魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~
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第28話『命を救う為に!虚影の幻姫の戦略~そして挑戦へ!』
凱とヴォジャノーイ。
二人の戦いは、銀閃の長剣アリファールの折れた凱の圧倒的不利から始まる。
――――ヒュン!!
戦闘開始となるや、ヴォジャノーイは口を開き、その『長舌』を伸ばし、毒々しい紫色の酸液の唾を飛ばす。
同時に、伸ばした舌で『刺突』を繰り出す。
酸液の唾をかわせば、鋼をも切り裂く舌をよけきれず、酸液の唾をうければ、ひるんだすきに胴体を『舌』で串刺しにされる。
蛙の魔物ヴォジャノーイは、外見も口調もちゃらけた『人間かぶれ』に見えるが、魔王フェリックスの特攻部隊に選抜されるほどの実力者である。
相手の剣が折れているからと言って、決して油断はしない。
ましてや、相手はあの『勇者』であり『王』である最強の獅子王なのだから。
凱は納刀されたままの状態で、飛ばされた酸液の唾を薙ぎ払う。
だが、凱に酸液の唾を払われるのは想定内だ。
本当の狙いは――――――これだ。
「もらった!」
無防備になった胴体に、ヴォジャノーイの舌が突き刺さる!!
――直前、凱の姿が視界から消えた。
――――ヒュン!!
風を切る音。魔物の攻撃と勇者の回避が織り成す効果音。
失態!魔物は勇者に損傷を与えられない!
「何だと!?」
衝撃を押し殺しきれず、目を見開く魔物の表情。
例え敵対者が魔物だろうと人間だろうと、凱の戦い方は虚影の如き変幻自在。銀閃の如き迅速そのもの。むしろ、こちらの攻撃力を引き立てるために、蛙の魔物を懐まで引き込んだのだ。
伸びきった『舌』は、ほんの一瞬だが硬直する。魔物といえど、物質のしがらみがある以上、筋肉収縮の力学には逆らえない。そのまま凱は一気にヴォジャノーイを巻き込むように反転し、がら空きとなったヴォジャノーイの背中に獅子の舞と竜の一撃を喰らわせた。
「がっ――――!!」
相手の突進力に、遠心力を最大に生かした一撃をお見舞いする。
独立交易自由都市・前線騎士団の長剣取得必須技術。
その名は『銀閃殺法・海竜閃・泡飛沫』
魔物は派手に吹き飛び、地面に叩きつけられ、激しい土煙をあげる。
凱の持つアリファールの刃は、鋼鉄よりも堅い竜の鱗さえも容易に切り裂ける切れ味を持つ。
たとえ、切れ味を持たぬアリファールの鞘といえ、目にも止まらぬほどのすさまじい剣速でたたきつけられれば、いかに魔物とはいえ、昏倒はまぬがれまい。
「ふ~ん?やっぱり『銃』は強いなぁ~一応『――』を持ってきていて正解だったよ」
――ふらり。
だが、魔物は立ち上がる。
そして勇者は訝しむ。
(気のせいか……アリファールが一瞬力を奪われたような気がしたが)
そのうえ、魔物に銀閃を叩きつけた際の違和感。なにやら『ジャラジャラ』という金属がこすれあうような音も聞こえた気がした。まるで鎖帷子を仕込んでいるような――
(リムから聞いたことは本当だったのか。竜具の力を拘束する鎖があるって)
以前、銀閃の風姫エレオノーラと、 凍漣の雪姫リュドミラが「竜具の通じない金属」「竜技が効かない鎖」があると、リムが言っていたのを思い出した。
凱はかつて、独立交易都市へ所属していたとき、魔剣封じの魔剣と対峙したこともあった。セシリーによれば、当時のアリアは風の力を無くすと、うんともすんとも言わなくなったという。
対ゴルディオンハンマーの緊急停止ツール、ゴルディオンモーターもそうではあるが、やはり竜具も魔剣も、人の身には十分余る力があるのだ。そのチカラが自分自身へ向かないよう、有事に備えて何かしらの保険を備えるのは当然のことだった。
竜具の力を奪う正体が何であるか不明だが、
「この代償は高くつくよ……」
ゆらりと――静かにヴォジャノーイは立ち上がる。
今度は脇に差していた剣—サーベルを抜き、人間らしい大陸剣術の構えで凱に挑みかかる。
同時に、言いしれない脅威を感じとる。
ヴァレンティナによれば、彼ら魔物は竜具の刃を素手で受け止めるほどの強度を持っているという。魔物の四肢を振り回すだけでも十分、人間からすれば凶器になりうるのに、さらに魔物が魔剣などという常識を逸脱した武器を手にしたら――――もはや想像がつかない。
準備だけは怠らなかった。それだけは事実である。
「そいつは何の魔剣だ?」
「流石は銃。鼻が利くね。これは代理契約戦争時で発見された氷の魔剣で、どんなものも凍てつかせる便利なモノさ。ま、ちょっとした凍漣の主の気分になれる『なりきり道具』なんだよ」
余裕のある、魔物の口ぶり。
――所詮、ヴォジャノーイにとって、この戦いは余興にすぎない。
「さあ、いくよ!銃!」
ヴォジャノーイは氷の魔剣で襲い掛かる!
