SAO-銀ノ月-
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第三十五話
前書き
随分遅れてしまいました
「ったく、本当にんなとこに隠しボスがいんのかよショウキ?」
あの時ヒースクリフから聞いた情報によると、隠しボスが現れるという、第十九層《ラーベルク》の非モンスター出現エリアの見晴らしの良い谷に着いた瞬間、クラウドはまず不満を漏らした。
「まあまあ良いじゃんクラウド! どうせ暇だったんだし!」
確かに怪しい情報であることには変わりはないため、クラウドの言い分はもっともではあったのだが、底抜けに明るい声をだした我らがリーダーの声にかき消された。
「そういうことだ。いなかったらいなかったらで良いんじゃないか?」
かくいう俺もアリシャと同意見なので、この隠しボス退治には何の文句も無かったのだが。
「月が綺麗だし、眺めは良いし、ただ来ただけでも私は文句ないわよ? ……それじゃあちょっと、不完全燃焼かもだけど?」
その口では文句ないと言いつつ、まだ隠しボスが現れるかどうかも決まっていないにもかかわらず、愛用のチャクラムをビュンビュンと風を切りながら回すリディアにも文句がないよう……どころか殺る気充分だし、残り一名は、いつも通りに文句一つ言わずにただただ月を眺めていた。
「ヘルマンはなんかあるか?」
「……ない」
一応聞いてみたところで、両手矛の眼帯青年は予想通りの答えが返ってきたことに若干落胆したが、ヒースクリフが俺に渡してくれた情報によると、そろそろ隠しボスがこの近くに現れる時間となっていた。
「わぁーったわぁーった、別にオレだって文句があるわけじゃねぇんだよ」
他のメンバーには何も文句が無いのを受け取って、クラウドはアイテムストレージから意味もなく、《クイックチェンジ》による速攻で真紅の大剣を取りだして構えた。
――瞬間、クラウドは側面に吹き飛んでいった。
「……クラウド?」
真紅の閃光となって転がっていったクラウドの代わりにその場に立っていたのは、見るからに硬そうな翼手を持つ、銀色の人型モンスターであった。
見ることで表示された名前は《The Damascus》……定冠詞付きはボスモンスターの証であり、そもそもここは通常のモンスターが出現しないエリアである。
コイツが、ヒースクリフの情報に書いてあるボスモンスターのことだと理解するのに、さして時間はかからなかった。
「ヘルマンはクラウドを助けにいって! リディアさんはチャクラムで牽制、ショウキは前衛!」
俺より早く状況を理解したアリシャが素早く指示を飛ばし、ヘルマンはクラウドが飛んでいった方向へ矢のように走っていった。
「不意打ちなんて……面白いことしてくれるわねぇ」
リディアの手の中で二つの高速の輪が回転し、《The Damascus》を切り裂く為に縦横無尽に駆け抜けていった。
問題点としては、あまりにも縦横無尽すぎて、前衛であるはずの俺が上手く位置どりが出来ないのだが、その分起動は蛇のように曲がって予測不能。
「……ここだな」
もちろん俺とて前衛の仕事をやらなくて良いはずがなく、二つのチャクラムと同時に日本刀《旋風》を、《The Damascus》の身体のなかでまだ柔らかそうな心臓部分に突き刺そうとした。
「なッ!?」
結果的にはチャクラムとの同時攻撃は失敗に終わる。
二つのチャクラムに対して《The Damascus》がとった行動は、受け止めること……言うなれば、真剣白刃どりだった。
チャクラム相手にそんなことが出来る芸当も見事だが、何よりも俺が驚いたのは、チャクラムを使って俺の日本刀《旋風》による攻撃を止めたこと。
《The Damascus》は、二つのチャクラムを使ってメリケンサックをつけたような状態になり、俺の攻撃を受け止めたのだ。
「嘘ぉ!?」
「ええい!」
背後のアリシャと全く同じ感想だったために同じ声をあげたかったが、チャクラム型メリケンサックを操る《The Damascus》を相手にしている俺にそんな暇は無かった。
……大丈夫だ、相手は最前線のフロアボスモンスターではなく、ボスモンスターといえどもたかが第十九層の隠しボスモンスターなのだから。
それに、俺がここで負ければ武器が無いアリシャと武器を失ったリディアが《The Damascus》に襲われることとなる……そんなことをさせるわけにはいかない。
「せぇいっ!」
《The Damascus》によるチャクラム型メリケンサックの連撃が止んだ隙を狙い、日本刀《旋風》によって人型である以上最優先に狙うべき目標である翼手部分を斬りつけた。
……だが、駄目……!
