曇天に哭く修羅
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第一部
Next Level
前書き
第一部の終わりが見えてきました。
決勝戦まであと二日。
しかし《立華紫闇》は未だに【打心終天】を会得するに至ってはいない。
(焔に出された課題。これがどうしても越えられない障害になってる。弥以覇さんやレイアさんも根気よく付き合ってくれてるけど……)
紫闇は今、《永遠レイア》と向かい合って彼から話を聞いていた。
「紫闇。これは反射神経と瞬間的な思考力に加えて相手の気を読む技術を養う為のもの。これが無いとカウンターに合わせてフェイントを掛けられる。結果としてカウンターをカウンターで返されかねない」
反射神経・瞬間思考・気読と打心終天を得る為に要求される力の水準は高いものだ。
「それじゃあ再開しよう」
紫闇の受けている訓練。
彼が達成できない課題とは。
「「じゃーん、けーん」」
二人が引いた腕を前へ。
「「ぽんっ!」」
そう。じゃんけんだ。
「私と弥以覇さんが交代でやってるわけなんだけど、これで3000連勝か。最初に比べれば相当に反応が良くなったよ」
なお普通のじゃんけんとは違う。
後出しOK。とにかく勝てば良い。
しかしこれが大変。
お互い『ぽん』の声で手を出す。
ここまでは特に問題ない。
その時に出された手を確認して、自分が負ける手なら自分の手を切り替える。
これには先程も言われた反射神経と瞬間思考が大きな要因になることが解ると思う。
しかしルール上は相手も手を変えてくることが有るので相手の心理と気を読む力も並外れていなければ狙って勝つことが出来ない。
(こんな決まりでレイアさんか弥以覇さんに勝てとか無茶言ってくれるぜ)
まだ江神に勝つ方が難易度は低い。
両者ともに揃いも揃って達人中の達人。
せめて弥以覇と同等にならなければおよそ達成不可能な課題であることは明白。
しかし紫闇は諦めなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
繰り返す敗北に絶望が高まる。
しかし二度と諦めないと決めた紫闇は屈すること無く気合いを入れて相手を睨む。
しかし今のままでは勝てない。
それは紫闇も理解していた。
(そういやあ前に言ってたっけ)
焔の言葉を思い出す。
『相手がどうにもならない存在だった場合には自身の目的が何であれ、とにかく相手の想定外を起こす。それなら活路が見えるだろう』
紫闇は《黒鋼弥以覇》と向き合った。
(想定外か。課題のクリアは置いといて、上手く行けば一矢報いることも出来る)
「「ぽんっ!」」
紫闇はグーで弥以覇はチョキ。
このままなら紫闇の勝ち。
なのだが後出しOKというルールなので弥以覇は手を変えてくるはず。
しかし紫闇は変える気が無い。
(このままグーか)
気は弥以覇に伝わっていた。
なので弥以覇は手を動かし始める。
紫闇はその一瞬に前へ出していない方の腕を振り上げ弥以覇に張り手を繰り出す。
当然だが格上で考えるよりも先に自然と技を出せる弥以覇にそんな真似をすれば考えるまでもないということを紫闇は百も承知だ。
手が触れる直前にゴキリと鳴る。
「ぐえっ!」
地面に叩き付けられた。
しかし狙い通り。
流石の弥以覇も手を変えながら技を極める器用なことは出来なかった。
なので互いの手は変わらない。
つまり紫闇はグーで弥以覇はチョキ。
「勝利への執念を認めよう。格上に対して勝つ為の拘りを捨てたこともの。搦め手しか方法は無かったじゃろうし。これで小僧の打心終天を覚える為の修練は完了じゃ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
弥以覇の合格宣言に紫闇は困惑する。
「でも……まともな勝ち方じゃないです」
「だからノーカンだって?」
焔の言葉に紫闇が頷く。
「安心せい紫闇の小僧。お主は焔に出された課題なんぞ、とうの昔に終えとるんじゃよ。ただ自分では気付いていないだけでの」
どういうことか紫闇には解らない。
なのでレイアが説明する。
「そもそもとして、私や弥以覇さんに勝とうって言うのが不可能なんだ。まともにやってたら焔であろうと勝てないしね。故に本当の課題はじゃんけんをやり続けて打心終天に必要な部分を鍛えることだったのさ」
つまり技の修得には弥以覇やレイアに勝つ必要は無く、既に紫闇は現時点で打心終天の技を使える状態に在るということ。
しかし焔に釘を刺される。
「勘違いしないように言うけどね紫闇。この一月間を『勝たなきゃいけない』想いを持って必死に課題へ挑んだからこそ君は必要な水準になれたんだ。甘えた気持ちだったら絶対にクリア出来なかったよ」
そこは紫闇も理解していた。
彼に運動する才能は無い。
ただ天才すら計り知ることが出来ない精神性から来る狂気と自身の夢への執念。
それらを以て黒鋼に課された地獄の修業を乗り越えて来たからこそ今が在る。
「紫闇は儂らに勝とうと悩んだ。これによって勝利を掴む為の思考と発想は十分に養われたであろう。これは本当に大切な要素なんじゃ。強き相手に挑むなら頭脳も勝敗を左右する。【夏期龍帝祭】を制した後、《江神春斗》を倒した先に居る者達にはそういう力が備わっておらんと戦えん」
弥以覇は顎に手をやり紫闇を見た。
紫闇は彼の言葉に痛感する。
自分の考えが浅かったと。
「江神の先……。そうだ、俺はあいつと戦って引退するわけじゃない。ならもっと先のことを考えて動かなきゃ。【魔神】になって大英雄の《朱衝義人》を超える為にも」
「期待以上の成果が出て何より」
「さあ。打心終天の実演と行こう」
レイアと焔は仕上げにかかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レイアと紫闇が対峙。
紫闇は僅かな動きも見逃すまいとレイアの五体のあちこちを観察する。
レイアが目を動かす。
(これはフェイント)
今度は指先が動く。
(これも吊り)
紫闇は繰り返し行われるレイアのフェイントを読みながら動きに着いていく。
(ここだ!)
レイアの気を読んだ体が無意識に動き、双方は同時に踏み込んで直進。
紫闇の右手に【魔晄】が集束。
その手は黄金に輝くが握られていない。
眼前のレイアは驚いた顔。
しかし満足気。
(よくここまで成長したな紫闇……!)
昔から知っている身としては見違える。
紫闇の掌打がレイアの胸部へ。
骨が折れたような響き。
叩き込んだ紫闇が驚く程の手応えを表すようにレイアの体は真後ろに飛んだ。
今まで紫闇が出していた【禍孔雀】では一部しか破壊できないほど頑丈に作られた道場の壁を突き破り、何処までレイアが飛んでいくのか解らないようなパワーは衰えを見せない。
「一応は敷地を囲む壁に結界の発生装置を付けとるからそこで止まるじゃろうて。それにしても大した威力を出したもんじゃのう小僧」
弥以覇が微笑む。
「あたしの全力と同等以上かも」
焔は鈴飾りを鳴らして見届けた。
決勝の相手は《橘花 翔》
底の見えない強敵。
しかし不安は無い。
「あいつを倒す」
道場の壁に空いた穴からは紫闇を祝福するように朝日が射し込んでいた。
後書き
第一部終わった後どうしようかな。
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