提督はBarにいる。
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横須賀、再び
『今回の防衛圏構想、何かクサいな』
提督のぽつりと漏らした一言が発端で、ブルネイ鎮守府諜報部(自主結成)は調査を開始。その結果、命令が大本営からではなくその後ろに控える内務省から出ている事が判明。それも、書類をたらい回しにして出した部署をカモフラージュしようとする姑息な手を使った上で、である。その報告を聞いた提督は、その笑みの意味を知る人間ならば震え上がりそうな『良い笑顔』をしていたそうな。そして命令が発令されてから2週間後、ブルネイから大型輸送機が飛び立った。中身は各海域の攻略に向かう艦娘達。基地建設用の資材や建設妖精達は先行して、護衛艦隊を伴って各海域へと向かっている。攻略部隊は現地で合流し、作戦海域へと赴く予定である。
「沖縄・五島列島方面に向かう連中を降ろす為に一旦鹿屋へ寄る。その後は横須賀で千島と小笠原諸島に向かう連中を降ろすからな、間違えるなよお前ら?」
『はぁ~い』
これから大規模な作戦を控えているというのに、機内の空気は弛緩している。まるで女子校の修学旅行かと疑いたくなる程だ。
「……にしても、darlingが攻略部隊に付いてくるなんて珍しいネ?」
「バッカお前、昨日も説明したろ?俺は攻略部隊に直接指示を出すために着いてきたんじゃ無くて、野暮用が出来たの」
そんな機内に、珍しい顔触れが2人。1人はブルネイ鎮守府の主・金城提督。そしてもう1人はその秘書艦であり最高戦力、そして提督の正妻でもある金剛だ。提督がブルネイの地を離れる事は極端に少ない。南方方面の出入口としてブルネイの護りを固める意味もあるが、内地に来られるとその妙に広い人脈とその悪事にはやたらと回る頭を駆使して何をされるか解らないという役人達からの畏れもあって、余程の大事でも無い限りは呼び出される事も無くなってしまったのである。そんな提督が本土行きの機内にいる。これは珍事を通り越して異常事態とも言えた。
「……ねぇ、今回は何で提督も一緒なのかな?曙ちゃん」
「はぁ!?知らないわよそんなの!どうせあの糞提督の事だから、何か悪企みしてんでしょ」
「聞こえてんぞ~?曙に潮」
「ふぇっ」
「ひっ……!」
それっきり黙り込む2人。全く、勘繰るなとは言わんが口に出すのは止めておけと言いたい。ただでさえウチの鎮守府は方々からスパイが集まるスパイの見本市みたいになってんだぞ?迂闊に口を滑らせて捕まる、なんてのは洒落にもならん。頭の中で考えを巡らすか、若しくは話すにしても第三者に聞こえないように小声でしろ。さて、俺は持ってきたビールも飲み切っちまったし……一寝入りしますかね。
提督が一寝入りしている間に、輸送機は鹿屋に着陸したらしい。提督が起きた時には既に輸送機は空の上で、乗り込んでいた艦娘の半数が居なくなっていた。
「起こせよお前ら」
見送り位はしようと考えていただけに、不満を漏らす提督。
「降りた娘達が言ったんデスよ。『提督は疲れているだろうから、そのまま寝かせておいて』って」
という金剛の言葉にぐうの音も出なくなったのか黙り込む提督。実際、提督はかなりの激務である。ブルネイという土地柄、南方や西方方面に向かう艦隊の中継基地の役割を果たしているし、大戦力を抱えているが故の防波堤としての任務もある。起きている間は書類仕事か基地内施設の見回り、若しくは各種折衝に打ち合わせ。そして提督としての業務が終われば、明け方までBarの切り盛りと寝ている間以外はほとんど働き詰めな提督である。本人は不真面目そうな見た目と言動をしてはいるが、ワーカーホリックの沼に片足どころか全身ズブズブに浸かってしまっているのが現状だ。『体力バカだから気にすんな』とは本人の言だが、その大変さを知る艦娘達(特に嫁艦連合)からは少しでも休ませようとする所がある。
