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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第1話:そうして彼は希望を見つけた

 あの後、颯人は当然のごとく教員からきついお叱りを受け、更には両親からも烈火の如く怒られた。一人の女の子をただ驚かせただけでなく失禁までさせてしまったのだから、悪戯にしても性質が悪すぎる。

 当初、彼の暴挙には奏もかなりお冠であり、落ち着きを取り戻し颯人への怒りが燃え上がった時は彼が両親と共に謝罪に来た際、怒りに身を任せて彼をボコボコにしてやろうとすら考えていた。

 まぁその考えは、彼が輝彦から頭の形が変わるのではないかと言うくらいボコボコに殴られている様子から流石に思い留まったが。傍から見て哀れに思うような目にあっている少年に、さらに追い打ちをかけるような真似は奏にはできなかった。

 勿論その後、颯人は正面から奏に謝った。一見すると父に殴られて嫌々頭を下げさせられているように見えるが、謝られる側の奏には分かった。

颯人は本気で悪いと思い、心の底から謝っていた。これまでにも他人を困らせるような悪戯は何度もしたが、泣かせたり心に傷を負わせたりするようなことにはならなかったのだ。
今回の事は彼にとってもある意味良き教訓となり、こっぴどく叱られたこともあり彼は自分の行動を改めて見つめ直し、本気で奏に悪いと思い謝ったのである。

 それからというもの────

「こらぁぁぁぁぁっ!? 待て颯人ぉぉぉっ!?」
「あっはっはっはっはっ! バ奏ぇ、こっちだよぉぉぉっ!」

 楽しそうに笑う颯人と、その彼を憤怒の表情で追いかける奏。これは最早日常の光景となっていた。

 あの事件の後も、颯人は懲りずに手品を用いた悪戯自体は継続していた。と言っても、その内容は本当にちょっと人を驚かせるレベルの物ばかりであり、以前に比べたら大分大人しくなっていた。

 奏に対してもそれは一応同様であり、初日の様に驚かせすぎてしまうと言ったことはなかったのだが、だからと言ってやられて引き下がるほど彼女は大人しい性格をしていなかった。
 颯人が何か悪戯を仕掛けると、奏は必ずと言っていいほどそれに対して反撃しようと彼を追いかけまわしていた。

 対する颯人も、奏が怒って追いかけ始めると謝るどころか逆に煽って逃げ回る始末。
 
その光景を見たら、二人はあれ以降仲が悪くなったように見えるだろう。

 だが実際は違った。奏は奏で彼との関係を楽しんでいた。勿論颯人もだ。

 奏は悪戯した颯人を追いかけまわし、時に逃げられ時に捕まえる。そのやり取りを二人は何だかんだ楽しんでいた。

 切掛けは恐らく、失禁した奏を鬼の首を取ったとばかりに虐めの対象にしようとした男子を颯人が守ったことだろう。

 当時多くの男子にとって気に入らない女子である奏が失禁した事を、多くの男子は虐めの標的にしようとした。だがそんな彼らの前に立ちはだかったのが他ならぬ颯人だったのだ。

 颯人は奏の前で、彼女を虐めようとする彼らに告げた。

「悪いのは奏じゃねぇ! ただ俺の手品が凄かっただけだ! 文句があるなら、まずは俺の手品を喰らってからにしろ!!」

 そう言うと彼は、奏を虐めの標的にしようとした男子のポケットの中などに手品を使ってゴキブリやクモを忍ばせるなどして全員を泣かせてみせた。

 その事で彼は再び教員から盛大に叱られることとなったのだが、一方で彼の両親はこれに関して彼を責めなかった。
 褒めたりすることもしなかったが、少なくとも非難はしなかった。

 それからだ、颯人と奏が行動を共にするようになったのは。

 彼らは時に喧嘩をし、時に互いに悪戯を仕掛け合い、そして時には共に笑いあった。

 奏が暇を持て余した時は新しい手品のテストとして覚えたての手品を披露し、彼と接することによって手品に対して目が肥えた奏がそれを品評するということもあった。
 逆に、手品がなかなか上手くいかず落ち込んだりした時は、奏が彼を元気付けたことも一度や二度ではない。

