度だけ戦闘破壊された際に同名モンスターをリクルートでき、さらにこのモンスターが存在する限りエクストラモンスターゾーンに存在するあらゆるモンスターは効果が無効となる。私のセキュア・ガードナーも、当然この効果を受けてしまうがね」
だがそれを差し引いても、私のライフは4000。攻撃力5000でのワンショットキルでも狙いに来ない限り、考えなくてもいいだろう……これは口には出さず、心の中で算段するにとどめておいた。
兜に思いついた、これが最善のリクルート先。だがそれを見てなお、鳥居の態度は崩れなかった。
「くだらないな。やはりあなたは、前よりも弱くなっている……魔界劇団-エクストラのペンデュラム効果を発動。相手フィールドにモンスターが存在する場合、このカードは1ターンに1度だけ特殊召喚できる」
魔界劇団-エキストラ 攻300
光の柱のうち片方が消え、その中央に浮かんでいた3人組がふわふわと降りてくる。だがそれは、効果を生かすためではない。すでに、その仕事は終わっている。
「レベル1モンスター、エキストラを真下のリンクマーカーにセット。リンク召喚、リンクリボー。これで縄張恐竜の効果は、リンクリボーが肩代わりする」
「しまった……!」
「さて、俺のモンスターは裏守備にされてしまったわけだが。例え表示形式が変わろうと、このカードが闇属性のペンデュラムカードという情報は消えはしない。その条件を満たすプリティ・ヒロイン、そしてティンクル・リトルスターの2体をリリースすることで、このカードはエクストラデッキから特殊召喚できる。融合召喚、覇王眷竜スターヴ・ヴェノム!」
縄張恐竜に睨まれて震えあがるリンクリボーの真後ろに2体の魔界劇団が溶け合い、蛍光色のラインを全身に持つ紫毒の竜に変化した。そしてこの局面では、究極伝導恐獣の持つ強大な制圧力がそのまま兜に牙を剥く。
「スターヴ・ヴェノムの効果を発動。互いの場か墓地に存在するモンスター1体を選択することで1ターンの間のみその名前と効果をコピーし、さらに俺のモンスターに貫通能力を与える。ペルソナ・チェンジ……アルティメットコンダクター・ヴェノム!」
スターヴ・ヴェノムが植物の蔦のようなその長い尾をシュルシュルと伸ばし、究極伝導恐獣の体を締め付ける。強靭な太古の覇者の体はその程度の衝撃では揺らぎすらしないが、スターヴ・ヴェノムの狙いは最初から締めあげることでの攻撃ではない。ドクンドクンと脈動するたびに、細長い尾を通って究極伝導恐獣の体を構成する遺伝子情報が竜の体へと流れていく。その手に握られた1枚の仮面が、コピーした情報をもとに徐々に眼前の究極伝導恐獣の顔を模したものに変化していく。
「ああ、危ない!」
警告の声に反応し、ようやく動いた恐獣が力技でスターヴ・ヴェノムの尾を振り払う。しかし時すでに遅し、仮面にはくっきりと恐獣の顔が映し出されていた。そしてそれを、自身の顔に上から当てはめる。
覇王眷竜スターヴ・ヴェノム→究極伝導恐獣
「スターヴ・ヴェノムの効果を発動。俺の手札か場のモンスター1体を破壊し、相手フィールドに存在するすべてのモンスターを裏側守備表示にする……だったかな?動けないモンスターに用はない、ビッグ・スターを破壊する」
スターヴ・ヴェノムの尾がまたもしなり、自身の隣に置かれたままの裏側のカードを一瞥すらせず真上から刺し貫く。1瞬だけ心臓の位置を貫かれて痙攣するビッグ・スターの姿が浮かび上がるも、すぐにそれも消えていった。
アーティファクト・モラルタ 攻2100→???
超雷龍-サンダー・ドラゴン 攻2600→???
縄張恐竜 守2000→???
究極伝導恐獣 攻3500→???
「ああ!」
呆然と手を伸ばす前で、4体ものモンスターが崩れ落ちて消えていく。それは兜のエースである究極伝導恐獣も例外ではなく、残ったのはセキュア・ガードナーと裏側に置かれた4枚のカードのみ。
「リンクモンスターのセキュア・ガードナーはこの効果を当然受け付けない……もっとも、よかったとはとてもじゃないが言えないだろうがな。さらに究極伝導恐獣は、相手モンスター全てに1回ずつの攻撃ができる。まずはセキュア・ガードナーに攻撃!」
「くっ……セキュア・ガードナーの効果発動!私が受けるダメージは、1ターンに1度だけ0になる!」
覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 攻2800→セキュア・ガードナー 攻1000(破壊)
「だが、それだけだ。続けてアーティファクト・モラルタに攻撃、そしてこの瞬間に究極伝導恐獣のもう1つの効果を発動!このカードが守備モンスターを攻撃するダメージステップ開始時に相手に1000のダメージを与え、その相手モンスターを墓地へと送る」
スターヴ・ヴェノムが仮面の奥の口から吐き出した紫の炎が、モラルタのカードを容赦なく焼き尽くす。それだけでは収まらないその余波が、兜の体をも焼きにかかる。
覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 攻2800→???
兜 LP4000→3000
「ぐう……!」
「まだだ。続けて超雷龍に攻撃、もう1度効果を発動する」
またしても自由意思があるかのように伸びたその尾が、焼かれていくモラルタの隣にあったカードを串刺しにする。喉元を貫いたその先端が後頭部から貫通した超雷龍の姿が映し出されるも、それもまた消えていく。
覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 攻2800→???
