水の国の王は転生者
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第五十一話 王子の旅立ち
トリスタニアを発した次の日。
ヴァールダムに到着したマクシミリアンは、その足で埠頭に停泊しているベルギカ号へ移った。
一週間後の出航までに、宛がわれた自室に秘薬作成用の機材を入れる為、その指揮を取らなければならなかった。
「およそ、一年ぶりかな艦長。また厄介になる」
艦長室に出向いたマクシミリアンは、艦長のド・ローテルに挨拶をした。
艦長室の内装はマクシミリアンの宛がわれた部屋よりも豪華だった。
これについて、マクシミリアンは特に言う事はない。何故ならば、このベルギカ号で一番偉いのは艦長で、マクシミリアンは『お客様』に過ぎない。指揮系統を一本化するために、国王だろうが教皇だろうが、艦長の指示に従わなくてはならないのが、新トリステイン空海軍の流儀だった。
「こちらこそ、王太子殿下」
「早速、仕事の話に移りたいのだが、通達しておいた物資は取り寄せて貰えたか?」
「キャベツの酢漬け(ザワークラフト)の他、多種多様な缶詰に乾パンに乾燥パスタ。日持ちしそうな食べ物は粗方、取り寄せていまして、現在、積み込みの真っ最中でございます」
「うん、結構。この旅は長期間の航海に発生する様々な事例を、実験検証する為の旅でもあるからね」
長期の航海中に発生する病の代表格である壊血病は、地球の大航海時代においては原因不明の病で知られ、船乗り達の間では壊血病を海賊以上に恐れられていた。
時代が下るにつれ壊血病の研究は進められ、イギリス海軍は壊血病予防の為にライムジュースを服用していた事から『ライム野郎』のスラングで呼ばれていた。ビタミンC不足と壊血病の関係が明らかになったのは1932年で、それまで決定的な原因究明は出来なかった。
壊血病の他、脚気など、船の上という環境で起こりうる様々な病気を研究、治療するのがベルギカ号に於けるマクシミリアンの仕事だった。
とはいえ、それらの病気は魔法使えば、たちどころに治ってしまうのだが、後学の為に死にいたる病以外に多用するつもりは無かった。
(魔法というものは本当に便利だ……しかし、あまり魔法に頼り切るのも良くはない。その辺のバランスがとても難しい)
秘薬を使わない『医学』という分野が、急激に成長をしているのが現在のトリステインだ。
急成長といっても魔法に比べたら児戯に等しかったが、将来の発展の為に保護してやる必要があり、このベルギカ号にも『医師の卵』というべき者達が数人乗り込んでいた。
「最後に、殿下の言いつけ通りに、ベルギカ号の一室を浴場に改造しておきました」
「貴重な部屋を、使わせてもらってありがとう。」
「失礼かと思われますが、殿下お一人で?」
「まさか、全乗組員に解放するよ。清潔にして、栄養を確り取っていれば、大抵の病気は寄って来ないからね」
「航海中は食事ぐらいしか、娯楽がありませんので、乗組員達には気晴らしになるでしょう」
「水に関してだが心配は無いよ。海水に魔法をかけて塩分を抜き取れば、飲料水としても使える」
「それでしたら、航海中の水の心配は要りませんね」
マクシミリアンは舌の根の乾かないうちに、魔法に頼ってしまうだったが、
『魔法無しでは、この旅を成功させるのは不可能』
とも思っていた。
「様はバランスなのだ」
「? 殿下、なにか仰いましたでしょうか?」
「なんでもない。所で冷凍室は作った?」
「言いつけ通りに作っておきました。先ほども言いましたが、この旅は実験的な要素も含まれますので、缶詰等の保存食で航海を進めますので、冷凍室は、精々釣った魚を保存するぐらいにしか使われないかと。あ、後はソーセージなど吊るしておきましょうか」
ちなみ、冷凍室は魔法で部屋一面に氷を張らせ冷凍保存する仕組みになっていた。
「なるほど、分かった。ありがとう艦長、仕事に戻ってくれ」
「御意」
「……本当に魔法は便利すぎる。科学技術が魔法と肩を並べるには、まだ時間が掛かりそうだ」
そう言ってマクシミリアンは艦長室を出た。
☆ ☆ ☆
先の内乱以降、大多数のトリステイン貴族が粛清された、過半数の反乱貴族は、戦死するか処刑されたりしたが、中には命は助かったものの『家名』と『領地』を失った元貴族が多く出た。
今だ文字の読めない平民が大多数のトリステインにでは、依然、知識階級の元貴族を遊ばせておく余裕も無く、元貴族達には再就職先を斡旋してやった。もちろん、監視付きだが。
そんな元貴族の中には、領地と階級を失ったことで、領地経営や他の貴族に見得を張る事から解放された事で、空いた時間を趣味に専念し大成した者も居た。
出航三日前、元貴族で現在は学者の団体が、ベルギカ号に乗り込んできた。アトラス計画参加の為である。
「諸君、よく来てくれた」
タラップの前で、マクシミリアンが学者達を出迎えた。
「王太子殿下、御自ら出迎えて頂けるとは光栄の至りです」
元貴族の動物学者に植物学者、地理、地質、等々……各種様々な学者達が一斉に頭を下げた。
「この旅の為に、編成されたこの学術団の意義はとても大きい。その知識を大いに役立てて欲しい」
「御意。王太子殿下のご期待に沿えるよう、一掃努力いたします」
「詳しい部屋割りは、艦長に聞いて欲しい。案内するよ」
「殿下にご足労をお掛けするとは光栄の至り」
「気にするな」
マクシミリアンは学術団も伴って、ベルギカ号は乗船した。
軍艦であるベルギカ号には、最低限の空き室しかなく、十名近い学術団はいくつかの狭い部屋にギュウギュウ詰めに押し込まれる事になったが、その辺はマクシミリアンがフォローする事にした。
……
「それにしても……」
学術団を伴って歩いている時、マクシミリアンは周りに聞こえないように呟いた。
(なんで、ミス・エレオノールが居るんだ?)
