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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第3話:少年は魔法を手に入れ、少女は歌を歌い出す

 
前書き
よろしくお願いします。 

 
 風鳴 翼が初めて奏に出会ったとき、彼女に対して真っ先に抱いた印象は狂犬であった。

「よこせ…………あたしに、奴らを…………ノイズ共を殺しつくすだけの力を。あいつを…………颯人を取り返せる力を、よこしやがれッ!?」

 事の発端は、皆神山の遺跡でノイズが出現し発掘調査隊がただ一人の生存者のを除いて全滅したことからだった。

 ただ一人の生存者、奏は調査隊が消息を絶ったことで派遣された救助隊に保護され病院に搬送。その後、遺跡で起こったことを調査する為に特異災害対策機動部二課、通称二課で預かることになる。

 司令である風鳴 弦十郎は、最初奏から普通に話を聞くだけのつもりであった。だが奏はあろうことか、弦十郎の姿を見るや否や突然彼に飛び掛かったのだ。

 慌てて取り押さえられた彼女は、一度鎮静剤を打たれた後拘束具を着せられ、椅子に固定された状態で改めて弦十郎と対面した。その様子を翼が傍から見ている前で、奏は暗く濁った眼で彼に力をよこせと告げたのだ。

 彼女の様子に弦十郎は危険なものを感じた。当初は奏の要望を却下し、落ち着かせた頃合いを見てから解放しようとすら考えていた。

 彼女を落ち着かせる為、弦十郎は拘束されたままの彼女に目線を合わせるようにしゃがみ優しく声をかける。

「颯人と言うのは、君の友達と言う明星 颯人の事だな。安心しろ、君の友達と、家族の仇は我々が討ってやる」

 奏の気持ちを慮った上で、弦十郎は彼女にそう告げた。

 それは子供に危険な真似をさせる訳にはいかないと言う、大人としての責任感と彼女への同情心から出た言葉だった。普通であればそれは間違いではない。
 至極真っ当で、思いやりのある正しい言葉だっただろう。

 だが彼は知らない。今の言葉で奏にとっての地雷を踏んでしまったことを────

「仇? 仇っつったか?」
「あぁ、そうだ。遺跡で失った君の周りに居た者たちの無念は──」

 彼がそこまで口にしたところで、奏は信じられないような力を発揮し、椅子に拘束されているにもかかわらず弦十郎に頭突きをしてみせた。

「ぐっ?!」

 まさかここで頭突きをされるとは思っても見ずまともに喰らってしまった弦十郎は、そのまま後ろに倒れる様に尻餅をついた。

 奏は奏で、ろくに身動きできない状態で頭突きを放ったのでその勢いで椅子ごと前のめりに倒れてしまう。

 元より鍛えていた弦十郎に頭突きを行ったことで額は割れ、更には受け身も取れない状態で顔面から倒れた際強かに顔を打ち付け額だけでなく鼻からも出血してしまった。

 だが、額と鼻から血を流しながらも、奏の目は激情でギラギラと光っていた。翼はそれをまともに見てしまい、その迫力に思わず小さな悲鳴を上げてしまった。

「ヒッ!?」
「ふざけんなッ!!?? 死んだ? 颯人が死んだだと? あいつは死んでねぇッ!? あたしの、あたしの目の前で、あいつは連れていかれたんだッ!!?」
「つ、連れていかれた? 誰に?」

 ノイズに襲われた人間は例外なく炭素の塵となってしまう。現場には奏以外に生存者が居なかったので、彼女が言う颯人も彼女の両親他調査隊の者達と同様にノイズによって殺されたと考えるのが普通だった。

 故に、あの場から連れ去られたものが居るなどと考えても見なかったのだ。

 もしこれが奏の言う通り、あの場から連れ去られたものが居るのだとしたらそれはいろいろな意味で由々しき事態だった。
 そう思った弦十郎の言葉に、奏はそれまで以上に目に憎悪の炎を宿しながら答えた。

「さぁな。仮面を被った、全身白い恰好をした奴だったよ。ただそいつは見たこともない攻撃でノイズを全部ぶっ殺した後、死に掛けてた颯人をあたしから奪い取って消えちまった」
「ちょっと待てッ!? ノイズを倒したのか!?」

 奏の口から出た衝撃の言葉に、堪らず弦十郎は冷静さを欠いて聞き返した。

 現時点でノイズに対抗できるのは、FG式回天特機装束──シンフォギアのみ。そして使用できる状態のシンフォギアは、全て彼ら二課が所持していた。

 だというのに、奏の言葉を信じるならその人物はシンフォギアを用いるか、或いは未知の方法を用いてノイズを倒したという事になる。
 シンフォギアを管理する立場にある二課の司令である、弦十郎としてはとても看過できることではなかった。