『おとこまさり』な、振りかざす真空の刃を!
『おしとやか』な、凍てつく冷気の刃を!
『おてんば』な、狙いすます殺気の刃を!
繰り出す見えざる刃にて勇者のお相手を務めようと、切り裂き魔な令嬢と化して押しかけてくる!
「ほら!銃!踊れ踊れ!!」
上下、左右、斜め、鋭い連撃が繰り出されるが、凱はそれを紙一重で回避し続ける。
―――カチ―――カチ――――カチ!
僅かな白い冷気が凱の頬を徐々にかすめ、勇者の熱い息を凍てつかせる。
「これならどうかな!?」
なんと、ヴォジャノーイは「フッ」と酸液の毒々しい唾を鍔に吐きつけ、直後、凱に向けて解き放った!
これぞ魔物の凍漣なる冷酷の調べ!魔笛散弾射!
歪な形の紫弾が無数に凱へと襲い掛かる!
しかし、勇者は取り乱すことなく、魔物の奏でる死の音譜を、竜具たる指揮剣で打ち落としていく!
――それはさながら、演奏を構成する音楽三大理論の律動・旋律・歌音を体現する音ゲ―のように。
次々と風の鞘にて砕かれる氷の散弾!刹那、切ない風切り音が『きらり』と鳴る!
破砕した氷を粉雪のカーテンにし、この隙に魔物は勇者への接近を果たしていた!
短期決戦を決行すべく、強引に白兵戦に持ち込む。
凱の推測したところ、この魔物、ただ武器を振るうだけじゃない。振り下ろし、横凪ぎ、切り返し、どれをとっても一流である。
氷の魔剣と己の能力を組み合わせて奇抜な攻撃を繰り出すあたり、もし、魔物が本気で修行に励んだら、人間以上の魔剣使いになれるかもしれない。
だが――――
それは一般兵という尺度で図った場合の話である。
「魔物が魔剣をもってしても、この程度か?」
挑発気味にも聞こえる、勇者の感想。
そこの魔物には悪いが、残念ながら勇者を仕留めるには至らない。
(反撃させてもらうぜ!ヴォジャノーイ!)
せいぜい武器を振り回すだけで、凱の動きをとらえることは能わない。
素早く、冷猛なる魔剣の刃をかいくぐると、またしても凱は竜具の鞘で打ち上げるような一撃を繰り出す。
瞬閃の思考。返すアリファールの鞘。地から天へ飛翔せし銀閃の一撃。
――銀閃殺法・飛竜閃(ヴィーフリンガ―)!!
銀閃殺法。竜具が封じられた際、もしくは竜の戦闘力を有する事態に対処すべく、ヴィッサリオンが考案した竜舞。それすなわち百人の兵士が刃を繰り出してこようが、それらを払い、蹴散らし、圧倒する力を持つということ。
これが鞘ではなく刃であれば、ヴォジャノーイの半身は下から左右二つに分かたれただろう。
「――――がはぁ!!」
またしても吹き飛ばされ、苦悶の声を荒げる魔物。その沈黙を確認するや、囚われの赤子へ振り返る。
「待たせたな、コーネリアス。すぐにセシリーお母さんの所へ返してやるからな」
「だぁ♪」
にぱーっと笑うコーネリアス。防衛本能に忠実な赤子は、凱の凱らぐ安堵の声と表情故に、にこやかに笑う。やはり、子供にはひまわりのような笑顔が一番似合う。
木に結わえられた赤子の元に向かおうとする凱。
しかし――
その足はピタリと止まる。
「う~ん、やっぱりこの姿じゃ手も足もでないや」
ふらふらと。またしてもヴォジャノーイは立ち上がった。
(魔物の耐久力を推し量ったうえでの一撃だったのに……ものともしていない)
背後から伝わる、今だ強い魔物の殺気を感じながら、凱はわずかに驚いた。
確かに倒したと思ったのだが、魔物の耐久力は、勇者の想定を上回るものだった。
「ここからが……ボクの本気だ!!アルサスでの二の舞にはならないよ!」
魔物の持つ気質が……いや、存在が変わったというべきか。
今までの陽気な殺気とは明らかに違う――明確な殺気へと転移する!
