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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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三十一 接触

脳が痺れたかのようだった。
甘い香りで、じいぃぃん…と身体が固まる。

【八岐の術】によって八岐大蛇を出現させた大蛇丸は、動けない我が身をなんとか動かそうと試みた。
この状態で、小さな九尾と化した波風ナルに攻撃されるわけにはいかない。

一体の蛇の口から上半身のみを出現させた大蛇丸。
その口から吐き出された蛇が咥える草薙の剣で、ナルの身体を吹き飛ばす。
大蛇丸と同じく、動けなくなっていたナルは妖狐の衣のおかげで貫かれこそされなかったが、草薙の剣で容易に薙ぎ払われた。

木々にぶつかり、遠く離れた場所へ飛ばされたナル。
木々に衝突し、白煙が立ち上るナルの行方を視線で追いながら、大蛇丸は己の身体を動けなくさせている花粉の正体を探さんと周囲に視線を這わせた。

森が動いている。

周囲一帯の木々が八つの頭を持つ巨大な蛇に無数に絡み合っている。まるで蛇のような樹木に、大蛇丸は顔を顰めた。
不自然な点を捜し求めていた大蛇丸の瞳に、一輪の巨大な蓮の花が映る。

その時点で彼は察した。この不可解な現象を。

(そうか、これは────【木遁・花樹界降臨】…!!)





【木遁・花樹界降臨】。

地面から木の根や茎を成長させ、周辺を巨大な樹木が無数に絡み合う地形に変え、巨大な蓮の花を咲かせる。
その蓮の花粉を吸うと身体が動かなくなる術だ。

まるで極楽浄土のような光景の反面、動けなくなり生き地獄を味わっていた大蛇丸は、この場で木遁を扱える人物を思い描いて、チッ、と舌打ちした。

(いつの間に、これほどの木遁使いになったのかしらねぇ…)

大蛇丸によって初代火影・柱間の遺伝子を組み込まれた実験体の唯一の生き残り。
木ノ葉から派遣されたヤマトが今の現状を作り上げたのだと思い込み、大蛇丸は実験体の成長に内心舌を巻いた。


本当は蓮の花の影にいる存在────うずまきナルトによるものだとは知らずに。












「ナル…!!」

天地橋を渡り、森の中へ入ったシカマルは、大蛇丸が草薙の剣で薙ぎ払われたナルを目撃して、駆けだした。
白煙が立ち上る方向へシカマルと共に同じく向かいながら、ヤマトは顔を顰める。

木分身から、大蛇丸の動きを止めた樹木のことを聞いて、木遁だとは理解している。だがヤマトは何もしていない。
不可解な現象に違和感を覚えるも引き続き大蛇丸を監視するように木分身に告げると、ヤマトは九尾化したナルの許へ急いだ。




怒りで赤く燃え上がる四本の尾。
動けない我が身を、九尾『九喇嘛』は歯噛みし、ナルの内で低く唸る。

動けない原因は【木遁・花樹界降臨】の蓮の花粉だけが原因ではない。ましてや大蛇丸の草薙の剣でもない。
ナルの四肢を捉える鎖だった。

《またこの鎖か…!!》


『木ノ葉崩し』。
一尾との対戦中、身体を動けなくさせたクシナの鎖。
その鎖で力を抑え込まれ、身動きできなくなっているナルの内側から、『九喇嘛』は術者たるナルトの居場所を見つけようと、剣呑な瞳をぎょろりと周辺に這わす。

だが、鎖の持ち主であり、【木遁・花樹界降臨】の術者の気配は、その場から微塵も感じ取れなかった。

《木遁使いがいたからこそ、使いやがったな、あのヤロウ…》



そもそも天地橋の周囲一帯は【木遁・花樹界降臨】の樹木にて形作られた森だった。
前以てナルトによって地形すら変えられ、時が来たら発動されるように施されていたのだろう。
普通ならあり得ない現象だが、あのナルトなら造作もないことだ。

そしてその術発動のタイミングは、木遁を使えるヤマトがその場にいるのが条件。
そうすれば大蛇丸は【木遁・花樹界降臨】の術者がヤマトだという考えに陥る。

ナルの内からずっと外の世界を観察していた九尾『九喇嘛』は、天地橋にサソリのスパイが訪れるという情報を木ノ葉に流したのもナルトではないか、とおおよそ見当がついていた。
それならば、あのナルトが落ち合う場所である天地橋に何も仕掛けていないはずがない。

