ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア
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第六話 提案
「敵わんなぁ……なんやその魔法、チートにも程があるやろ」
グシの眼前、向けられた銃口の先にいる人物────巫女は、そう言って笑っていた。
当然その笑顔は余裕からくるものではなく、むしろ逆────諦念によって半ば呆れ気味に引き出された笑みだった。
それもそのはず、何故なら巫女は半纏も着物も既に撃たれており、その両方を失って残る衣服はサラシ一枚とパンツのみという有様だったのだから。
一方グシは、欠けた衣服など一つとしてない────無傷の状態を維持していた。つまり、巫女は今グシに完封されて今の状況に陥っているのだ。
無論、ただの人類種が獣人種を圧倒など出来るわけがない。少なくとも、身体性能の押し付け合いであるこのゲームでは。
それはつまり、グシが魔法を使い巫女を圧倒しているということだった。
────しかし、巫女が諦念さえ浮かべた理由はそこにはない。魔法を封じたこのゲームで魔法を使われる程度のこと、想定の範囲内でしかなかったからだ。
そもそも、東部連合は一度グシの手で乗っ取られている。そしてその際に、グシは傀儡化したフィールに対策術式を使わせていた。
グシは、このゲームを攻略する上で対策術式が必要であると理解しているのだ。そしてグシは恐らく、東部連合に侵攻した時点で魔法が使えた。
ならば、フィールの用意した対策術式をグシ自身も学習している可能性が高い────いや、グシならば絶対に学習しているだろう。
巫女は、そう考えていた。グシならば、魔法封じなど意にも介さず突破すると、信頼さえしていた。故に────巫女は、魔法を使ったグシでも上回れるよう、チートにチートを重ね掛けしていたのだ。
それこそ、いのが倒され得る疑似血壊個体を前にしてすら余裕を持っていた理由でもあり、巫女がこのゲームを承諾した理由でもある。
だがグシの実力は、巫女の想定を遥か超えていた。巫女をしてすら、グシはチートだった。
巫女は────為す術もなく追い込まれた。故にこそ、対策を講じてなおそれを上回られたからこそ、巫女は諦観したのだ。
「悪いが、チーターごときを相手に為す術も無いようじゃ────『 』に笑われるからな」
グシはそんな巫女の姿を無感動に見下ろし、さらりとそう言ってのける。
魔法封じを破られてなお勝つ算段があった巫女の、その策略さえ破った────そこまでの異常を為していながら、誇る様子さえない。
まるで、勝つのは当然であると言わんばかりに。
まるで、このゲームは前哨戦でしかないのだと言わんばかりに。
それほどまでに揺るがない、勝利への確信。故に────無感動。
「だから────俺はアンタには負けねぇよ」
そして、確定事項を確認するように気軽に、銃の引き金を引き────弾丸を吐き出した。
迫りくる弾丸。しかし、もはや足掻く気すら無くなった巫女は、静かに目を伏せるだけだった────
だが。
「まだ終わってねぇ、です!!」
突如、物陰から飛び出したいづなが、自らの袂を盾にそれを防いだ。
「……いづな?」
「巫女様、なに諦めてやがる、ですっ!まだ、終わってねぇ、です────!」
届かなかった弾丸に、代わりに届いた叱責に、巫女は目を丸くする。
そして、自分も随分と老いてしまったものだと苦笑した。
かつて夢物語でしかなかった獣人種の統一を志したあの頃とは違い、物分かりがよくなってしまった。「グシには敵わない」と────諦めを覚えてしまった。
そのような道理を「関係ない」の一言で捻じ伏せる────かつて出来ていたそれを、忘れてしまった。
今この場でいづながやって見せたそれが────巫女には出来なかった。
「童にまさか叱られるなんてなぁ────あてももう、歳なんか?」
そう、賢くなってしまった者は呟く。
つい最近も、同じようなことを考えた気がする。
そして────恐らくその答えも、既に分かっているのだろう。
「せやけど、童が諦めとらんのに、あてが諦めるわけにもいかんよってな」
巫女は、もう一度立った。もう一度、足搔いてみようではないか────そう心の中で唱えて。
再び赤く染まる巫女。気炎を吐いて突進する彼女に、グシは。
「あ、ストップ。言い忘れてたことがあった」
本当に気の抜ける声で────問答無用に巫女達の動きを止めた。
────巫女の再起など関係ない。
いづなの意志など関係ない。
もはや足搔くことさえ許さない圧倒的暴力の行使。
抵抗の意志まで根こそぎ奪い去って────グシは、平然と話を始めた。
「お前ら────あのコマが何なのか、知ってるか?」
「……何が言いてえ、です」
気楽に言葉を紡ぐグシに、いづなが警戒心剥き出しで問う。
その目は未だに勝利を諦めておらず、未だに自分の取れる最善手を模索していた。
しかし、そんないづなの威嚇にもまるで動じず、グシはなおも無警戒に言葉を続ける。
「言葉通りだぞ?ま、巫女さんは薄々察してたみたいだが────あれは唯一神のコマなのよ」
ピクッ、とほんの僅かに動揺を露わにしたいづなに、グシはさらに語る。
「で、十六個集めりゃ唯一神様のお出ましって訳。どこぞのドラゴンボ〇ルより九個も多い鬼畜仕様だが」
「それなら、なんでいづなに話した、です?とっとと撃ちゃ終わりだろ、です」
「いやまあ、そうするのが一番手っ取り早いけどさ────いづなちゃんは遊びたくねえの?」
その問いに、さらにいづなは動揺する。
グシの言わんとすることを測りかね、懊悩する。
そんないづなを尻目に、グシは巫女にも言葉を投げかけた。
「巫女さんも巫女さんだ。最初から俺を敵としか見てねえんだからな」
「…一度東部連合乗っ取った奴を敵視せんでどないな目で見ろ言うんや?」
巫女の正論にも、グシは耳を貸さない。
「お前は『 』から『共闘』っつー選択肢を学ばなかったのか?かつて見下し切ってたハゲザルが、今や連邦の対等かつ有力な仲間になってるってのに」
「……」
「俺の方にはその意思があるぞ。お前らはどうなんだ?」
グシは不敵に笑って、問いかけた。同時、巫女といづなが体の自由を取り戻す。
「一緒に遊びてえなら、そう言え。そうじゃないってんなら────まあ、撃てばいい」
そう、突拍子もない発言をして、グシは二人の答えを待った。
────本来なら疑うべき言葉だ。しかし、グシにはブラフを吐く理由がない。なにせ、獣人種と同じ『血壊』の力を運用し、さらに謎の魔法でいのを沈め、先刻に至っては完全に二人の動きを封じきって見せたのだから。
無論、それが理解できないほど巫女もいづなも馬鹿ではない。故にどう答えるべきか、銃は降ろさずに悩む。
────だが、やがて二人はグシの言葉を思い出して、笑った。
『俺の方にはその意思がある』────そう言い切ったグシに一切噓の反応がなかった事を。つまり、グシの言いたいことは至極単純────
『一緒に遊ぼうぜ?唯一神に挑むチャンスだ、逃す手はないだろ?』
たった、それだけの話だった。
「おめー、バカです。いづなはさっきまで敵だったんだぞ、です」
さっきまで。つまり、「自分も混ぜろ」と言ったいづなに。
「ハッ、バカじゃなきゃ神に挑んだりしねえよ────巫女さんは、どうなんだ?」
「あてが乗り気やないように見えるか?」
暗に、「その話、乗った」と言った巫女に。
グシは応え、引き金を引いた。
────二人とも、避けはしなかった。
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