魔物ヴォジャノーイは背中を丸めると、全身から「ぶしゅー」と粉末状の霧を放出した。おそらく、ファイナルフュージョン過程のガイガーがEMトルネード(電磁竜巻)を放出し、組替中の無防備状態の機体を外敵から保護するのと同じように、あの魔物も強固な紫色の霧をらせん状にまとって、その身を保護しているのだろう。そうであれば、折れたままのアリファールでは魔物に損傷を与えることは不可能である。
にゅるり――何か舌らしきものが、紫の霧から這い出てきた。
「……………!?」
悲願達成のために魔物が人間社会に溶け込み、人間の姿を取ることは珍しい事ではない。現に機械文明の先兵である機械四天王が、素体となるべきターゲットに近づくべく、仮初の人の姿をとっていたのだ。そうやって人の心につけこみ、ストレスをエネルギーへ変換する『ゾンダーメタル』を人間にとりつかせ、魔物化させていた。
しかし、あの時「ティル=ナ=ファ」が語った魔物の本来の意義「世界をつくりかえる」こと――この世界の『遺物』から『純正物』に成り代わろうとするため。
人の世では異物――魔の時代では純正になるだろう、ヴォジャノーイの真の姿が再び凱の前で披露された。
「七戦鬼――妖蛙ヴォジャノーイ……ここからが本番だ!」
三度、ヴォジャノーイの攻撃が繰り出されようとしていた。
【独立交易自由都市・ブレア火山麓】
その頃――リサ達は――
「こっちだ!急げ!リサ」
「はい!ルーク!」
独立交易自由都市の全域で発令された魔物討伐冷。その捜索に当たっていた拠点防衛騎士団の一人から、有力な情報がもたらされた。
ブレア火山の麓、護神刀奉納神社にて、何者かが魔物と交戦中。
「ティッタさん!頑張ってください!もうすぐです!」
「あたしなら大丈夫!リサちゃん!このままガイさんのいるところへ!」
「一直線ですね!分かってます!」
自分よりも小柄な少女、リサの激励を受けてティッタは切れかかった息をどうにか繋げなおす。
馬の蹄ではとても走れぬ茨道なもので、結局自分たちの足で走り続けるしかなかった。この魔物の情報を掴んだ両者は、偶然にもお互いが出くわした。ハンニバル=クエイサーから事情を聞いたルーク、つまりセシリーの旦那であり、リサの師匠である彼はティッタ達の動向を許した。
独立交易自由都市側のルークからすれば、得体のしれない彼女たちであったが、獅子王凱の知り合い以上であれば、信用するに十分だった。なぜなら、凱という熱血漢でお人よしをフォローする人間に悪い奴は少なくともいない。困っている人なら老若男女問わず助け、誰もが憧れる『浮気者』だ。獅子王凱という男は。
「エザンディスさえ使えればよかったのですが、今は仕方ありませんね」
わざと聞こえるような声量でルークに愚痴をこぼすヴァレンティナの気持ちも、まあ分からなくもない。
空間転移できる竜技なら、一瞬で凱の交戦地区へ移動できるはずだ。しかし、今は非常事態発令中。独立交易自由都市全体で祈祷契約なる神の奇跡がかけられている。『見えざる脅威』という超常の力を封じこめて地区全体の被害を丸め込む都市封鎖のやり方だ。
だが、そのために別の問題が発生した。
魔物討伐。事態の収拾を迅速に納めるためにはヴァレンティナの竜技が必要不可欠。もし、これが使えれば、迅速かつ最小に被害を抑制できたはずなのだ。
でも今は使えない。
自由を謳う貿易都市は、緊急事態宣告の鎖に絡まれて、その活力を封じられていた。
逆に言えば、そのおかげで魔物の力を抑制できているともいえよう――――そう、本来ならば。
