戦闘携帯のラストリゾート
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怪盗乱麻、リゾートの闇を断つ
アローラにおけるポケモンの力を借りて人間同士が戦う【戦闘携帯】にそこまで細かいルールはない。
元々傷つけ合うためのものでも競技でもなく見ている人を楽しませるものだから、相手が降参するか逃げるかすれば終わりだ。今も周りにたくさんのお客さんがいるから、そこは同じ。
……でもチュニンは自分の体が動く限り降参なんかしてくれないだろう。動けなくなるまでダメージを与えるしかない。
わたしの右手で銃の形を取るツンデツンデに命じる。
「『ラスターカノン』!」
問題なのは、リゾートの加護でポケモンの技によるダメージは人間に与えられないこと。そしてチュニンの身体能力は人間として異常に高いこと。
案の定、チュニンは鈍色の光弾をお構いなしに突撃してきた。一刻も早くわたしを打ち倒そうと迫ってくる。
だけど、そんなことは挑んだ時点で百も承知。『ラスターカノン』は目くらましだ。
光弾を目くらましにして、わたしは助走をつけて思い切り跳び蹴りを放つ。
「格闘でチュニンに勝てると本気で思ったんですか?」
彼女の眼前まで飛ぶ武装した足を軽く身を捻ってあっさり避け、拳を固める。
チュニンなら、避けながら正確にわたしの顔を殴ることも出来るんだろう。跳躍したわたしは、方向を変えることすらできないし避けたチュニンに追撃できるような技術なんてない。
「いきなり跳び蹴りとかド素人なのは見え見えなんですよ!」
ただしわたしの体を包むツンデツンデは別だ。全身を覆うツンデツンデがわたしの体を負担がかからないように空中で前転させ、顔を狙った拳を装甲で受け止める。鈍い衝撃は伝わったけど、跳び蹴りを放った勢いのまま、華麗に着地したわたしは怪我することなく立ち上がった。
「ぐうっ……この、どこまでもふざけた手を……!」
チュニンの右腕が、痛々しく腫れ上がっていた。飛んでくる巨大な鉄塊を全力で殴りつけたようなものだ。拳はおろか腕の骨まで折れてしまっているはず。
「早く治療した方がいいんじゃないかしら。宝だけ渡してくれたらこれ以上──」
「黙りなさい、悪党! 右腕一つがなんだというのです! あの少年を一分一秒でもキュービ姉様に近づけることに比べれば屁でもない!」
降参してくれないのはわかってた。でも何がチュニンをここまでさせるんだろう。
「そんなに彼が嫌い? 話せばわかる人だったけど」
「嫌いなんですよ! キュービがいなくても十分幸せになれるだけのものを与えられているのにいつまでもしがみつこうとする態度が!」
「自分の家族に、大切な人に真剣に向き合おうとすることの何がいけないの?」
「あなたは、キュービの事を何も知らないからそんなことが言えるんです!」
「……そうね、知らないわ。わたしは宝を盗むために彼を利用しただけだもの。わたしが知りたいのは、『緋蒼の石』がどんな綺麗な宝石なのかだけ」
知ってる。本当はキュービとサフィールが姉弟ではないことを。その上で、キュービは何者かわからないサフィールが一人で生きていけるよう経済的な支援をしたりサーナイトを保護者代わりにつけていることを。
それでもサフィールにとって家族はキュービしかいない。家族と会って話がしたいって気持ちは、他人が否定していいことじゃない。
キュービの部屋の中であの二人がどんな会話をしているのか、できているのかはわからなくても。彼の目的は果たせてる……そう信じるしかない。
わたしのやるべき事は、怪盗として目の前の宝を奪うこと。
「マーシャドー、ジャラランガ! 出番です。あの小癪な鎧を破壊しなさい!」
「させない! スターミー、シルヴァディ!」
「くっ……!」
チュニンがカードからポケモンを呼び出すのに合わせてわたしもボールから同じ数を出す。
お互いに指示を出して普通にポケモンバトルをするのは、チュニンにとってデメリットしかないはずだ。彼女にとっては、一刻を争うのだから。
砕けた拳を、なおもチュニンは握りしめる。まだ攻撃しないといけないか、とわたしがツンデツンデの銃を構える。
「……『緋蒼の石』を渡せば、そこを通してくれますか」
