渦巻く滄海 紅き空 【下】
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三十二 蜘蛛の糸
前書き
あけましておめでとうございます!!←遅すぎ
昨年は大変お世話になりました!今年もどうぞよろしくお願いします!!
「そうか、わかった」
木分身からの報告を受け取り、ヤマトは散々たる惨状のこの場を見渡した。
木々はなぎ倒され、地面が抉れたように穿たれており、元々くぼんだ地形だったかのようだ。
つい先ほどまで頭上で咲いていた蓮の花は今や無く、ごっそり森が消えたかのように荒れ果てた地だけが広がっていた。
地面から木の根や茎を成長させ、周辺を巨大な樹木が無数に絡み合う地形に変え、巨大な蓮の花を咲かせる【木遁・花樹界降臨】。
その術がいつの間にか解かれている。
誰が術を掛けたのかわからぬが、相当の術者に違いない。
それも木遁を操れる者が自分以外の他にもいたとは、とヤマトは顔を険しくさせた。
しかしながら、思案に暮れるのは後回しだ。思考を一時中断し、ヤマトは静かな二人の様子を窺った。
九尾化して我を忘れて暴れ、つい先ほど意識を取り戻したナル。九尾化したことも暴れたことも忘れてしまった彼女は、当初、抉れた地形をキョトンと不思議そうに眺めていた。
だが直後、横たわる存在を見つけて、ハッとして駆けだす。ナルの視線の先を追ったシカマルが慌てて彼女を止めようとしたが、時既に遅し。
立ち竦むナルの足元には、左近・右近、そして鬼童丸の遺体が転がっていた。
遺体を埋めている間、ナルは終始黙していた。普段、明るく元気いっぱいなので、その差は激しい。
同じくナルと共に穴を掘っているシカマルは無言で、彼女の望み通り墓をつくっていた。
やがて、左近/右近、鬼童丸の遺体を各々埋めた墓前で手を合わせるナルとシカマルを眺めていたヤマトは頃合いを見計らって、声をかける。
「…そろそろ、いいかな?」
彼らの墓をつくって拝んでいたナルとシカマルに話しかけたヤマトの表情は無で、何の感情も窺えない。
綱手から前以てヤマトの情報を知っていたシカマルは(流石、三代目在任時からの暗部一番の使い手だな)と内心、感心していた。
「ナル・シカマル。悲嘆に暮れているところ悪いけど、時間がない」
左近/右近と鬼童丸の死を嘆くよりも優先すべきは、大蛇丸・カブト・サイの追跡だ。
その先に大蛇丸のアジトがあるのは明白。なんとしてもこの機会を逃すわけにはいかない。
「今、僕の木分身が大蛇丸達を尾行している。それもこれも、鬼童丸の置き土産のおかげだ」
「置き土産?」
眉を顰めるシカマルに、ヤマトは「蜘蛛の糸だよ」と鬼童丸の遺体を埋めた地面を見下ろしながら答えた。
「どうやらカブトに秘かに取り付けてくれていたらしい。本当に助かった…僕の【送信木】が使い物にならなくなったところだからね」
「そーしんき、ってなんだってばよ?」
聞き慣れぬ言葉に、ずっと黙していたナルがようやく顔を上げた。悲しみの色は未だにその顔に色濃く残っているが、ヤマトの言葉で少しでも気が紛らわせられたのだろう。
彼女の隣で、シカマルは少し安心したように小さく息を吐くのを視界の端に捉えながら、ヤマトはナルに説明した。
「簡単に言うと追跡用の発信機だよ」
木分身の応用術である【送信木】。
細胞を種子に変化させ、敵の服や靴等に仕込むことで追跡のマーカーとして扱える。一見、ただの種に見えるソレは、ヤマトのチャクラとだけ共鳴する忍具である。
実は、温泉宿で泊まった際、左近/右近と鬼童丸の服に、ヤマトは仕込んでおいたのだ。
温泉で、湯から先に上がったヤマトを思い出し、シカマルは「そういえば…」と眼を細める。
