魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~
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第27話『非情なる刺客!ヴォジャノーイ再戦!』
【独立交易自由都市・中央市役所・2階調査騎士団事務室】
「あだだだだ!!どうして『虚空回廊』の出口がこんなさびれた机に繋がるんだ!?」
黒髪の美女は、肩まで伸びた髪を乱暴にかき乱して声を絞り――
「フィグネリアさん!ちょ、ちょっとあたしも苦しいです~~~ふきゅう」
栗髪の少女は、肩まで揃えたツインテールをふるふる震えさせ――
「贅沢言わないでください、狭いのは私も同じですから――――うぷ」
紫髪の淑女は、腰まで下ろしたストレートを激しく見出し、内臓器官をシェイクしている。
三者三様はそれぞれ異なる喘ぎを漏らして、異郷の地から彼の机を介してやってきた。
異郷の地の名は、独立交易自由都市。
誰も触れていないはずの、机の引き出し部がゴトリと動く。
本来ならば、そこからは筆記用具なり書類なり何かしらの執筆道具が出てくるはずだ。
しかし、出てきたのは執筆道具ではない。むしろ、まだ見ぬ物語を彩る登場人物たち――その最も輝く星々であろう主人公たちだった。
彼女たちの名はティッタ。フィグネリア。ヴァレンティナ=グリンカ=エステス。
侍女、傭兵、戦姫という、出自の方向性を全く違える彼女たちは、一人の勇者の姿を見届けるために、数万ベルスタ(キロメートル)の距離を空間跳躍してここ、独立交易自由都市へとやってきた。
元々は独立交易都市と呼ばれていたこの地はかつて、周辺諸国と交易を結ぶ重要な玄関口として機能していた。
代理契約戦争より44年。
そして第二次代理契約戦争より1年。
初代市長たるハウスマンが掲げる、四民平等の理念をうたう独立交易都市は、現市長のヒューゴーによって多数の国交化を得て独立交易自由都市と名を改めた。
当時、『大陸法委員会』の呼びかけによって、大陸の主だった3国1都市が停戦条約と平和同盟を結び――そして悪魔契約という抑止力を得た。以来、『帝国』『軍国』『群衆列国』の3国と『独立交易都市』の1都市は互いに協力し合い、共に発展してきた。そして、独立交易都市も隣国同士を結び付ける国際貿易都市として、近時代の政治、経済、文化の中心として、かつてない繁栄を見た。
だが、諸外国の脅威が鮮明化してから、状況が急変した。
機械文明の猛威を告げる鉄血の使者――『黒船来航』
『闇』を散らす蒸気船――高鳴る『死』の調べに『夜』もねむれず。
夜と闇と死を司るティル=ナ=ファに嫌味を込めたかのような狂歌。
そしてヴィッサリオンの巣立ち故郷がここならば――
何よりガイの想い出の地がここならば――
機械文明の使者たる初代ハウスマンの地がここなら――
(……エザンディス?)
主の危険を知らせるように、彼女の竜具であるエザンディスの結晶素子が淡い紫色の光を点滅させている。
長年この竜具と共につきあい続けてきた彼女には、この点滅が意味するのは明白だった。
(魔物が近くにいるのでしょうか?)
そうであれば、魔物の討伐はすぐにでも対処せねばならない事項だ。しかし、勇者の捜索も同一優先であることは間違いない。
一時的な思案。されど、やることは変わらないので導き出す答えは常に一つだった。
(ですが……)
ヴァレンティナは魔物の選択肢をすぐさま除外。竜具のある自分の身くらい、自分で守れる。
しかし、竜具を持たぬフィグネリアでは到底魔物に太刀打ちできない。それどころか、戦う力を持たぬティッタならなおさらだ。
(以前の『私』なら……割り切れたはずなのに……ですね)
そう――今傍らにいる彼女たちを見捨てて、己の目的だけで動けるはずなのに。
飛び込んできた視界情報を整理し終えたフィグネリアは周りを一瞥する。
「早速ガイと合流しよう。また虚空回廊を使ってもらえないか?」
指名されたヴァレンティナは首を横に振る。
「残念ですが、しばらく竜技は遠慮したいですね。あれは遠くへ旅立つほど、ひどく体力を消耗してしまうのです。それに……」
「それに?」
フィグネリアの疑問符にヴァレンティナは竜具の顔色をうかがいながら答える。
「――『霊体』という、不可視の素粒子が、どうやら竜技の使用を困難にさせているようです」
しかも、ここの建物だけではない。恐らく、独立交易自由都市全域に、このような処置が施されているのだろう。
以前、独立交易都市には『悪魔契約』を用いた破壊活動行為を頻繁に受けていた時期があった。竜具と同じく、悪魔契約で生み出された悪魔もまた人智を超えた力を持っている。その力を抑制、拡散、若しくは制圧することを目的に、独立交易自由都市内の定位置には、専用の『除霊式玉鋼』が設置されている。もちろん、この玉鋼が設置されている以上、自衛騎士団も人智を超えた奇跡『祈祷契約』が使えなくなる。そこでハウスマンは騎士団の『再編成』と、祈祷契約と魔剣の運用を『許可を得た者しか使うことのできない承認式』に移行したのである。