 冷静さを欠いた弦十郎の様子に、奏はしてやったりと笑みを浮かべた。それを見て弦十郎はしまったと表情を強張らせた。
 ノイズを倒したというその仮面の人物に、普通以上に興味を抱いたことを彼女に悟られてしまったのだ。

「そうさ。あんたらが持ってる武器以外でノイズを倒せる奴が居るんだ。あたしはそいつに直接会ったことがある。どうだ? そんなあたしを放っておけるか?」

 獰猛な笑みを浮かべながら、先程よりは落ち着いた声色でそう訊ねる奏。

 こう言われると弦十郎としては彼女の言葉を無碍には出来ない。
 彼女の言う事が真実であれば、その人物に関する情報は何としても集めなければならないし、その人物の素性が分からない以上奏を手元から遠くに離すことは彼女の身を危険に晒すことにもなりかねなかった。

 むざむざ彼女を危険に晒すくらいなら、自分達の目の届くところに置いておいた方が安全だ。

 そういう事情から奏をシンフォギアの適合者たる装者にすることが決定したのだが、そこにある問題が発生した。

 奏はシンフォギアを扱うには、適合係数が低すぎたのだ。

 このシンフォギアは本来物理攻撃が通用しないノイズを攻撃できる唯一の装備なのだが、誰でも扱えると言う訳ではない。
 扱う為には相応の素質が求められた。ノイズと戦う力を求めた奏だが、彼女はこの適合係数が低過ぎた為当初は装者となる事が出来なかった。

 その状況を打開すべく、二課の技術主任である櫻井 了子主導で奏にLiNKERと言う制御薬が投与されることとなった。これによって奏はシンフォギアを纏うに足るだけの適合係数を得る事が出来る。

 翼が奏と言う少女に特に恐怖心を抱いたのはその時のことだ。

 通常の投与量だけでは適合係数が上がらず、過剰ともいえる量を投与した時…………。

「ッ!? うあぁぁぁぁぁぁっ?!」

 突然叫び声をあげ苦しみだした奏。LiNKERは確かに適合係数を上げてはくれるが、同時に劇薬であり場合によっては死者すら出す危険があった。

 奏を苦しめているのもその薬理作用であり、想像を絶する苦しみに奏は拘束を引き千切る勢いで苦痛に身を捩っていた。

 その様子を、拳を握り締めながら眺めるしかできない弦十郎。

 暫く奏の悲鳴が処置室から響いていたが、了子はこれ以上は限界と施術をやめさせようとした。あの様子ではこれ以上続けたら本当に死んでしまう。

 肝心のシンフォギアも適合係数が上がる気配を見せないしで、半分諦めかけていた。

 投薬と施術を止めた瞬間悲鳴は止み、手術台の上の奏は消耗からかぐったりとしている。
 その奏を安静にさせようと医療スタッフが拘束を外し移動させようとした。

 瞬間、彼女はカッと目を見開くと自分に近づく医療スタッフをなぎ倒しまだ投薬されていないLiNKERを片っ端から引っ掴みまだ医療スタッフが動けていないのをいいことに次々と自分で投薬し始めた。

「冗談じゃねえぞ、こんなところで止まってられるか! あたしは、取り返すんだッ! あたしの、残された最後の希望を────!?」
「な、何をしているッ!? 急いで彼女を止めろぉっ!?」

 明らかに危険なレベルの過剰すぎる投与量に、弦十郎が慌てて止めるように指示するがそれよりも先に奏に異変が起こった。

「ぐっ?! うぐ、ぐ…………うぶぇっ?!」

 突然動きを止めたかと思うと、口から大量の血反吐を吐きその場に蹲った。だがその手にはまだ中身のあるLiNKERが入った注射器が握られている。

 これ以上は本当に彼女の命が危ない。

「急げッ! 彼女からLiNKERを取り上げ、体内洗浄だ! とにかく薬を彼女の体内からかき出せッ!」

 医療スタッフが蹲って血反吐を吐いている奏に近付き、その手からLiNKERを取り上げようとした。

 だが奏はそれを許さなかった。医療スタッフの手が彼女の手に握られたLiNKERに触れようとした瞬間、彼女はその医療スタッフの手に指を食いちぎらん勢いで噛み付いたのだ。

