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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百三十三話 大敗北

 フィオーナは眼を開けた。自分を覗き込んでいる二つの顔がすぐに視界に入った。

「う・・・・・・。ここ・・・・は・・・・・」
「気がつかれましたわ!!」

 聞き覚えのある声がした。声の主がエステル・フォン・グリンメルスハウゼンだとわかるのにしばらく時間がかかったが、別の手が自分の額を押さえてくれているのがわかった。

「そのままでいてください」
「レイン、さん・・・・?」

 レイン・フェリルが右手で自分の額を押さえている。傍目には何をしているのかはわからないが、フィオーナは自分の身体にレインのオーラが流れ込んでくるのを感じた。内側から癒す治癒術だ。
 そのレイン・フェリルも左肩から左腕を包帯でつっており、痛々しい傷跡が右手にも左手にもあった。

(そうだ・・・私は・・・殿を保って・・・・でも、あの後一体・・・・どうなったというの・・・・?)

 ミュラー艦隊と共に殿を務め、幾重もの敵の波状攻撃を凌ぎ、やっとのことで本体に合流したその瞬間、後方から凄まじいエネルギー奔流の攻撃を受けた。
 オーラを最大展開し、艦隊を守り切ろうと努力したが、その後のことは覚えていない。

 身体を動かそうとした瞬間激痛が走った。レイン・フェリルの治癒術をもってしても、完全な治癒はできないほどに体が痛めつけられているのを感じた。

「そう・・だわ。皆は・・・・・・ローエングラム公は・・・・教官は・・・・・・」

 フィオーナは戦慄を覚えた。普段は冷静沈着なレイン・フェリルの顔がこれほどまでに憔悴しているのを見たことがなかったのである。

「あなたが助かっただけでも、僥倖なんですよ・・・・」
「――――!!」

 艦内は新鋭戦艦とは思えないほど荒廃していた。かろうじて機能しているのは生命維持装置とレーダー、航行機能だけのようで、そこにいる人員も半ば魂が抜けた様になっている。
 座り込んで呆けた表情を浮かべている者、別の人間の肩にすがって泣いている者、動かずに横たわる戦友のそばに座り込んで子供のように泣きじゃくっているオペレーターたち。

「・・・・・・・?」

 血の気の引いた頬であたりを見まわしたフィオーナはもっともそこにいるべき人間を見いだせなかった。

「艦長は?」
「・・・・・・・・」
「そんな・・・・・」

フィオーナは息が詰まった。隣にいたエステルが喉が詰まったような声を絞り出した。

「提督を庇おうとして・・・・それで・・・・・・」

 押し殺したような嗚咽がした。顔を向けると、涙を拭おうともせずサビーネ・フォン・リッテンハイムが血と何やらわからない汚れにまみれた顔を伏せていた。
 フィオーナはそっと手を伸ばしてサビーネの頬に伝わる涙をぬぐった。

「一つだけ教えてくれますか?」
「・・・・・はい」
「ローエングラム公は、どうなったか、わかりますか・・・・?」
「今、私たちはイゼルローン回廊にかろうじて撤退できました。・・・・ほかの艦隊の様子は分りません・・・・。ですが・・・・」
「・・・・・・?」
「ローエングラム公とキルヒアイス提督はイゼルローン要塞に入られています」
「良かった・・・・・」

 フィオーナはほっと一息つき、そのまま意識を失った。

* * * * *
 次にフィオーナが目を覚ました時、彼女の身体は治療室のベッドに寝かされていた。顔を傾けると、見覚えのある人物の横顔が眼に入った。その人物は彼女の視線に気が付くと、その顔を向けた。

「フロイレイン・フィオーナ・・・・・」
「ラインハルト・・・・ローエングラム公・・・・・・?」

 絞り出すような声を聴いたとき、ラインハルトが発したのとは思えないとフィオーナは思った。それほど覇気がなく、憔悴したものだった。右腕を包帯でつり、顔にもいくつかガーゼが貼られている。

「ローエングラム公、ご無事で何よりでした」
「・・・・・・・」
「お怪我をなさっているではありませんか、早く治療を――」
「いい」
「え?」
「私の怪我などよりも卿に言わねばならないことがある」
「・・・・・・・」