かつての防衛組織である『GGGガッツィ・ジオイド・ガード』も、『スーパーメカノイド』という、その強大な戦力を有するために、部下からの要請を総合的に判断し、承認する形をとって運用していた。地球の守護者の名を関する以上、市民の救出と市街地の防衛は、何よりの必須急務となる。恐らく、緑の星の指導者も、このことを想定していたのかもしれない。本来遊星主へのアンチプログラムだったはずの『破壊神』を『勇者王』へ改装できる予備拡張、いや、収縮機能を残していたのは。
「おそらく、帰還するときもこの引き出しを介して戻らねばならないでしょうね。何より、竜具の共鳴反応が使えない以上、ガイの探索も難しいものになる――」
「じゃあどうする?どうやって探し出すつもり?」
「ここの市長に……代表者に会いに行きましょう」
「できるの?」
「来ましたよ」
言うや否や、大勢の人間の足音と共に現れた集団があった。その集団こそ、今では各国の騎士団の中でも精鋭中の精鋭とされる『郊外調査騎士団』と呼ばれている者―――――そして、過去では『3番街自衛騎士団』と呼ばれていた、ここに所属していた凱にとって懐かしき面々だった。
「誰だ!?貴様等!?」
そう。3番街自衛騎士団のレジナルド=ドラモンドをはじめとする熟練の騎士たちに出くわしたのだった。
『独立交易自由都市・3番街交易役所・応接室』
独立交易自由都市3番街、公務役所。
中央区である3番街は、都市に点在する役所のひとつであり、敷地面積としては都市の建築物において一、二を争う施設だ。初めのうちは殆どが平屋の木造建築の為外装も内装もつぎはぎだらけで、有体に言ってしまえばボロかった。市民の治安を守るべき都市の機能建築物は、その威厳など見る影もなかった。
しかし、つい最近になって勃発した『黒船来航』によって、中世レベルであった独立交易都市の建築レベルは飛躍的な進歩を遂げることとなる。
鉄筋コンクリート。スラブデッキ。現代日本に勝るとも劣らぬ知識の概念は、建築物の基礎にとどまらず、内装にまで浸透して技術的発展に貢献している。以前の技術力では木造建築がやはり中心だったため、隣家が火事になると、その隣接物件も飛び火するまえに破砕しなければならない悲惨な対処が必要だった。いくら火災拡大を防ぐためとはいえ、ひどいものだった。
ここ公務役所は戦闘員のみならず、非戦闘員の公務員も務めている。もちろん収容人員は多く、特定防火対象物として指定されている。
最近は被害らしい被害もないのであまり役所内は騒がしくもなく、通常通りの勤務をこなしていた。
そんな中、一人場違いのようにせかせかと歩く人物がいた。レジナルド=ドラモンドである。
ムオジネル特有の褐色肌を持ち、規律的に整えた頭髪は彼の真面目な性格を体現している。拠点防衛騎士団団長を務める彼は、視界に入る人間に目もくれず、目的の場所へたどりつく。
「――――市長室だと?」
先ほどの女性たちを拘束し、尋問するにはあまりにも似つかわしくない場所だ。困惑しながらもレジナルドは戸を叩く。聞きなれた市長と、その上司である団長の了承を得て入室する。
「迅速な事後処理対応ご苦労様でした。レジナルド君」
正装の男性。年齢は三十代後半に差し掛っているはずだが、容姿はもっと若く見える。口元に髭を生やし、髪には若干のくせ毛と、苦労故の蓄積物である白髪。前大戦時の功績で圧倒的支持率を得て市民から『再抜擢』されたこの市長は、血統に関係なく『ハウスマン』のファミリーネームを襲名している。その名の通り、彼は4年間この独立交易自由都市の政権を預かる市長なのである。
「いえ、礼には及びません」
「市長がほめてくれたのだ。少しは喜んだらどうだ?」
ポン――と、レジナルドの肩に岩をも握りつぶせそうな巨大な手を乗せたのは、とても齢60代には見えない屈強な肉体の持ち主だった。茶黒の肌をした偉丈夫。鼻がつぶれ、頬には首元にまで至る十字の刀傷があり、腰には馬の鞍に掲げるような大剣を所持している。
独立交易自由都市の七つの騎士団を統括する総団長にして、レジナルドの上司であるハンニバル=クエイサーだ。
「これくらいは治安を維持する騎士団にとって当然の事です」
長年の付き合いなのか、こんな返事もハンニバルの予想の範疇だったらしく、軽く肩をすくめるにとどめる。市長室を見渡すと、本来なら実務品と市長しかいないのだから、もっと予備スペースがあるものだと思っていた。が――今は珍しく人口密度が高い。
長いソファーに座る市長と、その後ろに立つ団長。代表者とその護衛役という構図は簡単に見て取れる。しかし――市長と対面している女性3人は一体何者なのだろうか?