シカマルと話している彼らの眼を盗み、ダンゾウ率いる『根』から派遣された忍びということで、ヤマトは左近/右近、そして鬼童丸の服に、【送信木】の種を仕込んでおいたのである。
しかしながら、念のためにと仕込んでおいたソレが、まさか早々に使い物にならなくなるとはヤマトは予想していなかった。
遺体は動かない。死んだ右近/左近・鬼童丸の服に【送信木】を仕込んでおいても意味はない。
裏切者として殺された彼らの【送信木】を回収する前に、大蛇丸を追おうと促すヤマトに、ナルとシカマルは険しい表情で頷く。
だが直後、木分身からの連絡の内容を告げたヤマトの発言に、二人の表情は一変した。
ナルは驚愕で眼を見開き、シカマルは眉間に深く皺を寄せる。
そんな双方の表情の変化をよそに、ヤマトは何でもないように大蛇丸達の後を追う為、地面を蹴った。
先ほどの木分身からの連絡。それは『サイの遺体を発見した』というものだった。
「追跡は止まったようね…いつもながら鮮やかな手際ね、カブト」
「お褒めに預かり、光栄です」
キラキラと反射する水面。
水を弾くように駆けながら、大蛇丸が背後のカブトに声をかける。
「尾行を撒くには、用心に越したことはないですから」と眼鏡をかけ直して、カブトはチラリと後方へ視線を投げた。
自分達を尾行していた人物の気配。木ノ葉の忍びらしき誰かの足取りは止まっているようだ、と確認すると、カブトは大蛇丸にお伺いを立てる。
「すみませんが、そこの水辺で得物の血を洗い流させてください。大蛇丸様」
「そういうのは帰ってからになさい」
「いえね…なるべくすぐに落としてしまわないと切れ味があっという間に落ちてしまうんですよ」
己の得物であるメスなどの医療道具。
先ほどの遺体にて汚れたので、手入れしたいとカブトはしれっと申し出る。
アジトに帰ってからすればいいものを、と大蛇丸は肩を竦めた。
水面に映る大蛇丸の横顔。
その表情は、カブトの言い分に対し、明らかに呆れていた。
「カブト…貴方、A型だったかしら」
「いえ、AB型ですけど」
「そう…意外ね」
血液型を聞いて、口許を若干引き攣らせる大蛇丸に対し、素知らぬ顔で答えたカブトは「それと、」と付け足した。
「アジトに戻ったら、無傷の男の死体を早急に頂きたいのですが」
「もうストックは無かったのかしら?」
「ええ。巻物の中は常に年齢順にきちんと保存しておかないと落ち着かなくて」
にこやかに話すカブトの顔は爽やかで、とても死体の話をしているとは思えない。己に従う付き人を流し目で見やりながら、大蛇丸は水面を蹴った。
「好きになさい。でも今のアジトに無傷の死体なんて残っていたかしら…」
「南アジト監獄になら遺体が残っていると管理者から聞き及んでいますが」
「ああ、あの子ね」
つい先ほど対峙していた木ノ葉の忍びたるナルの顔を脳裏に思い描きながら、大蛇丸は口許に弧を描く。そうして彼はカブトの要望をあっさりと許可した。
「なら、連絡を取って、遺体を運んでくるように頼みなさい」
「承知しました」
大蛇丸とカブトの会話を背後で聞いていた彼は、眼を細める。駆ける際に撥ねる水の音のせいで断片的にしか聞こえない。
おそらく遺体とは、今カブトが偽造した故に足らなくなったのだろう。自分が死んだと、追跡者に見せかける為に。
(南アジト監獄…どうやら大蛇丸の根城は至るところにあるようだな)
無表情の裏で、心の内でそう呟いた彼────現在、ヤマトの木分身に遺体として発見されているサイは、大蛇丸とカブトの後ろ姿を油断なく見据えていた。
「どういうことだってばよ!?サイの遺体って!」
