水の国の王は転生者
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第六十三話 悪霊の滝
謎の原住民に全滅の危機を救われた捜索隊は、彼ら原住民の事や、襲って来た謎の獣の軍団の情報得る為に、原住民の後へ着いて行く事にした。
彼ら原住民は、これから本拠地へ帰るようだった。
道すがら原住民の少女『アワサ』から話を聞くと、彼ら原住民は言ってみれば反乱軍なのだそうだ。
アワサは、美少女と呼べるほどの容姿で、腰まで伸びた長い髪を三つ編みにし、浅黒い肌に半裸に近い民族衣装の姿は若い民兵達に『大変』好評だった。
アワサの話では、大森林周辺は大昔から精霊が他の生物を支配する土地で、人間は永らく他の獣の家畜同然だった。
およそ一年前、デガナヴィダというリーダーが現れ、数百人の人々を伴って、禁断の地として足を踏み入れることを禁じられた『悪霊の滝』と呼ばれる場所に逃げ込み、今日まで戦い続けてきた。
「禁断の滝には、獣達は近づこうとしないの。お陰で今日まで戦い抜いて来られたわ」
と、女戦士アワサが言った。
捜索隊は基本は徒歩で、負傷者は補給物資の運搬用に持ってきた馬車に乗せられ、アニエスも馬車に乗せられていた。
アワサは馬から下りて、デヴィットにあれこれ解説していた。
「この『雷鳴の杖』は、悪霊の滝の近くで見つけた宝具よ。この宝具のお陰で、爪や牙で劣る私達は戦い続けることができたの」
そう言ってアワサは『雷鳴の杖』……ウィンチェスターM1866を天高く掲げた。
「雷鳴? 『場違いな工芸品』ではなく?」
デヴィットが聞き返す。
「場違い? この杖を相手に向けて使うと、雷の音みたいな凄い音が出るから、似たような物全て雷鳴の杖と呼んでいるのよ」
「その禁断の滝に、場違い……コホン、雷鳴の杖があったと?」
「そうよ、雷鳴の杖だけじゃなく、使い方が分からない物もたくさん有るわ。さて……そろそろ見える頃よ」
「ん? 何か音が聞こえる」
捜索隊達が大森林を抜けると、大河と呼んでよいほどの大きな河が流れていて、その下流は見た事の無い巨大な滝になっていた。
「……おお!」
デヴィットは言葉が見つからなかった。
目の前に広がる壮大な光景は、ハルケギニアでは見た事は無かったからだ。
他の捜索隊の面々も同じようで、ポカンと口を開けたまま、とてつもなく巨大な滝を眺めていた。
「ようこそ、悪霊の滝へ」
そう言って、アワサは自分の馬に飛び乗った。
原住民の本拠地、悪霊の滝は、地球で言うナイアガラの滝の事だった。
後で知ったことだが、微妙に形や配置は違ったがこちらの世界にも五大湖は存在していた。
……
原住民の本拠地は、悪霊の滝から50メイル程の断崖絶壁を下った場所にある僅かな陸地に木造の家が密集して建てられていた。
「下まで降りるには、狭い道を降って行かなければならない。馬車をここにおいて負傷者は背負っていこう」
「了解」
アワサに先導された民兵達は負傷者を背負って狭い道を降りていった。
「足元に注意して。滝のすぐ側だから濡れてて滑りやすいわ」
「了解だ。みんな聞いたな? せっかく拾った命だ些細なミスで落とす事は無いように」
「了解です」
ヒューゴらは恐る恐る下って行き、眠るアニエスも民兵に背負われ、下へ下へと降りていった。
途中、少ない陸地を利用した畑で農作業をする女達が見えた。
「農作業をしているのは女だけのようだな」
「男はみんな戦士として務めているからね」
「そういうキミは、農作業せずに戦士をしていて良いの?」
「……『杖』の扱いや馬の扱いも他の戦士には負けないわ」
「……失言だったかな?」
「構いはしないわ。よく言われることだから」
などとデヴィットとアワサが世話話をしている内に本拠地に着いた。
……
「ありがとう、皆さんのお陰で助かりました。厚かましいと思われますが、負傷者を寝かせる為に、何処か場所を提供して欲しいのですが」
デヴィットがお礼の言葉を言うと、アニエスら負傷者を寝かせる場所を用意するよう要請した。
「少し川側に下った所に空き家が有るから、負傷者はそこに寝かせて、場所は……そうね、先客に案内させるわ」
「先客?」
「あの人達の事よ」