彼女は、チャイナドレスのスリットから紅と蒼で分かれたコインのような宝石を取り出す。キュービが見せた物と違って、宝石自体が淡く光を持っていた。
あれが本物の宝石なんだ。
「残念だけど、サフィールが納得して部屋から出てくるまでは宝を手に入れたってここからどかない。それが彼との約束だから」
わたしは宝を盗む、彼はキュービと一対一で話をする。そのための協力だ。自分の目的だけ果たしてさよならなんてできない。
チュニンが砕けた拳を強く握る。痛みに耐えているのか、よっぽどサフィールがキュービといるのが嫌なのか、表情も蒼白だ。
「……すみません、キュービ。あなたとの約束、守れませんでした」
負けを認めて、宝石を渡してくれるのかと一瞬思った。だけど、チュニンの顔は、悲しい決意に満ちている。思わず、銃となったツンデツンデをチュニンに向けた。
「チュニンは、他のシャトレーヌやあなたのように人前で戦えるような人間ではないんです。ただ、貴女は他人を傷つけなくても生きていけると教えてくれたキュービのために、お客さんの相手を務めてきました。あなたとの怪盗ごっこにも付き合うつもりでした」
「怪盗ごっこ……やっぱりそんな風に思ってたのね」
「ですが、キュービを守れないなら。こんな茶番等意味がありません」
マーシャドーの影が伸び、チュニンの体を覆っていく。煌めく炎のような赤い髪が、錆びたような赤銅色に染まり、砕けた右腕が治っていく。
「何をするつもりなの!?」
「ああああああっ!!」
チュニンが唸りながら自分の仲間であるジャラランガに飛びついて。
ジャラランガの痛みにもだえる声が空間に響いた。腕の大きな鱗を引きちぎり、剥がし、それらは彼女の影にまとわりつくようにしてチュニンを覆う鎧になった。ジャラランガが、苦悶に満ちた表情で膝をつく──でも、チュニンへの戸惑いや怒りは感じられない。傷ついた体で酷く悲しそうに、チュニンとわたしを見た。
【戻ってきてみれば……まずいですね。あれはマーシャドーの闇の力で心を暴走させています】
「スズ! サフィールの方は上手くいった?」
【ええ、後はサフィール君次第です。それよりこちらの心配をしましょう】
スズにはわたしに変装したサフィールについてもらってた。キュービと二人きりになった後、対話を成立させるために。戻ってきてくれたって事は、あっちはきっと上手くいくはず。
「キュービは、チュニンが護ります……それだけで、それだけで満足なんです! だからあなたにも! サフィールにも! あの人を傷つけさせはしません!!」
「……話しても無駄みたいね。スズ、彼女を止める方法は?」
【大切な人を護りたいという我欲で動いているだけなので、止めようもありません。幸い今の彼女はマーシャドー、ポケモンと同化しているのでポケモンの技が有効です】
「わかった、ありがとう──いよいよ、クライマックスね」
「ああああああああっ!! 黙れ、黙れっ!! 怪盗もどき!!!」
チュニンが四足歩行のポケモンのように姿勢を低く、『捨て身タックル』でも使うみたいにわたしに向かってくる。
「レイ、『ラスターカノン』! スターミー、ハッサム、グソクムシャ、ポリゴン相手の攻撃がお客さんに飛んだら防いで!」
仲間達がお客さん達の方に飛んでいって、念力と鉄壁で守りを固める。手にした銃から放たれた弾丸は、確かにチュニンを覆う鎧にあたりその突進を止めた。鎧で防がれたからダメージにはなってないけど、技の影響はスズの分析通りチュニンに発生している。
【……スズの気のせいかもしれませんが。ラディ、今楽しんでませんか?】
「詐欺同然に連れてこられて、散々酷い目に遭わされて、今も目の前にあんな危ないのがいて、楽しいとか本気で言ってるの?」
【そうですね、スズの冗談が過ぎました。今の言葉は忘れて──】
猛然と襲い来るチュニンの動きを、ツンデツンデの補助を受けながらぎりぎりで躱して。目の前を巨大な鱗が遠ざかっていったときはやっぱり怖い。
……でも、今のわたしは。きっと、笑ってるんだと思う。言われるまで気づかなかった。
「わたしがリゾートに来なかったらサフィールはずっとキュービに会えなかった。ラティアスも昔のキュービの思い出を誰にも見せられなかったはず。それにわたしも……自分に出来ないクルルクの真似を続けてたと思うんだ」