『何かしら』の対策で既に魔物は変身を遂げてしまった。でも、彼らルーク達はまだそれを知らない。
「まさかお前たち生娘が、ガイの縁者だったとはな」
「それはこっちの台詞だ。私たちもお前のような男がガイと知り合いなのだむしろ驚く」
憎まれ口に叩きあい。両者の初対面はなんというか、喧嘩腰だった。事態が事態なだけに仕方のないことなのだが、利害一致なので同行しているような感じだ。
ティッタは、神社の石階段を登り、境内へ向かった。
「待つのです!ティッタ!それ以上進んでは――」
さらに一足、ティッタを追うヴァレンティナ。二人がちょうど境内に入った時、ちょうど凱とヴォジャノーイが死合おうとしている真っ最中だった。
「……あれは!?」
魔物としての本来の姿を披露したヴォジャノーイを見て、ヴァレンティナはとある秘密に気づいた。
(まさか――独立交易自由都市の祈祷契約を無効化するために、あの『鎖』を利用するなんて)
忘れようもない。あれは戦姫を――竜を地に這わせるために作られたあの鎖には覚えがある。
「ガイ!気を付けて下さい!あの魔物が身体に巻いている鎖は竜具の力を奪うものです!」
荒い息をあげながら、ヴァレンティナは叫んだ。
(そうか……だからアリファールの一撃が和らいでしまったのか)
同時に、次々と荒い息をあげながら姿を見せる面々に、凱の表情は驚愕に満ちた表情になる。
――ティナ!?ティッタ!?フィーネ!それにリサとルーク!?――
アルサスとハウスマン。出会う場所と時間軸が違えど、凱にとっては懐かしき面々。
なぜ彼女たちがここに?だが、今は目の前の魔物に集中せねば。
(ともかく、リムが言っていた鎖はあれのことだったのか)
リムから聞いた話は、現役の戦姫であるヴァレンティナの言を受けて革新へと変わる。
(なるほど――ヴォジャノーイも考えたな。いや、正確にはテナルディエ公爵かガヌロン公爵のどちらかが、魔物に装備を与えたのか?)
確かに、魔剣の力を損なわず、竜具の力を封じ、自身の魔物変化を可能にするには、直接あの【鎖】を巻きつけるのが一番。あらゆる面で強化を促す、鎖帷子は厄介だ。
さらに魔物ヴォジャノーイは、口の中から剣をもう一本取り出す。まるで道化師が行うマジックショーのように。
「さらに、これがボクの魔剣――雷の魔剣シャムシール!」
勇者を絶望へ追いこむと言わんばかりに、超常の力を有する魔剣を『さらに』披露する。
竜具ほどではないが、魔剣も使用者に対してそれなりの負荷をかける。
故に、高い魔剣保有率を誇る独立交易自由都市でさえ、魔剣装備は一本に限られる。
もし、二本同時に扱えるものがあるとしたら、シーグフリードのような悪魔の血を引く者か、純粋な魔物か、ガヌロンのような半身半魔に限られる。
氷と雷――二振りの魔剣の柄を重ね合わせ、一刀のものにする。そこから延びる二本の刃――まるでトカゲの尾のようにして魔物は勇者に襲い掛かった。
双条尾光刃!!
「――――ぐっ!!」
苦痛に歪む勇者の声で、ヴォジャノーイは手応えを得る。
見切りをそらせる歪な刃。同時に凱を幻惑するオーロライリュージョン。かの幻竜神を彷彿させる魔物の技術。さらに、いまだ赤子を人質にとらわれている現実。加えてヴォジャノーイ固有の剣術が、ついに凱の身体をかすめ始める。
「どうだい?いくら銃でも完全武装のボクには太刀打ちできないだろ?」
三度開始される魔物の猛攻。すべての攻撃が確実に凱の動きを少しずつふうじていくような軌道を描き繰り出される。
(このままでは……ならば!)
