釣瓶落とし
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第一章
釣瓶落とし
近江が完全に織田家の領地になって暫く経ってからのことである。
織田信長は岐阜城において重臣の筆頭格である柴田勝家に対して言っていた。
「彦根の話であるが」
「あちらのですか」
「うむ、近頃あの地にあやかしが出るという」
「あやかしが」
「その様じゃ、坊主から話を聞いたが」
学識のあるその者からというのだ。
「釣瓶落としというな」
「井戸の水を汲み上げる時に使う」
「桶の付いたな」
「その釣瓶ですか」
「釣瓶をな」
まさにそれをというのだ。
「上から下に落とす様に頭が落ちてくるらしい」
「人の頭が」
「彦根の森の木の上からな」
「そして人を襲う」
「いや、何でもそこまではな」
「ないですか」
「上から急にそれも五つも六つも落ちて来てな」
そうしてきてというのだ。
「驚かせてくる」
「そうした妖怪ですか」
「そして人を驚かせてな」
そうしてというのだ。
「笑いながら木の上に戻る」
「そうしたあやかしですか」
「それが出て来て彦根の民達が不安がっておる」
あやかしつまり妖怪達に驚かさせられてだ。
「随分とな、そのうち食われるのかともな」
「その様にもですか」
「怯えておる、そうなってはな」
「殿としましても」
「捨ておけぬ、それでわし自ら言ってじゃ」
彦根までそうしてというのだ。
「あやかし共を成敗してじゃ」
「民達を安らかにしますか」
「そうしてくる」
「殿が出られるまでもありませぬ」
柴田は髭だらけの逞しい顔で答えた、大柄でしっかりとした身体も実に男らしい。
「それは」
「というと」
「それがしが行ってきます」
柴田は自分から申し出た。
「確かに当家は近江を完全に手に入れましたが」
「それでもか」
「はい、まだ政でやるべきことが多いので」
「わしはこの岐阜でか」
「政にあたられ東の武田や本願寺が動けば」
「その時にか」
「ことにあたられて下さい」
何かあった時にというのだ。
「それがしが少し行ってです」
「そのうえでか」
「終わらせてきます」
「お主には都行きを命じておるが」
「その都に行く時にです」
「彦根も通るからか」
「仕事を終わらせてきます」
こう言ってだった。
柴田は都に上がる時に彦根に寄ってその妖怪を成敗することにした、そして実際に彦根に入ると民達から話を聞いた。
「森にあやかしが出るそうじゃな」
「はい、実は」
「釣瓶落としというあやかしが出ています」
「森に入ると頭が幾つも木の上から落ちてきて」
「わし等を驚かせて」
「笑いながら上がっていきます」
木の上にというのだ。
「驚かされているだけですが」
「それでも食われるかと思い」
「わし等も怖いです」
「実に」
「そうであるな、ではそなた達の不安をじゃ」
柴田は民達に強い声で約束した。
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