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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第8章:拓かれる可能性
  第249話「緋き雪の姫」

 
前書き
―――……そっか。ずっと、恐かったんだ……私……
 

 












「緋雪……ちゃん……?」

 皆が必死になって戦っている中、シャマルは困惑していた。
 傷はきっちり治したはずなのだ。それなのに……

「……ぁ……ぐ……ぅっ……!!」

 目を覚ました緋雪は、ずっと苦しんでいる。
 どう見ても戦えるような状況じゃなかった。

「っ……血………」

「え……?」

「血、が……足りない……」

 呟かれた言葉に、一瞬シャマルは単純に体の血が足りていないのかと思った。
 だが、直後に違うと気付く。何せ、緋雪は吸血鬼と同じような体なのだ。
 すぐに“吸血衝動”だと理解した。

「ッ……!」

 そんなシャマルを余所に、緋雪はシャルに格納していた輸血パックを取り出す。
 そして、躊躇なくその中身を呑み込んだ。

「ぁ、が……!?ぁあああああっ……!?」

 だが、逆効果だった。
 血に対する餓えがさらに増してしまった。
 今の緋雪にとって、血は麻薬と同じだ。摂れば摂る程に欲してしまう。

「緋雪ちゃん!」

「シャマル、さん……?」

 そこで、ようやくシャマルが視界に入る。
 心配して顔を覗き込んでくるシャマルを、緋雪も苦しさに耐えつつ見返す。

「(シャマルさん……苦しいよ(美味しそう)………ッ!?)」

 直後、自身に過った思考を振り払おうとする。
 だけど、収まらない。既に許容限界を超えた血を摂取してしまった。
 誰かを視界に入れる度に吸血衝動が強くなっていく。

「ぇ……?」

「ッ―――!?」

 少し油断すれば、これだ。
 無意識に、シャマルの首筋に牙を突き立てようとしていた。
 思わず、それ以上やらかさないように、シャマルを突き飛ばす。

「けほっ……緋雪ちゃん……?」

 思った以上に強く突き飛ばしたのか、シャマルは咳き込む。
 そして、困惑した表情で緋雪を見つめていた。

「離、れて……!」

「もしかして、吸血衝動が……」
 
 シャマルの言葉に、緋雪は力なく頷く。
 目は霞み、意識も朦朧としている。
 それでも、傷つけないために必死に堪えていた。

「(吸血衝動そのものを……“破壊”する……!)」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 “破壊の瞳”で、何とか吸血衝動を“破壊”する。
 根本の解決とまではいかなくても、これで現状維持は出来るはずだ。

「ふーっ、ふーっ、ふーっ……!」

「だ、大丈夫……?」

「今は……何とか……でも……ッ!」

 消しても、また溢れるように吸血衝動は襲ってくる。
 “破壊”した所で無意味なのだ。
 否、厳密には完全克服するための破壊対象が分からないと言うべきだろう。
 限界の壁を認識した今でも、吸血衝動の根源が分からずにいたのだ。

「皆が、戦ってる、のに……!」

 障壁の外を見れば、優輝を相手に劣勢になっている司達が見えた。
 緋雪にとって、現状がどうなっているのか知らない。
 それでも、皆が必死に戦っている事ぐらいは理解出来た。

〈……緋雪様?〉

「ぁ……リヒト……?どうして、ここに……」

 ふと見れば、そこには剣のままのリヒトが地面に刺さっていた。
 優奈が一度ここに来た時にでも、置いて行ったのだろう。
 現に、イリスと戦っている優奈はリヒトを使わずに戦っていた。

「ぁ、ぐっ……!?」

〈これは……吸血衝動、ですか?〉

 リヒトにとって、それは何度も見た事がある衝動だ。
 だからこそ、解析魔法などを発動せずとも分かった。

〈……まさか、その状態で戦いに行くつもりですか!?〉

「そう、だよ……!皆も戦っているのに……私だけ何もしない訳には、いかない……!吸血衝動とか、そんなの気にしていられない……!」

 嘘だ。明らかに無視できない状態が続いている。
 そんな状態で戦いに行っても足手纏いになるのは明らかだ。

〈ッ……シャルラッハロート!貴女もなぜ止めないのです!?例え緋雪様が望んでいようと、止めなければ望まない結果にしかなりませんよ!?〉

〈……止めても無駄ですから〉

 シャルの返答に、リヒトは言葉を詰まらせる。
 ああ、確かに今の緋雪を言葉だけで止められる訳がないだろう。
 それはリヒトにも分かっていた。
 だが、それだけの理由で止める事すらしないと?
 その事実に、リヒトはデバイスでありながら憤慨しそうになった。