三人とは――
お歴々を前にしても臆することなく、足を前に組んで遠慮なく座っているフィグネリア。
正反対に縮めて遠慮がちに座るティッタ。
その間には礼儀正しそうに座るヴァレンティナ。
どうも身体を拘束されているわけでもないが、流石に武器は没収させられた。というか、レジナルドがそうさせてもらった。
二刀の短剣はもちろんのことだが、何よりレジナルドの警戒を最大限に高めさせたのは、ヴァレンティナの持つ竜具エザンディスだ。
気味の悪いくらいの紫色と、漆黒に調和するような紅玉。まるで意志を感じられる光沢に戦慄を覚えたのだ。
自分を含めて計6人。ちょっと狭い。
「それでどうするのですか?こいつらの処遇は?」
物言いとして治安を乱す者には容赦のないレジナルドらしい。しかるべき処遇を受けるべきと思っていた故に、彼は市長に説明を求めずにはいられなかった。その横にいるハンニバルは苦笑い気味に応える。
「ちと面倒なことになった」
「面倒なこと……ですか?」
「私が直接お話します」
どうやらこの淑女が3人娘の代表者らしい。レジナルドはヴァレンティナをそう認識した。
「申し遅れました。私はヴァレンティナ=グリンカ=エステス。私の隣にいるのは護衛のフィグネリア、従者のティッタです」
市長は顔をしかめた。ヴァレンティナという名前に聞き覚えがない。だが――――『エステス』?
まるでこちらの表情を読み取ったかのように、ヴァレンティナはほほ笑んだ。
「私は縁系ですが、『エステス』の姓を持つ王族の一人……そしてオステローデ公国を統治する戦姫の一人でもあります」
つまりは王女。若しくは王家にゆかりある貴族の令嬢。
加えて、王の次に偉い戦姫様と来たものだ。竜の武具に見初められし一騎当千の戦乙女の語り話は聞いたことがある。
とにかく、現ジスタート王国の継承権を持つ者の一人が目前にいる。その事実が、予想だにしていなかった人物の登場を前にして、レジナルドはぽかんと表情をだした。
「ジスタート王国の要人が、どうしてここ独立交易自由都市へ?」
「あるお願いがあってきました。【神剣之刀鍛冶】と『獅子王凱』の人物に会わせていただきたく―――」
あの刀鍛冶の小僧はともかく、放浪勇者の名を聞くことになろうとは、そもそもこの女はどうしてガイのことを知っているのだ?
「そのことについては先ほども申し上げたはずです。独立交易自由都市はあなたの要求に応じることはできない」
「無理は承知の上でお願い申し上げます」
先ほどからこんな調子だ。と両手をハンニバルは手をひらひらする。
「……独立交易自由都市の理念ゆえでしょうか?」
業を煮やしたヴァレンティナは思わず前がかりになって問い直す。
対して市長も譲る気は毛頭なかった。
「ヴァレンティナ=グリンカ=エステス殿。ご存知かと思いますが、独立交易自由都市はその名の通り、『自由』と『平和』の理想都市として興された都市。独立国家の地盤を揺らぎないものにするために、初代ハウスマンは次の3条を掲げました。一つは「他国に戦争しない」二つは「他国からの戦争を許さない」最後に「他国の戦争に介入しない」この三つです。仮にあなたの話が本当だとしても、それはテナルディエ公率いる『銀の逆星軍』が独立交易自由都市へ許すかもしれないのです。私はこの地とこの地の市民を守る義務があります。無論、私の隣にいるハンニバル=クエイサーも、レジナルド=ドラモンドも例外ではありません。確かに、ガイ君にはこの都市を救っていただいた、返しきれないほどの恩をくれました。しかし手助けする義理はあっても義務ではない」
すちゃり。誰かがこの場で抜刀したような音が聞こえた。
きらり。音より半腹遅れて光る何かが見えた。
(何をさっきからぐだぐだと!)