《やっぱりあのヤロウは読めねぇな…》














九尾化したナルに、シカマルとヤマトが近づいている様子を、ナルトは蓮の花の影から窺っていた。

九尾『九喇嘛』の推測通り、天地橋周囲一帯を前もって【木遁・花樹界降臨】にて森へと変えていたナルトは双眸を細める。

『九喇嘛』の読み通り、木遁使いであるヤマトがいたからこそ、【木遁・花樹界降臨】の術を発動し、ナルトは己の仕業だと気づかれることなく、大蛇丸を抑え込んだ。
もっとも、それは大蛇丸が【八岐の術】という切り札を用いたから術を発動したのであって、【木遁・花樹界降臨】はただの保険である。



ナルトは、九尾化したナルへと影を伸ばし、【影真似の術】で動きを止めようとしているシカマルを俯瞰した。シカマルとヤマトに気づかれぬ前に、ナルの四肢を縛っていた鎖を解く。
同時に、ヤマトが【火影式耳順術・廓庵入鄽垂手】を発動させたのを見届けた。

ヤマトの掌に『座』の文字が浮き上がり、それをナルに押さえつけている。
九尾のチャクラを強制的に抑制する術だ。

九尾化していたナルの身体が徐々に元へ戻ってゆく。だが皮膚の爛れたナルの悲惨な姿に、彼は眉を顰めた。

【木遁・花樹界降臨】の蓮の花粉の効果も薄れてきている。
そろそろ大蛇丸が動き出す頃だ。

シカマルとヤマトが、ナルの身体を気遣っている様子を、高所たる蓮の花の影からじっと見下ろす。
ふと、彼らに近付く人物の姿を認めて、ナルトは口許に微かな微笑を湛えた。


直後、掻き消える。
後には、術者無き一輪の蓮の花だけが静かに咲き誇っていた。














「ナル…!しっかりしろ!!」

皮膚が焼け爛れたナルを、シカマルは必死に呼びかけていた。
ナルの身を案じつつも、ヤマトは周囲を警戒し、注意深く辺りを見渡す。

己がやったのではない木遁の術。
【木遁・花樹界降臨】という高度レベルの術を誰が発動したのか。
更に、あの九尾化したナルの九尾チャクラを容易に抑え込めることが出来た事に関しても謎だ。
抵抗ひとつなく、やけに簡単に【火影式耳順術・廓庵入鄽垂手】で封印できたのも、奇妙な点である。

(誰かが介入している…いったい、誰が…)

謎に、思案顔を浮かべたヤマトは、ナルに近付く気配を感じて、ハッと身構える。
同時に、同じく気づいたシカマルが印を結んだ。


「ナルに近付くな…!」
「早とちりだよ。何もしやしないさ」

途中から姿を見せなくなっていたカブト。
ナルに手を伸ばそうとしている彼の動きを【影真似の術】で動けなくしたシカマルは、カブトの動向を鋭い眼光で睨みつける。
その視線に苦笑を返したカブトは、「それどころか、その逆さ」とナルの焼け爛れた皮膚を見下ろした。


「見たところ、君達は医療忍者じゃないだろう?彼女の怪我を治してやろうと言っているんだ」
「……どういうつもりだ?」

シカマルと同じく、警戒心を露わにしたヤマトがいつでも木遁の術を発動できるように身構えて問いかける。
ヤマトの質問に、カブトはシカマルの影で動けないまま、手にチャクラを纏わせた。

「こういうことさ」

倒れ伏すナルの身体に、カブトの淡いチャクラが伸ばされる。
じわじわと、焼け爛れた皮膚が治ってゆくその様を目の当たりにして、シカマルは眼を瞬かせた。

「君の大事な子を治療するんだから、術を解除してくれないかな?」
「……妙な動きをするなよ」
「わかっているさ」

シカマルの忠告に応じたのを確認し、ヤマトが目配せする。
ヤマトの視線を受け、シカマルは渋々【影真似の術】を解除した。

確かに、医療忍者がいない今、唯一医療忍術が使えるカブトにナルを診てもらうのは願ってもない話だ。
だが治療中、何をするかわかったものじゃない敵の一挙一動を、シカマルは微塵も見逃さぬように眼を凝らして見つめた。

