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提督はBarにいる。

作者:ごません
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日本国絶対防衛圏建設計画

 梅雨も下旬に差し掛かろうかという時期に、その報せはブルネイ第一鎮守府に舞い込んだ。その報せを一番に目にした大淀は眉根に深い皺を刻み込み、明石は襲い来るであろう忙しさを思い浮かべて盛大に溜め息を吐いた。そうして廻り巡って来た『命令書』という名の赤紙は、鎮守府のトップである提督の下へと届けられる。中身を確認し、一通り目を通した提督が発したのは、

『面倒くせぇが、やるしかねぇんだろ?』

 の一言だった。横須賀大本営からの命令書。余りにも無謀な作戦であれば拒否も可能かもしれないが、今回の物は可否を問われれば可と答えるしか無い。そもそも、大将とはいえ現場主義的な提督は、大本営のモグラ共からすれば目の上のたん瘤で何かしらのミスをすることを今か今かと待ち望んでいるのだ。それを皮切りに辞任へと追い込みたいと思っているのだから、弱味を見せるわけにもいかない。この絵図面を描いた奴を殴ってやりたい衝動に駆られる提督だったが、グッと飲み込んで指示を飛ばす。

「大淀、班長を全員集めろ。昼飯の時間だ」

 提督が人を集めての食事の指示。他の鎮守府の面子からすれば訳の解らない指示だろうが、この鎮守府ではそれで意味が通る。即ち、厄介な作戦の前の大規模な打ち合わせ……ランチミーティングである。




 昼時を少し過ぎた、午後1時。いつもなら閑散としている筈の食堂は、普段の和やかな雰囲気は無く、いっそ物々しい雰囲気に包まれていた。扉のノブには『関係者以外立入禁止』の札が掛けられ、その前には扉1ヶ所につき2名の見張りが立っている。すわ何事かと遠くから眺める者はあれど、近寄ろうとする者は無い。それもそのはず、今食堂の中にはこの鎮守府の最精鋭とも言える面子が顔を揃え、少し遅い昼食を共にしながら大規模な作戦の展開を決めるための打ち合わせ中なのだ。そこに興味本位で突っ込んでいく馬鹿は、この鎮守府には居ないだろう。

「さて、全員資料は行き渡ったか?早速始めるとしよう」

 普段は賑やかな食堂も、今は静まり返っている。まぁ、全員口をモゴモゴさせているので黙り込んでいるというのもあるんだが。

「さて、昨日我が鎮守府に大本営から命令書が届きました」

 大淀がそう言いながらプロジェクターの電源を入れる。薄暗くされた食堂の壁に映し出されたのは、昨日送られて来た命令書の表紙。題字には『日本国絶対防衛圏建設計画』と銘打たれている。

「絶対防衛圏?何か聴き馴染みのある言葉だが……」

「当然です。原案は太平洋戦争時の『絶対国防圏』ですから」

 武蔵の疑問に対する大淀の指摘に、ああ、と納得する艦娘達。彼の大戦の記憶を有する彼女達ならばさもありなん、と言った所か。絶対国防圏とは、戦況が劣勢になりつつあった1943年の御前会議で策定された大日本帝国が戦争継続及び本土防衛に必要な要衝の事だ。具体的には千島列島・小笠原諸島・マリアナ諸島・カロリン諸島・ニューギニア等だ。だがしかし、その時点で劣勢になっていたのだから守りきれるハズも無く、次々にアメリカに攻め落とされた挙げ句にそこからB29の大編隊が日本本土にやって来るようになったというのだから皮肉な話ではある。

「それで?その絶対国防圏計画とやらをベースにして、日本も引きこもりになろうって事かしら?」

 そう不満げに漏らしたのは海外艦の纏め役をやっているビスマルクだ。

「いや、この計画は守りに入るっつーより……寧ろ攻める為の足場固めに近い作戦だな」

「どういう事かしら?提督」

「今回の作戦の主眼は資材と人材を目標地点に輸送、然る後にその地点を拠点化する事にある。そしてそこを足掛かりにして、太平洋上に浮かぶ小さな島なんかを順々に拠点化……ゆくゆくは小規模な鎮守府化を目指す」

