ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア
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第七話 自由
「……空、白?お前ら、オーシェンドの方に行ったんじゃなかったのか?」
グシは仮想空間から戻るや空たちの姿を捉え、そう尋ねた。
だが、空達が答えるより先に────質問を口にした辺りで既に答えを理解したのだろう、言葉を挟む余地もない程、すぐさま言葉を改めた。
「もうオーシェンドの攻略は済ませてきたのか?随分早かったな……って、そこのプラムどうした!?」
「俺の汗を対価にして味方につけた。その上、コマ二つ不戦勝でとったぜ?」
「俺も、巫女さんといづなちゃん味方につけた。不戦勝の数じゃ負けたが味方の数なら勝ってる────これであいこだろ?」
何やら得意そうな空に、グシも負けじと自慢する。
2人の間を行き交う対抗意識は、誰の目からも視認が可能だった。バチバチと火花を散らすその様子に────だが、ジブリールが邪魔をするようにグシにこう問いかけた。
「失礼。グシ、あなた様の魔法……一体何をどうやって行使しているのでしょう」
「うぉいジブリールッ!!今イイ雰囲気だったろぶち壊しにすんな────よ……」
思わぬ横槍に、空が全力のツッコミを入れようとして────だが、欠片も笑っていないジブリールの目に、それを止める。
そんな異常、空は今まで見た事がなかった。
ジブリールが今感じているのは────『未知』だ。普段ならだらしなく顔を緩ませ、文字通り垂涎しつつ問い詰めたハズだ。
しかし、今空の目の前にいるジブリールは、どう見ても顔を緩ませてなどいない。むしろ、まるで別人のように毅然とグシに問いただしている。その様子に、ただならぬものを感じて────空は、黙るしかなかったのだ。
だが、それを知って知らずか、グシはその未知を────惜しげも無く、既知に変える。
「誘導した精霊を精霊回廊に還元して、源潮流から精霊を汲み上げられる状態を作った。そして、それを使ってる。そんだけだよ」
「いや待て、ジブリール以上の精霊量をガンガン運用できる時点でおかしいだろッ!?もうお前『愚志』の神霊種かなんかじゃねえの!?」
何でもない様子のグシに、空は軽く悲鳴にも似たツッコミを入れる。
が────そのツッコミを半ば無視して、ジブリールはなおも表情を硬くしたまま、矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「……なぜ、その知識が私に譲渡されていないのでしょう」
その行為に、マスターの言葉を無視する不敬に、白は目を丸くした。
だが、そんな事は些事であると、すぐに白は気付く。当然、それは空も同じだった。
そう────グシは、ジブリールに不戦勝する際、対価として────『自分の持つ魔法の知識』を全て共有していた。
それは盟約に従って行われた、絶対遵守の取引であるはず────ならば、ジブリールがグシの魔法の理屈を知らないという事実は、どう考えても理屈に合わないのだ。
それでも無理やり辻褄を合わせようと思えば、残る可能性はそう多くはない。すなわち────盟約を出し抜いたという可能性。
そして、それが事実ならば────どうやって盟約を出し抜いたのか。それこそジブリールがここまで恐怖する理由であり、最大の謎だった。それこそ、知識欲の塊が興味より先に恐怖するほどの。
当然だ。今まで【十の盟約】は、『盤上の世界』において唯一不可侵、絶対遵守の法則だった────その縛りが通じないなどと言われれば、空だって白だって恐怖する。
早いが話────【十の盟約】無視というのは、一方的な暴力が可能になる、【盟約に誓って】しようがゲームのルールに縛られなくなる、ゲームに負けたところで対価を強制されなくなる、ということなのだから。そんなチートコード持ち────恐怖以外に何を感じればいいのか。
そう、懸念する空達に────グシは、ある意味では安堵を与える、だが一方でそれ以上の驚愕を与える答えを告げた。
「そりゃ、あの知識譲渡の後に出来た理論だからな。あの時点で持ってない知識なら、与えようがないだろ」
────盟約は無視してない。ただ、一日未満で魔法理論を発案、そして完成に至っただけだと。
そうのたまったグシに────ジブリールは、最早度肝どころか魂すら抜かれたような顔をする。
────盟約を無視していない。それは確かに安堵をもたらす言葉ではあるが────だとしても、グシの行為が規格外である事に変わりはない。
グシが魔法を会得したのはつい最近────そして、習得直後は魔法ひとつ行使するだけで血反吐を吐くような脆弱ぶりだった。
当然だ。むしろ、人類種でありながら魔法を使うなど────たとえ代償に命を使ったとしても、それでたったの1度しか魔法が行使出来なくとも、十二分に誇るべき偉業だ。
だというのに、グシはそんな制限付きの魔法では飽き足らず────天翼種の魔法をすら超える量の精霊を行使する魔法を、ノーリスクで扱う事を望んだのだ。挙句────それを、1年どころか1ヶ月も要さず、実現してしまったのだ。
さらに言えば、グシは今回、獣人種の電子ゲームに挑むにあたって、チートの対策術式を常時展開していたハズで。
その上で『疑似血壊』まで発動し────極めつけに『時間停止』ときた。複数術式の同時展開を、行っているのだ。
この場にフィールがいたなら、その事実に卒倒した事だろう。何せ、グシは最低でも対策術式と疑似血壊と時間停止、3つの術式を同時展開している。『三重術者』以上の能力を持っていることが、確定しているのだ。
本来なら、『二重術式』の時点で既に森精種の専売特許。それを人類種が易々と行っているなど、信じ難いというレベルの話ではない。
天翼種の精霊量と森精種の魔法適正を、この短期間で獲得している上に、それらは同時に行使できる────しかも、人類種が。
そんな事、ハッキリ言って戯言だ────目の当たりにしなければ、100人中100人が失笑するに違いない。
それほどの事態なのだ。ジブリールが絶句するのも────当然だった。
と、いうのに。
「そんな真顔で閉口されてもな……まだ、俺の切り札は伏せてあるんだぞ」
それでもまだ驚愕が足りないとでも言いたいのか────グシは、さらなる奥の手の存在を仄めかした。
もはや一同、言葉も出ない────あれだけ対抗意識を燃やしていた空でさえ、顔を強ばらせ目を見張っていた。
だが────それでもまだ、彼らの驚愕は足りなかったと言わざるを得ない。
何故なら────彼らは、想定していなかったからだ。
「んでもって、切り札も揃えた所で『 』、お前らには再戦してもらうぞ────これを賭けてな?」
「────お前、それ」
「そ、唯一神のコマ。どうやら悟れなかったみたいだな?」
グシを、敵に回すということを。
唯一神のゲームにおいては味方だ────そう考えていたのが、間違いであったということを。
『 』を欺き切った事実に、グシはニヤリと笑う。
だが空と白はそれどころではない────駆け引きに負けた事を悔しがる余裕さえ、そこにはなかった。
完全に『 』を欺き切るまで成長した、魔法と異能の両方を扱うイレギュラーと再戦?しかもこちらから挑むしかない極めて不利な状況で?