 そう言ったが、ラインハルトが黙り込んでいるので、フィオーナは口を出しづらかった。

「負けたのですね?」
 
 意を決してそういうと、ラインハルトがうなずいた。

「負けた。ケンプが死んだ。ロイエンタールもだ。メックリンガー、ミュラーは重傷を負ったが生きている。ビッテンフェルト、エーバルトの生死は不明だ。フロイレイン・ルグニカも死んだ。そして・・・・・」

 ラインハルトの喉が鳴った。

「フロイレイン・アレットも――」

 あ、とフィオーナが声を上げた。ジェニファーの最後と同じ絵図が浮かんだ。

「敵の攻撃を庇おうと旗艦ごと敵に体当たりをした。あの時と同じだ。私は守られるばかりで守ることもできなかった」
「アレットも閣下の代わりになれて満足だったでしょう。それこそが教官の・・・いえ、参謀総長のご指示だったのですから。・・・・閣下?」

 参謀総長と聞いて、ラインハルトが肩を震わせたのが見えた。

「どうしたのですか?そういえば、参謀総長はどうされましたか?」
「・・・・・・・・」
「あの、教官は――」

 ラインハルトの表情は前髪に隠れて見えない。

「死んだ」
「え?」
「死んだ」
「・・・あの、今なんと――」
「何度も言わせるな・・・!!イルーナ姉上は、死んだのだ・・・・!!!!」

 フィオーナ・フォン・エリーセルが蒼白な顔になりながら胸に手を当てていた。その場で崩れ落ちてしまうのではないかとラインハルトは思ったほどだった。端正な口元が半開きになり、眼は呆然として自分を虚ろに見つめている。

「フロイレイン・フィオーナ・・・!!」

 食いしばるような声が聞こえた。ラインハルトが凄まじい形相でこちらを見つめていた。怒り、悲しみ、後悔、懺悔、悔恨、謝罪、などがいっしょくたに表情に出てきてしまっていて訳が分からなくなっているのだろう。

「私を、撃て。それで気が済むのなら何度でも、撃て。撃ってくれ・・・!!」
「いいえ・・・・いいえ・・・・・!!」

 フィオーナはそれきり何も覚えていない。気を失ってしまったからだ。

* * * * *
 イゼルローン要塞には散り散りバラバラに艦艇が入ってくる。それを迎え入れる顔色は暗かった。

 何しろ生きて帰ってきたのは全軍の5分の1程度だったからだ。

 シャロンの砲撃で消滅したと思われていた艦隊は生きていた。転生者たちが全力でオーラを展開し、エネルギーとエネルギーがぶつかり合った結果、予期せぬ時空のゆがみが生じ、生じた。それがワープと同じ現象を生み出し、さらに偶然にもイゼルローン回廊入り口にまでワープできたのだ。

 これは何かの加護か、奇跡としか言いようがないと生き残った者たちは言い合ったものだった。

だが、そこにも敵軍が展開していた。アンジェの指揮により幾重にも張り巡らされた罠の最後の一つがそこにあった。当然敵軍は砲撃してきたが、ここに援軍が到着する。

 キルヒアイス艦隊だった。

 キルヒアイス艦隊はヴァーミリオン星域に急行しようとしたが、既に大勢は決まっており、敵味方の影も形も見えなかった。そこで敗残の兵力を吸収しながらイゼルローン要塞に急行したのである。
 ワープアウトとキルヒアイス艦隊の到着が重なり合ったのは偶然か必然か。それはわからないが、ともかくもキルヒアイス艦隊の10万余隻の奮闘のおかげで窮地を脱することができた。

 最後に帰還したのはミッターマイヤー艦隊とティアナ艦隊、そしてアレーナ艦隊である。ミッターマイヤー、ティアナ両軍とも損害はほとんどなかったが、散々な状況だった。エネルギーを節約し、それでいて快速を保ちつつ、敵の接触を避け、あわやと言うところで近くに派遣されていたアレーナ艦隊と合流し、どうにか帰ってきたのである。
 アイゼナッハ艦隊、ワーレン艦隊の行方は分からない。ウルヴァシーに駐留しているロワール・ルークレティアの行方も分からない。その他の各星系に分派させていた艦隊の行方も分からない。未だその姿を見ていないのだ。
 また、殿をしたバーバラの行方も分からない。