無言で怒りにたたずみ、双刃の翼はためかせる一匹の隼フィグネリア。
目にも留まらぬ一足飛びに、誰もが気づかなかった。独立交易自由都市側の『大陸最強』を除いては。
巨大猿に隼が特攻。
結果は一蹴。
かの巨腕に頭部を掴まれたフィグネリアは大地に寝かしつけられ、そして思い知らされる。
(これが……大陸最強)
飛翔する間もなく、この力を肌で、直で味わされる。
なおも痛感させられる。わざわざ自分たちを牢屋まで連行しなくてもよかった理由が。
それは、この巨人が独立交易自由都市に根を生やしているからだと。
いつでも自分たちをねじ伏せられるものかと。
「だからこそ『わしら』はガイの挑戦を見届けねばならん!」
怒号の如き説教。だがこれで終わらない。
「いいか!『貴様等』で絶対に『神剣』を完成させろ!」
ともあれ――
このヒューゴー市長の人となりをしる人物ならば、驚愕を禁じえなかったに違いない。
だが、一見冷徹に見えるかもしれないが、その内面は計り知れないほどの苦悩に満ちていたはず。
誰もが立場があり、生活があり、小さきかもしれないが、その明日に向かって生きねばならない。
ある不幸な事件が――ガイをこの地から追いやってしまった。
市民権を放棄して独立交易自由都市から出ていったのは凱に違いないが、実質自分たちが追い出してしまったようなものだと、あの日からずっと思っていた。
しばしの沈黙――――そしてテーブルの中心に置いてあった受話器がじりじりと鳴り始める。
「市長!団長!火急の知らせです!」
昔でいうところの黒電話というものか。
かつてヴァレンティナがそうしたように、市長もまた電話を拡声運用に切り替える。
「都市内で悪魔契約発現!そして……騎士セシリーの子息が何者かによって拉致!」
「――――なんだと!?」
この瞬間、独立交易自由都市は悲鳴と共に戦火に包まれていくこととなる。
【数刻前・独立交易自由都市・3番街居住区】
交易役所に凶報が飛び込む数時間前まで都市全体はもちろん、ここ工房リーザも平和そのものだった。
いつものように太陽が昇れば、鳥たちが喜びに囀り、朝露の冷たさが新しい一日の刺激を伝えてくれる。しゃきりと目を覚ました後は農家を転々と赴き、実用品の廃材回収と、野菜のおすそ分けをもらい、主の為の朝ごはんをつくる。退屈だけど、幸せに満ちた一日を享受できる。ルークとセシリーさんの、そして二人の子供がいて――みんながいて――
少女型の悪魔、リサ=オークウッドにとって、これ以上の幸せはない。凱のことを除けば。
(やっぱりガイさん……セシリーさんの話が本当なら……まだあのときのことを……)
雑貨の買い出しに街へ繰り出していた時、ちょうどセシリーは子供と一緒に留守を頼まれていた。すれ違い様にセシリーと凱は再開を果たしたのだ。
(でも……コーネリアスが生まれたことを、ガイさんは喜んでくれたって話してくれた)
新たな時代に生まれた新たな命を、かつての勇者は祝福してくれた。
――私たちの、俺たちの世界へようこそ。コーネリアス――
そんな祝辞を述べてくれた凱が、生きていてくれた。今の今まで。
まだ凱を引きづる過去は暗雲晴れていない。しかし、あの瞬間だけは、小さな幸せを享受しよう。
その幸せを糧に日々の雑務をこなすリサは、自ら生み出した珍妙な鼻歌と共に洗濯物を干していた時だった。
忌むべき訪問者の声にも気づかずに。
「迸る漂白!白い!完璧な白さは正義!白いゼ!」
「頼もう~」
「白すぎるぜ!」
「頼もう~」
「この白さは正義!」
「頼もう~」
「こいつの心はジャスティス!」
「頼もう!」
「ひゃあ~!」
どしん!
驚いて尻もちをついてしまった。
あまりの鈍感さに、『訪問者』は思わず、洗濯物越しにいる少女へ罵声を浴びせてしまった。無理もない。洗濯物一枚に自分の声を遮られたとあれば、つい荒げてしまうのも当然といえる。いい加減気づけよとどつきたくなる。
「えっと……どなたでしょうか?」
リサには見知らぬ顔だった。
とっさについてしまった尻の汚れをはたきながら、リサは困惑した表情で目の前の青年に問う。
「あのさぁ、バジル=エインズワーズの最後の一振り――護神刀ゼノブレイドは置いてあるかな?お嬢ちゃん」
リサの心臓がどきりと跳ね上がる。
自ら名乗りもせず、ただ用件だけを偉そうにはたく顧客は決して工房リーザに少なくない。それどころか、目の前にいる青年はこともあろうに、都市でも最重要秘密であるゼノブレイドの存在を知っている。
設定を記した紙=設定を定めた神を殺せる剣。ゼノブレイド。
ルークの父であるバジルの最後の一振り。
それは、神剣を目指してバジルが追求した初期型の『神に干渉できる剣』として造られたもの。
神と崇めるヴァルバニルの吐き出す呪いの素粒子『霊体』を断ち切る『聖剣』として生まれ、やがて『神剣』へと昇華されるはずだった。
当初、ヴァルバニルという、独立交易都市にとって崇拝対象にして自然災害の抑止力として打たれたもの。だが終戦し平時となった今ではその真価を発揮することなく、『独立交易自由都市』の護神刀として、ブレア火山の火口の神殿へ奉納されている。
素粒子への接触を可能にするほどの切れ味は、戦争の歴史を一変する。故にその存在は一部の人物を除いて秘匿とされていた。
そして、秘匿とされていたはずの神剣を知っている地点で、この人物は十分危険に値すると判断するに十分だった。
「あの……ここには置いてないです――それに独立交易都市でもゼノブレイドは誰も行方を知りません」
「ふ~ん?そうなんだ――」
そもそも話の出所はどこなのか?ルークの父バジルがどこかで漏らしたのか?しかし今はそんなことを追求している事態ではない。
どこかわざとらしく、青年はつぶやいたと思いきや――
―――――――ふゅん!!