「どうやら亡き者とまではいかなかったけれど、話を聞く限り、あのサソリと良い勝負をしたんだろう?」

眼鏡の奥の瞳を光らせて、カブトは治療をする手を止めることなく、シカマルとヤマトに視線を投げる。
沈黙を肯定と受け取って、カブトは口角を軽く吊り上げた。

「だから、ここで君達を生かしておけば、これから先、今度は暁の誰かひとりくらい、始末してくれるかもしれないと、ふと思ってね」
(まぁ本当は────)


ナルを治療する理由。
本心を隠して、そう答えたカブトは、己の嘘を信じたシカマルとカブトに、にっこり笑顔を向ける。
胡散臭い笑顔に顔を歪めたシカマルは、徐々に治ってゆくナルの身体を眼にして、僅かに気を緩めた。

腹の探り合いをする周囲をよそに、ナルがようやく身動ぎし始めた。
気が付いたらしい彼女の名をシカマルはすぐさま呼びかける。シカマルと入れ替わりに、すっと身を引いたカブトを、ヤマトは胡乱な目つきで見据えた。

「鬼童丸と右近/左近をあっさり殺したお前が今更、何故、ナルを生かす?」
「おいおい。彼らは元・音忍…裏切者を始末するのは当たり前だろう?」

悪びれる様子もなく、至極当然のように、鬼童丸・右近/左近を殺したのは自分だと認めたカブトはそのまま大蛇丸へ視線を向ける。
八つの頭を持つ巨大な蛇がぼふんっと消えてゆく様を見て取って、カブトは地面を蹴った。

「逃がすか…!!」

即座に木遁の術を発動し、腕を巨木へと変化させ、カブトを捕えようとしたヤマトの耳に、同時に木分身からの報告が届く。

次から次へと襲い掛かる問題に顔を顰めたヤマトは、カブトを捕まえたものの、木遁の術の拘束を緩めてしまった。
その隙に、カブトはヤマトの腕たる巨木から逃れる。


大蛇丸の許へ向かってゆくカブトの後ろ姿を苦々しげに見送りながら、ヤマトは木分身からの報告を耳にして、「そうか…引き続き、監視してくれ」と木分身に伝えた。


「なにがあったんスか?」

ナルの脈が正常に動いているのを確認したシカマルの問いに、ヤマトは顔を険しくさせて答える。
その顔には、次から次へと湧き出る問題のせいで、疲労の色が濃くあらわれていた。


「【根】のサイが大蛇丸と接触した」


ダンゾウの部下であり【根】の一員。シカマルが目撃した、【忍法・超獣偽画】による巨大な鳥に乗るサイ。
森の上空に飛ぶ白い鳥に乗り、大蛇丸の動向を窺っていたダンゾウの手の者が、今、この時になってようやく動いた。


「なにをするつもりなんだ…」

新たな問題に頭を抱えつつ、ヤマトは己の木分身がいる方向へ視線を投げた。


















(これほどの木遁使いと、小さな九尾とやり合ったら、こちらが不利…そろそろ潮時かしらねぇ)

草薙の剣で遠くへ追いやったナルに視線を投げながら、大蛇丸は思案する。

蓮の花の花粉は即効性がある代わりに継続性はない。
花粉がなくなると効果も消える。

痺れが消え、身体が動けるようになった時点で、大蛇丸は【八岐の術】の術を解いた。
チャクラも残り少ない。これ以上の戦闘は身体に負担がかかる。

「残念だけど、お遊びはここまでね…────でも、その前に」

九尾化したナルとの戦闘で、もはやクレーターの如く抉れた地面を、大蛇丸は強かに蹴る。
蹴った場所から、ぼこぼこと地面を掘って現れた存在に、大蛇丸は眼を細めた。


「そんな地下で私を観察してないで。目上の人間に話しかける時はちゃんと顔を見せて話すのが礼儀よ」

大蛇丸の忠告を聞いて、地中で彼の動向を窺っていた存在─サイは、「失礼しました」と頭を下げる。


「ボクはダンゾウ様の使い。敵ではありません。貴方にお話があります」

胡散臭い笑顔を浮かべるサイを、大蛇丸は胡乱な目つきで見据えた。


「さっきから視線を感じていると思ったら…君だったのね」

ヤマトの木分身、ましてやナルトのことは流石に気が付かずとも、何かしら視線を向けられていると感じていた大蛇丸は、その視線の主をサイだと認識して、眼を細める。
大蛇丸の言葉に否定も肯定もせず、サイは淡々と己に課せられた任務を遂行した。

