竜のもうひとつの瞳
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第六十五話
どうにか敵を撒いて近くの森に降り立つ。
流石に九人纏めて飛ぶのは体力を消耗するもんで、全員の無事を確認した後その場に座り込んでしまった。
「景継様!」
駆け寄ってくる四人に私は苦笑する。
「……あー、大丈夫。疲れただけだから」
ひらひらと手を振って四人に体調が悪いわけではない旨を伝えておいた。
しかし腹減ったなぁ~……ちょっとオーバーヒート気味なのかもしれない。
「小夜さん、お市さん連れて来ちゃったけどどうすんの?」
「あー……そうだ、ついつい人質に取って来ちゃったけど、どうしよ」
このまま森の中に放置、ってわけにもいかないだろう。かといって責任持って戻すわけにもいかない。
っていうか、あの失踪事件の当事者ってこの人じゃない? あんな黒い手出してるわけだし。
「つか、失踪事件に絡んでたわけでしょ? あと、第五天魔王ってのもこの人なわけだし……放置するわけにはいかないよね」
私が黒い手に捕まって、黒い沼に飲み込まれそうになっていた様を慶次以外はしっかり見ている。
これで織田軍が関与をしていたという証拠もあったわけだし、魔王の後釜のお市さんを放置しておくわけにはいかない。
手っ取り早く殺してしまった方が後腐れはなさそうだけど……その前に攫った村人をどうしたのか聞かないと。
今回、織田を殲滅することが任務なんじゃない。動向を探ることが目的なんだから。
「ねぇ、村人は何処にやったの? アンタが攫ってたんでしょ?」
そう声を掛けてみるが、お市は何も言わない。
流石に魔王と呼ばれるだけあってそこはプライドってもんがあるのか? と思ったんだけど、どうにも様子が違う。
「みんな、市のせい……みんなみんな、死んでいくわ……。ふふ……ふふふふ……」
何を見ているのか分からないその瞳には、正気の色はない。寧ろ、何処か狂ってしまっているようにさえ見える。
「……お市さんは、旦那さんを亡くして織田の縁者も全て亡くしててさ」
渋い顔をする慶次の説明に何となくだけど、事情が分かったような気がした。
なるほど、それで心を病んでしまった、と。
たった独り、生き残ってしまうのもそれもまた辛いな。
そんな状況に置かれたら、いっそのこと死んでしまった方が幸せだったのかもしれない、って思ってしまうかもしれない。
私はお市の前に膝を突いて、その顔を見る。微笑んでいるように見えるけど、その目は暗く、悲しみの色が強い。
何だかそんな目をしているお市をこのまま放っておいたらいけないような気がして、その髪を撫でていた。
「一緒に来る? 北国で寒くて男所帯だけど、悪い連中はいないから」
お市の黒い瞳がゆっくりと私を捉える。
その目に浮かんだ闇の濃さに怯みそうにはなったけど、ぐっと堪えてしばらくお市を見ていた。
「うん……市も一緒に行く……」
子供のように笑ったお市の頭を撫でて、私は立ち上がった。
手を差し伸べて立ち上がるのを手伝ってあげると、お市は嬉しそうに私の手を握ってくる。
……可哀想に。
やって来たことは許せることではないけど、哀れに思えてならない。
同情出来るほど罪は浅くないけれど、きっと自分の意思でなくて言われたままに動いてきたような気がする。
狂ってしまった人間に、物事を冷静に判断させるなんて出来っこない。それが分かっていたから連中も利用してたんだろうし。
「とりあえず、一旦軍神のところへ行こう。報告もしたいし、どうも私達だけじゃ手に余りそうだからその辺も話し合わないと」
「そうですな。お市殿のことも話した方が良いかと思います」
というわけで、私達は軍神の下へと戻ることになった。
私達が戻って来た頃にはすっかり花火大会も終わっていて、丁度軍神が宿へと引き上げて来た辺りだった。
しっかり花火見物を楽しんでやがったな? と言いたいところだったけどそこは黙っておくことにした。
事態の報告を済ませて、どうにも我々だけでは手に余りそうだという話をして、尚且つお市を奥州に連れて戻ることを話せば、
軍神は厳しい表情のまま、織田の動きを考えればお市の身柄は何処かで保護をした方が良いと述べていた。
ちなみに様子を見に行った小隊は一人残らず行方が分からなくなっており、残った五人の話では、黒い手が現れて彼らを飲み込んでいったという。
こいつらはどうにか逃げられて黒い手の餌食になることは無かったらしいんだけど、織田の兵に見つかって囚われてしまったのだとか。
「ねぇ、お市。あの黒い手は貴女が操ってたのよね?」
「そう……みんなが村人達を飲み込めって言うから、言われた通りに村人達を飲み込んだの……」
やっぱり一連の犯人はお市か。で、そんなお市を操ってたのが織田の連中だと。
「その黒い手で飲み込んだ村人達は、今何処にいるんだい?」
慶次の問いかけに、お市が微笑を浮かべる。
「兄様の贄になったのよ……? たくさんの命があれば、兄様が地獄の底から戻ってくるって……」
……もしかしたら、とは思ってたけど、攫われた人間の命はもう無いものと考えて良さそうだ。
お市の言葉に皆の眉間に皺が寄る。
「お市、約束して。もう人を飲み込んだりしないって。約束してもらえないと一緒には連れていけない」
「うん、約束する……市、いい子にしてるから……」
思ったとおり物事を判断することさえまともに出来ないようだわね……これじゃ、簡単に人の言いなりになっちゃうか……。
「しかし、少し気になりますな」
立花さんがお市を見ながら不意にそう切り出してきた。
「ええ、きになりますね」
軍神も同じように相づちを打つ。
「え、何が気になるって言うんだい?」
「行方不明者が続発したという一連の事件……織田の残党だけで動くにはあまりに広範囲に動きすぎているとは思いませんか。
九州でもそのような事件が発生し、調査に乗り出した覚えがございます」
よく分かっていない慶次に説明する立花さんの言葉に、私も眉を顰めた。
西国とは聞いてたけど、確かに関東から九州までは広すぎる。織田の残党だってそこまで回れるほどに数がいるとは到底思えない。
「え、それってつまり?」
まだ分からんのか、慶次。お前もそこの同じように分かってないモブと同程度の頭ってことか?