 ロイエンタールの戦死を聞いたミッターマイヤー、そしてティアナの顔色は蒼白になり、二人は自室に引きこもってしまった。

* * * * *
かくしてローエングラム陣営は史上最大の敗北を遂げることとなる――。

 遠征軍の総数50万余隻のうち、帰還したものは15万に満たないという大敗北であり、
6,000万以上の将兵の命が散った。主な指揮官の戦死者(行方不明も戦死扱い)として発表されたのは以下の人々である。

 ルグニカ・ウェーゼル
 アレット・ディーティリア
 カール・グスタフ・ケンプ
 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト
 オスカー・フォン・ロイエンタール
 バイエルン候エーバルト
 バーバラ・フォン・パディントン

 そして――。
 イルーナ・フォン・ヴァンクラフト
 

* * * * *
 1週間ほどは、敗残兵の傷の手当、艦艇の修復、被害状況の報告整理に追われることとなった。
 それにともない、新たな情報も入ってきた。アイゼナッハ艦隊は、フェザーンのあった宙域に帰還しているという。混乱が続く総司令部は、キルヒアイスが参謀総長代行に就任し、適宜指示を送り続けていた。アイゼナッハ艦隊に対してはフェザーン方面の警戒を指令。合わせて後方の帝国軍から補給部隊を募ることとした。

 そんな中――。

 フィオーナはイゼルローン要塞の一室に足を踏みいれた。叫びだしたくなりたいほどの重い静けさ。足元から奥に向けて分厚い赤いじゅうたんが敷かれ、光に照らされた中央が祭壇のような物になっている。
 一歩一歩。まるで起き上がりたての病人のようにフラフラと歩を進め、祭壇の上にあるガラスケースに向かう。

「・・・・・・・・」

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの姿がガラスケースの内側にあった。両手を組んでおり、眼は閉じられている。中はカプセルのような物になっており、防腐処置の施された水がその周りを覆っている。まるで水の中に眠る美女だった。
 
「教官・・・・・」

 どっと両膝を突き、ガラスケースに身を乗り出したフィオーナはかすれ声で言った。

「どうすればいいんですか、私、どうすればいいんですか?」

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトからの答えはない。彼女は眠り続けている。今までも、そしてこれからも、ずっと。

「こんな・・・・こんな時にどうして独りで逝ってしまわれるんですか・・・・?私たちはどうすれば・・・どうすれば・・・・」

 イルーナの顔は眠ったまま、何も答えない。何も話さない。何も。何も・・・・・。

「う、うぅ・・・・」

 こんな時、誰かが側にいてくれれば、とフィオーナは思った。ミュラーがいい、ティアナもいい。けれど、二人ともそばにはいない。医務室と、そして自室にいる。
だから、もう、こみ上げてくるものを押しとどめることができる人はいない。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・・!!!!」

 涙を流しながら、大きな声で泣きながら、フィオーナはただひたすらガラスケースに取りすがっていた。
 ひそやかな空気に悲しい嗚咽が響き渡った。

「・・・・・・・・」

 青い長い髪の人物は物陰からフィオーナの姿を見守っていたが、足音を殺して気配一つ気づかせず、そっと出ていった。

* * * * *
 ラインハルトとキルヒアイスはイゼルローン要塞のラインハルトの自室で向かい合っている。ガラス製のテーブルの上には何もない。

「ラインハルト様」
「言うな」

 ラインハルトはキルヒアイスを制した。

「それでも一言言わせてください。・・・・申し訳ございませんでした」
「何故お前が謝る。艦隊を率いて出撃させたのは他ならぬ俺だ。一歩間違えればお前が戦死していたかもしれない」
「それでも、私はイルーナ様を救うことができませんでした。ラインハルト様をお守りすることができませんでした」
「・・・違う。姉上は、イルーナ姉上は文字通り俺を、俺たちを守り切ったのだ。己の命を捨ててな・・・・」