シルヴァディも、ボールから出て鳥のような爪に獣のような牙を使って一緒にチュニンに応戦してくれている。これも、リゾートに来る前だったらあり得なかったことだ。
「どんな理由があっても、逃げ出したくなるようなことがあっても、今のわたしは怪盗として宝を奪う直前まで来てる。八百長なんかじゃない。本気で私をたたきのめすつもりのチュニンと、みんなの力を借りてこうしてお客さんの前で戦えてる」
……勿論、チュニンにとっては迷惑極まりないだろうしキュービにとってもそうなんだろうけど。それでも、わたしは怪盗として自分がどうありたいかを貫いたから今がある。
「だから……絶対、このバトルは勝つよ! レイ、『岩石封じ』!!」
発射される岩が、鎧ではなくチュニンの足下を正確に狙い撃つ。相手の動きを封じて素早さを抑える一撃は確かに彼女の足を鈍らせた。
「シルヴァディ! このメモリを受け取って!!」
フェアリータイプのARメモリを、シルヴァディの背に打ち込む。
彼女を護るジャラランガの鎧は固い。だけど格闘・ドラゴンのタイプを持つのなら、フェアリータイプの一撃は通るはず。
ウルトラビーストが放った力を受けたシルヴァディはやっぱり少し苛立ったように地面を蹴る。
……それでも。一瞬、『マルチアタック』を仕掛ける前に向けられた一瞥には、わたしへの怒りではなく。信用があったと思う。
「あああああああああっ!! だめ、キュービを害するものは全て潰さなくては……!!」
【鱗、破壊を確認しました! 決めるなら今です!】
「了解。みんな、これで決まりだよ!!」
スターミーの念力、ハッサムの怪力鋏、グソクムシャの突撃、ポリゴンZの破壊光線。──そして、最後にツンデツンデのラスターカノンが、鎧を喪ったチュニンの体に直撃する。吹き飛び、彼女の心と体を真っ黒に染める影が払われていく。
やり過ぎて命を奪う心配はない。チュニンを覆う影、マーシャドーの力が消えればラティアスによるリゾートの加護は復活する。ラティアスは、わたしの味方でありリゾートのみんなが大好きだから。チュニンのことも絶対護ってくれる。
「……『緋蒼の石』は、怪盗乱麻アッシュ・グラディウスが確かに頂いたわ!」
気を失ったチュニンの懐から宝石を取り、周りのお客さんに向けて宣言する。お客さんたちは、安心したり純粋に目の前の勝負を楽しんでいたりチュニンを心配したり──アローラでの怪盗劇と同じように楽しんでくれたみたい。
「……あなたとの決着は、またいつかつけましょう」
彼女にとっては怪盗との勝負はごっこ遊びでしかなかったかもしれない。それでも、ツンデツンデの銃とシルヴァディのコンビネーションに驚いてくれたのは、嘘じゃなかったと信じてる。
【犯行お疲れ様です。部屋に戻って二人の様子を見ますか?】
「このまま脱出するわ。サフィールがキュービを引きつけてくれてる今なら、邪魔は入らないでしょ」
【さすが、クールな女怪盗の名に偽りなしですね】
「……それが、怪盗乱麻だもの」
本当は、すごく気になる。でも今のわたしは怪盗乱麻としてここにいるんだから。サフィールの事は潜入とリゾートの支配者たるキュービへの囮として利用した。それでいい。
「ホウエン地方のバトルリゾート、なかなか悪くない場所だったわ。綺麗な宝石を見つけたら、怪盗はまたやってくるかもね」
お客さんと、後でこれを見るかもしれないキュービに一礼する。シルヴァディ達も、わたしに合わせてお辞儀をしてくれた。ツンデツンデにはアイコンタクトをして、脱出の合図をする。
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ツンデツンデがわたしを覆う鎧から、大きく広がって。魔術師がブラックボックスの中に入るみたいに、わたしの体全体を囲んでいく。
一瞬の真っ暗闇。その中で、怪盗としての成功の証である宝石は輝いていた。
「バトルリゾートの皆! アローラ!!」
ツンデツンデのサイドチェンジ。位置を移動する力を使って、ツンデツンデと一緒に脱出する。
かくして、バトルリゾートに出した予告状。
八百長ではない、本気の勝負をした上で怪盗として宝を盗むというわたしの目的は──無事、果たされたのだった。
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