《The Damascus》の強靭な翼手には、日本刀《旋風》の攻撃は通じないどころか、攻撃した俺の手がむしろ痺れてしまう始末だった。
「リディアさん、早くショウキの援護っ!」
「了解~」
リディアがアイテムストレージから予備のチャクラムを取りだし、両手でぐるぐると回し始め、その回転は徐々に早くなっていき、そのままリディアの両手から解き放たれた。
俺が前衛にいるために先程と違って縦横無尽に駆け巡っていかず、直線軌道を高速で駆け抜けていった。
《The Damascus》はその軌道を見切れず、チャクラムは翼手に直撃するものの……切れ味ならば他の武器の追随を許さない日本刀が弾かれたのだ、チャクラムでは傷を与えられ無かった。
そして、リディアの投げたチャクラムは持ち主の元へ戻っていき、《The Damascus》は俺を斬り結んでいた放置してバックステップによって距離をとった。
《The Damascus》の意図が分からない行動に、前進すべきか後退すべきか一瞬悩んだ間に、《The Damascus》はリディアから奪ったチャクラムを両手で回し始めた。
あたかも、先程のリディアのように。
「……ッ!」
リディアと全く同じ行動をした、《The Damascus》から放たれた―どうやら、あのボスモンスターは猿真似が出来るようだ――高速のチャクラムに、なんとか一個は斬り払ったものの、残り一個のチャクラムに片足を切り裂かれる。
「ショウキ! ……キャッ!」
直線軌道を駆け抜けていったため、チャクラムは俺の背後にいたアリシャをも襲った。
どうやら、アリシャはかするだけですんだようだが、俺は少し深く足をやられてしまい、ポーションを口に含みながら《The Damascus》に戻っていくチャクラムを切り裂いた……リディアには悪いが。
いい加減前衛が俺一人というのは荷が重いと考え始めた直後、思いが通じたのか《The Damascus》の側面から真紅の大剣と真紅の閃光が飛び込んできた。
「さっきは良くもやりやがったなこの鳥腕野郎ッ!」
もちろん、飛び込んできた真紅の大剣と真紅の閃光はクラウドの使用する大剣とクラウド自身であり、完璧な不意打ちであったが、俺の日本刀《旋風》とリディアのチャクラムと同じように強靭な翼手によって弾かれてしまった。
「クラウドはそのまま攻撃して! ショウキはその逆側の腕に!」
飛んできたアリシャの指示に対して、そんなことをしても《The Damascus》の翼手には効かない……と反論しようしたものの、即座に我らがリーダーの指示の意図を悟った為に、文句一つ言わずにただただクラウドとは逆側の翼手に対して斬り込んだ。
「バカか、見るからに効かねぇじゃねぇ「いいからやる!」……チィ!」
……クラウドは文句を言いつつも、最終的にはアリシャの指示に従って《The Damascus》の翼手に大剣を斬りつけた……というより、叩きつけた。
それと同時に、俺の日本刀《旋風》の斬撃が逆側の翼手を捉えたものの、俺の攻撃もクラウドの攻撃も、《The Damascus》にはまるで堪えた様子がなかった。
だが、二方向からの攻撃に対して両手の翼手を使った為に、今の《The Damascus》は胴体部分ががら空きとなった……そこに、両手矛を片手で操る眼帯の青年が《The Damascus》の懐に飛び込んだ。
「……!」
無口で無愛想だが、自分がやるべき仕事に対してのヘルマンの能率は、ギルド《COLORS》の中でもダントツで一位だ。
普段から目立とうとはしないが、本来はその名の通り両手用の装備である両手用を片手で扱える時点で、とてつもない筋力値の高さをうかがえる。
かくしてヘルマンの両手矛が《The Damascus》の胴体部分に直撃し、《The Damascus》に始めてまともに技が入る。
技を放ったヘルマンの筋力値もあるだろうが、目に見えて《The Damascus》のHPゲージが減っていったことから、胴体部分が弱点である可能性が浮上する。
そうと決まれば迷っている暇は無い、ギルド《COLORS》男メンバーによる《The Damascus》の胴体部分への一斉攻撃を開始する。
日本刀《旋風》による刺突、クラウドの真紅の大剣、ヘルマンの両手矛が一斉に《The Damascus》の胴体部分に集中してHPゲージを更に削るが、翼手に振り払われて俺たちも後退せざるを得なかった。
「ッシャア! ざまぁみやがれ!」
「危なっ! 気をつけてよ!」
クラウドは会心の叫びと共に、俺たちがいるにも関わらず無意識に大剣を振り回す……ヘルマンが無言で止めたものの、大剣が目前で振り回されたのはちょっとした恐怖体験だった。
「ヘヘ、悪い悪い。だけどよ、あの野郎にかなりのダメージを与えてやったぜ!」
クラウドが言うあの野郎……つまり、俺たちの一斉攻撃で弱点である胴体部分を集中攻撃された《The Damascus》のことだ。
その噂の《The Damascus》は、痛みに耐え抜くようにうずくまりながら肩で腕を押さえていて、何故か身体から水蒸気のような気体が放出されていた。
「…何かしらね、アレ」
アリシャが疑問に思うのも当然だったが、ボスモンスター……それも隠しボスモンスターの行動など俺に分かるはずもない。
「ウダウダ考えてても仕方ねぇ、斬りかかんぞ!」