氷の魔剣の刺突。雷の魔剣の袈裟斬り。次に来るのは魔物の肉体の一部である舌での刺突。ある程度のパターンを解析できた凱の予測は、確かにあっていた。不用意に伸ばした舌をそのままアリファールに絡ませて交錯殴打を叩き込もうとした。
しかし――
「―――――!」
だが、それもヴォジャノーイの予測の範囲内。勇者側ではなく魔物側から舌をアリファールに絡ませる形で、そのまま捻り上げて凱の体制を崩した。
「おらあ!!」
がら空きになった凱の横腹。そこへ力任せの蹴りを叩き込まれる。
「ごふ―――!」
平均成人を上回る凱の肉体が、全長2メートルを超える魔物の一撃に吹き飛ばされる。
ヴォジャノーイ。その恐ろしさは、単に魔物だから強い、というだけではない。
何世代にわたる戦姫との死闘。それこそ、並みの魔物では太刀打ちできない相手をこのヴォジャノーイは生き延びてきたのだ。
前回では敗戦に終わったが、今回は戦勝を飾れそうだ。まさにそれは、いくら金貨をつぎ込もうとも決して得ることのできない高揚感だった。
「ずいぶんと観客が増えてきたみたいだね。これ以上騒ぎが大きくなる前におわらせるとしようか」
次々と魔剣の太刀を繰り出すヴォジャノーイ。凱はかろうじてアリファールの鞘で応戦する。
「どうして……」
遅れて参じたセシリーが、劣勢に立たされている凱を前に憤慨する。
「どうしてガイは剣を抜かない!?」
「ガイの持つ剣――アリファールは折れているのです。本来であれば……とても戦える状態ではありません」
「――――――なんだって?」
両者の戦いを見て、さらにヴァレンティナの言葉を聞いてセシリーは愕然とした。
きっと、いつものように凱が敵を倒し、全てを解決してくれるとわずかに期待したが、それももはや絶望的だとわかった。
同時に、自分自身への怒りが瞬時に込み上げてきた。
(すぐに気づけたはずだ。どうしてガイがここへ来たのか)
それは、折れた剣、アリファールとかいう剣を直すため、わざわざ自分のところへ来てくれたことを。
勇者の振るう聖剣は、決して並みの鍛冶屋では打ち直すこと能わぬ崇高の刃。
心底ではきっと、藁にもすがるような想いでここ工房の戸を叩いてきたはずだ。
だが、再開した両者の立場は違う。互いが、互いを大切に想うがゆえに引き起こした「すれ違い」が、今回の発端ではないのだろうか?
既に新たな命と生活を手に入れたセシリー達を見て、凱は巻き込みたくないと思ったのだろうか。
それなのに――凱との再会で頭が歓喜でいっぱいになって……
セシリーの苦悶が色濃く映る。
また、『あの時』と同じように、ガイを一人に追い込んでしまうのか?
――目の前に映る者すべてを救う――
騎士になりたてのセシリーは、その誓いを口癖とし、同僚の男どもからは無様に笑われた。
だけど、ガイだけは違った。そして言ってくれた。
――君の誓いは俺が護る!護らせてくれ!――と
このままでいいのか、セシリー。神剣の騎士。
いや――
いいはずがない!
(セシリー……あなたは……)
そんなセシリーの様子を背中越しで感じつつ、ヴァレンティナは冷静に分析する。魔物に悟られぬよう、思考を影に落としながら、確実に。
(ガイはこの不利な状況でよく戦っていますが、いずれ追い込まれるのは目に見えています。あの枝につるされている赤子さえ何とか救えれば……)
そこで、彼女には一つの考えが浮かんだ。しかし、それを実行するにはあることを覚悟しなければならない。
――チャンスはたった一度きり――
そう、失敗は許されない。
もし、標的がそらされて凱の集中を乱すならば、取り返しがつかなくなってしまう。
かすかな希望と見るに余る絶望。
その考えを見透かしたかのように、フィグネリアがヴァレンティナに語り掛ける。
「私たちのことなら気にするな」
「フィグネリアさんの言う通りです。ヴァレンティナ様。あたしたちに何かできることがあれば、遠慮なくいってください」
「ティッタ……フィグネリア……あなた達は」
突然の申し出にヴァレンティナは目を開かせた。
「ええと……私たちもいます!ヴァレンティナさんですよね!?何か考えがあるのなら――それに賭けるべきなんです!」
「ガイならきっとそう言い飛ばすはずだ!さっさと言いやがれ!」
リサがたまらず言ったかと思えば、ルークが煽るようにまくしたてる。
「――――せめて武器を」
つぶやくように提案するヴァレンティナ。続く言葉は強く語られる。
「ガイの力に耐えうる武器さえあれば――」
となれば、自分の竜具エザンディスをそのまま凱に明け渡すべきか?