〈故に、貴女の所に来るまで何も言わなかったのです〉

〈……何ですって?〉

 しかし、続けられた言葉に思わずリヒトは聞き返した。

「シャル……?」

〈私が、本当にお嬢様の望むがままにさせているだけと思いですか?……私が、何のためにマイスターによってお嬢様に授けられたと思いですか?〉

 いつも傍にいた。いつも手助けをしていた。
 暴走しても、狂気に囚われても、いつもシュネーに、そして緋雪についてきた。

〈ただ、守る手段としてではありません。……マイスターにすら知る事の出来ない……いえ、お嬢様すら自覚出来ない本心を知るためです!〉

 つまりそれは、最も身近にいる“第三者の目”だ。
 緋雪(シュネー)優輝(ムート)にすら見せなかった心を知る事が出来る、唯一の存在。
 そして、緋雪(シュネー)自身も終ぞ気づけなかった“本心”に気付く事が出来る唯一の存在が、シャルなのだ。

〈吸血衝動は、飽くまで便宜上そう呼んでいるだけであって、本来は狂気に基づく副産物です。……そして、その狂気の原因はかつての人体実験ではありません〉

「シャル……?どういう、事……?」

〈その答えを示すため、貴女の力が必要なのです。フュールング・リヒト〉

〈何ですって……?〉

 人体実験の結果、精神が歪まされて狂った。
 今までは誰もがそう認識していた。
 だが、シャルがそれを否定し、正解を示すのがリヒトだと言った。

〈“導きの光”を冠する貴女だからこそ出来る事です。……厳密には、マイスターでも可能ですが、今は貴女しかいません〉

〈……そういう事ですか〉

 リヒトは、元々導王家に伝わる“自己進化型デバイス”だ。
 ロストロギアから派生して生まれたリヒトは、普通のデバイスではない。
 単独で魔法を使用可能なだけではなく、文字通り自己進化する。
 かつて、優輝の元に転移してきたのも、その一端だ。
 シャルも同じ自己進化型デバイスなのだが、今は余談なので置いておこう。

「……何を、するの……?」

〈かつて、マスターは言っていました。“いつか、緋雪に道を示す時が来る”と。……それはマスターの役目かと思っていましたが……私が担う事になるとは〉

 自己進化とは、ただ機能を向上させるだけではない。
 名前に沿った進化を遂げるのが、その本領だ。
 故に、リヒトの場合は文字通り“導きの光”としての力を持っている。

〈緋雪様。貴女に道を示しましょう〉

 そう言って、リヒトは光り始めた。
 眩しくはない。むしろ、道を照らすような、そんな優しい光だ。

〈私に触れてください〉

「………」

 言葉に従うように、緋雪は吸血衝動を抑えながらもリヒトに触れる。
 その瞬間、光が一気に強くなった。

〈どうか、“答え”を見つけてきてください〉

   ―――“道を示せ、導光の煌めきよ(フュールング・リヒト)

 そして、緋雪の意識は暗転した。



























「………ここ、は……?」

 次に緋雪が目を覚ました時、そこは現実ではなかった。
 辺り一面が暗闇に覆われており、自分の体以外何も見えなかった。

「…………」

 慌てず、一度心を落ち着ける。
 すると、暗闇以外の景色が見えてきた。

「……“悲哀の狂気(タラワーヴァーンズィン)”……?」

 そう。それは緋雪の心象を映し出す結界と同じ景色だった。
 暗闇で見えづらいが、間違いなく同じ景色だ。

「……と言う事は、ここは私の心象……精神世界って事……?」

 答える者はいない。しかし、緋雪はどこか確信出来ていた。
 あれだけ体を蝕んでいた吸血衝動も今はない。
 そう簡単になくなる訳がないからこそ、ここが現実ではないと確信したのだ。

