提督はBarにいる。
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春を味わう筍料理・2
ニ航戦の2人を皮切りに、チラホラと今宵の酒を求めて客が店内に吸い込まれて来る。熟練の飲兵衛2人が気に入った今夜のお通しは大好評で、大鍋に仕込んだハズの煮物が既に半分程に減ってしまった。そんな頃、珍しい客がドアを潜る。
「パパ~、こんばんは!」
「おぉジャーヴィス、珍しいな」
やって来たのはイギリス生まれの駆逐艦・ジャーヴィス。大規模作戦の折に迷子になっていたのを保護したら、懐かれてしまってそのままウチの配属になったという珍しい着任の仕方をした娘だ。あの時はスケコマシがついにロリコンに目覚めた、と青葉が囃し立てたモンだから少々拳で説明して納得させた物だ。そして何故だか俺を『パパ』と呼ぶ、可愛らしい『愛娘』である。
「んふふ~、今日はねぇ、ジェーナスとネルソンも一緒なの!」
「こ、こんばんは……」
「良い夜だな、Admiral」
「いらっしゃい。ってか、ジェーナスとネルソンはウチに来るのは初めてじゃねぇか?」
「む、歓迎会の時には訪れたが……それ以来だ、な」
珍しい客はジャーヴィスと同じ英国生まれの戦艦・ネルソンとジャーヴィスの妹に当たるジェーナス。ネルソンの両サイドにジャーヴィスとジェーナスが付いて、片方ずつ手を握っていた。
「まぁ、とりあえず立ち話もなんだ。座りなよ」
「は~い!」
「うむ」
「…………」
あからさまにジェーナスに警戒されてるな、俺。特に何をしたわけでもなく、かといって何かされた記憶もないんだが。
「とりあえず、何か飲むか?」
「そう、だな……ジャーヴィス、ジェーナス。今宵は余の奢りだ。好きな物を頼むといい」
「ホント!?じゃあねぇ、ジャーヴィスはカクテル!」
「わ、わたしもジャーヴィスとおんなじの」
「では、余は何か美味いビールがあれば貰おうか」
「ビールね、あいよ」
ネルソンのグラスを支度するタイミングで、早霜にチラリと目配せをする。すると『心得ています』とばかりに小さく頷く早霜。ジャーヴィスとジェーナスの2人は、建造されてからの年数が浅い駆逐艦だ。誕生して既に身体が成人女性のソレである重巡以上の艦娘であれば問題は無いが、とりあえず駆逐艦は建造されて5年は飲ませないようにしようというのが、ウチの鎮守府の暗黙の了解だったりする。なので早霜にはノンアルコールカクテルを、さもカクテルのように作って出してやれとアイコンタクトを送ったのだ。
「ネルソンのは『ベアレン マイボック』ね。日本のビールだが、美味いぜ?」
「ほぅ、美しいな」
ベアレンビールは俺の地元・岩手県……っても、内陸の盛岡の方にある地ビールのブルワリーでな。100年以上前のドイツで使われてたビールの製造機を船で輸送して設置し、昔ながらの作り方を守り通している所だ。あんまり『日本的なビール』は無いが、どれも美味い。今回は5月だけ限定販売される『マイボック』という銘柄を運良く仕入れられたんで、出してみた。一般的なラガービールに比べてコクが深く、濃厚な味わいのビールだ。
「お二人には『デイジー』です」
「わぁ、綺麗!」
「ありがとう!」
無論、グラスの中身はノンアルコールの『ダミー・デイジー』だ。
《ダミー・デイジーのレシピ》
・ラズベリーシロップ:60ml
・ライムジュース:30ml
・シュガーシロップ:1tsp
(作り方)
全てをシェイカーに入れてシェイクし、氷の入ったグラスに注げば完成。
ラズベリーシロップの鮮やかな赤と、ライムとベリーの爽やかな酸味が美味い。夏場なんかに飲むと最高だ。
「さて、ツマミは何にする?今日は筍がオススメなんだが」
「ふむ……タケノコ、というのはbambooの若芽だったか?」
「そうだが」
それがどうかしたか?と尋ねると、訝しげに眉根を寄せたネルソンがポツリと溢した。
「それは……本当に食べられるのか?」
「はい?」