 通常の軍艦と艦娘の違いと言えば、何と言ってもそのサイズ差だ。小さい物でも十数メートル、大きい物なら数百メートルは有ろうかという軍艦の機能が人間サイズにまで凝縮されているのだ。通常の軍艦を運用する為の港湾設備よりもかなりのダウンサイジングが出来る。建設の為の用地も予算も少なくて済むのだから、数が作れる事を活かして俺の管轄するブルネイ周辺では中小規模の泊地や警備府を網の目のように設置して、濃密な警戒ラインを形成している。今回の計画はそれをかなり大規模にした作戦と思っておけば大体合っている。

「成る程ネ~、だからノウハウのあるウチに指令が来たデスか」

「ま、そういうこったな。それとあの陰険眼鏡の嫌がらせも含んでるだろうが」

 寧ろそっちがメインまである。





「相変わらずdarlingはサンジーと相性最悪ネ~」

 ケラケラと笑う金剛を、ジト目で睨んでおく。

「あの、サンジーってまさか……」

「おう、現職の元帥・三条河原 征利(まさとし)こと腐れ陰険眼鏡だ」

 食堂内に『うわぁ……』という呆れたような空気が漂う。コミュ力は人一倍高いと自負している俺だが、奴だけはどうにも気に食わないし反りが合わない。立場上顔を合わせる事も少なくないが、会う度にメンチの切り合いから罵詈雑言のキャッチボール、終いに殴り合いになりそうになる所で互いの秘書艦に止められるってのが一連のパターンと化している。

「三条河原元帥の前職は、軍令部の総長だ。ほぼ独立独歩で好き勝手やっている提督は目の上のたん瘤どころか、切除したい悪性腫瘍のような物だったろうさ」

 と、苦笑混じりに溢すのは武蔵だ。

「おいこら、誰がガン細胞だたけぞう」

「ふふん、自覚があるから傷付くのだろう?」

 くそう。言い返せねぇ。

「んぐっ……まぁいい。兎に角今回の作戦の目的は基地建設の為の輸送・及び周辺の敵勢力の掃討だ。建設中に襲われちゃあ堪らんからな」

「目標地点は千島列島にある幌筵泊地の1号鎮守府、沖縄本島の離れ小島である瀬底島、長崎の五島列島、小笠原諸島の4ヶ所です」

「ちょっと待って?千島と沖縄、小笠原諸島は解るけれど五島列島にまで作戦が展開される意味が解らないのだけれど」

 そう疑問を呈したのは海外組の最古参にして統括をしているビス子。

「五島列島の所には大規模な給油基地を設営する予定だ。近くにでかい石油コンビナートもあるんでな。だが、設営予定地の海底に海没処分された潜水艦があって、それが邪魔らしくてな……その後片付けやらをしないとならん」

「成る程ね、解ったわ」

「基地の設営が終われば、恐らく次の作戦の指示が来るだろう。あまり戦力は割けんが……」

「darling、安心するネー!私達はdarlingが鍛えた精鋭だヨ?」

「ですね。提督のシゴキに比べればどんな相手でも鎧袖一触です」

「お前はドーンと構えて、私達を労う為の飯でも準備しておいてくれ。な?相棒よ」

「あはっ♪いいねぇ、今回はかなり忙しそうだし……これは作戦完遂後の慰労会は期待して良いかな?」

「うへへへ……ご馳走も酒も山のようでち。目に浮かぶでち」

「こらこらゴーヤ?貴女口からヨダレ垂れてるわよ?」

「正に酒池肉林だね。あれ、これ違う意味だっけ?」

「ま、細かい事は良いんじゃない?楽しければ」

「お前らなぁ……」

 作戦の開始前から終わった後の宴会の話をする奴があるか。それも揃いも揃って。全く……頼もしいやら情けねぇやら。

「ま、兎に角だ。各作戦域へ派遣する艦隊の編成は追って伝える。各位は情報伝達をしっかりとな?」

「連・相・報(レンソウホウ)は仕事の基本ですからね?」

「おい、それを言うなら報連相(ホウレンソウ)だろうが」

 ここで軽く笑いが起きる。

「うっし、今回もウチは色々と業務を押し付けられて大変だろうがいつも通りだ。やれる事をやって、給料分はキッチリ働こう」

 俺の締めの言葉に反応して、全員が立ち上がって敬礼をする。さて、残りの昼飯を平らげて仕事に取り掛かるとしよう。

 
 

 
後書き
この話とはあまり関係ありませんが、1つ前の話を外伝の方に移しました。 
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