「ダンゾウ様はあの『木ノ葉崩し』以来、大蛇丸様との接触の機会をずっと切望されておいででした」

サイの発言を聞きながら、大蛇丸は涼しい顔の裏で思考を巡らす。
ダンゾウとは『木ノ葉崩し』にて会ったきりだった。



大きい街はたった数年の間にも意外と変わるものだ。如何に木ノ葉の里出身だからと言って隅々までが以前のままとは限らない。
故にあの時、『木ノ葉崩し』を仕掛ける前に、木ノ葉の里の詳しい地形が載った地図が大蛇丸には必要だった。

また暗部に扮する為に暗部服一式や本選会場の見取図等も手に入れなければならなかった大蛇丸は、それらを秘かに盗み取れたにも拘らず、ダンゾウ本人に同盟を持ち掛けた。
その理由は一つ。

ダンゾウ率いる『根』を敵に回したくなかったのだ。

木ノ葉の忍びに加えて『根』と敵対すれば手を焼くのは必須。
元一員だったからこそ大蛇丸はダンゾウと手を組むのを選んだ。
望むべきは『木ノ葉崩し』の黙認。
その申し出をダンゾウは呑んだ。火影の椅子を提供するのを条件に。





結局、火影にはなれなかったものの、ダンゾウと『木ノ葉崩し』の際に手を組んでいたのは事実。
だが、おそらく目の前のサイという青年は、自身の主と大蛇丸が『木ノ葉崩し』で取引していたなど知らないだろう。

如何にもダンゾウらしいことだ、と口許を愉悦に歪め、大蛇丸は「それで?」とサイを促した。

「既に【根】からは鬼童丸・右近/左近を派遣していたにもかかわらず、君が来た理由は?」
「あぁ。彼らはただの手土産です。裏切者は自らの手で下したいだろうというダンゾウ様のご厚意ですよ」

鬼童丸・右近/左近をナルに同行させた本当の理由。
それは、生きた手土産を大蛇丸に持参しただけだと、何の悪びれもなく、あっさり答えたサイに、大蛇丸は鼻で嗤った。


「なるほどねぇ…あの耄碌じじいの考えそうなことね…」

ただの捨て駒として扱われ、結局カブトによって殺された鬼童丸・右近/左近を、大蛇丸は若干憐れに思った。
だがそれも一瞬で、サイの話に耳を傾ける。

ダンゾウからの伝言を淡々と述べたサイから封筒を受け取った大蛇丸は、「ふぅん…」と愉快げに双眸を細めた。
サイの背後から近づく気配を知りながら、「なかなか興味深い話を聞かせてもらったわ」と答える。
同時に、サイにクナイを突き付けたカブトを、大蛇丸は止めた。


「およしなさい、カブト。その子も一緒に連れて行くわ」

大蛇丸の視線を受け、カブトは渋々サイからクナイを離した。
サイ・カブト・大蛇丸が立ち去った場所を遠目から確認していたヤマトの木分身は、顔を顰める。


オリジナルであるヤマトに報告すると、指先に結わえた蜘蛛の糸を木分身はじっと見下ろした。
ダンゾウの捨て駒にされ、みすみす大蛇丸へ殺されに行った鬼童丸と右近/左近の顔を思い浮かべる。


「鬼童丸の置き土産か…」


カブトに張り付けた鬼童丸の蜘蛛の糸。
強靭、且つ、目に捉えにくい糸を辿りながら、木分身は大蛇丸・カブト・サイの後を尾行し始めた。 
 

 
後書き
今年最後のナルトの投稿になります!!
ゆっくり更新で大変申し訳ありません…!

今年は大変お世話になりました!来年もどうぞよろしくお願い致します!! 
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