けいおん! if
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廃部!
入学式から2週間が経った。
初めての環境での学校生活に慣れず、僕達はまだ軽音部に入部していない。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
流石に通学路にはもう慣れたかな。
修道院駅の踏切を待っていると、向こうに同じ桜が丘の制服を着た金髪の女の子が駅から降りてきた。
その綺麗な髪と慎ましい歩き方を思わず目で追っていると何かを落とした。本人は気付いていないみたいだ。
遮断機が上がり、急いでそれを手に取ると、琴吹 紬(ことぶき つむぎ)と書かれた定期券だった。
「すみません!」
足早に彼女を追いかけつつ呼びかけると、振り向いてくれた。
「定期落としましたよ」
「っまあ!ありがとうございます」
「いいえ」
「そのネクタイの色、あなたも桜が丘の1年生よね?」
「うん。3組の細見 奏って言います。琴吹さんは何組ですか?」
「えっ?すごい!どうして私の名前わかったの~?」
「えっ」
「えっ」
その日の朝は少し天然の入った2組の女の子と登校した。
その日のお昼休み。
何日か前、放課後に3人で音楽室に行っても誰もいなかったので、今日は軽音部の所在を音楽の教師の山中さわ子先生に聞きに職員室に来ていた。
「え?廃部した?」
正が驚く。
「正確には廃部寸前ね。昨年度までいた部員は皆卒業しちゃって、今月中に4人入部しないと廃部になっちゃうの」
「だから誰もいなかったんだ音楽室...」
浩二君が肩を落として、そう呟くと、
「先生~」
「はい。今行くわね」
間延びした声でやってきたのは隣の席の平沢さんだった。
一緒に帰った入学式の日から、もう20回は彼女の文房具を拾っているけど「ありがとう」「いいえ」の会話しかしていない。
そう言えば、入学式の日の帰りに彼女が話していた幼馴染の真鍋さんとも少しだけ話した。彼女の文房具を拾った回数が10を超えた辺りで「唯がいつもごめんね」と話しかけられたのだ。
「ごめんね。次、音楽の授業あるから。頑張ってね、軽音部」
そう言って山中先生は僕達に背を向けてしまった。
「「綺麗な先生だったなあ」」
「そういう問題じゃねえ」
僕と浩二君が同じことを言い、それを正に咎められる。
すると、また平沢さんと目が合った。
「このプリント皆に配っておいてね」
山中先生が平沢さんに言う。話を聞いているのだろうか。
「プリント...」
「...ほほい!?失礼致しやした...!」
僕達が不思議なものでも見るような視線を送っていると、嫌われたのだと勘違いでもしたのか、ショックで預かったプリントを盛大にぶちまけ、更にそれを拾う際に机に頭をぶつけていた。
「テンポわる...」
「使えない子...」
「ドジっ子...」
正と僕と浩二君の順に、そんな失礼なことを呟いたのだった。
職員室を出ると黄色いカチューシャを付けた小柄な女の子と、僕と同じくらいの身長の黒髪の女の子が立っていた。
「すみませーん!君達今、山中先生に軽音部のこと聞いてなかった?」
黄色カチューシャの子に聞かれる。
「うん、聞いたけど、今軽音部には誰も部員がいなくて今月中に4人集めないと廃部って言ってたよ」
「ウソ!?私達軽音部に入るつもりだったのに!」
「待てよ。俺達も軽音部に入るつもりだからこれで5人。廃部は免れたんじゃないか?」
「そっか!っていうかいきなり捲し立ててごめんねー。私はドラムの田井中 律(たいなか りつ)!こっちはベースの秋山澪(あきやま みお)!」
僕と正と浩二君も、軽い自己紹介を済ませる。
「俺達はスリーピースでいこうと思ってるから、そっちには混ざれないぜ?」
スリーピースとは3人組のバンドのことだ。
「そっかあ。でも、廃部じゃないだけマシかあ...。」
田井中さんが残念そうに項垂れる。
「で、どうするの?」
秋山さんが田井中さんに聞く。
「入部希望者を待つ!!!」
「「「おぉ」」」
「というわけで、私達は私達でバンドメンバー探してみるよ!また音楽室のローテとか決める時に会おうぜ!」
「おう!」
そう言って2人は音楽室に向かった。
「なんか...田井中さんって正に似てるね」
「ぼ、僕もそう思ってた」
「どこがだよ!」
その日の放課後、日直の正と浩二君を手伝った後、教室で今後の話をした。
正が言うには、学園祭までにオリジナル曲を1つは作りたいそうで、大まかな作曲は正が行い、それを3人でブラッシュアップして、3人で歌詞を考えようというものだった。
僕と浩二君はといえば、いくつかコードを弾けるようになり、正にTAB譜の読み方を教わり、「翼をください」や「あめふり」等、簡単な童謡の練習をしている段階だ。今度、セッションしようという話を正が出しているのだが、楽器を持っていくと絶対クラスの皆に聞かれるからと僕と浩二君は踏み切れずにいた。