「まぁ、そういう事ならありがたく寝かせてもらうかな……」
「残念ですけど、そろそろ羽田ですよ?提督」
そう言って瑞鳳に起こされる。やれやれ、寝ようとして出鼻を挫かれるとすげぇ残念な気分になるな。
羽田の滑走路に着陸した輸送機は、すぐさま給油車が接続して給油作業を始めている。羽田に降りたのは小笠原に向かう艦隊の娘達と俺と金剛を降ろす為だ。俺達が降りて給油が済み次第、更に北上して青森は三沢の米軍基地を目指す。そこで輸送艦隊と合流し、一路幌筵を目指す訳だ。
「ま、せいぜい凍死しねぇように頑張って来いや」
「いちいち一言多いのよこの糞提督!」
ゲシッ、と曙が脛を蹴ってくるが……残念。俺の脛はバット3本纏めてへし折る鋼鉄の脛だぞ?蹴った方が多分痛い。実際、曙は爪先を抑えて蹲っている。
「ハハハ、まぁそんだけ減らず口が叩けるなら大丈夫だな。そっちは任せたぞ?足柄」
「まっかせなさ~い!チャチャッと終わらせて、愛しい旦那様の下へ帰るわよ!」
やたらと鼻息の荒い足柄。鎮守府の整備員と結婚してから長期間離れるのは初らしいが……まだ新婚気分が抜けないのか。
「くれぐれも手抜き工事はすんなよ?」
なんて、しまらない見送りの言葉を送っていると貨物運搬用の車が此方に寄ってきた。
「か、金城大将閣下ですね!お迎えにあがりました!」
「おう、ご苦労さん。うっしお前ら、とっとと乗り込め」
運搬車を運転してきた若い空港職員の兄ちゃんは、俺を見てガチガチに緊張している。まぁ、海軍きっての武闘派なんて噂も近頃じゃ立ってるらしいしな。俺ぁ基本平和主義者なんだがなぁ……解せぬ。
貨物運搬車で滑走路を横断し、メインの搭乗口ではない所から空港の建屋内に入って入国手続きを行う。ただでさえ艦娘を間近で見る機会なんざ少ないからな。居るのがバレたら大騒ぎになるだろう。今回の訪日は大本営にも伝えていない電撃訪問だからな、こっちとしても混乱は避けたい。手続きを済ませてターミナルの端の方をこっそり移動する。まぁ、乗客の興味は窓の外の輸送機に集まっているからかなり楽だ。
『あれ軍の輸送機だろ?珍しいな』
『誰が乗ってきたんだ?』
『海軍のお偉いさんらしいぜ?』
『艦娘も一緒か?』
なんて声がチラホラ聞こえてくる。おいおい、誰かは特定されてねぇがバレてるんじゃねぇの?コレ。『総員、急げ』とハンドサインを出して、スタコラサッサとターミナルを後にする。
「お前らはこのまま横須賀港に向かい、輸送艦隊と合流しろ。既に停泊中のハズだ」
「そこで艤装を受け取って、出撃だね。了解了解……ところで提督は何するの?」
「ん、俺か?俺は……」
横に立っていた金剛をガシッ、と抱き締めて
「2人でデートだ♪」
と冗談をかます。瞬間、火の点いた様なブーイングが飛んでくるがデートは半分冗談。
「デートもするが、本題は仕事だ。ウチの周りが最近窮屈なんでな……少し風通しをよくしてくる」
「提督……あんまり無茶な事は駄目デスよ?」
心配そうな顔を向けてくる金剛。何となくだが、俺の漂わせてる雰囲気と言葉から何をする気か薄々だが察しているようだ。
「バ~カ、無理・無茶・無謀は俺ぁ一番嫌いなんだぜ?仕事は出来るだけ楽して、一番良い成果を挙げるに限る」
てなわけで、小笠原諸島に向かう連中とも空港の出入り口で別れて俺達はタクシーに乗り込む。
「お客さん、どちらまで?」
乗り込んだタクシーの運ちゃんが聞いてくる。
「横須賀の大本営まで」
さぁて、面出しに行くとしますかね。
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