一瞬、風が横切るかのような
風を切った音の正体は、青年『ヴォジャノーイ』の口から飛ばされた『酸液の唾』だった。
そしてその方向は……先ほどまで赤子を寝かせ付かせていた『母子』の部屋。
(あそこは確か、セシリーさんとコーネリアスのいる部屋!?)
とたんにリサの表情が青ざめる。
「な……何をするんですか!?あなたは!?」
「子供の命より大切なモノなんて、どこの世界にもないと思うけどなぁ~」
「――――――!?」
いつの間にか、ヴォジャノーイの手の中に赤子コーネリアスがいた。
同時に酸液の唾で溶かされ出来た『壁穴』から、赤髪の女性が足を引きずりながら姿を見せる。
「セシリーさん!だめです!出てきちゃだめです!!」
赤子を取り戻すために現れた『母』を見て、リサは慌てて声をあげる。
当然だ。状況が状況なうえ、出産を終えてまだ一カ月もたっていない。無茶を押し通されると母体に命の危機が及ぶ。
「返せ――――」
血を吐いてでも、言わなければならない。
「コーネリアスを……私の子供を……返せぇぇ!」
だが、切なる母の悲声は虚しく響くばかり。
リサは決断せざるを得なかった。
「いい加減しつこいね。これ以上ボクにすり寄るつもりなら、この子供から消してあげる」
「ま!まってください!」
突然リサが魔物と母親の間に割りこんできた。赤子の死刑宣告を聞かされては黙っているはずがない。
「だめだリサ!下がれ!下がるんだ!」
「下がりません!これ以上セシリーさんに何かあったらルークに、義理母さんに顔向けできません!何より今はコーネリアスの身が危ないんです!だから……神剣を引き渡します!」
ほとんど泣きべそをかきながら、リサはセシリーをかばうように手を広げ、仁王立ちしている。
護神刀。それを魔物に引き渡す。
目の前の危機的状況ならそれは当然であり、そして、やむを得ない選択だった。さらに、引き渡せる選択しがあるだけ幾分かましにも思えた。
だが、魔物ヴォジャノーイには分からない。
赤子と神剣。そんな天秤にかけることもないことを、どうして迷わず赤子と選べるのか。自分ならためらわず神剣を選べるというのに。
神剣が及ぼす影響が何を意味するのか。
そもそも神剣が世界に干渉できるなら、赤子もろとも生き残っていても意味のないものなのに。
情と理、その違いかもしれない。
「神剣の在り処は――ここにはありません!ブレア火山の火口元の神殿に『護神刀』として祭られています!」
「ふ~~ん?そうなんだ。情報提供ありがとう」
――――そのまま赤子を抱いたままのヴォジャノーイは、踵を返してブレア火山の方角へ向かう。
「約束です!コーネリアスを返してください!」
「いや、実際にあるかどうかは確認してからだよ。どうも君たちは人が悪いから、赤子を返すのはその情報も本当かどうかを見極めさせてから」
「ふざけるな!そんな道理がまかり通るか!」
「通らないから、ボクも力で押し通すでしょうが。セシリーといったっけ?君の無力を勝手に押し付けないでくれ」
赤子の鳴き声がこだましながら、魔物の姿は闇に消えて溶けていく。恐らく目的の場所へ向かったのだろうか?
――無力。
かつて、新米騎士だったころ、何度も聞かされた屈辱の言葉。
事実であるがゆえに否定できず、受け入れることもできず。
『目に映る全てを救う』という誓いを立てておきながら、今こうして何もできずにいる現実。
セシリーが呻くように声を出す。
「誰か……」
助けて。そう言いかけた時、セシリーの頭上を覆う『覚えのある影』が現れた。
「これは一体……どういうことなの!?説明して!」
音沙汰などでは表現できない、壊された家屋とその風景。
見慣れた友人の光景である『在りし日の母子』。
決して見るはずのない惨状と、ありえない親子の光景を目の当たりにして、『アリア』の表情は驚愕の一色に染まる。
「ア……リア……?」
「アリアさん!?」
つかの間の安堵。されど事態は解決せず。それを理解してか、アリアは説明を求める。
「早く説明して!手遅れになる前に!」
茫然自失としたセシリーに変わり、リサが慌てた口調で事の顛末を説明する。
事態が事態なだけに、要領を得ない言葉と口調ではあったが、アリアには十分ことの重大さが認識できた。
ならば、そのために解決の糸口と一筋の光明を見つけなければならない。
(近くの遠隔通話玉鋼で公務役所へ連絡して、郊外調査騎士団を派遣してもらって、あとルークにも連絡を)
メモを取らなければ到底覚えられない手順と内容だが、今は筆を走らせる時間さえもおしいのだ。無理にでも頭に叩き込ませる必要があった。
アリアもまた、セシリーと同質の衝動が体中を駆け巡っている。
自身の生い立ちと経験が、そうさせている。
かつて『魔剣』と呼ばれ、蔑まれ、呪われていたあの時の自分を思い出して。
――――✞―✞―✞—―――
アリア。
年齢は人間換算にしてだいたい18歳。実年齢は50か60くらいという、なんとも外観と中身がかみ合わない要素を持っている女性は、かつての大戦時に『魔剣』と呼ばれていた凶器そのものだった。
