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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第六十四話

 すっかり焼け焦げた本能寺へと足を踏み入れてみると、木材が焦げたような臭いに混じって香の匂いがした。
半年以上前に火事で全てが焼けているというのに、こんなところで香の香りがするなんてどうにもおかしい。

 つか、これって……香は香でも線香の匂い?

 小隊をその場に待機させて、私と慶次、立花さんの三人で奥へと進んでいく。
物陰に隠れて様子を伺うと、織田の紋を掲げた一軍が何やら一人の女性を祭壇に乗せて怪しげな儀式を執り行っているのが見える。

 「冥府より蘇りたまえ、第六天魔王!!」

 時折そんなことを言いながら、皆一心不乱に御経なんか読んでたりするんだけど……何かカルト的な宗教臭いというか何と言うか。
ザビー教もなかなか異常な空気があったけど、こっちも何か……ねぇ?
本当BASARAの宗教はこんなんしかないのかと言いたくなるくらい妙なものしか出てこないわ。

 「……どーも儀式やってるってのは本当みたいね」

 「……つか、あの女の人、お市さんじゃない?」

 マジ? あの儚げな感じの可愛い人が? 第五天魔王だっての?

 ……あ、そういや織田信長ルートに入る直前に倒してたっけ。
っていうか、あの黒い手、お市が技で普通に出してたじゃん! 何で気付かなかったのよ、私ってば。

 やっぱり全キャラで一通りクリアしとくべきだったよ。こんなことになるんならさ。

 つか、何処のステージだったかは忘れちゃったけど、織田信長を復活させようって奴がいたような……
っていうか、かなり見覚えがあるような奴だった気が……。
何だろ、思い出そうとしたら妙な寒気がしてきた。……どういうことなの。

 「……どう致しますか? このまま踏み込むには相手はあまりに多勢、
しかも面妖な術を使うとなればこことは一度引き返して援軍を求めた方が良いかと」

 確かにそうだわね。立花さんの言うとおり、一回引き返して軍神に事情を説明して軍を動かして貰った方が良いかもしれない。
どういうわけだかきっちり武装して来てるしね、上杉の皆。

 「そうねぇ、じゃあ」

 「やっ、止めろ~!!」

 「お、俺は無敵~!!」

 引き返しましょうか、と言おうとしたところで、聞きなれたおかしな悲鳴を聞いて一斉に儀式をやってる連中の方を見る。

 そこにはうちのお供四人と自称無敵の計五人がとっ捕まっていた。
その光景を見て慶次と揃って額を押さえて溜息を吐いたのは言うまでも無く。

 「……あの馬鹿共、何捕まってんのよ」

 絶対に減給にしてやる。つか、三ヶ月くらいタダ働きさせてやる。
……あ、それは可哀想だから半年くらい問答無用で減給プラス城中全部の便所掃除やらせてやる。

 「あの者達が捕まったということは、他の待機していた小隊は」

 冷静に立花さんがそんなことを言うもんだから、私達は揃ってはっとしてしまった。
考えてもみればあの五人が捕まっているってのに、残りのメンバーが無事だってことは有り得ない。
となれば、考えられるのは……。

 「俺、様子を見てくる」

 素早く慶次が去っていったのを見送り、再び様子を伺う。
どうにも連中、更に生贄をとあの馬鹿共を捕まえてきたっぽい。だって、生贄にーとか言ってるんだもん。

 ……これは悠長に援軍を、何て言ってる場合じゃないかも。

 「……立花さん、失礼ですけど戦えますか?
援軍を頼っている場合じゃないので、あの五人を助けてとっとと京に逃げましょう」

 「分かりました。では、連中を引き付ける役目はお任せを」

 そう言うや否や、立花さんは背負っていたチェーンソーもとい雷切を構えて敵に向かって突っ込んでいく。
大丈夫なのかとヒヤヒヤしながら様子を伺っていたけど、慣れたように立ち振る舞う立花さんは強い!
本当、私ったら失礼なこと聞いちゃったよ。後でちゃんと謝らなきゃ。

 「にっ……西の宗茂だー!!」

 おぉ? 立花さんって結構有名な人だった? もしかして。
つか、突然の立花さんの襲撃にパニックになってるうちに五人を助けないと。

 私はなるべく見つからないようにと迂回して、素早く五人の下へと駆け寄った。
縛り上げられていた五人の縄を切ると、安心した顔をして涙目で私に寄ってくる。
っていうか、むさいから寄るなお前ら。

 「……四人は半年減給プラス伊達屋敷の便所掃除担当ね」

 「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

 「そこの無敵馬鹿は軍神に報告して然るべき処置をしてもらうから覚悟しておいて」

 「そ、それだけはご勘弁を!!」

 知るか馬鹿共、あっさり捕まりやがって。つか、無敵とか言うんなら生贄になるなっての。

 とりあえず五人には逃げるようにと、安全な道を示して走るように指示を出す。
私も逃げるために立花さんと合流しようとしたところで、突然誰かに足を掴まれた。

 敵か、と足元を見れば私の足首を掴んでいたのは例の黒い手。

 「ひゃああああああ!!!!」

 うっかり上げてしまった馬鹿でかい悲鳴に、五人はもとより織田の連中までこっちを見た。
生贄が逃げるぞ、なんて気付かれてしまったけれども私にそんなことを気にする余裕は無い。

 「か、景継様!?」

 だって、真っ黒い手が自分の足掴んでたら悲鳴上げるでしょ!?
しかも地面から手だけが湧き出てるとか、もう叫ぶしかないじゃない。どんなホラーよ、って話だし。

 刀を振るってその手を切ろうとするけどすり抜けてしまって切れないし、試しに重力の力で押し潰そうとするけど変化はなし。
じゃあ素手で掴めば引き離せるかと頑張ってみるけれども、一応触れるものの力が強くてびくともしない。