 ラインハルトの脳裏には、強烈な閃光、眼を開けると、エネルギーの奔流を彼女の緑色のオーラが遮断している光景、そして直後のワープアウトがまざまざと思い返された。どういうわけか、あの赤い禍々しいエネルギーと緑色のオーラがぶつかり合った結果、一種の反作用が生じ、ラインハルトたちは艦ごと飛ばされてしまったのだ。イゼルローン方面へと。
 すべての艦隊が助かったわけではない。12万余隻あったラインハルト本隊の生還数は1万隻にも満たなかった。
 ほかに派遣していた各艦隊も帰ってきていたが、一部を除いてどの艦隊も打ちのめされていた。
 キルヒアイス艦隊にしても敗残の味方を収容しながら3割を失いながらの到着である。ティアナ、ミッターマイヤー艦隊が無傷に近いのは奇跡と言っていい。
 今現状イゼルローン要塞に集結している艦艇で出撃可能な艦艇総数はギリギリ10万余隻と言うところ。これで出撃すればひとたまりもなく潰される。
 だが、他の要素もある。それは――。

「キルヒアイス、お前に以前話をしただろう。自由惑星同盟の変わった軍人の話を」
「ヤン・・・ウェンリーという男ですか?」
「そうだ。そいつが土壇場というところで、コーデリア・シンフォニー中将とやらと組んで私を助けに来た」

 あの通信は忘れられない、とラインハルトは思う。奔流が来る少し前に、ヤン・ウェンリーから通信が入ったのだ。
* * * * *
 ヤン・ウェンリーから通信が入っている。その報告を聞いたラインハルトはすぐに回線をつなげと指示した。ヤン・ウェンリーという名前はどこか聞き覚えがあった。そしてそれはディスプレイ上に現れた姿を見て確信に変わった。

『閣下、これより我が艦隊は全力を挙げて閣下を掩護します』
「掩護だと?」
「お久しぶりです、と申し上げたいところですが、久闊を叙してはいられないようです。我が艦隊と第三十艦隊が敵を切り崩します。その隙にすぐに陣形を再編成してください」

 ヤン艦隊の行動は迅速だった。コーデリア・シンフォニー中将に自軍の将兵のシャロンの洗脳を解除してもらってから、ヤン艦隊の本来の姿は取り戻されたと言っていい。オリビエ・ポプラン、イワン・コーネフ、シェイクリ、ヒューズと言った歴戦の空戦隊を健在して擁している。
 ヤン艦隊と第三十艦隊はラインハルトを掩護するように、先鋒のルッツ艦隊と協力して敵軍を蹴散らし始めた。
 ヤン艦隊の動きは見事だった。相対上方から効果的に敵軍を撃ち抜き、包囲網に穴を作っただけでなく、包囲体制を構築しようとする敵を駆逐し、さらに押されている味方がいればそこに効果的に支援砲撃を行い、掩護する。
 ラインハルトをもってしてもこのような艦隊運動はできないと思わしめるほどだった。もっともヤン・ウェンリー自身もラインハルトに対して感じるところがあった。
 これだけ劣勢のさ中、各司令官の士気を落とすことなく、陣形を崩壊させることなく保ち続けながら後退していることはヤンには奇跡だと言えた。
 
『上下角度+3度に向けて、主砲、斉射!!』
「分艦隊B敵第一陣FHに対してミサイル攻撃だ。けん制だよ」
『ヤン・ウェンリーの背後にいる敵を掃討せよ!!』
「ローエングラム本隊の上方斜2時方向の敵に一斉射。駆逐して閣下を救うんだ」

 原作において、敵対した二人の人間は期せずして互いに助け合いながら包囲網を突破することとなった。

 他にも正体不明の一個艦隊が姿を消し、此方を支援しにかかってくれたのだが、その後来た大奔流の前にどうなったのかわからない。
 ヤン・ウェンリーには及ばないにしても緩急自在の必死の指揮で帝国軍を守り抜いてくれたあの一個艦隊を指揮していた指揮官はどうなったのか、とラインハルトは思った。

 
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