ヤマトとシカマルから、サイが大蛇丸とカブトの後を追ったという話を聞いて、一度困惑しながらもナルは激昂していた。
途中で記憶が定かではないが、サイと言えば、木ノ葉の忍びだ。
『根』の一員でダンゾウの部下ではあるものの、同じ里の忍びが何故、大蛇丸と共に行動するのか。
更に遺体となって発見された、という衝撃に驚きを隠せないナルの詰問を背中で聞きながら、ヤマトは「正確には偽の死体だよ」と涼しい顔で答えた。
「…カブト、っスか?」
すぐさま察したシカマルに、ヤマトは肩越しに振り返って頷く。
木の枝から枝へと飛んで大蛇丸達を追い駆ける彼らは速度を落とさないまま、言葉を交わした。
「鬼童丸の蜘蛛の糸が無ければ騙されていたね」
木分身が発見したサイの遺体は、一目では見逃してしまうほどの完璧な仕上がりだそうだ。偽の死体を本物のサイそっくりに見せかける手腕の持ち主は現状では彼しか考えられない。
九尾化して肌が焼け爛れたナルを治療した医療忍者───カブトだ。
木分身からの連絡で、偽の遺体で追跡の足を止めようとしているカブトの魂胆を把握したヤマトは、周囲を注意深く観察しながら、先を急ぐ。
「大蛇丸が相手だ。慎重すぎるくらいがちょうどいい」
なるべく足音を立てぬように、大蛇丸達を尾行する木分身の指示で移動する。
道中、サイの遺体に起爆札が貼られていたというハプニングがあったものの、それからも鬼童丸の蜘蛛の糸を辿って、大蛇丸達の後をきっちり尾行していた木分身。
その木分身からの指示で目論見通り、大蛇丸達が現時点で根城にしているアジトの場所を見つけたヤマトは、岩陰に身を潜めた。
広い湖を通り過ぎ、荒れ果てた大地へ移動する。
木分身からの話では、この近辺の岩の割れ目から大蛇丸のアジトへ潜入できるはずだ。
荒れ果てた地にぽつぽつと疎らに生えている木の一本に擬態している木分身と再会する。
岩場の下に大蛇丸のアジトがあるという木分身からの話に頷いたヤマトは、「それじゃあ行こうか」とシカマルとナルを促した。
ごくり、と生唾を呑み込むナルはアジトがあるという岩場を鋭く見据える。
もしかしたらあのアジトに、サスケやサクラ、それにアマルがいるかもしれない。
そう考えて、一歩足を踏み出したナルを、ヤマトはおもむろに止めた。
「その前に、ナル。君に聞いてほしい」
シカマルが止めるよりも先に、ヤマトは淡々とナルに忠告する。
それはいっそ残酷な真実だった。
「先ほど大蛇丸と戦って、地形をクレーターのようにしたのは君だよ。ナル」
蝋燭の火がぼんやり、殺風景な室内を照らす。
蛇の腹の内側の如き回廊を進み、大蛇丸のアジトをカブトの先導で案内されたサイは、顔色を変えないまま、何もない部屋を見渡す。
「此処が君の部屋だよ。何もない殺風景な部屋だけどね」
そう弁解するカブトに、サイは「お構いなく」とにっこり嘘くさい笑顔を浮かべた。
木ノ葉の里にある自室も絵ばかりが壁に掛けられた殺風景なものである。むしろ懐かしい感じがして、サイは大人しく頷いた。
素直な態度に気を良くしたカブトはふっと口許に軽い微笑を浮かべると、サイを部屋に残したまま、部屋を出ようとする。
だがその扉を開けて、閉める間際に「あぁ、そうそう」と今、思い出したかのようにカブトはにっこり笑顔をサイに向けた。
その笑顔はサイの嘘くさい笑みに負けず劣らず胡散臭いものだった。
「悪いけど、外から鍵を掛けさせてもらうよ。理由はほら…わかるだろ?」
いくら大蛇丸の部下になったからと言って、元はダンゾウの部下であり、木ノ葉の忍びだ。
ダンゾウと大蛇丸のパイプ役と言っても信じられるものではない。
カチャリ、と鍵がしっかり施錠された扉を確認したサイは、カブトが部屋から離れてゆくのを暫しじっと待った。