そんな絶望を前には、悔しさを感じる暇などありはしない。空と白に出来るのは────この状況すら挽回する策を練る事、それだけだった。
だが。
『 』に敗北の二文字はない────『 』に敗北は許されない。
それを信条とする空と白でさえ、今のグシを相手に勝つ事は不可能ではないのかと、不穏な思考をよぎらせた。
────が。
「それでも、『 』に敗北の二文字はないんだよ────」
だが、それでも折れない。空は不敵に、笑った。
その笑みにグシは満足したのか、大きく頷いて。
「そうこねぇとな。そんじゃ、ゲームを用意する期間をくれ。一日で何とかする」
そう言い残して、どこかへ空間転移した。
残された『 』は、隠しようのない緊張に冷や汗を垂らしていた────。
「……TPSでも負けたか。くっそ、強いな」
────冷や汗をかいた事など、最早前世の記憶と言わんばかりだった。
どうやらTPSをしていたらしいが、それでも負けたらしいグシが悔しそうにこぼす。
だが、空はその勝利に喜ぶ様子もなく、問う。
「グシ……お前、なんで魔法を使わない?」
確かにバイナリのプログラム、それもこの世界では異質な『電力』に干渉するのは面倒だろう。そうでなくば、東部連合が森精種を破れるはずがない。
が、グシならその程度呼吸のようにやってのけるだろう。天翼種を超えるより、森精種に匹敵するより、それは簡単なことであるはずだ。
そう訝しむ空に、だがグシはきょとんとして。
「何でって……魔法はつまらんだろ、普通に考えて」
何を自明のことを、と言わんばかりの顔で言うグシ。
「魔法を使うのは、それを使ってもなお楽しめる次元のゲームをやる時だけだ。チート無双には、何の面白みも感じないだろ」
「……そういやそうだったな。チートは一貫して使わないっての、お前も同じだったな」
皮肉に笑うグシに、空は納得した。同時に、グシにクイーンが与えられた理由を察する。
────強いから?否、彼は弱者として戦っている。
────成長しないから?否、彼は日に日に強さを増している。
その答えは────『誰よりも自由だから』だ。
人類に魔法は使えないと言われれば、その前提を崩し。
『 』に敗北の二文字はないと言われれば、幾度でもそれに挑み続け。
ここが限界だなどとほざかれれば、それを鼻で笑って超える。
その上、彼はチートを使わない。限界を超えた、その高みから見下ろすことをしないのだ。強者でありながら、弱者としてあり続けるほど自由なのだ。
それはまるで────どこまでも、どこへでも飛ぶクイーンのように。
「なあ、グシ────ゲームは明日で、いいんだよな」
理解に至った空は────心底楽しそうに、口角を上げて口にした。
「あぁ、そうだな────って、どうした?」
その様子を訝しむように、グシは眉を顰めた。だが、それすらも構わず────空は、思うままに言葉を続ける。
「俺らの愚志を見せてやるよ。『 』に敗北の二文字はないって前提を────超えてみろ最強」
その言葉に────宣戦布告に、グシは呆気に取られたような顔をする。
だがそれも束の間、グシはその顔を空と同じように破顔させ────嬉しそうに、そして獰猛に笑う。
「勝利宣言か?アツいじゃねぇか────でも、勝つのは俺だ」
「ハッ、冗談も大概にしろよ?魔法使って駆け引き勝って、挙げ句の果てに『 』にゲームで勝ち切るとか────さすがに冗談きついだろ」
互い、不敵に好敵手をその目に捉える。
そして、合図もなく示し合わせることもなく────同時に、宣誓した。
「【盟約に誓って】────勝つのは」
「『 』だよ」
「『愚志』だよ」
それは、勝負の宣誓ではなく。
それは、勝利の宣誓だった。
その宣誓に────遠く、唯一神が囃し立てるような拍手をしていた。
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