 どうしよう、なんて思っていた矢先に足元に黒い沼のようなものが出来て、ゆっくりと私を沈めようとする。
婆娑羅の力でどうにもならない以上私に抵抗する術は無く、必死にもがいて逃げようとするけど意味はない。
そうこうする内に腰くらいまで地面に沈んでしまって、本格的にこれはヤバいと焦り始めた。
黒い手が次々と出てきて、私を沈めようと身体を押さえつけてくるし、思うように身動きも取れない。

 これ、もし頭まで沈んじゃったらどうなるの? 死ぬ? それとも比喩じゃなくて文字通り生きたまま食われる?
こんなことを考えた瞬間、恐怖に襲われてパニックになってしまった。

 「嫌っ!! や、やだ!!」

 生まれ変わる前はミンチで死んで、今度は訳の分からないものに連れ攫われて死ぬの? 冗談じゃない。

 だけどあの役立たずの五人組にどうこう出来るはずもなく、敵に阻まれて近づくことさえままならない。
立花さんもこちらに気付いたけれど、敵が予想以上に鬱陶しくてなかなか助けに来てはもらえない。

 段々と身体は沈み込んで、ついに私の身体は胸の辺りまで沈んでしまった。
私が逃げられないようにと絡み付いてくる手が、私の頭を掴んで押し込めようとしてくる。
首を振って払おうとするものの、黒い手の方が力が強くて意味が無い。

 やだ、死にたくない……、こんなところで怖い思いして、たった独りで死にたくなんかない!

 「いやああああ!! 助けて! 小十郎!!」

 そう叫んだ瞬間、青い光が私から放射線状に発せられて、私を押さえつけていた黒い手が全て弾け飛んだ。
ついでに近くにいた織田の兵にも青い光が当たり、その場に倒れていく。
敵が揃って怯んで動きを止め、立花さんがその隙を狙って私を黒い沼から引き摺り上げていた。

 「片倉殿! 力を納めて下さい! 味方まで巻き込んでしまいます!」

 蒼い光が竜のように私の周りに纏わりつき、近づこうとする人間を貫いている。
お供達はこれを見て揃って震え上がっているし、無敵なんか一番離れて腰を抜かしてる。
一生懸命立花さんが力を調整しようとしてるけど、それも上手くはいっていない。

 「ち、力ったって……ど、どうしたら」

 「ゆっくりと大きく息を吸って、吐いて……心を静かに落ち着けて下さい。
もう大丈夫です、危機からは脱しております……何が起ころうとも、手前が片倉殿をお守り致します」

 立花さんの言うとおりに深呼吸を繰り返し、何があっても守るというその言葉に安心した途端、
私に纏わりついていた青い光が消えていった。

 「な、何……今の……」

 「雷の婆娑羅の力、それが暴走したのでしょう」

 雷の力……? だって、私には重力の力が備わっていて雷の力なんか……。

 はた、と暴走する前に叫んだ言葉を思い出す。

 小十郎が守ってくれた。私の声を聞いて、助けてくれたんだ。こんなに離れているのに。

 それに行き当たった途端、心の中に残っていた動揺が一瞬にして晴れた。
あの子が側にいる、そう思っただけでこんなにも心強くあれるなんて。

 私も小十郎のこと言えないか。立派なブラコンだって認めるよ。小十郎大好きだし。

 「ごめんなさい、立花さん。もう大丈夫」

 ゆっくりと立ち上がって、にっ、と笑った。立花さんも穏やかに笑ってくれる。
正気に戻ったのならばすることは一つ。よし、逃げるか。

 立ち止まっていた五人組にとっとと逃げろと指示を出し、私も退却すべく一番手薄なルートを探す。
無論、襲ってくる敵を重力で放り投げながらだけどもね。

 ふと、儀式を中断されて放置されたお市に目が行く。
ぼんやりとしながら何処を見ているのか分からないその顔を見て、すぐに刀を納めてそっちに駆け寄って行った。

 「ごめんね、攫わせて貰うわよ」

 重力の力を使って、ひょいっと抱きかかえて立花さんにも撤退を指示する。
本能寺の入口に近づいた辺りで慶次と合流し、五人がしっかり着いて来ているのを確認して一言織田の連中に向かって叫んだ。

 「おい! この女がどうなってもいいのかぁ!!」

 ……もう段々とこういう悪役には慣れて来ました。立派な反社会的な人間になっている気がするわ。
ちなみにこの悪人顔負けの凄みは小十郎から倣いました。そんなこと言ったら絶対に怒られるけど。

 ともかくそれで怯んだ織田を見て、私は重力の力を使って全員同時に空へと飛び上がった。
立花さんが妙な声を上げてたけど、まぁ、慣れない人は怖いかもしれない。

 とりあえず重力で操作をして、京の町付近にある森へと向かう事にした。

 今日は幸か不幸か花火大会で夜だってのに明るいから、姿が丸見えにならないよう少し離れた場所に降りた方がいいだろうって判断をしたわけ。
それプラス京まで飛ぶと疲れるから。九人も纏めて空飛ぶのって結構集中力使うから神経すり減らすんだもん。

 ってなわけで、しばしの空中散歩をする破目になってしまいました。
慶次が空から花火を眺めて楽しそうだったけど、私にはそんな余裕はありません。

 ……ったく、こっちはギリギリの勝負をしてるってのに……叩き落してやろうか、慶次め。 
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