足音と気配が完全に遠のいたと把握してから、サイは室内を隈なく確認する。
自分を見張っている物等が無いとしっかり判断してから、サイは自身の荷物を手繰り寄せた。
その中に入っている巻物を確認している最中、ふと目についたのは絵本。
絵本に描かれた白い髪の少年を見るサイの脳裏に、そのモデルの人物が思い浮かぶ。
太陽の光さえ届かぬ地下。『根』の深く暗い地下の水柱に閉じ込められている兄の姿が過る。
水に満たされた柱でしか生きられない兄の為に、この任務、生きて帰らねばならない。
両開きから真ん中のページに向かって二人の少年の物語が始まる構成の絵本。
兄と弟が左右から武器を変えて敵を倒すという物語のモデルは、片やサイ自身、そしてもう一人は…。
「シン兄さん…」
「なんだい?」
ハッと後ろを振り返ったサイの背後で、カチャリ、と鍵が開く音がした。
反射的に身構えたサイの眼が大きく見開かれる。普段、感情を見せないその相貌には確かに驚愕の色が満ち溢れていた。
「シン…兄さん…?」
サイの視線の先。
其処には、木ノ葉にある『根』の地下の水柱に眠っているはずの兄の姿があった。
蛇の腹の内側の如き回廊。
その奥の奥の部屋で、彼女はカブトに頼まれたものを処理していた。
「火影直轄部隊暗部構成員のリストの写し…カブト先輩はよくこんなものを手に入れたな…」
ダンゾウからの命令でサイが大蛇丸に渡したもの。以前、同じ『根』の先輩に自室で渡された封筒の中身だ。
これでビンゴブックを作るように、という大蛇丸の指示はカブトが受けたものだが、それはそのまま彼女に託された。
カブトは今、新たにやって来たサイという人物の案内をしている。
そのサイの嘘くさい笑顔を遠目で認めていた彼女は、胡乱な目つきで封筒を眺めた。
「アイツ、胡散臭い感じだったけどな…。信用できんのかよ」
カブトの研究室で、顔を顰めていた彼女────アマルの耳に、この場にはいないはずの人物の声が不意に届いた。
「誰が胡散臭いですって?」
「…べつにアンタのことじゃないよ」
聞き覚えのある声の主に、アマルは顔を上げて苦笑する。
三つ編みにした長い髪をなびかせて室内へ入ってきた彼女は、アマルの返事に「なら、いいけど」と肩を竦めてみせた。
「お早い到着で」
「十五・六歳の男の遺体のストックが足りない、ってカブトさんから聞いて、飛んできたのよ。緊急だって言うから」
面倒くさそうに、腰まで伸びた三つ編みの髪を軽く指で弾きながら、大蛇丸の部下である彼女は溜息をつく。
そうして、懐かしそうに双眸を細め、「ところで、彼は?」と周囲をきょろきょろ見渡しながらアマルに訊ねた。
「さぁ…。また大蛇丸様と修行じゃないかな」
「また?もう、十分強いと思うのに」
アカデミー時代、髪の長い女の子が好みだという噂を信じ、未だに長く伸ばしている桃色の髪を指でくるくるといじりながら、南アジト監獄の管理者は口許に苦笑を湛えた。
「久しぶりに会えると思ったのにな」
カブトの用事よりもサスケに会うことを目的にしているかのような物言いで、春野サクラは長い桃色の髪を軽く揺らす。
その表情は明るかったが、瞳の奥は夜の底のように暗く澱んでいた。
「────サスケくん」
後書き
久方ぶりのキャラが続々登場。憶えていらっしゃるだろうか…
憶えていらっしゃらない方は、序の閑話という名の登場人物紹介を一度ご覧になってほしいです~!
今年もどうぞ「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願い致します!!
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