自分がうまれたゆりかごは、屍の山が転がる光景。
自分が聞かされた子守歌は、死の間際に残響する断末魔。
自分が抱かれたころの『唯一』のぬくもりは、母の懐などではなく、『自分を掴む何者かの手』だった。
――――それはあたかも、生まれたばかりの赤子が振り回され、人の命を食んでいくような――
誰も彼もが自分を求めて、自分を欲して殺しあっていく。
『剣』として生まれた自分は、『人』にもどるための呪文を……まだ言葉をしらない。
当たり前だ。生まれたての赤子が、人語を発生することなどできはしない。
できるのは正真正銘の『神』か『悪魔』しかいない。
そして、生まれたばかりの赤子を振り回して人を殺していくような記憶を焼きつけられた。
何年も、何十年も続いた戦争の中で、彼女アリアはようやく言葉を覚えた。
せり返るような怒号の中で。
命乞いする言葉を何度も聞いて。
還らぬ家族の訃事を耳に入れて。
それらは全て『使い手』を通して覚えたものだった。
つたない言語能力でも、単語をつなぎ合わせると、自然と人の姿に成れた。もともと、すりこまれた自分の能力であったかのように。
本当の正体は『自身を剣の姿に変えられる悪魔』なのだが、平時となったこのご時世で忌むべき『悪魔』は討伐対象にされており、自分の身を隠すために『魔剣』と名乗っていた。
となれば、自分の残された役目らしい役目と言えば、せいぜい『剣の姿になれるめずらしい能力』を見せることくらいだった。
そんな時だった。当時、独立交易自由都市の市長に当選したばかりのヒューゴーから声をかけられたのだ。「市に出てみないか」と。
独立交易自由都市の収入を獲得するためのヒューゴーの思惑であっただろうが、今おもえば、声をかけてもらえなければ、セシリー達とも出会えなかっただろう。
私はセシリーに出会えて救われた。
そして、私はガイに会えて運命をつかめた。
『神を封ずる』、つまり神剣としての使命を役目を終えた私は、徐々に自分の道を歩み始めた。
自分でいうのもなんだが、もともと人に、特に子供になつかれやすい私は保育士になった。
一度は魔剣という生い立ち上、人間の女性と同じ幸せを持てないと知った時、どこか捨て鉢になっていた気もする。
――魔剣は新たな魔剣を生む――
――魔剣に雌型が多いのはそのため――
――神への憎しみを育て、世に生み出すため――
いいかげんにしてよ……もう。
お母さんみたいになれないことを、この運命を恨んだ。悪魔契約でどうしてあたしを生んだの?
そういった反動もあってか、もう一度いうが、私はセシリーと凱に出会えて、ハンニバルのおっちゃんにも、皆に出会えて、この世界に生まれてみて、本当に良かった。
だからこそ、この保育士の道を選んだ。
他人からみればお母さんの真似事かもしれない。だけど、『つなぎ』・『守り』・『育てる』ことはできるはずだ。
シーグフリード=ハウスマンも、この想いを知れば、この暖かな気持ちに触れていれば、『世界を消す』なんてことに走らなかったかもしれない。
あたしたちは生殖器官に欠陥を抱えて生まれたかもしれない。
人間の姿を借りた別の何かかもしれない。
でも……それでもね。
今の時代から新たな次代へ、命をつなぐことだってできるんだよ。
あたしたちには、その力があるんだよ。
それを選べる自由だってあるんだよ。
あなたもハウスマンの名を持ってるなら、あなただって自由なはずだよ。
神様はずっとこの原作を見てきたよ。
世界を滅ぼそうとしたあなたを。その暴挙の爪痕を。
生まれたからには、何かを遂げる勇気を持ってる。
生まれたからには、必ず意味を持っている。
あのとき、世界が危機に瀕した先には、あなたとセシリーが向かい合っていたじゃない。
振り向いた先には、あなたを支えてくれた仲間もいたじゃない。
あたしたちは、絶対に夢をかなえられる。
例えそれが「世界を消す」夢が実現しようとも。
例えそれが「目に映る全てを守る」使命が果たされようとも。
その結果の先に、あなたたち二人が立っていた。
だってあたしたちは、一人じゃないんだから。
だからあたしは――――『今の惨状』を救いたくて行動を起こしている。
【独立交易自由都市・3番街市場区域・雑貨屋】
さて、視点は切り替わって獅子王凱のところへ――――
危機に瀕した惨状をまだ知らない凱は、幼子コーネリアスに玩具を買おうとして、少し離れた雑貨屋へ足を運んでいた。
流石は交流さかんな独立交易自由都市。たかが子供の玩具といえど、その種類と数は侮れない。
独立交易自由都市、いや、この都市を中心とする大陸の人々の出生率は、戦後を境にして急激に上昇し、そして安定していった。
もともとこの都市は食料自給率も高いことから栄養素を得られ、何より平和が訪れたという空気が申し子誕生に拍車をかけていた。