「ぐあぁっ?!」
「ごちゃごちゃ、うるせえなぁ──!?」
「止せっ!? これ以上はやめろぉっ!?」

 弦十郎の制止も聞かず、奏は残ったLiNKERを全て投与した。

 瞬間────

「ッ!? 適合係数、飛躍的に上昇!?」
「ぐぅぅっ!? ぐ、か…………うげぁっ?!」

 突如としてそれまで何の反応も示さなかったシンフォギア・ガングニールと奏の適合係数が急上昇。

 その間も血を吐き続ける奏だったが、先程取り押さえようとして1人のスタッフが噛み付かれたからか今度は医療スタッフの動きが鈍い。

 その事に業を煮やして医療スタッフと弦十郎が怒鳴りつけようとした時、徐に蹲っていた奏が笑い始めた。

「ひひ、ひひひ…………」

 不気味に笑う奏だったが、翼からは死角になっていて彼女の姿が見えない。

 一体どうしたのかと窓に近付き、奏の姿を確認しようとした瞬間、彼女の目の前に出し抜けに血にまみれた両手が叩き付けられ下から狂気と歓喜に彩られた目をした奏が顔を出した。

 至近距離、真正面からその顔を見てしまった翼は、堪らず悲鳴を上げ尻餅をついた。

「きゃぁぁっ!?」
「ひひ…………やったぁ、やったよ颯人ぉ。あたし、手に入れたよ────!!」

 恐怖に慄く翼に気付いていないかのように、歓喜の声を上げる奏。その口から、一節のフレーズが紡がれた。

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl」

 奏がその一節のフレーズを口ずさんだ瞬間、彼女の体が光に包まれる。眩い光が収まった時、そこには体にフィットするボディースーツを纏い、角のついたヘッドホンのようなヘッドギアを身に付けた姿の奏が居た。

 血反吐を吐きながらも、執念によってシンフォギア・ガングニールの力を手に入れた奏。彼女は自らが手に入れた力に歓喜していた。

「これで、奴らを殺せる! そして、あの白い奴から、取り返せる! 絶対、助けるから。だから、待って、て…………颯、人ぉ……」

 歓喜に身を震わせていた奏だったが、突然糸が切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。同時にその身に纏っていたシンフォギアも消え、元の姿に戻る。

 それまで爛々と輝いていた目は白目を向き、半開きの口からは止め処なく血が零れ落ちていた。

 漸く本当に大人しくなった奏だが、医療スタッフは誰も動けない。
 奏がシンフォギアの適合者になれた、それは確かに喜ばしいことなのだが、彼らが奏を見る目には一様に畏怖の念が宿っていた。

 そんな彼らを、弦十郎は一喝した。

「馬鹿者ぉっ!? 何をぼぉっとしているッ!? すぐに中和剤で体内洗浄をするんだ、早くしろぉッ!?」

 弦十郎の一喝で我に返った医療スタッフは、少々おっかなびっくりながらも奏を再び手術台に乗せ中和剤を注射して彼女の体からLiNKERを除去していく。

 その間、何とか立ち上がった翼は治療を受ける奏に終始怯えた目を向けていた。






 ***






 それとほぼ同時刻、人里から遠く離れたとある山の中。天然の洞窟を利用して作られた隠れ家の様な場所に、颯人はいた。

 床には複雑な文字と画で描かれた魔法陣があり、颯人はその上に佇んでいる。その魔法陣の直ぐ傍には、ウィズの姿もある。

 と、徐にウィズが魔法陣に手を触れ何かを流し込むかのように力を込めた。

 瞬間、魔法陣が光を放ち立ち上る紫電が颯人の体を蹂躙した。

「ぐぅっ?! あが、あああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 体の内側を焼かれる痛みに、悲鳴を上げる颯人だが彼はその場から一歩も動かなければ倒れてのたうち回ることもしない。
 膝すらつくことなく、彼はひたすら自身の身を奔る魔力の奔流に耐え続けていた。

 どれほどそうしていただろうか。
 数分だった気もするし、もしかしたら数秒程度かもしれない。紫電に体を焼かれていた颯人を見つめていたウィズが、唐突に魔法陣から手を離した。

 直後、魔法陣から放たれていた光は収束し紫電も止み、全身を奔る激痛から解放された颯人は全身を汗で濡らしながらそれでもまだ立ち続けた。

 その様子にウィズが一つ頷いて見せた。

「少しは体が魔力に順応してきたようだな。だがまだまだだ。この程度では魔法使いとしての才能を開花させる前に死ぬ可能性がある。もう一度やるぞ」
「あぁ……何度でもやってくれ。俺はどうってことねえからよ。だから…………一日でも早く奏を助けに、行けるようによ。何度でも、やってくれや」