アワサが指差す方には、消息不明になったシュヴルーズら地質調査隊の面々が、驚いた顔で捜索隊を見ていた。
「あ、ミス・シュヴルーズ!!」
「あの人達は、あんた達みたいに森の中で襲われていたのを助け出して、ここまで連れて来たのよ」
「そうだったんですか……ミス・アワサ。一度のみならず二度も救っていただき有難うございます。マクシミリアン総督に成り代わってお礼を言わせて下さい」
デヴィットは深々と頭を下げた。
「止してよ。たまたま襲われていた所に、出くわしただけ。それよりも、デガナヴィダに会わせるわ」
「確か反乱の長でしたな。お礼諸々、情報交換がしたい、是非会わせて下さい」
「分かったわ、着いてきて」
そう言って、アワサは家屋の中でも最も大きな家へ向かった。
「ヒューゴは、地質調査隊と一緒に負傷者を頼む。ジャックを俺に着いて来てくれ」
「了解」
「また、除け者ですか? はあ……分かりましたよ」
「頼んだ」
愚痴を言いながらもヒューゴは、シュヴルーズの所へ全速力で走っていった。
……
デヴィットとジャックは、アワサに付き添われ、リーダーのデガナヴィダが待つ家に入った。
家の中は閑散としていて家具の類は無く、錆び付いた小銃が5丁ほど壁に立て掛けられていた。
「デガナヴィダ。今帰ったわよ~」
アワサが、声を掛けたが返事が無い。
「お客さんだよ、昨日助けた人達と同族の人~」
もう一度声を掛けても返事は無かった。
不審がってデヴィットがアワサに声を掛けた。
「居ないのか?」
「居るよ」
「だが、返事が無い」
「デガナヴィダはちょっと特殊なんだ……着いて来て」
そう言うと、アワサは家の奥へと進んでいった。
デヴィットとジャックは、お互い目を合わせるとアワサの後へ着いて行った。
家の奥へと3人は進むと、会議場の様に広い部屋に出た。
部屋の中央には、焚き火の火が煌々と輝き、見た目は30前後の青年が熊の毛皮を敷いた床に胡坐をかいていた
青年は他の原住民と同じような半裸に近い民族衣装を着ていた。
「お初にお目にかかります。私はトリステイン王国のデヴィットという者です」
「同じく、ジャックです」
「……」
二人は自己紹介をしたが、デガナヴィダは黙ったまま目を瞑っている。
「あの……」
「ああ! ごめんなさい忘れてたわ。デガナヴィダは四六時中、精霊を交信していて滅多なことじゃ話さないのよ」
デガナヴィダの横に控えていたアワサが、事情を説明した。
「精霊? しかし精霊は敵だったのでは?」
「精霊にも色々なヤツが居るのよ。私達が敵対しているのは、獣を統べる『悪い精霊』の方よ」
「悪い精霊?」
「そうよ、私達を都合の良い食料か何かと勘違いしている連中。私達は獣と違って、力も弱いし素早く立ち回れない。デガナヴィダが私達を連れて悪霊の滝に逃げ込むまで、獣や亜人達に食べられない様に身を潜めるしかなかったわ」
アワサはギリリと奥歯を噛み、憎しみに燃える瞳を輝かせた。
無言で目を瞑っていたデガナヴィダが口も開いた。
「憎しみに支配されてはいけない『みんなきょうだい』だ」
「みんなきょうだい?」
「デガナヴィダ! たまに口を開けばいつもそれじゃない! アンタはそれで良くても獣どもは私達を襲うのを止めないわ!」
「……」
「なによ! またダンマリ!?」
「……」
アワサは舌打ちをすると、腕を組んで壁に寄りかかった。
「デガナヴィダ。私達……少なくとも私は、アンタが喋るまで待っていられるほど暇じゃないの」
アワサがデガナヴィダを睨み付けると、ようやくデガナヴィダは口を開いた。
「……隣人よ」
「は、はい」
「……」
デガナヴィダの言葉にデヴィットは息を飲んだ。
「大精霊の声によれば、我らの悲願を達成するには、あなた方、隣人の力を借りねばならならない」
「大精霊?」
「左様、我々と獣達の和を望む、良き精霊です」
「良き精霊……どうぞ続けて下さい」
「ですが、悪しき精霊が獣達を守護している以上、彼らは我々の言葉に耳を貸さないでしょう。ですが、あなた方の中に精霊を倒すことが出来る者が居る、と大精霊が言っていました。悪しき精霊を破れば獣達も耳を貸すようになるでしょう、是非とも我々に力を貸していただきたい」