霊体という不可視素粒子の正体は、『ヴァルバニル――神・魔王の再臨』によって吐き出されるケミカル物質。すなわち、人間の心臓にくさびを打ち込む……それはまさしく呪い。
母体に息づく胎児ですら例外ではなく、阿鼻叫喚の戦時中は、例え生まれたとしても、運亡き者は悪魔に変貌してしまう。なぜなら、つたない赤子の発音は、悪魔契約の引き金となる『死言』にかぎりなく近いとされるからだ。
それを防ぐために独立交易都市は『洗礼』と『祝福』を祈祷契約という形で人々に提供していた。
だが、祈祷契約には触媒となる資源――つまり玉鋼が必要となる。
そういった物的要因もあってか、独立交易自由都市としては、出生率を抑制せざるを得なかった。
しかし、神が再び封印された以上はそういった心配をする必要もなく、独立交易自由都市側も出生率抑制を解除した。
そのためだ。生後の養育と環境場が急激に発展したのは。
今その立役者の一人がこうして雑貨に顔を出し、生まれてくれた一人の幼子の為に買い物しているのは、なんだか不思議な光景ともいえた。
「その風車を二つください」
ひとつの風車は、コーネリアスの為に。
もうひとつは、いつか生まれるであろう『もう一つの命』のために。
「はいよ。これが御釣りね」
店主の熟練された演算能力をもとに手渡されたおつり、それを受け取った凱は優しく微笑んで財布にしまう。
「お兄さん、こどもにでも買ってあげるのかい?」
「はい。友人にこどもが出来たのを知ったので、お土産にと思って……」
――――と、凱が途中で言いかけた時、不報は突然に訪れた。
ばたばたと、窓から聞きなれば鳥の羽ばたく音が聞こえてくると、そのまま老婆の肩にとまる。
まるで、長年共に過ごしてきた相棒のように、鳩が寄り添う光景だった。
「……鳩?」
不報を抱えてきた正体は、まあ見た目通りの鳩ではあるが、問題はその『首荷』だった。
「もしかして伝書バトですか?」
「昔からの趣味じゃよ。いわゆる『文通』というものかな」
通話という概念が誕生したこの独立交易自由都市では、確かに『伝書バト』で情報交換するのは時代錯誤もいいところと言える。
しかし、この雑貨屋は以前、独立交易自由都市およびブレア火山の『中継所』として、大いに伝書バトが飛び交っていた。山頂の気象情報や不法登山者がいないか、そういった情報を監視、伝達するために、この中継所は造られたのだ。
今の時代に至るまでの情報統制は、老婆と雑貨屋という前身がなければ、今の独立交易自由都市の姿はなかっただろう。
今は『鳩』から『携帯』に情報端末を切り替えた時代。確かに趣味というのはしっくりくる。
「……これは?」
伝書バトからの手紙を封切り読み上げる老婆の視線。そして訝しむ表情。なぜかその場の空気が硬直する。
「――――セシリー嬢ちゃんの子が、魔物らしき青年に拉致された」
瞬間、凱の心臓が跳ね上がる。
魔物らしき青年。凱にはたった一人だけ心当たりがある。
ヴォジャノーイ。かつてティッタを拉致し、凱によって倒されたはず。
もしかしたら、銀の逆星軍が凱の行動を予測し、ここ独立交易自由都市へ先回りしてきたのだろうか?
そんなことができるのは、人間の常識を『ひっくり返した』奴らしかいない。
すなわち……魔物。
(俺の……俺のせいだ)
自分がセシリー達に接触を試みなければ、こんなことにならなかったはず。
何らかで後をつけられるなど……愚の骨頂。
(俺が戻ってさえ来なければ……)
真っ先に思い浮かぶ、自責の念。
自分自身と現状に悔い、歯ぎしりする凱。
しかし、今は現状を打開する以外に道はない。顔をうつぶせている暇などない。
「ちょ!……お兄さん!どうしたんだい!?」
老婆の動揺をよそに、凱は先ほど伝書バトが降り立った窓から一足で飛び出していく。
腰に携えるアリファール。翼を模した柄のこの剣は未だにへし折れたまま。
しかし、まだ勇者の勇気は完全に折れてはいない。
独立交易自由都市を覆う暗雲は、晴れる兆しさえ見えない。
それでも、一筋の光明をもたらさなければ。
それができるのは、勇者の剣がもたらす光のみ。
だから凱は向かっていく。戦うために。照らすために。
【日昼・ブレア火山麓・灰かぶりの森・護神刀奉納社】
灰かぶりの森とは、文字通り広大な樹海に灰が覆いかぶさった森林区域である。
物質の転生現象ともいえる『炭化』は、新たな生命をはぐくむための土壌となる。灰は土に。土は森に。森は肉を生む。そして生を全うした肉は再び灰と化して土に還る。こうして生命は誕生~死~新生の循環を行っていくのだが、この灰かぶりの森はただの森ではない。神の吐き出す『霊体』という不可視素粒子が、ブレア火山の自然体系を狂わせている。通常、風によって運ばれるはずの灰が、この霊体によって、まるでくさびを打ち込まれたかのように樹海へ付着していく。幸か不幸か、もしくはそのおかげともいうべきか、霊体の影響で居住化できるようになったのは奇跡ともいえよう。
もし、神――ヴァルバニルの寿命がついえて霊体の供給が途絶えた場合、果たしてどうなるのだろうか?