 彼らは共に良き友として付き合っていた。






 そんな時だ、颯人の両親が命を落としたのは。

「交通事故だって?」
「そうらしい。ただガソリンに派手に引火したのか、車含めて周囲は木っ端微塵。ご両親の遺体すら残らなかったって」

 それは本当に突然だった。偶然颯人が風邪で寝込んでいる時、車で外出していた彼の両親が事故に遭い命を落としたのだ。その事故現場は凄惨を極め、遺体と呼べるものは一つも残らなかったらしい。

 ノイズと言う人間の体を炭の塵に変え殺す怪物が出現するようになってから、遺体の無い空の棺を用いての葬式は決して珍しくはなくなったが、棺が空になる原因が交通事故と言うのはこの時世においても珍しいことであった。

 葬式の日、颯人は涙一つ流すことはなく空の棺を空虚な目で見つめていた。

 そんな彼の隣には、当然の如く奏が居た。彼女は心配していたのだ。自分の与り知らぬ所で両親を一瞬で失ってしまった彼が、無理をしているのではないかと。

 少しでも彼の悲しみを和らげようとしてか、奏はそっと彼の手を握った。

 だが次の瞬間、彼の口から出たのは奏が予想もしていなかった言葉だった。

「大丈夫。大丈夫だよ、奏」
「え?」
「何処にも…………俺は何処にもいかないから」

 恐らく、颯人は奏の行動を次は彼が居なくなってしまうのではないかと危惧してのものと勘違いしたのだろう。実際、家が近所だったこともあって家族ぐるみで付き合いがあった。
 彼の両親も、奏の事を実の娘の様に可愛がっていた。奏の方も彼の両親と非常に良好な関係を築いていた。故に、そんな勘違いをしてしまったのかもしれない。

 だが肝心の奏は、そんな彼の言葉に何よりもまず怒りを感じた。

 そして彼女は、何も言わず彼を葬式の場から引きずり出すと、会場の外の人気のないところに彼を引っ張りこう告げたのだ。

「馬鹿野郎ッ!? 何でお前があたしの心配するんだよッ!?」
「か、奏?」
「そうじゃない……そうじゃないだろ!? 今一番辛いのはお前だろうがッ!? そのお前が、何であたしの心配するんだよッ!?」

 奏は目に涙を溜めながら、鬼気迫る表情で颯人に怒鳴り散らす。そうでもしないと自分自身親しい人物を失った悲しみでまともに言葉を、気持ちを伝えられないし、何より彼には伝わらないと思ったからだ。

「辛いのはお前だろ? 悲しいのはお前なんだろ? 不安なのは────1人になるのを怖がっているのはお前の筈だろうが」

 颯人の心に、奏の言葉が次々と突き刺さる。
 それは、心を傷つけるようなものではない。彼の心を覆いつくそうとしている、間違った心の殻を取り除く為の刃だった。

 彼の事を思う奏の心が、言葉の刃となって彼の胸の内に押し込まれそうになった悲しみを押さえつける殻を、鎖を断ち切っていく。

「逆だよ。いなくならないのはあたしの方だ。あたしはお前の傍にいる。あたしがお前の希望になってやる。だから…………だから、今は思いっきり泣いてやれよ。そんで…………ぐすっ、明日から、またあたしに悪戯の一つでも仕掛けて見ろよッ!?」

 希望になる…………その言葉が決定打となった。

 それまで押し留めていた涙が颯人の両眼から溢れ出し、抑えの利かなくなった悲しみが暴れ出す。

「う……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!? 父さぁぁぁんっ!? 母さぁぁぁんっ!?」
「う、う……あぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」

 恥も外聞もなく、奏に抱き着き大声を上げて泣く颯人。それに釣られてか、それとも単に我慢の限界に達しただけか、奏も彼を抱きしめながら歳相応に泣いた。

 唐突に両親を失い、悲しみに暮れる颯人。その彼の中でこの日、奏と言う少女に対する想いが決定的に変化したのだった。 
 

 
後書き
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