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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第六十八話

 おっちゃんが六助、と呼んだ男には見覚えがあった。

 私達の生まれ育った村に住んでいた鍛冶屋の息子だったと思う。
昔から可愛げのない奴でさ、コイツの兄貴が弱い者いじめをするのが本当に好きだったんだよね。
小十郎もコイツの兄貴によく苛められてたしさ~、あんまりいい思い出は互いにない。
そういや、小十郎のこと鬼子だって言って一番最初に石投げつけて来た子供が、確かアイツだったような……。

 落とした刀を拾い上げて、おっちゃんに渡した六助は、睨み付けるような目で小十郎を見ている。
小十郎はというと、何も言わずに六助から目を逸らしており、こんな様子を政宗様も何処か訝しげに見ている。
っていうか、何で小十郎があんなに気まずそうな顔してるわけ?
昔苛められてたって言ったって、今やり返すことくらい平気で出来るじゃないの。

 「おい、客にその態度はねぇだろうが。この方々はうちの上客だぜ?」

 「……すいません、師匠」

 口ではそうは言ってもやっぱり小十郎を睨むその目は変わらない。
鬼子と言われて迫害してきた人間がこんなところにいれば睨みたくなるのも分からなくないけど……
でも、あの目は確実に小十郎だけに向いてる。何か憎しみの色が見て取れるっていうか……。

 「それじゃ、おっちゃん頼むわね」

 「おう」

 このままここにいるのは小十郎には良くない。
そう判断して小十郎とお市の手を引っぱって、私達は早々に鍛冶屋を後にした。

 何処か寄り道をして帰ろうかとも思ったんだけど、小十郎があれから押し黙ったまま口を開こうとしないこともあって、真っ直ぐ城に戻って来た。
政宗様もこの様子には眉を顰めていて、何があったのかと聞きたそうな顔をしている。

 「小十郎、馬代わりに繋いでおくから部屋戻って休んでな」

 「しかし」

 「いーから。それとも黒い手に部屋まで運んでもらいたい?」

 流石にそれは嫌だと、小十郎がかなり嫌そうな顔をして私に馬を任せて部屋へと戻っていく。
追い払うようにして戻したのは良いけれども……やっぱ政宗様には事情を話した方がいいのかしらねぇ……。

 「……事情、聞きたいですか?」

 黙って小十郎を見送った政宗様が軽く溜息を吐く。

 「そりゃ、あんな様子見てたら聞きてぇに決まってるだろうが。小十郎があんな風になるなんざ、初めて見たしな」

 まー、普段は取り繕って厳しく振舞ってますもんね。
私の前だと竜の右目の仮面が外れるのか、いろんな顔を見せてくれるけども。

 「じゃ、茶菓子でも食べながら御話しましょうか。昔話を」

 馬を繋いで、私達は揃って屋敷の中に入って行った。



 今から三十年前、私達は宮村の八幡神社で生を受けた。
ま、史実の小十郎の出生地と同じところなわけなんだけどもさ。
母親は伊達の重臣である鬼庭良直殿の正室で、訳あって離縁されて姉と一緒に片倉家に入った。
これも史実通りになってる。

 で、そこで双子として生を受けた私達は、自称神様のお告げもあって一緒に育てられてきたんだけど、
双子ってのは災いを招くって信じられてたもんだから、迫害されてきたわけよ。私達は。
でも、私以上に周りの目が酷かったのは小十郎の方で、大体双子ってのは後に生まれた方を
間引いたり里子に出したりするもんだからさ、鬼子って言われてよくいじめられてたのよね。

 でも迫害されてきたのは双子だから、って理由と、もう一つは左利きだからってのがあってさ。
利き手くらいどっちだって良いじゃんって思うんだけど、やっぱりそういうのも異端視される原因で、
幼い頃は神社に生まれた鬼の子だと大人達からは蔑まれ、子供達からは暴力を振るわれて散々だったわけだ。

 なら家ではどうだったのかと言えば、歳の離れた異母兄弟は私達のことを快くは思ってなくて、
何かにつけて馬鹿にするようなことを言ってくるんだわ。
時には母上の悪口まで言ったりするもんだからさ、これは流石に姉の方がキレてきっついお仕置きをしてたっけ。