数年、数十年蓄積していた灰がまるで雪崩のように都市部へ襲い掛かり、居住部は壊滅する。一時は代理契約戦争の元凶を葬る案も出ていたが、独立交易都市側はこれを撤廃。神を必要としない『軍国』と、神にすがる『都市』との対立が見えていた。
独立交易都市はあらゆる勢力、国家から独立する。その主張を貫くために、神を封ずる聖剣がつくられた。
先ほど申した通り、神を殺せば、神の命数尽きれば、それは都市の壊滅を意味する。独立交易都市主導による『神の延命』は必須であった。
そんな黒竜の厄神が眠る社の境内で、ヴォジャノーイはおくるみに包んだコーネリアスを木の枝に結わえる。
途端にさらに激しく鳴き声を上げるコーネリアス。
「ゼノブレイドはここにあるものかな?」
しかし、赤子の鳴き声はやはり魔物と言えど癪にさわる。
「びーびーやかましいよ!はぁ……これだから子供は嫌いなんだ。あの嬢ちゃんの時もそうだったし」
彼の青年に浮かぶのは、栗色の侍女の姿。
「まあいいや。時期に君のお母さんがくるから……そしたらたんまり食わせてもらうよ。君を取り返すための身代金をね」
金喰い蛙ヴォジャノーイ――――今まで喰らった金貨は数知れず。
そして、喰らった金貨の貯蓄総額もまた数知れず。
人の命は金で賄える。ならば、好物の金を喰らうのに最も確実で手っ取り早い手段は『身代金』以外にありえない。
「あの時は嬢ちゃんの身代金食えなかったからな……代わりに銃の竜舞を喰らったし」
過去を思い出し、苦い気分に沈んでいると、何者かが近づいてきた。
「お……」
最初、たっぷり脅しを聞かせた母親が、いいつけ通りに身代金と護神刀を持ってきたのかと思ったが、即座にヴォジャノーイはその判断を否定する。
並々ならぬ気配。されど既視感のある気配。忘れるはずがない。
「……銃じゃないか!会いたかったよ!」
「その赤ちゃんを離せ!ヴォジャノーイ!」
「おうおう!その鬼気迫る声は懐かしいねぇ……『銃』!!」
「独立交易自由都市にまで足を運んで何を企んでいる!?」
現われたのは獅子王凱。あのあとセシリーの元へ即座に戻り、事情を聴いた凱は迷うことなく、コーネリアスの助けに向かった。
「君と同じだよ。神を殺せる物騒な剣を、悪い奴に利用される前に確保しに来ただけだって」
「赤ちゃんを人質に取っておきながら、あくまで自分たちの正当性を主張する……相変わらずふざけた奴だ!」
「ん~~よく考えたら『不殺』の君には必要ないものかもね。出来たらこのまま譲ってくれたらうれしいんだけど」
ティグルの家宝だけでは飽き足らず、今度はルークの家宝さえも欲する図々しさ。
だが、ヴォジャノーイの言葉もあながち当たらずも遠からず。
実際に、凱が求めているのは護神刀ではなく、アリファールの修繕。
それもただの修繕ではなく、既存のアリファールを超える、求めるのはまさしく『新たなる剣』。
神に対する優劣を決める剣がどれだけ希少な代物かなど関係ない。エクスカリバーにしろ、デュランダルにしろ。
――――暁の果ての聖剣―――
その竜具以外を凱は求めていない。
「お前が探している護神刀など、欲しければくれてやる!だがその前に、その子を放してからだ!」
まず確保しなければならないのは、人質とされたコーネリアスの命。
そのためには、不要な戦闘を避ける。それが凱の考えだった。
「ふ~ん……まあ確かに頼みの長剣は折れてしまってるみたいだし、戦いたくても戦えないものな」
(このヴォジャノーイ……まさかテナルディエ公爵配下の魔物か)
鞘から抜いてもいないアリファールの状態を既に知っている。
さらにいえば、代理契約戦争から数十年経ち、凱がエインズワーズ家を訪れたと同日に来るなど、偶然にしてもできすぎている。おそらくは、凱が刀匠の末裔に接触することを知り、エインズワーズ家の後継者の存在が、テナルディエ勢力の間に浮上したのだろう。
「敵と三度遭遇して戦いもしなかったら、ボクはテナルディエの旦那に殺されてしまうよ」
――――しかも金貨を集めた枚数だけね。
言葉とは裏腹に、ヴォジャノーイはどこか冗談めかした色が濃く浮かんでいる。
目の前の獲物。
そしてその奥の得物。
さらにその後の報酬。
欲望の方程式を前にして、見逃す理由などまずない。
それで、ヴォジャノーイにとって『再戦』する理由としては十分だった。
「じゃあ、ひと働きするとしますか!」
もはや、闘いは避けられなかった。
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