下校時間のチャイムが鳴る。
「おっと。すっかり話し込んじまったな」
「そ、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
何でもない時間だけど、下校時間のチャイムが鳴るまで気付かないほどに話に熱中していた。
帰宅部だった中学時代と違って、今が充実していること、そして皆も同じ気持ちなことの証明だった。
「んー、MAXバーガー寄って、もうちょい駄弁るか」
「「賛成」」
入学式の日にも訪れた白川通りのMAXバーガーの店前で、浩二君が気付いた。
「正君、奏君、あれって...」
「田井中さんと秋山さんと...え?琴吹さん?」
「最後の人、俺達のクラスにはいないけど奏の同中か?」
「ううん、今朝定期を落としたの拾った時に軽く挨拶しただけだよ」
「へえ。とりあえず入るか」
「ご一緒にポテトはいかがですか?」
「「「あ、じゃあお願いします」」」
あんまりお金ないのに。
「よう。昼休み振りだな」
「おっ正じゃんかよー」
「あっ!今朝はありがとう~」
「いいえ」
「え...ムギ知り合い?」
「私達のクラスにはいないけどムギの同中か?」
「お、同じこと言ってる...」
どうやら僕達が放課後の教室で話し込んでいる間、彼女達はキーボードの琴吹 紬さんを確保したようだった。ちなみに彼女らは皆2組らしい。
「そっちはもう活動してるの?」
少しおどおどした様子で秋山さんが話しかけてきた。
「ううん、これからだよ。学園祭でオリジナル曲をやれたらって話はしたけど」
「え~すごい!」
「こらこらムギ、まずはギターを見つけないとバンドにならないだろ~?」
「当てはあるのか?」
「それをこれから考えるのさ~。今入部したら何かすんごい特典もらえるとかー!」
「特典...」
「車とか...別荘とかですか?」
「すごいけど、無理...」
「アイス奢るとか、宿題手伝うとかはどうだ?」
「そんなことで入部するとは...」
「じゃあどうしたら...」
「う~ん...」
職員室でのやり取りのことや、童謡を練習していること等を共有しながらも1時間が経過した。
「...にょろり~ん」
「「自分が飽きてどうする!」」
正と秋山さんが律にツッコミを入れる。
「じゃあ何か考えてよ~」
「はぁ、もう帰りたい...」
「あの~...とりあえず...!」
最後の琴吹さんの案でギタリスト募集のチラシを作成することになった。
「「「「「「せーのっ!」」」」」」
翌日の朝、SHR前に音楽準備室で各々が作成したチラシを見せ合う。
結果、僕と琴吹さんのチラシを昇降口前に貼ることになった。
...律と正は自信作だったのかガッカリしていたけど。
それから時は過ぎ、4月も後1週間となったお昼休み。
今日は、正の一緒に合わせようという熱意に負けて、初めて学校に楽器を持ってきた。
と言ってもクラスの皆に聞かれないように、登校したらそのまま部室に行き、楽器を置いてきたわけだけど。
田井中さん達は未だギタリストが見つからないようだ。
「あのチラシ自信作だったのにな~」
「まだ言ってるの正。田井中さんもそうだけど挿絵がダイナミック過ぎるよ...」
「ぼ、僕は採用されなくて良かった...」
「浩二君と秋山さんは主張が控えめ過ぎたね...」
教室でご飯を食べながら他愛のない雑談をしていると左の方から、
「とりあえず軽音楽部ってところに入ってみました!」
「「「っ!」」」
思わず3人で目を合わせる。伏し目がちに声の方を見ると、平沢さんが真鍋さんに話しているところだった。
「へえ~、でどんなことをするの?」
「さあ?」
「ええ?」
「でも軽い音楽って書くから、きっと簡単な事しかやらないよ~口笛とか!」
「何そのやる気のないクラブ...」
正は笑いを堪えるのに必死で、浩二君は不安そうにしている。
こんな子掴まされて大丈夫なんだろうか...。
その日の放課後。
正が平沢さんも連れて部室に行こうと言い出したが、男子部員がいきなり3人で行くと向こうも気後れするだろうと浩二君が止め、結局僕達が軽音部員だということは平沢さんは知らないまま、部室で皆と待つことにした。
「「「お疲れ~」」」
「お~正達じゃん!3組も授業終わったのか~」
「お、お疲れ様」
「お疲れ様です~今お茶淹れますね~」
「「「いつもありがとうございます!」」」
琴吹さんの淹れてくれたお茶(お嬢様なんだろうか)を飲みながら雑談をする。ちなみに平沢さんのことは黙っておいた...というか言い出せなかった。
「こんにちは~」
「「「っ!」」」
一瞬冷や汗が出たが、山中さわ子先生だった。
「「「「「「こんにちは~」」」」」」