「だってそうだろう!?あんな堅くて中身が空の訳の解らない植物の芽だぞ!食べて身体に悪影響は無いのか!?」
思わずシン……と静まり返る店内。そして誰かがプッと噴き出すのにつられる様に、店内は爆笑に包まれた。
「あははははははは!可愛い!ネルソンさん可愛い!」
「ひぃ~っ!その発想は無かった!お腹痛い!」
「なっ、何故だ!何故に笑う!?」
隣で大爆笑するニ航戦の2人に、顔を赤くして憤慨するネルソン。国や地域で食文化に違いはあるが……そうか、筍食うのがそんなに変か。
「その辺にしとけ、2人共。食い物への認識の差ってのは、案外無視できないもんさ」
実際、日本食ブームが世界的に起こるまでは生魚をそのまま食べるなんて有り得ないってのが世間的な物の見方だったんだからな。
「「は~い」」
「だがまぁ、ネルソンもビビり過ぎだな。周りを見てみろよ、普通に食べてるだろ?」
「む……まぁ、確かにな」
「食ってもみないで食べないってのは『食わず嫌い』と言ってな。初対面の相手を一目見て面と向かって嫌いだと宣言するような物だ」
相手との交渉術。客観的な情報を与えつつ、相手の気にする視点からのアプローチを試みる。
「む……」
「歴史と伝統を重んじる英国人としては、そういうのは失礼に当たるんじゃねぇのか?」
その上で相手の重要にしている部分に軽く触れる程度、且つ誹謗にならない言葉遣いを意識して煽る。
「むぅ」
「別に食べてみて無理だったら残してもいいさ、隣にゃそういうの気にせず残り物を食べてくれる奴もいるしな」
仕上げに『失敗しても大丈夫』と避難路に道筋を付けてやる。人は追い詰められると強迫観念に囚われるが、逃げ道があると途端に安心するもんだ。
「ふむ、ならば……少し食べてみるとするか」
「あいよ。ビールにとびきり合う奴を支度してやる」
どうやら今回の交渉はS勝利のようだ。
《ビールに良く合う!タケノコのスパイシーチーズフライ》※分量:2人前
・筍:1/2本
・片栗粉:適量
・粉チーズ:大さじ2~3
・チリペッパー:小さじ1/2
・塩:小さじ1/2~1/3
・胡椒:少々
こいつは俺の持論というか経験則だが、山菜って奴は油と相性がいい。タラの芽や山独活(やまうど)の天ぷらに始まり、ゼンマイや蕨は油炒め、蕗の薹を使うばっけみそも、刻んだ蕗の薹を炒める所から始まるように、揚げたり炒めたりという調理と相性がいい。筍もご他聞に漏れず天ぷらや炒め物は美味い。今回はそんな筍を、ビールに合うピリッとした揚げ物にしてみようと思う。まずは筍。上下に切り分けたら穂先の方は8等分位になるように櫛切りにする。下半分は1cm幅に銀杏切りにして、全体に片栗粉をまぶしておく。
揚げ油を熱している間に、味付け用のチリチーズパウダーを作っておく。ボウルに、粉チーズ、チリペッパー、塩、胡椒を入れてムラが無いように良く混ぜておく。粉チーズの塩気に合わせて、入れる塩の量は調整するように。そうしないと塩辛くてとても食べられた物じゃなくなるぞ?
油が温まったら筍を揚げていく。下茹でしてある物だから、衣がカリッとすれば油から上げても大丈夫だ。バットに移して油を切ったら、冷めない内にチリチーズの入ったボウルに入れて、全体にチリチーズを絡ませる。熱い内に入れることによって、粉チーズが若干蕩けて筍への絡みが良くなるんだ。これで完成。
「お待たせ。『タケノコのスパイシーチーズフライ』だ」
「うむ、ではいただこう」
ネルソンが恐る恐る、フォークを突き刺して口に運ぶ。一口に頬張れば最初に来るのはチーズの塩気にチリペッパーと胡椒の刺激的な辛味。そして噛む毎にコリコリという歯応えが口の中を楽しませる。そしてタケノコの味だろうか、優しいが主張し過ぎない旨味がチーズとチリペッパーをより引き立てる。その刺激を冷たいビールで流し込む。これは手が止まらなくなる奴だ。
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