デガナヴィダは胡坐をかいた状態で深々と頭を下げた。
「話は分かりました。重大な事柄ですので即答は出来ません。今度来るときは返事を持って来ます」
「……」
デヴィットらは一礼して部屋を出て、再びダンマリを決め込んだデガナヴィダは、頭を下げ二人を見送った。
「デガナヴィダがあんなに喋るなんて初めてみたわ」
二人を伴って玄関先まで来たアワサは、率直な感想を述べた。
「そんなに喋らないのか?」
「丸一日何も喋らなかった事もあったわ」
「それ程か……」
「まあ、そんな事より……私達を一緒に戦うの?」
「さっきも言ったが、一度本部に報告する。戦うか戦わないかの判断は上がする」
「なにそれ、そんなの自分で決めればいいじゃない」
「そういう訳には行かない。これが宮仕えという奴だ」
「面倒なのね、そのミヤヅカエって。ま、あんた達がここを去っても私達だけで戦い続けるわ」
家を出ると、アワサは『じゃあね』と手を振り何処かへ行ってしまった。
デガナヴィダの家の前に残されたデヴィットとジャック。
「……フォート・ノワールに連絡しよう」
「了解」
デヴィットは、デガナヴィダの言った事をウォーター・ボールで転送した。
フォート・ノワールからの返信は3時間後に返って来た。
内容は、デガナヴィダら原住民との同盟を承諾した事と、同盟に関しての文官と増援を送る旨が書かれていた。
☆ ☆ ☆
アニエスが目を覚ますと、見たことの無い建物の中に居た。
室内は獣の皮がシーツ代わりに布かれ、アニエスは負傷者と一緒に雑魚寝で寝かされていた。
「ここは……」
「ミス・ミラン起きたのね」
「え、あ?」
声のした方へ顔を向けると、そこには行方不明になったはずのエレオノールが居た。
「ミス・ヴァリエール! っ痛!?」
「無理をしないで、ミス・ミラン」
「それよりも、無事だったんですね……良かった」
「ここの人たちに助けて貰ったのよ」
「ここの人?」
「獣達と戦っている人達よ、私達も襲われて、寸での所で助けてもらったのよ。さ、身体を拭いてあげるわ」
エレオノールは、アニエスの所に来ると水の入った桶を床に置き、アニエスの身体を拭き始めた。
「……」
「……もう少し寝てなさい。後の事は隊長さん達がやってくれるわ」
「……分かりました」
アニエスが眼を瞑ると、十秒をせずに睡魔が意識を刈り取った。
眠ったアニエスの身体を拭き終わり、エレオノールは他の負傷者の世話をするべく、桶を持って立ち上がった。
エレオノールは、同情の眼差しでアニエスを見た。
「あんな傷で……あの娘、これからどうなっちゃうのかしら」
エレオノールの視線の向こう。アニエスの左頬には大きな絆創膏が張られていた。
数時間前に、治療の手伝いをした際に見えてしまった絆創膏の下の傷跡……エレオノールは妹分のこれからの人生を想像して暗澹たる気持ちになった。
……
次にアニエスが目を覚ましたのは、辺りが暗くなってからだった。
上半身を起き上がらせると、十分な睡眠と治療のお陰で何の痛みも感じなかった。
辺りを見渡すと、負傷者のうめき声が時折聞こえた。次にエレオノールの姿を探すと建物の端っこで毛布代わりの毛皮に包まって寝息を立てていた。
「外の空気が吸いたい」
と、独り言と言って立ち上がり、眠っている他の負傷者を踏まないよう足元に気をつけながら外へと出た。
外に出たアニエスは、目の前に飛び込んできた巨大な滝に圧倒された。
「わぁ……」
大河の水が滝つぼに落ち、舞い上がって雫になり、双月の光に彩られて幻想的に見えた。
アニエスは散歩がてら河の岸辺を歩いていると、後ろから気配を感じた。
「誰?」
後ろを振り返ると、見たことの無い先住民の少女がアニエスの後を着けていた。
「私? 私はアワサ。お客さんがウロウロしてるのを見たから、注意しに来たのよ」
「注意?」
「そこの河は水量も多いし、流れも急だから、死にたくなかったら近づかないで」
「あ、ごめん」
アニエスは岸辺から数歩後ずさった。
「私はアニエス。アニエス・ド・ミラン。貴女は?」
「アワサよ」
「それじゃ、アワサ。地質調査隊や私達を助けてくれてありがとう」
「どうって事ないわ。それにお礼なら、隊長さんからもう貰ったわ」
アワサは手をヒラヒラさせて、照れ隠しをした。
