皆で写真を撮ったあの日から2か月が経ち、6月ももう末の期末試験の直前の時期になっていた。
「ねぇ"奏くん"。ギターの弦って恐いよね。細くて固いから指切っちゃいそう」
あれから"唯"はギターを買った。
お金が足りなくて一悶着あったみたいだけど、琴吹さんの力を借りて25万円のギターを5万円まで値切ったそうだ。彼女は何者なんだろうか。
「練習している内に指の先が固くなるから血が出たりすることはないよ。ほらみて唯」
唯の質問に僕が返す。
「ほ、ほんとだ!ぷにぷに~!...ぷにぷに~!」
「あ...あの、もういいかな...」
「も、もうちょっとだけ...!」
それから部室を使うローテーションも決めた。
月水金が僕達で、火木が唯達だ。
田井中さんと正が取り決めを行う際に、どちらが1日多く部室を使うかで揉めたみたいだけど、僕が唯にギターを教えることを盾に勝ち取ったという話だ。
と言っても唯達は僕達の練習日にもよく見学に来ている。
「なーにイチャイチャしてんだよ!」
正につっ込まれる。
「し、してないって!」
「いつの間にか名前で呼び合ってるし!」
今度は田井中さんにつっ込まれる。
「律と一瀬だって仲良過ぎるんじゃないか?」
「あ!確かに~!」
「そ、そうだね」
今度は秋山さんがつっ込んで、琴吹さんと浩二君がそれに同意する。
「「っ~~~!練習するぞ!」」
田井中さんと正がハモる。
日々の練習の中で、僕達の距離は少しだけ近づいていた。
――――――1か月前
「じゃあまたなー!」
「また来週ー!」
「「「「「またねー!」」」」」
修学院薬局前の白川通北山交差点で秋山さんと田井中さんと別れる。
2人はそのまま白川通りを進み、僕達は北山通りに進む。
修学院駅で電車通学の琴吹さんと浩二君と別れ、松ヶ崎橋前で正と別れる。
だから、最後はいつも"平沢さん"と帰ることになる。
松ヶ崎橋にいつかの入学式に見た白い野良猫がいた。
「わぁ!見て!"細見君"!猫だよ!かわいい~!」
「平沢さんって猫好きなの?」
「うん!かわいいものが好きなの!」
「ギー太を買った理由もそうだったよね」
「うん!」
他愛のない話をしていると後ろから声を掛けられた。
「お姉、ちゃん...?」
「あ!憂~!」
振り返ると、平沢さんが髪を束ねたような瓜二つの女の子がそこに立っていた。
僕とは違う中学校だけど、その制服は見かけたことがある。妹さんかな。
「妹の平沢 憂(ひらさわ うい)です。姉がお世話になってます!」
出来た子だ...!
