綿毛
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タンポポ
今日もミツバチがやってきた。何かいいことでもあったのだろうか。いつもより随分と上機嫌に見える。
「どうしたんだ、って感じだな。実はさ、今日、彼女と二人っきりになってさ、それで…」
確か、昨日も彼は同じようなことを言っていた。新しいガールフレンドのことを話したいのだろう。
「わかったわかった。君の彼女のことは十分知ってるさ。ほれ、いつものミツだ」
そういって話を中断させ、いつも通りミツを差し出す。
「どうも。それで、タンポポには好きなやつはいるのか?」
ミツを吸いながら、彼は行った。
「いない。いつも言ってるだろ。ここは道路のすぐそばだから、他のタンポポとの付き合いは無理なんだ」
「そうか。それで、あの子のことなんだけどさ、本当に可愛くて、性格も良くて…」
ミツバチはよく喋る。面倒と言えば面倒だが、なんだかんだで退屈はしない。
こうして、互いに暇なときは、とりとめのない話でもして時間を潰しているのだった。
「おまえ、寂しくないのか?」
ミツバチが不意にそんなことを尋ねてきた。
「急にどうしたんだ?」
あまりにも唐突なものだから、困惑せざるを得ない。
「いや、だっておまえ、動けないだろ」
「それがどうしたんだ?」
ミツバチは哀れむような目を自分に向けている。
「だってさ、俺がおまえの立場なら、絶対いやだぜ。ずっと、こんな寂しいところで生きていくなんて」
「どうして?」
「いや、それは…」
ミツバチは言葉を詰まらせた。独りは寂しい。それは、彼にとってあまりに当たり前のことなのだろう。そこに理由を見つけるのは難しい。
「もちろん、寂しいさ。でも、自分にはどうにだってできない。こんなところに僕を飛ばした人間の男の子を恨むしかないのさ」
そう、風じゃなくて、理不尽な人間に飛ばされたのだから、こんな辺鄙な、仲間のいない場所に根を張ることになったのだ。
「…じゃあ、連れて行ってやるよ。おまえをどこか、楽しい場所に」
ミツバチが大真面目にいうものだから、笑ってしまった。
「ありがたいけど、それはできない。この場所から逃げるわけにはいかないんだ。だってそれは、タンポポにとって最も恥ずべき行為だから」
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