「じゃあね、ちゃんと寝ておきなさいな」
「何処へ行くの?」
「雷鳴の杖を採り採りに行くのよ」
「雷鳴の杖?」
「えっと、あ~……確か場違いなナントカって隊長さんが言ってたわね」
「ひょっとそれ、場違いな工芸品?」
「そう、それ」
アワサの言葉にアニエスは頭を捻らせた。
(場違いな工芸品を採る? どういう意味だろう)
興味を持ったアニエスは着いて行って見ようと思った。
「私も着いて行って良い?」
「別に良いわよ」
「ありがとう」
こうして、アニエスはアワサに着いて行く事になった。
……
双月の光は、まるで街頭の様に二人を照らす。
月光を頼りに、アワサは猛烈な水飛沫を上げる滝つぼへと足を進めた。
「それ以上は、進めないんじゃないの?」
「大丈夫よ」
アワサは気にせず進み続ける。
ついに二人は、大瀑布と目と鼻の先までたどり着いた。
「うう、びしょびしょだ」
アニエスのTシャツ風の肌着は、水飛沫でびしょびしょになり下着まで濡れてしまった。
一方のアワサは、半裸に近い民族衣装と腰まで伸びた三つ編みが濡れても気にしなかった。
「こっちよ」
アワサは、行く手を阻む切り立った崖まで進んだ。
「こんな所に洞窟が」
そう、何もないと思われた崖に、大人が5人肩を組んで入れる程度の洞穴が口を開けていた。
アワサは何も言わず、洞穴の中に入っていった。
アニエスも後を追うと、洞窟内は明るく地面や天井のあちこちから剥き出しになった光る鉱石が、照明代わりになっていた。
(深夜なのに、洞窟の中は明るいとはどういう事だろう?)
などと、不思議に思いながら、アニエスはアワサの後に続いた。
滝の裏側、真上が大河という事もあってか、洞窟内のあちこちで水滴が落ちていた。
奥に進むと、巨大な空洞が広がっていて、かつては金属だった錆びた鉄屑や、完全に錆び付いた金属製の馬車の様な物などがそこら中に転がっていた。
「ここは……」
「私達が、悪霊の滝に逃げて来た時に偶然見つけたのよ。生き残るのに必死だった私達は、何か武器になりそうな物を探して、こういった雷鳴の杖を見つけたの」
そう言ってアワサは、愛用のウィンチェスターM1866をアニエスに見せた。
「それじゃ、私は使えそうな物がないか調べるからアンタは見物でもしてて」
「……私も見ても良い?」
「ん~、いいよ」
「ありがとう」
アニエスもアワサに習って、使えそうな物を探し始めた。
……2時間ほど経っただろうか、アニエスは使えそうな場違いな工芸品を探した。
収穫は、弾の無いブローニングM2重機関銃が1丁と、M2を車載していた軍用車両だった。
「え~っと、これは……コマンド隊の座学で習ったことがあったな、確か『クルマ』だっけ? あ~、でもあちこち錆びついてる」
アニエスがあちこち調べているとアワサが声を掛けてきた。
「それは『鉄の牛』よ。動かし方が分からないし、食べられそうも無かったから放って置いたのよ」
「食べられそうって……それよりも、この場違いな工芸品……じゃなかった、雷鳴の杖の弾は?」
「それなら、みんな使って、殆ど残されて無いわ。そうしないと生きて行けなかった」
「……大変だったわね」
「ありがとうねアニエス。もう遅いし、そろそろ帰りましょ?」
「良いけど、アワサは何か収穫はあった?」
「収穫なし。一年前まではこの空洞内を山積みするほど有ったのに、僅か一年で使い果たしてしまったようね」
「それじゃあ、どうやってこれから戦うの?」
「……弾はまだ残っているし、雷鳴の杖が無くたって戦いようはあるわ。でも、きっと多くの犠牲を払う事になったでしょうけど、ね。
アワサは、雷鳴の杖の力が無ければ自分達がいかに無力化か、戦士としての直感で読み取っていた。
「……」
「アニエス達と出会ったのも、デガナヴィダの言葉を借りれば『大精霊の思し召し』なのかも。あ、デガナヴィダってのは私達のリーダーの事ね」
「アワサ……」
「さ、帰りましょ」
「……そうね」
洞窟へ入る時のアニエスはアワサの後に着いて行くだけだったが、出る時はアニエスはアワサは隣同士、肩を並べて出てきた。
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