「(リヒトの言う通りなら、ここのどこかに“答え”があるはず……)」

 ここに来る直前にリヒトに言われた事を思い出しつつ、緋雪は足を進める。

「(心象世界……いつもは結界として展開していたけど、精神世界の場合は……一体、どこまで続いているの?)」

 いつもは哀しみの狂気を表す光景しか映し出さない心象風景。
 しかし、今回の場合は狂気の根源を見つける必要がある。

「………」

 とにかく、移動を開始する。
 何もせずにいればそれこそ何も変わらない。
 精神世界でも同様に飛べるため、まずは空に上がった。

「あれって……」

 本来であれば、緋雪の心象風景は紅い水面と暗雲、そしてその世界を照らす朱い月があるだけの世界が続いているはずだった。
 だが、いざ飛び上がって見れば、一つの山を越えた先に別のモノがあった。
 それは、緋雪にとって見覚えがある景色だった。

「……そっか、そうだよね。シュネーだった時から続く心象だもん。あの国が残っていても、何もおかしくはないよね」

 それは、かつてシュネーだった時にいた国。
 即ち、導王だったムートの治めていた国に他ならなかった。

「ッ………」

 知らず知らずの内に、緋雪はその国へ向かっていた。
 きっと、そこに“答え”があるのだろうと、そう感じて。







『シュネー、登ってこれるかい?』

『無理だよー!ムートみたいに登れないよ!』

 懐かしい景色があった。
 国に辿り着いた時、目に入ったのはかつての活気そのままの街並みだった。
 戦時中であろうと、街の中枢はいつも通りだ。
 全て、緋雪の思い出の中そのままの光景だった。
 ……そう。今緋雪の目の前で、木登りしているムートとシュネーも、かつての思い出の光景そのままだ。

「(……この時の私は、まだムートが王子だって知らなかったんだよね)」

 当時、ムートはよく城を抜け出して街に遊びに出ていた。
 さすがに護衛などがいたかもしれないが、まさに普通の子供そのものだった。
 そんなムートと、かつての緋雪……シュネーはいつも遊んでいたのだ。

「(今思えば、城の人達に身元とか調べられていたのかな?)」

 自国の街とはいえ、危険がない訳ではない。
 相手が子供だろうと、不用意に仲を深めるのは危険だろう。
 実際、シュネーは知らなかったが護衛がシュネーの家系を調べていた。
 結果的に無害と判断され、こうして幼馴染としてムートと仲を深めていた。

「……懐かしい、なぁ……」

 あの時は何もかもが幸せだった。
 子供だったからかもしれない。世界を知らなかったかもしれない。
 それでも、ムートと共に遊んでいたあの日々は、確かに幸せだったのだ。

「(―――だけど)」

 それは、唐突に終わる。
 ムートが王子である事を知っても、仲が良かったのは変わらなかった。
 ムートが王に就任し、交流が激減したとしても、平和には変わらなかった。
 ……しかし、突如シュネーが拉致された事で仮初の平和は終わった。

『いやっ、いやぁっ!助けて……助けてムート!!』

「っ………」

 連れ去られた先は、どことも知れない研究所。
 あの時、拉致されたのはシュネーだけでなく、他にも同年代の子供がいた。
 一人、また一人と人体実験で壊れ、狂い、死んでいった。
 それを、逃げられない場所でシュネーはずっと怯えていた。

「(助けを求めても、来るはずがなかった。……だって、こいつらは国に隠れて生物兵器を作ろうとしていた連中。見つからないように、入念に準備していたんだから)」

 助けを呼んでも、誰も来ない。
 その事実に絶望して、それでも死にたくないと足掻いた。
 ……その結果が。

『―――あははははははははははははははははははははははははははは!!!』

 狂気に満たされ、破壊の限りを尽くす目の前の光景だ。

『ッ……!?シュネー……!?』

「……ムート」

 研究所の人間を皆殺しにし、笑っていたシュネーの元へムートが駆けつける。
 それを、緋雪はどこか達観した目で見ていた。
 その後、シュネーはムートによって無力化され、城へと連れていかれた。

「ッ………」

 助けられた当初は、それこそ同情されていた。
 城の者だけでなく、シュネーの事を知った人は皆同情していた。

『来ないで……来ないで!この、バケモノ!』

『お前はシュネーじゃない!』

『ぇ………』

 だが、それは最初だけだった。
 一度目の暴走が止められた時、実の親に拒絶された。
 暴走の発端など、些細なものだったはずだ。
 それこそ、暴漢に襲われそうになった親を助けるために、力を振るっただけだった。
 ……だというのに、その力は恐れられた。