「つまり支援者がいる、ってことよ。
織田信長の復活を望んでいる人間が少なからずいて、織田の魔王復活に手を貸している可能性が限りなく高いわけ」
そこまで言ってようやく驚いた慶次に、ついついこめかみを押さえて溜息を吐いてしまった。
「謙信様」
私達の目の前に現れたのは美しきつるぎことかすが。
私達を見て、一瞬にして慶次の着物を一枚剥いで自分の身体に掛ける技は凄いけど……ちょっと待ってよ。
変態を見るような目で私達を見ないで。
「……どうしたの、かすがちゃん」
訝しがる慶次にかすがは当然説明をしない。そこで代わってこっちが
「……あー、ちょっと前にうちの小隊でかすがの身体を視姦しただけ」
と、説明してやるとかすがが真っ赤な顔をしているのが可愛かった。
本当、皆で嘗め回すようにしてかすがの身体見たもんねぇ……。
「しっ……視姦!?」
「うっ、煩い慶次!! そんな大声で言うな!!」
涙目になってそんなことを言うかすがの隣で、軍神が目を細めてこっちを見ている。
何か怒ってるようだったけど、お互い様ですよ。
こっちは殺されかけたんだもん、美しきつるぎが無事だったんだから良かったと思ってよ。
っていうかさ、あの状況で無傷で撤退させるって言ったらそれしかないでしょうよ。
私だって好きでやったわけじゃないもん。……半分嘘だけど。
「そ、それよりも、織田ですが……やはり謙信様の見立てた通り、裏で支援を行っている者がおりました」
「それはなにものですか」
「それが、身元が分からぬようにと裏から手を回していて、いま少し洗い出しに時間が掛かってしまいます」
かすがの報告に軍神が何事かを考えている様子だった。
つ、と席を立ち、文机に向かって優雅に文をしたためている。そしてそれを畳んで慶次に差し出した。
「これをもって、さいかしゅうのもとへとむかいなさい」
「雑賀衆?」
「さいかしゅうは、さいごくのようへいしゅうだんであり、じょうほうしゅうしゅうにもたけています。
まおうのふっかつにからんださいごくのじょうきょうをしらせてほしいのと、
いざというときのせんりょくになるようにふみにしたためてあります」
なるほど、雑賀衆に協力を仰ぐわけね。なるほどなるほど。
「それに、さいかしゅうはおだとはあさからぬいんねんがあります。
きっと、こたびのけんにきょうりょくしてくれることでしょう」
浅からぬ因縁ねぇ……何か気になるところだけど、まぁ、協力してくれるってんならそれに越したことはないかな。
「あ、慶次。雑賀衆に行くんなら、アニキと鶴姫ちゃんがどうなったのか知りたいって言ってたって伝えておいて」
「分かった……って、何、元親に女が出来たの?」
「違う違う、アニキが惚れた女を必死に口説き落とそうとしてんの。
アニキも不器用だからさぁ~、恋の行方が気になっちゃって気になっちゃって」
軽く事情を説明してあげれば、慶次が必ず伝えておくと言ってにやりと笑ってくれた。
頼むわよ、と私もにやりと笑うと、緊張感がないとかすがに呆れられてしまった。
「これからどうしますか、りゅうのみぎめよ」
「一旦帰ります。流石に今回はあんまり長く離れてるわけにもいかないし、
何よりお市を連れてふらふら歩くわけにもいかないですからね。奥州も今どうなってるのか気になりますし」
「……奥州なら、上田城に向かっているという情報を得ている。今から向かえば合流出来るのではないか?」
おおっと、もうそこまで話が進んでたか。まだ序盤だと思ってたけど結構話が進んでたのね。
なら、とりあえずは甲斐に向か……あんまり向かいたくないなぁ……幸村君と顔合わせ辛いし。
けどまぁ……仕方が無いか。
「おだのざんとうは、こちらでてをうちましょう。なにかわかれば、そちらにもつたえましょう」
軍神にお願いをして、立花さんにもいろいろとお礼を言って京を出る事にした。
一泊くらいして帰ろうかとも思ったけど、甲斐に攻めるっていうのなら悠長に寝てる場合じゃない。
不満そうな四人を引っ張って、お市を私の馬に乗せて甲斐へ向けて走っていく。
うーん……何だか中途半端なまま調査を打ち切っちゃったけど、奥州でも黒脛巾組に調べさせた方がいいかもしれないな。
これ以上は忍の方が上手くやってくれそうな気もするしね。
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