ソードアート・オンライン クリスマス・ウェイ
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ホーム(1)
そうそうにホーム獲得おめでとうパーティを切り上げてくれたパーティーメンバーに感謝しつつ、クラインがわざわざインプ領のダンジョンから入手してきた入居祝いのワインをグラスに注ぎ、三人そろってテーブルを囲んだ。
俺もアスナも除装してくつろいでいる。今着ているのはSAO時代のものによく似た普段着だ。アスナは地味な色のロングスカートに麻のシャツで、俺はトレーナー。ユイも白いワンピース姿で楽しそうにグラスを手にしていた。
そして俺たち三人はグラスをかちん、とあわせ等しく一口だけワインをあおり――。
グラスをテーブルにおいた後、アスナが泣き出してしまった。
手の甲でぬぐっても、ぬぐっても、アスナの瞳から流れる涙は尽きなかった。
「ごめんね……今日泣いてばっかりだね……ごめんね、キリトくん、ユイちゃん」
俺とユイはほぼ同時に首を横に振った。アスナが泣きださなかったら、もしかしたら俺の方が涙を流していたかもしれない。
俺、アスナ、ユイ――三人そろった食卓に、感じ入っていたのは俺も同じなのだ。
暖炉の向こう側でぱちぱちと薪がはじけ、木組の床や天井にオレンジ色を染み込ませている。アスナの涙も、涙のあとも蜂蜜色に美しく光っている。
俺とユイはアスナの隣に椅子を移動させ、ぴったりとよりそった。
アスナの背を無言でなでてやる。いまはゆっくりと泣かせてあげたかった。
しばらくやさしい時間が部屋に満ちた。子供みたいに泣き続けたアスナが、ハンカチで涙をぬぐい、顔を上げた。
「おちついた?」
「うん……また泣いちゃったよー」
まだ目頭に涙をためつつ、アスナは呟いた。
申し訳なさそうにするアスナをびっくりさせたくて、俺は彼女の脚と背を抱いた。
――いわゆる「お姫様だっこ」でアスナを抱え上げたのだ。
「えっ!? やっ、ちょっとー!」
脚をばたつかせて腕から抜けようとするアスナをそのまま運び、揺り椅子に腰掛ける。
背中をぴったりと椅子にひっつけ、体にしみついた揺られ心地を久々に味わう。
同時に膝の上にのっけたままの、アスナの体温も懐かしさを呼ぶ。
新婚時代はこうやって二人で揺り椅子を揺らしながら眠りこけたものだ。
にやにやする俺に、アスナが恥ずかしそうに言った。
「もう……びっくりして涙がとまっちゃったよー」
アスナはそう言ったきり足をのばして俺の隣に横たわり、俺がまわした二の腕のあたりに頬を埋めてきた。
さて、とテーブルに置き去りにしてきてしまった愛娘を見やる。
椅子から降りたユイは「え、えっと……」と黒い瞳を迷わせていた。
どうやら遠慮しているらしい娘の姿をとらえて、俺は思わず頬をゆるめてしまった。
「ほら、ユイも」
ちょいちょい、と手招きする。
「え――っとぉ……」
ユイは俺の行為に戸惑った。
それはAIが判断に困る時に行う「一旦停止・処理継続中」のそれではなく、もっと感情的なものにみえる。
人間で言う、迷い、という感情そのものに。
もういちど、ちょいちょい、と手で招く。
「パパ……!」
それで決心がついたのか――俺はもう、ユイが「心」を持っていると認識しているがゆえの「決心」という言葉なのだが――ユイが満面の笑みを浮かべる。
そのまま「情緒的」としか思えない勢いで、俺の上に飛び乗ってきた。
どすん、と。
「うぎっ――」
余りに勢いよく乗られたせいで、思わずうめいた。
明確な攻撃行動ではなかったためか、アンチ・クリミナルコードが効かず、鳩尾のあたりに鈍痛。
これがナビゲーションピクシーの姿をとっているときなら体当たりですんでいるのだが、体重が外見年齢並になっているユイの突撃は、ひかえめにいって「すごく」痛かった。
「あ……ごめんなさい、パパ……重力加速度を考えませんでした……」
「だい――じょうぶ。大きくなるのは、いい事だ。うん」
これはやせ我慢半分、本音半分。
鈍い痛みに耐えていると、ユイがコロンと俺の二の腕のあたりに頭をよせた。
アスナは泣いちゃってごめんね、とつぶやいて俺の二の腕に頭をよせた。ユイも真似して左腕を枕にしてくる。
現実でやったらあっと言う間に血流の流れが阻害され、しびれが走るだろう体勢だ。が、そもそもアバターに血流など存在しない。それゆえに、いつまででも、二人に腕枕をしつづけることができる。
体の左側面の小さな体温と、右側面の慣れ親しんだ体温を感じつつ、ログで組まれた天井をぼんやりと見る。オブジェクトとしては完全に同一なのだから、当たり前と言えばあたりまえだが、こうして揺り椅子からながめる天井の木目の数まで同じだと、改めて実感できる。
帰ってきてよかったなぁ……と。
ぱちぱちとはぜる薪の音を聞きながら、俺はしばらく目をつぶって、帰郷の幸せをかみしめた。
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