『…………』

 実の親に化物を見る目で見られ、シュネーは城に宛がわれた部屋に引きこもった。
 無理もない。いくらベルカ戦乱の時代に生まれても、シュネーはそこらで生まれた普通の少女に過ぎなかった。

「……ムート、オリヴィエ、クラウス……」

 そんなシュネーに寄り添ったのが、ムート達だった。
 敵対国でないとはいえ、他国の王族が共にいるなど不用心なはずだ。
 それでも、三人はシュネーのために無理を通して傍にいてあげた。
 三人だけではない。
 ムートを慕う城の者も、シュネーに親切にしていた。

「(……でも)」

 それでも、離れていく。
 幾度となく、生物兵器の力を抑えられずに暴走した。
 その度に、親しくしてくれた人が離れていった。

「(その結果が、これだ)」

 緋雪の目の前では、丁度シュネーを庇ってムートが殺されていた。
 最後までシュネーの身を案じてくれたのは、ほんのごく僅かだ。
 他は反乱を起こすまでにシュネーを恐れ……結果としてムートが死んだ。

『あ、は……あはは……あははははははははははははははははははははは!!!』

 そして、シュネーは完全に哀しみに狂ってしまった。
 後は、語るまでもない。
 狂ったシュネーは、人を殺し、街を殺し、国を殺した。
 虐殺の限りを尽くし……最期は、オリヴィエとクラウスに打倒された。

「……かつての私の焼き増し……」

 今緋雪が見たモノは、飽くまで過去に起きた事だ。
 だが、確かに緋雪が経験したもので、出来事が早送りのように流れても、心に刻むように緋雪の記憶にこびりつく。

「(―――怖い、か)」

 幸せな日々から一転、ただただ恐れられる日々が続いた。
 周りからの視線に怯え、ただ助けられるだけの日々に苦しんだ。
 
「ッ………!?」

 その時、目の前に緋雪そっくりの少女が現れる。

「(私……!?それとも、シュネー……!?)」

 どちらかは分からない。
 しかし、そんな疑問はすぐにどうでもよくなった。

「ぇ……あ………」

 目の前の少女の姿が変わっていく。
 変身魔法の類ではない。むしろ、これは“変異”だ。
 爪は鋭く、長いものに、牙も伸びて“噛む”と言うよりは“裂く”牙に。
 口は裂け、体格も大きくなる。黒髪はさらに伸び、まるで蛇のようにうねる。
 見た目はまさしく醜悪な“バケモノ”だ。

「ッッ……!」

 咄嗟に緋雪は飛び退き、ソレから距離を取る。
 そこでふと気づいた。
 ……体が、未だかつてない程震えていた事に。

「(……恐い……?)」

 より正確に言うのなら、かつてムートに守られて怯えていた頃と同じように。
 緋雪は、目の前の化け物に対して怯えていた。

「なんで、今更……」

 心が震える。体が震える。
 決して抑える事の出来ない恐怖が、緋雪を苛む。

「シャ……っ」

 シャルを呼び寄せようとして、今この場にいないのを思い出す。
 ここは精神世界だ。目の前のバケモノも、緋雪の精神から作られたモノだ。
 だからこそ、緋雪の心で何とかしないといけない。

「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「ぐっ……!?」

 金切り声のような咆哮が緋雪の耳を突く。
 それを聞いて、緋雪はさらに身が竦んでしまう。
 どうしても、目の前のバケモノに勝てる気がしなかった。

「どう、して……っ!?」

 目の前のバケモノが強いから、恐ろしい見た目をしているから。
 そんな理由で、緋雪は今更怯える事はないはずだ。
 神界の神と戦った後では、どんな戦いも怯える要素にはならないはず。
 だというのに、緋雪は恐怖で動けなかった。







「(………そっか。ずっと、恐かったんだ……私……)」

 その時、ようやく悟った。
 なぜ、ここまで恐怖で動けなくなるのか。
 なぜ、“狂気”と言う感情を持っていたのか。
 過去を改めて見て、目の前のバケモノを見て、ようやく気付けた。