「入部希望者がいたわよ~良かったわね」
田井中さんが先生から預かった入部届を覗くと平沢の文字が見えた。や、やっぱり...。
「それと、素敵なティーセットだけど、飲み終わったらちゃんと片付けてね」
「「「「「「はーい」」」」」」
「っしゃあ!バンド組める~!」
「平沢...唯...」
「何か名前からすごそうだぞ」
「楽しみですね~」
正を見ると笑いを堪えている。浩二君を見ると目を逸らされた。
い、言い出せない。
「強力なメンバー加入!私、ちょっと部室の外で待ってるね!」
あっ...。田井中さんが飛び出して行ってしまった。
「言わなくていいの?正」
「どーせすぐわかることじゃん?」
秋山さんと琴吹さんが不思議そうな顔をする。
「みんなー!入部希望者が来たぞー!」
「ようこそ軽音部へ!」
「歓迎致しますわ~」
「「「ど、どうも」」」
僕達は気まずそうに挨拶を返す。
「あれ、細見君がいる...」
平沢さんが呟いた。
「あれ?奏と同じクラスなのか?」
田井中さんに聞かれる。っていうか名前で呼んでくれた。
「いや、隠してたわけじゃないんだけど...その...」
言い淀む。
「?...よーし!ムギ!お茶の準備だ!」
「はい~!」
た、助かった...。
幸せそうにケーキを頬張る平沢さんに、田井中さんが、どんな音楽、バンド、ギタリストが好きか質問している。
が、当然答えられず、段々と気まずい空気になり、平沢さんがぽつぽつと話し始める。
「あの、あの、初めは、申し訳ないんですけど実は入部するのやめさせてくださいって言いに来たんですけど、細見君がいるなら入ってみようかなって思ったり、でもでも、私何の楽器も弾けないからマネージャーとか...」
「いや運動部じゃないんだし」
正がツッコミを入れる。
「細見君とは仲良いの?」
琴吹さんが聞く。
「同じ中学とか?」
田井中さんが聞く。
「ううん。でもいつも私が授業中に落とした消しゴム拾ってくれるの...」
「「「「「「それだけ!?」」」」」」
「あ、あのさ平沢さん。良かったら僕達の演奏聞いてみてくれないかな」
言葉に出してから何言ってるんだろうと思った。6人で合わせたことなんて1度もない。
でも、平沢さんが1度もバンドの音を聞いたことがないなら。そう思った。
「演奏してくれるの!?」
食い付いてきた...!
「奏、演奏は良いけど何やるんだ?」
「この6人で演奏できるのなんて、「翼をください」と「あめふり」しかないでしょ」
「じゃあ「翼をください」の方がカッコいいかな?」
「律、私皆と合わせたことないぞ」
「スローテンポで叩くから大丈夫だって!」
「頑張りましょう?」
「う、うん!」
各々、チューニングを始める。
Side:平沢 唯
折角高校に入ったんだもん。何かしたい。
そう思って軽音楽部に来たけど...でもよく考えたら私何も楽器できないし、やめようかなって思ってた。
でも、田井中さんに連れられて入った音楽準備室には彼がいた。
いつも隣で迷惑そうな顔一つせず文房具を拾ってくれた彼が。
「細見君ギターなんだ...」
私、初めてアンプから出る音を聞いたの。この時はまだ「アンプ」っていう言葉も知らなかったけど。
1、2、3、4と田井中さんと一瀬君がスティックを合わせ、演奏が始まる。
いま私の願いごとが
かなうならば翼がほしい
この背中に鳥のように
白い翼つけてください
この大空に翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみのない自由な空へ
翼はためかせ
行きたい
心が温かくなった。
思わず立ち上がって拍手した。
簡単な曲だってわかってたけど、でも、6人で演奏してくれたからかな。上手に聞こえたの。
――――――だから。
「何だかすっごく楽しそうでした!私!この部に入部します!」
Side:細見 奏
田井中さんと秋山さんが頬をつねり合う。
「「「「「「ばんざーい!」」」」」」
よかった...。
「奏、手震えてんぞ?」
「奏君。お疲れ様...」
「浩二君だって震えてるよ」
みんなが平沢さんの入部に喜ぶ中、密かに僕達は初めてのセッションの成功にも喜んだ。
雫が落ちそうなくらいに。
「じゃあ、軽音部活動開始記念に!」
「あっ私のカメラ...」
「いっくよー!」
――――――パシャ。
「あっでも、ギターってすごく難しそうな...」
「大丈夫だよ!わからないところは奏に教えてもらえばいいんだし!」
「田井中さん!?」
「...そうだね!奏君も初心者なのに弾けたってことは、私にもできるかもって思ってきた!」
「は、はは...」
その写真が、この先どれくらいこの7人の支えになるのか、誰も知らなかった。
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