兜 LP3000→2000
「縄張恐竜に攻撃、効果発動」
さらに隣のカードに向け、スターヴ・ヴェノムがその片腕を伸ばす。するとその腕からは茨のような無数の触手が伸び、獲物を捕らえた蛇のように裏側のカードに巻き付いたかと思うとなんのためらいもなくそれを締め潰した。
覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 攻2800→???
兜 LP2000→1000
「私の、カードが……!」
「……さて、いよいよ次が最後の攻撃なわけだが。何か言い残したことはあるか?」
最後の攻撃宣言の前に1度手を止めるが、兜は答えず鳥居を……正確にはその後ろにあるドアをじっと見ていた。おかしい、いくらなんでも時間がかかりすぎている。警報は送ったというのに、警備員は何をしている?なぜ、せめて様子ぐらいは見に来ない?
そんな焦りを、視線の動きから察したらしい。冷笑を浮かべた鳥居がポケットの中に手を入れ、ガサゴソと漁りだす。やがて取り出したのは、財布ほどの大きさの機械。乱暴に引きちぎられたのか、コードの切れ端が伸びている。
「もしかして、探しているのはこれか?あいにくだが、警報装置はここに来る前に無力化させてもらった」
そういって床に放ったそれを、すぐさま踏み潰す。土壇場で助けがやってくるという最後の希望さえ目の前で潰え、急に視界が下がった。これまでに受け続けた3000ポイント分の実体化したダメージのせいもあり、立っていられるだけの力が抜けてその場に膝をついていたのだと理解できるまでには、少し時間がかかった。本来ならばそれを支えてくれたであろう究極伝導恐獣も、今はもう動けない。
そして、最後通告が放たれる。
「攻撃、そして効果発動。最後のな」
それまで本人は動かぬままに触手や炎で攻撃を仕掛けていた覇王眷竜が、ついに宙に舞った。鉤爪を閃かせ、最後のカードへと強襲をかける。ライフが0になるよりも先に、兜の意識は消えていた。
覇王眷竜スターヴ・ヴェノム 攻2800→???
兜 LP1000→0
「クソッたれがぁ……あー面倒くせぇ、まったくもって面倒くせえ!」
翌日。最初に通報を受けた地元警察からの連絡によって共同捜査に駆り出された糸巻は、当然のように朝から荒れていた。基本的に彼女の人柄やその口の悪さは割と広くに知れ渡っているので、あちこちの壊れた調度品や床に散らばったカードを注意深く調べている鑑識の人たちもいちいち反応したりはしない。せいぜいまたか、といった呆れ半分、いつもの調子なことに安心半分の視線を時折送るぐらいのものである。
「(だいたいなあ、兜建設ってのがもうアレなんだよ。裏デュエルコロシアムんときのこと考えると絶対碌なことにならないっつーか、下手に首突っ込むと面倒事に巻き込まれるのが目に見えてんだよなぁ)」
これは心の中でだけぼやく。いつぞやの裏デュエルコロシアムの件については彼女も表沙汰にはしておらず、ここの社長が裏のデュエル界隈と繋がりがあることもここにいる連中に知られてはいない。そのまま顎に手を当て、しばし思考にふける。
「(だがわからねえのは、なんでこのタイミングでこのオッサンが襲われる必要があった?鳥居の奴を参加させたことへの粛清……の線は、ないだろうな。巴はあの時鳥居の存在を逆利用してやがったぐらいだし、粛清にしちゃタイミングも遅すぎる)」
迷惑そうな鑑識の姿も目に入らずに部屋の中をうろうろと歩き回っていると、吹き飛ばされてひっくり返った重そうな机の脚に何かが挟まっているのが偶然目についた。軽く振り返るが、鑑識はこの存在に気づいてはいないらしい。好奇心に突き動かされ、その布の切れ端を強引に引っこ抜く。目を細めるまでもなく、その正体は想像がついた。
「破れた包帯……?それに、ここは兜建設……ちっ、嫌な予感がするな」
「糸巻さん、少しいいですか」
「あー?」
最悪の想像が徐々に形になってきたところで、後ろから馴染みの鑑識に声を掛けられた。まだ若いが、よく気が付く男である。
「おう、どうしたい」
「部屋の奥から衝撃で吹き飛ばされたんじゃない、明らかに人為的にこじ開けられた金庫が見つかりまして。今被害者の秘書って人を呼んできてますので、何が盗まれたかわかりそうですよ」
「そうか、ならアタシも同席しよう。いいよな?」
「でなきゃ呼びませんよ……あ、今行きます先輩」
部屋の隅、くだんの金庫の前で早く来いと手招きされ、慌てて近寄る。年配の鑑識が半開きの扉を開き、残った書類を慎重に取り出してスーツ姿の秘書がそれに目を通す。1枚また1枚とめくるにつれて、その顔が徐々に青くなっていく。
「な、ないです!ありません!」
「落ち着いてください、一体何がなくなってるんです?」
「うちの社長が先日取ってきた、海上プラント建設の資料や権利書が、全部なくなってます!」
「海上プラント、ねえ……」
しかめっ面のまま、糸巻が誰に言うでもなく呟く。特大の揉め事が起きる、彼女の勘はそう告げていた。
後書き
ターン2以来久々登場、兜建設の兜大山社長。またひとり再登場を果たしたところで、また今回からがしがしメインストーリーを進めていきますよ。
……と言いたいところですが、正直まだまだ書きたいサブクエ的な回の候補もあるんですよね。悩ましい。
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