「(生物兵器としての力を持った事。それに対する周囲の視線。私に親切にしてくれた人の裏切り。ずっと支えてくれた人の喪失。……全部が恐かったんだ)」

 生物兵器としての力を受け入れて振るっていたつもりだった。
 だが、本当はずっと恐いままだったのだ。
 いつか、その力が大切な人を傷つけてしまうのだと、そう考えて。

「ただ怖くて、恐くて、コワくて……その恐怖心が、狂気に繋がった。ずっと怯えていたから、狂うしかなかったんだ」

 その身に余る恐怖によって、無意識に狂気に陥った。
 狂ってしまえば、その恐怖や苦しみから逃れられるだろうと考えたからだ。

「だから、“破壊の瞳”でも壊しきれなかった。だって、私が壊そうとしていたのは、飽くまで“狂気”。原因となる恐怖心は、ずっと残ってたんだから」

 ずっと恐怖心を狂気だと思っていた。
 そのため、緋雪はずっと気づけなかった。
 だが、目の前の恐怖心の象徴たる“バケモノ”を見て、自分の本心に気付けた。

「誰かを傷つける事が、誰かに傷つけられる事が、ずっと恐かった。守ってくれる人を失う事も、傷つけてしまう事も、恐かった。……ずっと積み重ね続けていたモノに、ずっと蓋をし続けていた。……ずっと、見ないようにしてた」

 バケモノが、緋雪に向かって爪を振り下ろす。
 それを、緋雪は黙って見ていた。













「―――でも、それももう終わりだよ」

 ……なぜなら、その爪でもう自分を傷つける事はないと分かっていたから。
 体でその爪を受け止めた緋雪は、“破壊の瞳”をバケモノに向ける。

「私は、その恐怖を今こそ乗り越えるんだから―――!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 その瞬間、バケモノの体が爆ぜた。
 中から現れたのは、幽霊のように体が透け、淡く光るシュネーだ。
 シャルを使った時の黒いドレスではなく、町娘が着るような普通の服を着ている。
 在りし日の、普通の人間だった頃のシュネーだ。

「……だから、安心して眠って。(シュネー)

『……うん』

 シュネーは、緋雪の言葉にどこか安心したように頷く。

「確かに私は、生物兵器としての力を持つ。でも、結局その力も使い方次第だよ。分かってくれる人が一人でもいるのなら、恐がる必要なんてない」

 分かってくれる人は、いつも一人はいた。

「シュネーの時だって、ムートやオリヴィエ、クラウスがいた。他にも、アリス侍女長や、騎士ジーク……少なくても、確かに理解してくれる人はいたんだから」

 心の支えになってくれた人にも、確かに怯えていただろう。
 それでも、助けてくれた事には変わりない。
 その事実さえあれば、緋雪は立ち上がれる。

「……それに、今となってはこの力に怯える暇もないよ。だって、それ以上の存在が世界を襲っているんだから」

『……そうだね』

 緋雪がすぐに恐怖を克服できた理由がこれだ。
 神界の神は、規格外な力を持つ。
 緋雪の力も十分規格外だが、同等以上の力を持つ敵が現れたのだ。
 怯える暇も、必要もない。