いや、駄目だとすぐに思考を切り替える。
今の凱が、同系統の竜具アリファールを使えるのは見てわかるが、エザンディスを使えるかどうかわからない。その選定基準があいまいである以上、下手に渡せば足枷になるかもしれない。
ならば、竜具ではなく別の武器を使うべきだ。
ダントツの魔剣所有率を誇るここ独立交易自由都市ならば、何かあるはずだ。
贅沢は言わない。竜具のような性能を求めるわけにはいかない。せめて、凱の一撃だけでも耐えうるものがあれば。
問題はそれだけではない。赤子のコーネリアスを人質に取られている。いかにして魔物の注意をそらして救出するか。
どちらも無視できぬ事項であり、どちらも達成するためには時間を有するのも事実。
それも、戦況を見る限りではそのような時間など多くない。
どうすれば――そう思案するヴァレンティナを脇に、刀匠と弟子の二人が既に行動を起こしていた。
「仕方ない!リサ!玉鋼と柄を出せ!」
「はい!ルーク」
「『久しぶり』だが、やれるな!」
「もちろんです!!」
久しぶり……とは思えぬ仕草。まるで――いつもやっている――ようなやり取りで。
リサが小物入れから出したのは、『剣身のない柄』と、掌大の玉鋼だった。
鍔から先にあるはずの刀身がない。彼らは一体何をする気だ?
分からない。だが、このまま手をこまねいているだけでは打開できぬのも事実、ここは彼らの行動を見届けるとしよう。
――――――鍛錬を開始する!!――――――
それは、この状況を打破する文言にして、これから刀身亡き鍔の刃を生み出すための呪文。
両者の大地に広がる、暁にも似た黄金色の紋様。東洋の国ヤーファ、その地方里ホムラに伝わる『伝説の鍛冶場』を模した工房が目の前に具現化する。
中でもひときわ目を引いたのは、刀匠と弟子が見つめる『黒い火球』だ。
「何なんだ……あれは?」
突如現れた火球に、フィグネリア、ティッタ、ヴァレンティナは目を奪われた
セシリーには何度も目にした光景と、ティッタ達には初めて目にする光景だった。
そう、初めて見る者には何のための物体だか分からないと思うだろう。
少しでも気を緩めば、こちらが吸い込まれそうになるほどの引力を持つ火球。その火球にルークは刀身のない柄を手に――
「――いったい何を!?」
ティッタ、フィーネ、ティナ、果たして誰が発したのだろうか。
腕ごとそれをドス黒い火球へぶち込んだ。波一つたてぬ水面へ挿入するかのように、ルークの腕までの見込み、次いで玉鋼を放り込む。
ルークは一心不乱に何かを呟き始める。
「小割――選別――積み重ね――鍛錬――折り返し――折り返し――折り返し――折り返し――折り返し――心鉄成形――皮鉄成形――造り込み――素延べ――鋒造り――火造り――荒仕上げ――」
ジスタート語とも、ブリューヌ語でもない呪文の羅列。だが、幼子のときに聞いた、かすかな記憶の片隅におぼろげながら覚えている。若き時代のヴィッサリオンから教えてもらった『あの』工程だ。
ヴァレンティナは隣のセシリーにそれとなく聞いてみた。
「セシリーさん、もしかしてあれは……ルークはまさか――」
「すまないが、その話はあとだ」
ルークが割り込んできた。
「説明するぞ、お前たち。この刀は俺の鍛錬経験をなぞることで生成される。俺が過去に打った刀をそのまま再現する仕組みだ。再現できる回数は一本につき一度だけ。材料には高純度の玉鋼を要する。そしてこの方法で鍛錬された刀は多量の霊体を含み、様々な効果が付加される。今回は『風』をこの刀に加えるというようにな」
彼女たちの視線にリサがうなずく。
「この鍛錬の再現術が、私の悪魔としての能力です。あの火球はルークの過去や経験をなぞり、簡易的な炉の働きをする役割を持っています」
矢継ぎ早に放たれる説明に、ティッタ達は混乱しそうになったが、何とか理解に努める。
そして、既に理解し、この状況を打破する展開を組み立てた戦姫がいる。
まだルークの説明は終わらない。
「問題はこれからだ。この方法で造られた刀は非常にもろい。高濃度の霊体を含むため、素材である玉鋼が許容限界をこえやすいんだ」
「もって三太刀……と言いたいところだが、使い手を考慮するとたった一振りが限界だ」
「それで……あの魔物を倒せるのか?」
「まず倒せないだろうな、『俺たち』では」
そうルークは断言し――