 家にも外にも居場所が無くて、グレられる程小十郎も大きく無かったから、専ら辛いと言って泣けるのが私だけだった。
姉は昔から怖かったし、そういう連中を見返してやりたいってかなり躍起になって小十郎に教育施してたしね~。
まぁ、今思えば自分達を捨てた父親を見返したかったってのがあったのかもしれないけどさ。
本当のところはどうだったのか、私にもよく分からない。

 話を戻すと、あの六助は兄弟揃ってよく小十郎を捕まえては叩いたり蹴ったりしていじめてたわけよ。
まぁ、そこで私が止めに入って追っ払ってく、ってのがいつもの流れだったわけだけど……

 「なるほどなぁ、そんな事情があったのか。小十郎も随分苦労して生きてきたんだな」

 「本当、小さい頃の政宗様よりも居場所が無かったですよ。小十郎は」

 政宗様も史実通り子供の頃はいろいろと辛い目にも遭っていたけど、それでも周りに政宗様を支えてくれる人はいた。
先代だって政宗様を可愛がっていたしね。お母さんは……まぁ、語るまでも無いけどさ。

 「お前は?」

 私はというと……まぁ、私だって似たようなもんだったけどもさ、私は右利きだし最初に生まれた方だから小十郎ほどは酷くなかったと思う。
……それに、こういう状況はわりと慣れていて、何か改めて傷つくことも無かったっていうかね。

 「私は大したことはありませんでした。小さい頃はいっつも小十郎が泣いてて、それを宥めるのが私の役目でしたよ。
あんな環境で育って、変に歪んだりしないかが不安だったんですけど、まぁ……立派に歪んじゃって……」

 まさかヤクザになるとは思わなかったもん。酷い、酷過ぎる。お姉ちゃんは悲しい!
いやいや、今はそれは置いとくとして。

 「……で、六助って奴が小十郎を苛めてたと。……でも、少し様子が違ぇように思ったがなぁ」

 確かにそうは思った。ただ苛めているだけで、あんなに憎らしいって目で見るだろうか。
今なら反撃出来るくらいに強くなった小十郎が、そういう目をされても仕方が無いって取れるような顔してたしさ。
何か私の知らないところであったと考えても良さそうな気がする。

 「……鬼さんが泣いてるわ」

 ぽつりと呟いたお市の言葉に、私達は揃って眉を顰める。

 「何でも見通す目を持った優しい鬼さんは、罪の意識に苛まれてたった独りで泣いてるの……。
今も痛い、苦しいって、独りで悲鳴を上げてるわ」

 お市の言葉に私は政宗様の部屋を出て、真っ直ぐ小十郎の部屋に向かう。
すぱん、といい音をさせて戸を開けて部屋に飛び込んでいくと、小十郎が丁度着替えをしていたところで、真っ赤な顔をされて追い出されてしまった。

 「開ける時は一声掛けてからお願いします!!」

 「ご、ごめん」

 いやだって、お市が意味深なこと言うから……部屋で一人で泣いてたらどうしようかって思ってさぁ……。
私の後を追ってきた政宗様が、この様子を呆れたようにして見ていたのはもうどうでもいいとして……。

 「お前な、いくら弟でもプライバシーってもんがあるんだから」

 「互いに裸を見合った中です。もうプライバシーもへったくれも」

 「そういう誤解を招くようなことを仰らないで下さい!! 共に風呂に入っただけでしょうが!!」

 部屋の中から小十郎が怒鳴ってきたけど事実だから仕方が無いじゃないの。
ちなみに政宗様がかなり不機嫌そうな顔をしていたけど、知ったことじゃありません。

 「俺も風呂に」

 「小十郎とどうぞ。私よりもメリハリのある身体してますから、揉みたくなったら存分に」

 そんなことを言って、着替えを済ませた小十郎に遠慮のない拳骨を貰ったのは言うまでもない。

 全く……お姉ちゃんはこれでも心配してるのよ? 部屋で一人で泣いてたらどうしようかって。
歳を重ねるごとに不器用さに磨きが掛かっていくからさ。

 お市の言葉に引っ掛かるものを感じながら、私は小十郎の説教を話半分に聞いていた。 
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