自身の言葉通りにいちいち考えるのが苦手なクラウドが、武器をスピード重視の細剣に持ち替えてうずくまっている《The Damascus》に斬りかかっていく。
だが、《The Damascus》はいつになく俊敏な動きで起き上がり、クラウドをその翼手の手刀でクラウドを迎撃した。
「――ッテェ!?」
すっとんきょうな声を出してガードをするクラウドだが、スピード重視の細剣に持ち替えたことが仇となり、《The Damascus》の強靭な翼手を受けとめきれずに細剣が中程から折れ、手刀はクラウドに吸い込まれるように当たった。
そしてクラウドを倒した後に、《The Damascus》は俺たち四人の方を見やると――俺と目が、あった。
「下がれ! アリシャ、リディア!」
非戦闘員とアインクラッド唯一の遠距離武器を持つアリシャとリディアを下がらせ、俺とヘルマンで前衛に出て進行してくる《The Damascus》を止める。
身体からほとばしる水蒸気は健在で、出ていなかった先程とはスピードも攻撃の威力も違う。
「途中で強くなるなんて……面白いわねっ!」
後方のリディアからの、援護射撃ならぬ援護チャクラムが《The Damascus》の弱点であるはずの胴体部分に直撃するが、《The Damascus》はまるで怯まない……HPゲージは削られているが。
「このっ!」
負けじと日本刀《旋風》を振りかざすも、水蒸気をあげる前となんら変わることのない翼手に弾かれる……横のヘルマンも同様のようだった。
しかし、《The Damascus》も人型である以上腕は二本。
「得意になってんなよっ!」
先程単独で向かっていき、手刀でやられていたクラウドの背後からの一撃。
しかも、無数の武器を操る彼の切り札たる真紅の薙刀だった。
だが、クラウドの背後からの完璧な不意打ちは決まることはなく、《The Damascus》のいわゆる回転切りのような動作に俺、クラウド、ヘルマンの三人は三人とも翼手によって吹き飛ばされてしまう。
ヘルマンは両手矛でなんとか防いだようだが、俺とクラウド……特にクラウドはもろに当たり、結構なダメージをもらってしまう。
そして、《The Damascus》は唯一翼手による回転切りを防いだヘルマンに標的をあわせるかと思いきや、どこかから鳴った笛の音を聞くや否や、その笛の音の方へ走っていった。
その笛の音の主は――アリシャ。
彼女が奏でる角笛の音色であり、モンスターを引きつける効果を持っているのだが、武器を持たない彼女が使うことは自殺行為以外の何者でもないだろう。
アリシャの近くにリディアはいるが、彼女の武器はチャクラムという遠距離武器であり、牽制にもならないのは先程証明済みだ。
「逃げろアリシャ!」
しかし俺の声が届いていないのか、アリシャは構わず角笛を奏で続け、素早くなった《The Damascus》は即座にアリシャの元へ近づいた……が、それだけだった。
いや、正確にはアリシャの元へ近づく前にいきなり《The Damascus》が転んだのだ……足下に何重にも張り巡らされた、硬い糸によって。
「作戦成功! リディアさんやっちゃって!」
アリシャは明らかに裁縫スキルコンプリートの使い道を間違っていたが、そのおかげで《The Damascus》の動きを一時止められたのだ、良しとしよう。
しかし、素早くなった《The Damascus》もさるものではなく、つまずいた状態からすぐに起き上がった。
《The Damascus》が起き上がるのを、今か今かと待ち構えているような女性が近くにいることは、不運だったが。
「あんまり、コッチは好きじゃないんだけどっ!」
投擲武器《チャクラム》のスキルの習得には、《投剣》スキルと《体術》スキルがある程度ないと不可能だ。
ギルド《COLORS》のチャクラム使いの彼女は、その《体術》スキルをある程度どころかコンプリートしているのに、良くわからない理由で使いたがらない。
そんな訳ありの一撃を、《The Damascus》は弱点である胴体部分にくらうこととなった。
その結果、まったく怯むことのなかった《The Damascus》が少し空中に浮いて、怯むとか怯まないとかそういうのはまったく関係ない次元に突入していた。
「《縮地》……そしてリディア、スイッチ!」
このチャンスを逃す意味はまったくもってない。
普通ならば間に合わない距離にいたものの、《縮地》によっての高速移動からのリディアとのスイッチによって空中に少し浮かんだ《The Damascus》の目前につく。
《The Damascus》との距離はまさしく零距離。
上半身のバネを限界まで回し……一気に日本刀《旋風》を振りかぶる!
「斬撃術《朔望月》!」
上半身のバネをフルに活用して放つ斬撃術ということで、零距離限定であるのにもかかわらず隙があるという矛盾した技である斬撃術《朔望月》ではあるが、その分決まった時の威力は目を見張るものがある。
その証拠に……ほら、《The Damascus》が真っ二つだろう?
後書き
変な終わり方ですが、ちょっと予定より長くなってしまったことによる弊害です。
それと、次回で過去編は終了となります。
では、また次回に。
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