「だから、倒すためにガイの力が必要になる。俺たちの子どもを助けるために、お前たちの力が必要になる。そして……」
ここでルークはセシリーに向き直る。
「俺の嫁の力が必要になる。だから……力を貸してくれ!」
ルークはまっすぐにこちらを見つめてくる。
――――この瞬間、ヴァレンティナは勝利と収束の図式を見出した!!――――
「みなさん、聞いてください。私に考えがあります」
魔剣精製中のルークもリサも、一同はヴァレンティナに目を向ける。
「フィグネリアは木につるされている子供を受け止めてください。ティッタは子供をフィグネリアから受け取ったらすぐにこの場から離れてください」
本来なら母親であるセシリーに預けるべきだろう。だが、ここへ駆けつける途中、リサから聞いた話では、セシリーの身体はまだまともに動いていい状態ではない。子供を産んでからは数カ月大事を取らねばならないのだが、ここまで走ってくるだけでも想像を絶する負担だったに違いない。つらいだろうが、母親への懐へ預けるのはしばし我慢してもらわねばならない。
ここでフィーネに疑問が生まれる。自分自身、確かに跳躍には自信がある。だからこの役目には最適なのはわかる。
しかし、フィーネが赤子のコーネリアスに接触した瞬間、ヴォジャノーイに狙われるのは間違いない。魔物の攻撃をうければ、赤子もろとも絶命してしまう。
「だがヴァレンティナ、どうする?私があの子供と接触すれば、あの蛙野郎は私もろとも殺しにかかるぞ。一度奴の攻撃をどこかへ受け流す必要があるんじゃないか?」
「分かっています。その役目はわたくしが引き受けましょう」
にこりと、ヴァレンティナは答えた。緊張感のカケラもない明るい笑顔のせいで、見る者は調子がくるってしまう。それがどれだけ危険な役目か、この女は分かっているのか?
「できるのか?ヴァレンティナ」
「愚問ですね。できようが出来まいが、この状況で突き付けられた要求をはねのけるに足る理由は存在しません。『やる』のです」
もしこの場に凍漣の主リュドミラ=ルリエが居合わせていたならば、オルメア会戦の軍議を彷彿とさせていただろう。ティグルの不安な問いに対してリュドミラは『できる』『できない』ではなく、『やる』の一択で通しきったのだから。
「私は何も勇気と無謀をはき違えたりしません。このエザンディスが残っていますから」
「だが、今はこの都市全体に呪術らしきものがかけられていて、竜技とやらが使えないはずだが?」
「ええ、ですから、竜具そのものに頼ることにします。エザンディスの竜技ではなく、竜具そのものを使用します」
魔剣二本装備の完全武装のヴォジャノーイの猛攻を耐え抜くのは不可能だ。幸い、エザンディスにまだ隠し武装はある。
大鎌の形状を持つエザンディスには変形機構が備わっている。その組み替え方は『立体娯楽用具』に近いらしく、大鎌の通常携帯から第六形態にまで組替可能とのことだ。
虚影――――その名のように、姿形はなく、変幻自在の存在なのだ。
さっそくヴァレンティナは布にくるまっていた竜具エザンディスを開放、鮮やかな手つき、されどほんのわずかな時間で組み替えてしまう。
「これがエザンディスの別の姿……竜の『瞳』である弓です」
竜の瞳は、あらゆる生物の魂を射抜くといわれる、見えざる魔弾。
弓といっても、それはただの弓ではない。弓の上下に滑車らしき小さな部位が見受けられ、弦……とは異なる線導らしき物体も数本確認される。
決して『弩』などではない。弓のカタチを存分に残しているあたり、弓と弩のいいとこどりをしたものがこれになるのだろう。
消音、無音、加えて鏃に細工を加えるなど、影にふさわしい暗殺道具となっている。
「ルークさんの刀と同じく、わたくしの竜具もたった一本のみ打てます。二度目はありません」
魔物の猛攻に対し、2度もつがえている暇はない。どちらにせよ、この弓の装填数はたった一本なのだ。
そして何より、決意が鈍る。
「では各々、ご武運を祈ります」
そういうと、ヴァレンティナはエザンディスの弦……元々は大鎌の柄の一部であった個所を限界まで引き絞る。狙いを定めて勝機をうかがう。
彼女のその姿はまるで、影に潜み息の根を止める暗殺者のそれであるかのようであった。
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