外見は似てても内面は真逆もいいところだなんて失礼にも思ってしまった。
「平沢さ..."唯さん"と同じクラスで同じ軽音部の細見 奏です。こちらこそ」
「あら!唯さんだって~!私も"奏君"って呼ぼ~」
「ち、違、だって平沢さんって呼んだら憂さんと被っちゃうじゃないか!」
「ふふ、仲良いんですね!細見さんのことはお姉ちゃんからいつもよく聞いていま...」
「憂~!言っちゃだめだよ~!」
「え~」
仲の良い姉妹だなあなんて眺めていると、もう別れ道にたどり着く。
「じゃあ僕、こっちだから」
「あ、細見さん!よかったら家で晩ご飯食べていきませんか?」
「いや...でも...親御さんとか、大丈夫なの?」
「今日はいないよ~奏君!一緒に食べようよ~!」
僕は迷った。
親御さんのいない年頃の女子の家に男子が上がっていいものかとか、誰かに見られでもしたら唯さんが軽い女性に見られてしまうんじゃないかとか、でも、
「ダメ?奏君」
無邪気な彼女の笑顔を見て考えるのをやめた。
「甘えさせてください」
母さんに晩御飯は部活の友達と食べてくるとメールした。
「「「ごちそうさま!」」」
晩御飯はロールキャベツとほうれん草のお浸しとご飯だった。
食べ合わせとしてどうなんだろう...どれもすごく美味しかったけど。
もちろん全て憂さんの手作りで唯さんは一切料理に関与していない。
「憂さん。すっごく美味しかったです。招いてくれてありがとう」
「そうだよ~憂はすごいんだよ~!」
「そんな風に言ってもらえて嬉しいです!」
「じゃあ僕はこれで」
鞄を手に立ち上がると、
「もう帰っちゃうの?」
「え...」
僕が立ち上がったからだけど、上目遣いに鼓動が少し早くなる。
「折角お家に来てくれたんだから私にギター、もう少し教えてくれない?」
びっくりした...。そっかギターか。うん、僕ももう少し練習しようかな。
「うん。いいよ」
「やった~!じゃあ私の部屋に行こ~?」
そう言われてほんの一瞬、胸が高揚した。けど、
「唯さん、ここで練習しよう?」
目を見てそう伝えると、彼女はきょとんとした顔で僕を見た。
「ええーと...上手に説明できないんだけど...、簡単に入っちゃいけない気がするから。...ごめんね?」
「?...そっか!じゃあここで練習しよ~!」
よくわかっていないみたいだったけど、それでも彼女は僕のお願いを受け入れてくれた。
1時間程練習をしてから、ふと携帯を見ると20時と表示された。
「わ、もうこんな時間。母さんが心配するし、そろそろ帰るよ」
「ほんとだ!いつの間にこんなに時間経ってたんだろう~!」
ギターを背負い、鞄を手に玄関に行く。
「じゃあ唯さん、また来週ね」
「奏君~。"さん"はもういらないよ~。一緒にご飯も食べたのに、ちょっと寂しいよ?」
「んー...それもそっか。じゃあ"唯"、また来週。憂さん、今日はとても楽しかったです!お邪魔しました!」
「はーい!私も楽しかったです!またいらしてください!」
「バイバイ奏君!」
Side:平沢 憂
「お姉、ちゃん...?」
今日はお母さんもお父さんもいないから、学校が終わってすぐ夕飯の買い出しに行った。
その帰りに松ヶ崎橋を渡っていると、見知った背中が見えた。
声をかけようとしたけど、その隣に男の人がいることに気付いて、戸惑いで少し中途半端な声かけになってしまった。
「平沢さ..."唯さん"と同じクラスで同じ軽音部の細見 奏です。こちらこそ」
やっぱり!お姉ちゃんが私にいつも話してくれる男の子だ。
お姉ちゃんが男の人の話をするなんて初めてのことだったから、ちょっとだけ気になっていて、だから晩御飯に誘ってみた。
彼は迷っているみたいだったけど、お姉ちゃんがちょっと強引に連れてきてくれた。
「憂さん。すっごく美味しかったです。招いてくれてありがとう」
年下の私にも"さん"付けで、動きや言葉の節々に感謝の念が込められているのがわかった。礼儀正しい人だなあと思った。
「唯さん、ここで練習しよう?」
「ええーと...上手に説明できないんだけど...、簡単に入っちゃいけない気がするから。...ごめんね?」
彼が真剣な眼差しでそう言った。お姉ちゃんはどうして?という顔をしていたけど、私にはお姉ちゃんを気遣ってくれていることがわかった。
「はーい!私も楽しかったです!またいらしてください!」
「バイバイ奏君!」
ドアが静かに閉まる。
「ねぇお姉ちゃん」
「なぁに?」
「優しい人だね細見さんって」
お姉ちゃんはまたきょとんとした顔をしていたけど、
「うん!"奏くん"は優しいんだ!」
お姉ちゃんは無邪気な笑顔でそう言った。