学術団の中にカトレアの姉、そしてマクシミリアンにとっても義姉のエレオノールが居た。
本人は、マクシミリアンの目に付かないように陰に居た積もりなのだろうが、その美貌は隠せなかった。
(オレへの当て付けか? と、言うよりラ・ヴァリエール家はこの事を把握しているのか?)
マクシミリアンはカトレアから、エレオノールが過去三回、婚約を解消したと聞いていた。それも全て粛清の煽りを受けての婚約解消だった。
婚約相手の家が、ことごとく取り潰され魔法学院を卒業しても嫁の貰い手が無く、屋敷で悶々とした生活を送っていた。地球風に言えばニートである。だからこそ、一瞬、当て付けと考えてしまった。
(ミス・エレオノールには悪い事をした……ひょっとしたら、僕の事を恨んでいるかも)
だからと言って、粛清を悔いる積もりはマクシミリアンには無かった。
学者達を連れたマクシミリアン一行は、カツカツと音を立てて廊下を歩き、学者達とド・ローテルを会わす為に艦長室へと目指した。
「ずいぶんと狭い廊下だな」
「……それに無骨な内装だな」
「軍艦だから仕方ないだろう」
学者達は、物珍しそうに廊下などあちこちを見ていた。
彼らの知的好奇心は旺盛である。
「さ、艦長室に着いた。僕を下がるが長い航海だ、お互い仲良くやっていこう」
「恐縮で御座います。殿下」
リーダー格の学者が頭を下げた。
マクシミリアンは、自室へ戻るべく足を進め、エレオノールとすれ違った。
すれ違いざま、目と目が合わさったマクシミリアンとエレオノール。
マクシミリアンはエレオノールにウィンクすると、エレオノールは恥ずかしそうに目を逸らした。
(今の反応だと、恨んでは居なさそうだ。ちょっと安心)
☆ ☆ ☆
出航が明日へと近づき、人夫が忙しそうにベルギカ号へ物資を積み込んでいた。
その様子を、マクシミリアンとド・ローテルは甲板で見ていた。
「物資の積み込みは今日中に終わる予定です」
「それは良かった。ちなみにどれ程、積み込んだのかな?」
「それはですね。食料を六ヶ月分と水を一週間分ですね。後は風石に石炭、弾薬といった所です」
「水と石炭に関しては、学術団が協力してくれる手筈になっている。無論、僕も協力するけどね」
前出したが、魔法で海水を飲料水に変える事で水の心配は要らなくなった。そして、蒸気機関に必要な石炭は『錬金』で作り出すことが可能だ。
火の魔法の使えないマクシミリアンは、海水を飲料水に変えることは出来ても、水をお湯に変えることは出来ないし、鋼を錬金することが出来ても石炭は錬金することが出来なかった。
魔力無限をいうチート能力でも、その辺りの事情は如何ともし難たかった。
「お陰で開いたスペースを食料に割り振ることが出来ました」
「未知の領域を旅する計画だからね。食料は大いに越したことは無い」
「そうですね」
そんな時、マクシミリアンの目に奇妙なものが移った。
「ん? あれは馬か?」
マクシミリアンが指差す方には、二頭の馬が人夫に手綱を引かれてタラップを上っていた。
「はい、馬も乗せます。陸では荷馬や馬車を引かせますし、場合によっては非常食として利用します」
「なるほど馬車も」
「御意」
馬はベルギカ号の最深部に設けられた飼育室に入れられた。
馬の他にも乳牛などの家畜も乗り込み、これで毎朝ミルクにありつける事が出来る。
満足したマクシミリアンは自室に戻ろうとすると、見知った金髪頭が数人の男達と共にタラップを昇っているのを見た。
(あの金髪はアニエスか?)
「コマンド隊の面々ですね。任務は殿下の護衛と陸上での偵察と聞いております」
マクシミリアンがタラップの方を見ているのを察し、ド・ローテルがマクシミリアンに教えた。
「僕の護衛? セバスチャンも居るから不用だと思うんだが……まあいいや、会ってみよう」
「では、その様に取り計らいます」
「任せるよ。しかし何だな。艦長もフネの仕事があるというのに、僕の秘書官みたいな事もさせて申し訳なく思っている」
「私は気にしていません。どうかお気になさらずに」
「すまない」
こうして、出航前の喧騒は過ぎていった。
マクシミリアン一行は、ベルギカ号に乗り、逃げ場所を探す為にアトランティウム洋を渡る旅はこうして始まる。
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