「お兄ちゃんを助けるためにも、私はこの力を振るう。ずっとお兄ちゃんに助けられてきた。……だから、今度は私が助ける番だよ」

『………!』

 そう宣言した緋雪に、シュネーは嬉しそうに微笑んだ。

『……ありがとう。安心したよ……』

「こっちこそ。見落としていた……見ないようにしていたモノを、思い出させてくれてありがとう。これで、本当に克服出来たよ」

 シュネーの体が薄れて行く。
 どうやら、時間がもうないようだ。

『……ムートの事、よろしくね?』

「うん。任せて。(シュネー)の分も、頑張ってくる」

 両手を繋ぎ、額同士をくっつける。
 そして、その言葉を最後に、シュネーは光の粒子へと還って行った。

「一度過去を振り返る。……そういうのも、大事だよね」

 光の粒子は緋雪に吸い込まれ、残滓であろう淡い光が天へと昇っていく。
 それを見つめながら、緋雪はどこか穏やかな気持ちでそう呟いた。

「シャルは、この事に気付いていたんだね。そして、リヒトがここに導いてくれた」

 “トン”と地面を蹴り、未だに残る城へと飛ぶ。
 行き着く先は、かつてシャルを受け取ったバルコニーだ。

「二人も、ありがとう。おかげで、本当の私に戻れた」

 精神世界のため、この声はシャルとリヒトには届かないだろう。
 それでも、緋雪は感謝を込めて呟いた。

「―――だから、そろそろ戻らないと」

 緋色のように赤い夕陽が、緋雪を照らす。
 その夕日を真正面から緋雪は見つめる。
 そして、掌を上に掲げた。

「お兄ちゃんも、きっとまだ足掻いている。司さんも、椿さんも、葵さんも、奏ちゃんも、まだ戦っている。だから、私も戻らないと」

 その掌に収まるように、魔力が圧縮される。
 やがて、その魔力が一つの形を為す。即ち、赤き炎の如き大剣へと。

「そのために、私はこの過去を乗り越える!」

 大剣を両手で持ち、上段に構える。
 際限なく魔力を込められた大剣は、天にすら届くように伸びている。

「切り裂け、焔閃!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 そして、その大剣を一気に振り下ろした。
 刹那、世界が割れていき、同時に淡い光に包まれた。



















「………ッ!」

「緋雪ちゃん!?」

 気づけば、元の現実に戻っていた。
 見れば、シャマルが心配そうにこちらを見ていた。
 どうやら、動かなくなった緋雪を心配していたようだ。

「……シャル。どれくらい時間が経った?」

〈時間にして26秒です。大して経っていません〉

「そっか。それは重畳」

 あれ程自身を苦しめていた吸血衝動が、綺麗さっぱりなくなっていた。
 狂気に基づく副産物とはいえ、すぐに衝動が消える訳ではない。
 だが、今の緋雪にとっては、“またジュースが飲みたい”程度の衝動でしかない。
 故に、いとも簡単に衝動を抑える事が出来た。

「緋雪ちゃん……大丈夫なの?」

「大丈夫です。……もう、平気です」

「でも、羽が……」

 言われて、緋雪も気づく。
 宝石のようなものがぶら下がった羽が、変わっていた。
 羽は蝙蝠のように真っ黒な膜が付き、より羽らしくなっていた。
 ぶら下がっていた宝石は外れ、緋雪を守るように浮かんでいる。

「……そんな事よりも、私もお兄ちゃんの所に行かなくちゃ」

「………!」

 強い意志を感じるその言葉に、シャマルは言葉を詰まらせる。
 だが、同時にもう大丈夫なのだと確信出来た。

「リヒト、手伝ってくれる?」

〈私で良ければ、是非〉

 シャルを手に取り、続けてリヒトも地面から引き抜く。
 相手は優輝だ。マスターを助けるためにも、リヒトは緋雪に従った。







「―――行くよ!!」

 緋き雪の姫が、戦場へと舞い戻る。

















 
 

 
後書き
自己進化型デバイス…文字通りのデバイス。インテリジェンスデバイスも学習などはするが、こちらは自分でアップデートもする。フュールング・リヒトの場合、元々はAIがなかった。なお、シャルラッハロートも自己進化型だが、こちらは最初からAIを搭載していた。

道を示せ、導光の煌めきよ(フュールング・リヒト)…デバイスであるフュールング・リヒトが持つ固有魔法。単純に道を切り拓くだけでなく、精神や心の在り方すら導く事が出来る。後者の場合、対象を精神世界に送り込む事が可能。

騎士ジーク…名前のみの登場。当時、ムートの近衛騎士として存在していた男性。実力は近衛騎士なだけあり、かなり高い。ムートが死亡した戦いで、反乱軍を足止めしていた。


未だかつてない程デバイスが喋る回。そして緋雪覚醒回。
実は、シャルはリヒトのデータを元に作成したリヒトの姉妹機になります。上記の自己進化型デバイスを一から作るには、それこそスカさん並の技術が必要ですから。なお、当時に存在した自己進化型デバイスはこの二機だけです。
ちなみに、レイジングハートも実は自己進化型デバイスだったり……(独自設定)

なお、今回の覚醒は緋雪にとっても想定以上だったりします。
例えるなら、DBで界王拳を習得しようとしたら超サイヤ人になったようなものです。 
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