 全身を奔った激痛に脂汗を垂れ流し、目の下には隈を作りながらも彼はウィズに続きを促す。その姿はまるで幽鬼のようであったが、その目には消えることのない執念と情熱の炎が揺らめいていた。

 ──奏、待ってろよ。俺が絶対、お前を助けてやるからな──

 彼はひたすら貪欲に力をつけることに己の全てを注いでいた。全ては、最愛の少女をいずれ訪れる悲劇から守る為。

 互いに互いを想い、力を身に付けていく颯人と奏。

 この二人が再会するのは、それから実に三年の月日が経ってからだった。




 ***




 ―それから3年後―

 その日、住むものが誰も居ない無人島の海岸に、颯人の姿があった。彼は、特に何をするでもなく手頃な岩に腰掛け目を閉じてじっとしている。

 それは何かを待っているようであった。よく見ると、彼の顔には僅かに緊張しているような様子が見て取れる。

 特に何をするでもなく、何かを待ち続ける颯人。そんな彼の様子を、ウィズが少し離れた所からジッと見つめている。

 と、不意にそれまで身動きせずにいた颯人が目を開けると空を仰ぎ見た。燦々と照らす太陽に、思わず目を細める。

 瞬間、その太陽の輝きが陰り始めた。それだけではない。徐々にだが端から何かに食われているかの如く太陽が欠け始めた。
 日食だ。太陽は月の陰に隠れ見る見るうちに黒く塗りつぶされる。

 そうして太陽が完全に月の影に隠れ昼間であるにもかかわらず周囲が夜中の様に暗くなると、突然地面に赤い亀裂が走った。

 足元にできた亀裂とそこから溢れる禍々しい赤い光に、しかし颯人は慌てることなく、遂に来るべき時が来たと言うかのように表情を引き締めた。

 その直後、彼の心と体に想像を絶する苦痛が襲い掛かった。まるで体の中に熱く焼けた鉄を流し込まれたような、若しくは全身の血液が針に変化して膨れ上がったかのような苦痛。
 体の苦痛に引っ張られ、心には絶望が広がり蹂躙する。

「ぐぅっ?! あ、がぁぁぁぁぁああああっ!?!?」

 普通に生きていれば絶対に経験することのないだろう苦痛に、颯人は断末魔のそれに似た叫び声を上げた。体が内側から弾け飛びそうになる苦痛に心が挫け、生きることを諦めそうになる。

 ついに異変は見てわかるレベルにまでなり、彼の全身にひび割れの様な亀裂が走りその裂け目から悍ましい紫色の光が溢れ出る。

 そんな状況であるにもかかわらず、颯人はただ1人死んだ方がマシと言うほどの苦痛に耐え続けていた。

「いぎぎぎぎぎぎっ!? ぎぃがぁぁぁぁぁぁっ?! ぐぅぅぅぅぅっ!!??」

 大の大人、いや訓練を受けた兵士であっても屈するような苦痛に、彼はひたすら耐え続けていた。何故なら、彼の胸には決して消えることのない希望の光があったからだ。

 ──俺は、俺は負けないッ! こんな、こんな痛み…………奏を失うことに比べたら屁でもないッ!! ──

 思い返すのは今から3年前…………その時ウィズに突きつけられた、奏の死と言う彼にとって自身の死以上に残酷な予言。

 その時のことを思い出し、そこで心に宿した思いを再び燃え上がらせ颯人は全身を苛む苦痛に耐え続けた。

 遂には彼自身の体にも変化が現れ、全身に紫色の亀裂が走り今にも破裂しそうになる。

 だが颯人は苦痛に屈することなく、絶望を跳ね除け耐え続けた。

──俺は、俺は絶対負けないッ!? 俺がお前の希望になってみせるッ!! だから、それまで待っててくれッ!!──

「奏ぇぇぇぇぇぇッ!!」

 直後、彼の全身に走る紫色の亀裂が金色に輝く。

 今この時この瞬間、この世界に新たな魔法使いが誕生した。 
 

 
後書き
この作品における魔法使いに関してですが、作品説明にも書いた通りファントム回りの設定などを変えております。具体的に言うと、『ファントムが居るから魔法使いになれる』ではありません。『魔法使いになったからファントムが生まれる』になっております。

原作ウィザード通りのやり方で魔法使いになると、どう足掻いても無関係な犠牲を出さざるを得ず、それをやっておきながら奏の隣で暢気に颯人を笑わせて良いのか? もっと言うと奏と恋仲にさせてもいいのか? という疑問がどうしても払拭できなかったので、魔法使いになる方法に手を加えそれに合わせてファントム回りの設定も変更と相成りました。

こんな作品ですが、今後ともどうぞよろしくお願いします。 
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